次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2013-01-22本を読もう

    【通信№97】

    「本を読もう!」

     今までも読書については,環境を整えたり読み聞かせを続けたり,図書室の時間を設けたりと,わりと力を入れてきました。それはなぜかというと,まずは,私自身が読書が好きだからです(笑)。

     冗談のようですが,半分は大まじめです。読書好きだから読書の楽しさを伝えられます。

     子どもは本来,読書が好きです。いや人間は,です。なぜって新しいことを知ったり,自分が体験できない世界を体験したり,筆者と「対話」できたりするんですから。そういう読書の楽しみを私は知っています。だから,子どもたちに伝えます。

    「本が好きな自分と,本なんか嫌いな自分,どっちがいい?」

    そう考えれば,「本が好きな自分」のほうが何倍もハッピーになれます。じゃ,読もうよ,ってことです。

     ただ,読書をしたからといって,すぐに勉強が得意になったりするわけではありません。読書は「何か」のためにするものでは本来ありません。「楽しい」からするのです。そういう点は,「学び」と同じかもしれません。3学期,子どもたちには今までよりももうちょっと,読書に対する刺激を強く与えようと考えています。3学期中に,一人一人の読書チャレンジが,一つ壁を越えられるといいなあと思っています。もう200ページごえの本も平気な顔して読みこなす子が出てきています。だから今がその良い機会です。親子で10分でも20分でも一緒に読書する時間など,おすすめします。(実はこれがとってもいいんです。)

    2013-01-18やっているうちに

    うちのクラスは陣取り遊びが好きです。体育で、ちょっとした時間でよくやります。

    陣取りって、ホント、折り合いをつける練習?いい遊びだと思うんですよね~。うちのクラスも4月のころはもめることも多かったんですが、今では、上手に遊びます。

     昨日、1年生も混ぜて行いました。

    「あ、2年生が1年生にやり方教えてね~」

    といって初めの5分だけ時間をとって、

    「まあ、あとはやっているうちになんとかしてね、2年生諸君!」

    といって始めました。

     やっているうちになんとなくわかってくるようです。1年生が、昨日の

    「先生、またやりたいな~」

    と何人も言いながら帰って行きました。

    チャンスだなあ、と思って今日もやりました。もうすっかりやれます。もめそうになっても、なんとか交渉しながらやっています。

    「うんうん、これこれ。これぞ遊びだ~」

    なんて思いながら、見ていました。

    2013-01-17大切にしたいのは「当たり前」の感覚なんだよな

    「伸びたい」「成長したい」「できるようになりたい」という,一人一人にある,ある意味当たり前の感覚を,本気に信じてなおかつ,その成長の証拠を「その子」に認めさせていく?というかそんな感じ。

    「おれなんか」「私なんか」と思ってしまっている子に

    「え?成長できてるじゃんか!ほら!」

    とにっかり笑って励ませる,そんな存在になりたい。

     だれでも伸びたいと思っている,みんなといっしょに伸びたいと思っている,ある意味そんな当たり前の感覚を,心から「当たり前じゃんか!」と言い切れ,それを純粋に行動に移す,そんな感じ。

    2013-01-15雪遊び

     昨日からの,降雪で校庭はふかふかの雪が30センチほど!絶好のコンディション!

     こんな条件を逃すわけにはいかないってことで,雪遊び!

     雪がさらさらなので,雪合戦も痛くないし。

     滑り台作ったり,雪の上に倒れてみたり,バケツを使って巨大雪プリンを作ってみたり。

     楽しかった!雪遊びの様子は,この前発足した写真会社が撮ってくれたので,それが明日の通信を飾ることになります。

     6年生も,その後の時間出てきて,たっぷり遊んでいた。そうこなくっちゃ。(笑)

    2013-01-13成人式にて

    今日は、かつてのうちのクラスの「子たち」の成人式でした。いままで、成人式というものに出たことなかったので、(自分自身のも含めて)

