次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2013-07-30感謝

    母が体調を崩しています。体は元気なのですが、ね。

    そんなわけでこのところ、石巻と東京を行ったり来たりの月日を過ごしています。

    今日は、お世話になっている歯医者さんや、管理人さん、老人クラブのリーダーの方などにお会いしたりして、日頃のお礼方々、状況をお話ししました。

    様子をわかっていてくださり、それぞれの方々がそれぞれの立場で今までも気遣って配慮してくださったことも知りました。本当に感謝です。今回初めてお会いした方もいます。遠方に住んでいるとはいえ、恥ずかしいことです。それでも、今回お会いし、ご挨拶できたことはよかったです。

    2013-07-25迷い

    学び合い」の考え方を学んできて,前よりも例えばクラスとかの集団を見る力はだんだん付いてきたかなと思います。全体の状況とか,それが何に端を発しているか,とかも。個にもそれほどこだわらなくなってきたし。(気になるときも,まだある)

    クラスは自分が管理者だから,先を見越して今を受け入れることはできるけれど,自分が管理者でない集団の場合はどうしたらいいのかなあ,と思うときがあります。

     (これはまずいよな~)

    と思うこともありますし,

    (これは一言言ったほうがいいよな~)

    と思うこともあります。

    どうすべきか,迷います。

     

    2013-07-22種まき

    あちこちに種をまいておこう。

    自分一人ではできないことも,いろんな人が集まり,それぞれの意志で動き出せば,きっとよい方向に向かっていくはず。

     今日もまた一つ種がまけた,というかまく準備ができた。

     芽が出るといいな。芽が出ると大きな花がいつかは咲く良い予感がする。妄想するのはただだからね。

    2013-07-21夏休み初日

    終業式が終わっての初日の昨日,牡鹿半島にいきました。ここは,初任地となった学校があります。その当時で80人ほどの規模の学校です。

    牡蠣の養殖が,中心の産業の一つでした。車を降りると潮の香りと一緒に,牡蠣養殖ようの器具(ホタテの貝殻を長い針金につなげたもの。このホタテの貝殻に牡蠣が付着します)が浜に山積みになっていました。そして,その独特な香り?一般的には臭い,というのかもしれませんが,私にとっては懐かしい香りです。

     その浜に,点在していたながらもたくさんあった家々はもうほとんどなく,更地になっています。かつて勤務した学校も解体され更地になっています。(更地って,本当に更地なんですね。コンクリートのかけら一つないような,ぺたっとした地面になっていました。)

     女川にもまわりました。女川も私が次に赴任した学校があります(ありました)。女川も大きく被災し,密集していた街の中心部はほとんど更地です。それでも漁港には船が入り,海の方だけを見ると震災前の女川の風景です。潮の香りはここも同じです。

     次に赴任した雄勝にも行こうと思ったのですが,次の予定があったので今回は断念。雄勝も被災地で務めた学校は今は解体,ということになったらしいです。今まで務めてきた学校が全て無くなってしまいました。東京から一人宮城に来て20年以上。今までの人生の半分以上をすでに宮城で過ごしていることになります。もう「地元」です。

     宮城や石巻のために何ができるのか,考えます。もちろん学校教育の分野で。そこには未来があると思うのです。

    2013-07-20わかり合えないことから か

     校内研究全体会。1学期の実践報告。自分ではかなり具体的に話したり,書いたりしているつもりでも,

    「具体的にどんな工夫をするってこと?」

    「どんなことばかけをするってこと?」

    「そこんとこ,具体的に教えてよ。」

    って言われることがあります。

    「それ以上は,子どもによって違うかなあ。」

    「その状況によっても違うし。」

    「こんな工夫をすれば,だれでもそうなるわけでないですし。」

    「万能な方法はないですし。」

    と答えざるをえない。そうなると

    (よく分からないなあ。理解できない)

    という反応が返ってくることもある。うまく伝わらない,かみ合わない感。

    その,わかり合えない感がちょっといやだから,昨年あたりは,自分の考えは持っているけれど,研究主任としてはとにかく調整役に徹してきたつもり。だから,衝突もないかわりに,研究の成果としては進歩も少なかったという気がする。(当社比 笑)

     でも,わかり合えないからと言って,伝える努力をしなければ,と思います。わかり合えない感にも,耐えられるくらいのしぶとさも身に付いたので。

     どの子もみんな,学ぶことが好きになり,自分の好きなところもちょっとダメなところも受け入れて,前に進み続ける,お互いに尊重し合い,サポートし合う,そんな学校に近づけるために,学校や授業はどうだといいのかなあ。こんなことを考えると「焦点化」も限界があると,思っているのです。

