次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2013-07-21夏休み初日

    終業式が終わっての初日の昨日,牡鹿半島にいきました。ここは,初任地となった学校があります。その当時で80人ほどの規模の学校です。

    牡蠣養殖が,中心の産業の一つでした。車を降りると潮の香りと一緒に,牡蠣養殖ようの器具(ホタテの貝殻を長い針金につなげたもの。このホタテの貝殻に牡蠣が付着します)が浜に山積みになっていました。そして,その独特な香り?一般的には臭い,というのかもしれませんが,私にとっては懐かしい香りです。

     その浜に,点在していたながらもたくさんあった家々はもうほとんどなく,更地になっています。かつて勤務した学校も解体され更地になっています。(更地って,本当に更地なんですね。コンクリートのかけら一つないような,ぺたっとした地面になっていました。)

     女川にもまわりました。女川も私が次に赴任した学校があります(ありました)。女川も大きく被災し,密集していた街の中心部はほとんど更地です。それでも漁港には船が入り,海の方だけを見ると震災前の女川の風景です。潮の香りはここも同じです。

     次に赴任した雄勝にも行こうと思ったのですが,次の予定があったので今回は断念。雄勝被災地で務めた学校は今は解体,ということになったらしいです。今まで務めてきた学校が全て無くなってしまいました。東京から一人宮城に来て20年以上。今までの人生の半分以上をすでに宮城で過ごしていることになります。もう「地元」です。

     宮城石巻のために何ができるのか,考えます。もちろん学校教育の分野で。そこには未来があると思うのです。