    「どんなものかな?」

    と少々緊張して出かけました。

    石巻市雄勝地区は、海辺の街でホタテやホヤの養殖などの水産業、そのた、硯石のの産地として有名です。

    そんな、海辺ですから、この度の大震災では大きな被害を受けました。それでも、全員が無事だったということを嬉しいし、幸いなことでした。

    私も、もと担任ということで、みんなの前で話す時間をあたえていただきました。

    ⚪無事でよかったこと。それが一番なこと。

    ⚪夢や目標をもって少しずつでも進みつづけてほしいこと。

    ⚪目標のさきには、もっと先があること。もしかすると、一歩一歩前に進むこと自体がハッピーなんじゃないかということ。

    ⚪私は君たちの後に続く後輩を学校で励ましていくこと、みんなは、その前を進んで、ほしいこと。

    ⚪一人でできないことがほとんどだから、人と力を合わせて一緒にやることを大切にしてね。

    ということを話しました。

    なるべく短く、とは思いましたが、どうだったかな。相変らず、うまく話せませんね。

    テレビではかつて、荒れる成人式、なんてことが話題になった時期もありましたが、全くそんなことはなく(まあ、みんな顔見知りだからね(笑))立派な成人式でしした。

    成人式には、全員が出席できませんでした。様々な事情があるので、それはそれでいいと思います。その上で。

    元担任としては、成人式で、会えなかった子も気になります。会えなかった子たちをおもい浮かべると、感じるところがあるからです。担任としてもっとやるべきことがあったな、と思います。もちろん、私一人で背負っているわけではないですし、当時を後悔しているのともちょっと違います。ただ、今ならあの時よりいい向かい方ができたかもな、と思います。

    とはいえ、今自分がやれることを一生懸命やるしかないのだな、というのが結論。やれることをやり続ける。

    今の受けもちは2年生。彼らが成人式を迎える時に、また、性懲りも無く

    (もうちょっとましなことやれただろうに)

    と思えるくらいで案外ちょうどいいのかも。

    これから新成人との懇親会?です。え?かれらと飲むのか?もしかして?う〜ん、なんか変な気分だ。いいのか?

    きょう、彼らの近況とともに来れなかった子のこともきいてみよう。

    2013-01-12うれしかったこと

    日常のなかで「いいなあ」と思ったこと。

    ①5年生の体育も受け持っています。

     ちょうど,キンボールをやっていました。試合終盤になって,A君が体育館の端にあるデジタイマーをピコピコやって,残り時間を増やしていました。

    「おいおい,時間増やしちゃだめでしょ。」

    「え,でも。増やしてるんじゃありません。」

    「ん?ふやしてるでしょ!」

    とのやりとり。まあ,普段なら,

    「増やしていません」

    と言われた段階で,

    「ん?どういうこと?」

    って聞き返せるんですが,そのときは,そういうアンテナが立ってなかったみたいで,

    (何いってんの!増やしてるじゃない!)

    って思ってしまったんですね。これは私の失敗です。

     その後,ちょっとしてB君が私のところにきて,

    「先生,Aは時間を増やしたんじゃないんです。なんでかタイマーが勝手に0になっちゃって,それでAが戻そうとしたんです。」

    とのこと。

     Bくんにそう教えてもらって,謝ることが出来たこと。

    ②会社活動(係活動)を決めていたとき,これは2年生の話。

     どの会社にしようかな~,とみんなで相談して決めていたときに,一つの会社がC君一人になってしまいました。

    「あれ,ここ一人になっちゃったなあ,C君どうする?」

    と聞いたら,何人かの子が,

    「じゃ,C君のところに入っていい?」

    ってことになったこと。

    そのときのことをC君がジャーナルに書いて

    「うれしかった」と思ってくれたこと。

    ③3学期,はじめのジャーナルで,自分が2学期どんなことががんばれて,3学期は,こんなふうにがんばりたいなあ,と書いた最後に,「3学期も,みんなよろしくね!」と書いた子がいたこと。

    小さな事のなかに,子どもたちのよさを感じられるような,そんな3学期のスタートでした。

    2013-01-09感謝

     2学期はちょっと自分が学びたいことが多すぎて,視点も自分のことや自分のクラスのことに偏っていた気がします。

     冬休み,あれこれ考えて充電もして,3学期は学校全体のことを考えて動いたり言う必要があると考えたことについては言おうと決めました。

     そう思っていると,いろいろな先生がいろんな動きをしてくれているのが分かります。

     早速今日は,少人数の先生が主体的に,休み時間に希望者の子どもたちを集めて縄跳びの練習会を開いてくれました。

     うちの子たちも何人か参加し

    「あのね,もう少しで二重跳びできるかもよ!っていわれたんだ~♪金曜日までにできるようにがんばろっと!」

    とうれしそうに話していました。

     ありがたいことです。

     職員も,多様にかかわって,前に進みましょうね!って感じです。K先生,ありがとうございます!