     夏休みに,また考えます。

    2013-07-19わりと、いいね

    一学期が、終わりました。

    楽しかったなあ、というこどもの声を聞きながら、

    ああ、よかった、とやっと安心する。

    2学期が待ち遠しいなあ、と思う自分は、けっこう好きです。

    2013-07-18出入り

    廊下を歩きながら、いろんな学年とふざけたりくだらない話をしたり、ときどき真面目な話をしたり。

    そんなことをしていると、いろんな学年の子が教室にも出入りしてくれる。休み時間はいろんな学年の子が入り乱れたりする。それはクラスの子にとっても、かなりいい環境になる。

    2013-07-16得手勝手

    県庁おもてなし課 (角川文庫)

    県庁おもてなし課 (角川文庫)

    小説から学ぶことって多いと思っています。

    「得手勝手」

    整備され,便利になった観光地にもそれなりの良さはあるけれど,不便さを逆に売りにすることもできる。

    得手勝手。自分がしたいように,気の向くように,ペースも自分で決めて,そんなところ楽しさもある。でも,それを支えるには待ち受ける側に全力の創意工夫がいる。

     ふむ。

    クラスの子たち。1学期ももう終盤に入り,「得手勝手」に勉強することには慣れてきた。調子がいいときも悪いときも,そりゃあ,あるんだけど,それでも,勉強が好きで,楽しそうにやっているから,それでいいのだ。

    2013-07-15きっと

    誰かの役に立っている、誰かに必要とされている、きっと最後はそこが肝なんだと、最近あった様々な出来事や悩み?から考えたこと。

    2013-07-11心と体

    【通信№35】

     体育は,今ドッジビー&ドッジボール。1年生と一緒にやっています。目標は

    ○なかよく,みんなで たのしむ。(こころ)

    ○なげる,とる,よける ができるようになる。(わざ)

    としています。(昨日は時間の都合でドッジビーだけでしたが(^_^;))

     

    「みんなが楽しむためには,どうしたらいいかな。」

    「もめそうになったら,どうしたらいい?」

     そんなことを投げかけながら,行っています。そうすると,さすがです。いい具合にみんなで声をかけあってやっています。もめそうになったときに,間に入ってお互いの言い分を聞いてい子がいます。どのこも笑顔,すばらしいですね。

     ともすると,自己中心的になってしまい,友達のきつくあたってしまったり,得意な子だけが楽しんでしまうことになりがちなボールゲーム。勝った,負けたで,楽しかったり楽しくなくなったりすることもあります。

    「結局は,みんなで仲良くやったほうが(お互いの話を聞きながらやったほうが)楽しいな!」「勝っても,負けてもみんなでやると,楽しいな。」

    そういう経験を体育を通して行う,ということです。心と体はいっしょです。

    2013-07-10負けない

    朝のラジオで、竹内まりやさんのインタビューをしていました。

    「負けないでいよう、の気持ち」

    の話をしていました。勝とう、じゃなくて。勝つこともあれば負けることもある。だから、いつも勝つことを目指して行くのはたいへん。

    それよりも、負けないでいよう、負けないでいたい、の気持ち。その気持ちがあれば、チャンスはくる。

    自分の気持ちに響いたし、子どもたちにも伝えたいのはここ。

    2013-07-06サークルの例会に参加して

    地元研究サークルの例会(あすみの会)の例会に参加しました。

    尊敬するY先生の報告,「1年生 1学期の指導を振り返って」でした。

    その振り返り。

     あすみの会始まって以来の,居酒屋での例会。(いろいろ理由があってのことですが,怒られそうである…。)

     金曜6時に集合,というのはやっぱりきつかったのか,Y先生とK先生,私の3人での例会となりました。Y先生の報告からは毎回,新しい気付きをたくさんいただけるので,この3人,という例会も,ひっかかったところですぐに尋ねたりできるので,個人的に考えれば,それはそれでよかったです。司会をたてての例会というよりは,3人でごちゃごちゃ話すという感じで行いました。もちろん,そのときはアルコールはなしです。

