次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2014-03-01

    「評価は『見ているよ』のサインを送り続けること」

    09:06

    「評価」なんて言葉はどんなイメージでしょうか。ほとんどの教師,大人は評価,という言葉からはABCとか合格不合格みたいな,ちょと自分が見定められている,そんな冷たさを感じる人が多いのではないかなあ,と経験上思います。

     「評価は『見ているよ』のサインを送り続けること」というのは,私の評価観の大元になっている言葉です。確か,ずっと以前に水落先生から教わった事だった気がします。私のなかではそうです。『学び合い』の「一人も見捨てない」だって,実はこのことを言っているんだと感じています。

     

     昨日,1,2年生で長縄遊びをしました。1年生の担任が出張で校内でも他に出張者が多く,おまけに校庭は雪解けの状態で使えず。体育館も都合で使用できず,なので校庭脇のコンクリート通路でというあまり言い環境ではない状態でした。

     縦割りグループごとに楽しんでいたのですが,あるグループが長縄を中断して,なにやら話し合っています。

    (どうしたのかな~)

    と思って見ていると,どうやら1年生の男の子が泣いて怒っています。それをウチのクラスの2年生の女の子が説得?しています。

    「どうしたの?」

    と聞いてみました。すると,彼女たち,男の子の話からはどうやら,男の子が今度は縄をとぶ順番だったはずなのに違う子をその女の子が先に入れた,とは男の子の主張。彼女たちは,その男の子がその前まで割り込んきていたから,後にしただけ,と言っています。男の子は泣きながら,

    「違う!」

    と興奮気味に怒っています。グループの他の子たちは

    (困ったなあ)

    と当事者たちを囲んで長縄を中断して話を聞いています。

     きっと,どっちの言い分も「正しい」のでしょうね。

     結局折り合いが付かずに,その男の子は

    「ぼく,一人でやる!」

    といって,短なわを始めました。グループも長縄再開。男の子もそのグループのわきで短なわをしているので,私なんかは

    (これでいいのだ)

    と思います。

     別な,グループでは,また別な1年生の男の子がふてくされて金網にしがみついています。今度はグループのみんなで

    「いいじゃん,一緒にやろうよ。」

    などと言っていますが,その子はふてくされたまま,動きません。しばらく見ていたんですが,私もよけいな一言を言いました。

    「まあ,○くんの言い分もあると思うけど,こういうやり方で友達の邪魔をしたり,注目を集めようというのは賛成できないな。○くん,言いたいことがあったら口でいいな。そして君たちは長縄始めていいんじゃない?」

    と言いました。そうしたら,そのグループの2年生の男の子が

    「じゃ。○くん,やるとき,いってね。」

    と。うん,それでいい,そう思いました。

     はじめの怒りまくっていた男の子は,最後まで短なわを通して,最後の最後の集合の時に,走って転び,私から

    「きょうは,さんざんだったね~」

    と言われました(笑)。二番目の子は,すぐに長縄に合流したようです。

     こんな出来事,しょっちゅうです(苦笑)。昨日のこんな出来事から,

    「評価は『見ているよ』のサインを送り続けること」を私は考えたくなったし,そうだよなあ,と思ったのです。とにかく,私はそう思ったのだから仕方がないのです。(笑)