    2013-01-08「子どもたちを信じる」ことって

     あ,そうか,と思いました。

    今まで何度となく「子どもたちを信じる」ってこと考えざるをえない場面に出会いました。

    だって,『学び合い』の最後の一言?は「子どもを信じる」なんだから。

    「子どもたちを信じる」

    言葉にすれば,これだけで,

    「そりゃあ,もちろん,そうだ」

    ってなるんですが,この言葉のとらえ方で悩み,

    (信じるって何よ?)

    と,いつも行ったり来たりの年月でした。(というか年月です。今でもね。)

     『学び合い』に出会った最初の頃は,とにかく,信じるんだ!って感じで

    「とにかく君たちが力を合わせればできる!できるはずなんだ。シンジテル!」

    なんて思ったりいったりしていたわけです。しかし,そんな簡単に行くはずがありません。そんな簡単にみんなができるのならだれも苦労はしないわけです。

     それでも,私は「シンジテル」のですから,

    「なんで,できないのかあ!シンジテルのに。きみたちの本気をだそう!」

    なんていっても,ただ「シンジテル」レベルですから,ぜんぜんだめなわけです。時にいらいらしちゃったりもします。だって,一見「何もしていない」ように見えるわけですから,よけい,ね。

     毎日あれこれ考えながら,子どもたちの様子を捉えようと観察しつつ,何度も,この「信じる」とはなんだ??を考えたりしました。

    (お,こういうことか?)

    と思って喜んでは,またうまくいかず落ち込んだり,そんな年月。

     

     しかし,なぜか今は,前より気楽な自分に気がつきます。そして,子どもたちにも,なんども

    「みんなが」なんていいません。むしろ,ほとんど言わないかも。授業の中で課題が十分達成できない子も出ます。でも平気です。何でかというと,

    (ちゃんと次がある。大丈夫。)

    って思えるようになったからかな?って思いました。先生が中心になって教える授業だって,何十人もの子どもを同じレベルで「分かる」ようにんんてできません。それは『学び合い』だって同じではないかな,と思います。でも『学び合い』なら次があります。またチャレンジできるチャンスと時間を「自分で」作り出すことができます。そうです。自分で

    「ああ,ここうまくいかんかった。よし,次にもういっかいやろう!」

    と決めることが『学び合い』ではできるんです。この違いは大きいと思いません?『学び合い』では「分からない」「できない」「失敗した」が宝になるんです。先生が教える授業では「分かる」「できる」「成功した」が宝と見なされることが多いでしょうが,『学び合い』では実は逆なことにやっと気がつきました。勉強ができる子ほど,たくさんの「分からない」「できない」「失敗」にぶち当たります。でも,そこを楽しむのです,その子たちは。

     この間なおたかさんが「失敗のとらえ方」について書いていました。

    http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/nao_taka/20121231

     子どもたちが心から「みんなと勉強するの楽しいなあ」とか「よし,今学期は,(明日は)こんなことをがんばろっと!」と感じ,楽しみに学校にくる姿なんじゃないかなって思います。できないことや,分からないことを笑いながら

    「ここ分かんないんだよねえ~」

    なんて笑いながら勉強している子がすてきだなあ,と思います。「みんなが分かる」じゃなくて「みんなが分からない」(笑)それをみんなで楽しんじゃえばいい,そんなイメージです。