     Y先生のレジメの項立てだけ以下に記します。

    1 指導の基本は「納得と合意」

      ・1年生でも,命令と強制の指導はしない。

      ・子ども一人一人の人格を尊重した指導を心がける。

    2 学習規律と言われる内容の指導

      ・学校で求められている学習規律も楽しく,子どもの気持ちをワクワ   クさせながら行う。

      ・決められていることは,確実にできる力を身に付ける。

    3 よい行いを褒める。よい行いをやってみせる。悪いことを注意しない  で指導する。

      ・大切な4月の指導

      ・学校は「楽しい」と思える気持ち。安心して学校に登校できる雰囲   気作り。

    4 友達と本気でかかわる子どもにしたい

      ・みんなで勉強することの楽しさを味わわせる。

      ・できない子,分からない子にかかわることの大切さを教える。

    5 友達に優しくできる子どもにしたい

      ・仲良く遊ぶことができるようにする。

      ・友達のことをよく分かり,見守ったり,助けたりできる。

    6 1年生1学期の指導を振り返って

     ああ,やっぱりそうだよね。そうありたいよね,と思いながら報告を聞き,そしてお互いに話し合いました。Y先生からは,それぞれの項目に付いて具体的な場面(エピソード)をもとに話していただいたので,よりリアルに情景を思い浮かべることができました。

     こんなふうに,お互いの教育観や子ども観を交流させる場面を,私たちがもてていることがなんと幸せなことかと思いました。

     Y先生は子どもたちをこう育てたい,という思いをもってそこを軸にクラス経営をしています。特に,1番にあげている,「納得と合意」はその中心でしょう。学校のルールやクラスのルールを決めたり,守ることを要求するときにも「納得と合意」です。

     学校現場においては,ともすると即効性や効率性,もしくは相手が子どもだから?という理由で,「統一して」とか「共通理解」という言葉のもとに,納得と合意の無きまま「守りなさい」「こうしなさい」といったような型どおりのルールを当てはめそれを理由無く守ることを要求する指導もあります。それを完全に否定する物ではありませんが,「なんか違うな~」と思うこともあります。他のクラスと同じにすることで,他の先生や教員から何も言われないように,ルールだけが独立して,なんのためのルールかが後におかれていたり,そのルールの意義を子どもが理解していないこともあるからです。

     子どもの成長に寄与したり,可能性を広げるために,私たちはどんな学校を創りたいのか,どうしたらそうなるのか,日常的に教員同士でコミュニケーションをとることってとっても大切だなあ,と感じます。それが足りないから,「ルール」や「規律」ということだけが一人歩きをするようなこともあるのでしょう。教師一人一人もじつは孤独なのかもしれません。

     Y先生は優しい。そう思います。レポートの最後にこういう記述があります。

    「今回の報告は微笑ましい場面ばかりであるが,実際は,結構厳しく指導する場面もある。特に授業場面で私は厳しいらしい。」

    との文でレポートを締めくくっています。ここのところは,私が聞き漏らしたのか,トイレに行っていたのか,それともY先生が触れなかったのか,実は記憶がありません。ああ,ここの中身を聞かないと,今度。大事なところですよね。

              

    2013-07-02月極担任制!

    学級担任を教員全員で話し合って決めたらどうかな~?なんて話を,冗談めかして言って,

    「そんなことやれないでしょ。」

    と思われたことは,昔合ったけれども,本当は

    「毎月,(または毎週),担任がかわるっていうのもいいんじゃない?」

    と思っています。うちくらいの規模の学校なら,デメリットよりもメリットの方が大きい気がするんだけどな。

    「ありえん!」

    と思われるかな~。でも,それは固定概念だと思うんだけどな~。子どものも教師にもいいことたくさんあると思うんだけどな(笑)

    学級担任を教員全員で話し合って決めたらどうかな~?なんて話を,冗談めかして言って,

    「そんなことやれないでしょ。」

    と思われたことは,昔合ったけれども,本当は

    「毎月,(または毎週),担任がかわるっていうのもいいんじゃない?」

    と思っています。うちくらいの規模の学校なら,デメリットよりもメリットの方が大きい気がするんだけどな。

    「ありえん!」

    と思われるかな~。でも,それは固定概念だと思うんだけどな~。子どものも教師にもいいことたくさんあると思うんだけどな(笑)

    2013-07-01やめた笑

    今年は、闘わないこと、を考えて、自分の意見というのを極力抑えて、聴くことに徹してきた(つもり)けど、それは、半分はやめた。

    半分はやめた、というのは聴くことは、(苦手だけど笑)心がけます。でも、自分の考えも、言います。

    やりたいこと、実現したいことがあれば、やっぱり言わないと進みません。言いたいこと言って嫌われたら仕方ないです。ほとんどの人に、

    「あんたが違う。」

    といわれたら、反省します。

    とりあえず、「衝突は避けます」という感じで抑えるのはやめます。あ、もちろん、相手に対するリスペクトは誰に対しても大切にします。それさえ、忘れなければ、大方大丈夫です。

    今日、いいこと思いついたので、それを実現するにはそれが必要だ、と思ったもので。今日は、面白い相談ができました。