     そう思っているから,今は前より,ずっと気楽なんです。たぶん。

     「子どもを信じる」って,「みんなができることを信じる」ってことじゃなくて,

    にっこり笑って,

    「失敗しても大丈夫!またやってみようよ!みんなでやればできるよ,いつかは」

    という信じ方なんだなあ,と思います。

     なんだよ,そんなの当たり前じゃないの,って思う人が多いかもしれませんね。でも,そのあたりであれこれ悩んでいたんですよ。

     とはいえ,今こうして書いてみると,その

    「子どもたちを信じる」

    ってことがなんか薄っぺらに感じ,なんか違うなあ,そうじゃないんだよ,伝えたいことは,って気分にもなります。そこらへんを十分にまだ言語化できないところが,まだ,私が「分かって」ない所なんですけど。

     でも,それは,まだまだ「次」があるということで。その「次」のステージに行けたときに,自分はどんな風景が見られるのかと思うと,それもまた楽しみです。

     今,私自身が学ぶことが楽しいって感じていることが,一番大事かなって思いますけど。(笑)

    2013-01-07何が書きたかったんだっけ?

     『学び合い』に出会って,数年になります。すべての子の持ち味を引き出し,それこそ「一人も見捨てない」ためには,この考え方がベストだと思っています。私一人では無理ですから,みんなでやるしかないんです。

     この「一人も見捨てない」。この数年でいろんなとらえ方が出来るようになりました。はじめの頃は,この言葉のとらえ方が狭すぎて,かえって子どもを苦しめてしまったこともありました。今ではもうちょっと柔軟に考えらるようになり,うまくいかないときにはうまく子どもたちと相談しながらちょうどよいところを見つけようとすることができるようになてきたかな,と思います。今の私の「一人も見捨てない」は,ただ単に「できる」「できない」をこえて,それよりも誰もがだれかと安心してつながっていて,それで前に進もうとしている,できることやれることをどんどん楽しみながら広げていこう,そういう文化をもった集団ととらえています。それは,今の段階ですから,これからももっといい具合に進歩していけることと自分に期待しています。

     西川先生や,naotakaさんみたいに堂々と日本を変える,とまではスケールがでかすぎて私には口にできません。せめて,宮城・石巻をです。それでも,私に出来ることはたかがしれています。だから,いろんな分野のそして各地の優れた方々,またこの地域の優れた方々の関係が出来るような場をせめてつくることによって,あとはその方々同士でいろんな反応が生まれてくることを期待しています。やっていることは小さいことですが,それでも5年前と比べれば格段によいつながりが見えてきていますし,実際に広がってきているきがします。すごいことです。この間,震災もあったりして,そのつながりはそれもあってさらに活発化してきています。もしかしたら,本当に宮城や石巻の学校は子どもたちにとって,今よりもさらにすてきな場所に進化していくかもしれないぞ,と感じることもあります。

     「変えるぞ」なんて宣言はしませんし,私はそんなキャラではありません。私の持ち味は,理想主義なこと(笑)人は「直球しか投げないのかい?」ともいいます。以前は,キャッチャーが構えていようといまいと,投げ込んで痛い目に遭ったこともあります。今は,ちょっと相手の状況も見られるようになってきました。相変わらず,持ち玉は直球しかありませんが,

    最近は校内で,サウスポーの変化球投手と右アンダースローのピッチャーも研究推進委員としてリリーフにたってくれます。『学び合い』ではありませんが,それはかまいません。授業に対するスタンスも,私とは同じではありません。でも,もっといい学校にしたい,もっと学びたい,そういうところは一致します。それで十分OKです。職員室でも,「一人も見捨てない」スタンスで前に進める感じがやっとできたなあ,作ってくれたなあと思います。あとはこの種をみんなで大事に育てて,それこそ学校を変える?というか,みんなで育てていくことだなあと思います。みんながその気になれば,出来ますから。

     急がば回れ,ということで。

     ただづらづらと書いてしまいました。失礼しました。

     

    2013-01-06がんばりたいこと

     

     今年がんばりたいことの一つは,校内研究。べつにりっぱな研究のまとめを作ろうとか,公開研究会をやろうとか,そんなんじゃあないんです。

     簡単に言えば,職員みんなが「楽しくやる校内研究」です。職員みんなが子どもや授業のことをああだこうだ楽しく語りながら,学校教育目標や研究主題の達成を目指し,よりよい学校をみんなで作っていくイメージ。つまり,クラスで言えば,クラス目標に向かってメンバートライアンドエラーをしながら前に進んでいく,そんな充実した雰囲気。私たちは,クラスの子にそういう姿を求めますが,こと職員室となるとそれはなかなか難しいなあ,と感じています。

     なぜか?

    ①授業や子どもについてお互いに語り合う時間が圧倒的に少ない。

     担任は,基本教室が授業の場であり,子どもとかかわる場です。そこには多くの場合,担任のみです。だから,一日のうちの大半は「一人で」仕事をしています。

    ②忙しく,お互いにコミュニケーションをとる時間は,意外と少ない。

     なんだかんだいって,子どもたちは高学年になれば4時近くまで学校にいます。会議だって入ります。それもあって,採点作業や行事の準備,教室のこと,学級事務をするのですから,多くの人は家にも仕事を持ち帰ることになります。その中にあって,

    「子どものこと,授業のこと話しましょう!」

    といっても,優先順位が下がってしまうのですね。明日までに作らなくてはいけないもの,提出しなくてはならない書類,明日の授業のワークシート作り,明日までに返さなければならないノート…。そっちが「優先」になるのもある意味仕方がありません。

     しかし,学校にとって一番大事なのは「学校教育目標」であり,教育活動の時間的中心をしめる学習の中心課題である研究主題の達成のはずです。しかし「忙しさ」のため,そこについて,十分語り合う時間が取れずにイメージの共有が図れないのでは,やはり本末転倒になってしまいます。

     クラスであれば,「どんなクラスにしたい?」「今はどんな感じ?」「そんなクラスになるために,これでは具体的にみんなでどんな結果を出すといい?」「ここまでやれたね!OK!」「う~ん,ざんねん。じゃあ,次どうする?」なんてみんなで話し合いながらやれるんだけど,職員室ではその時間も足りないし,立場もちょっと違うしということでなかなか難しい。

     まずはコミュニケーションの量を,思い切って確保するしかありません。そして何度も繰り返し対話しながらビジョンの共有(理解をこえて共有)を目指そうと思います。そして,それをしながら指標の確かめ,修正。今までもやってきたのですが,自分にしつこさが足りず,もう一押しに躊躇してしまっていたのです。衝突したくありませんでしたし。しかし,それは裏返せば研究主任である私に,なんとしても校内研究を通して(クラスだけでなく)学校全部の子にとってよりよい学校にしていきたいという覚悟と,それを職員全員の協力と協同のなかでやっていこうという覚悟が足りなかったのでしょう。(だからここというところで押しが弱かった)

     強引にすすめるのではありません。そうではなく,目指したいことは何かをはっきり伝え,納得が得られなければ,得られるまで丁寧に聴き話し,ビジョンにそった目標のレベルを下げない点で,合意形成に努めることをします。

     3学期ですが,急がば回れ,です。これは,夏の研修で本校に来ていただいたファシリテーターN氏の言葉。今,私に効いてきています。(笑)

     職員室をチームに!幸い,ウチの職員室は多様性はばっちりです。価値観はそれぞれ違う部分もあるけれど,「よりよい学校にしたい」「自分が教師として成長したい」という点にかけては,一致できます。多様な集団は,それだけで,大きく成長する可能性があるのだ!ということで。

    (かくいう私が,今年度はなるべくよく言えば調整,悪く言えば躊躇・遠慮していたところがったんですよね。もうそれはやめた。自分も一生懸命やる。だからみんなもやろう,やりましょう,だな。)

     

    2013-01-05お知らせ

    http://d.hatena.ne.jp/chonseiko/20130101/1357051249

    石巻,宮城の子どもたちが今よりもさらに,学校が楽しい,みんなと勉強をすることが楽しい!ってなればいいなあと思います。

    そのためにいいと思うことは,どんどんやります。

    「子ども一人ひとりの幸福の実現と平和で民主的で平等な社会の建設という公共的使命」

    これは,佐藤学さんの本で見つけた言葉。これこそ,学校や教員のミッションであるはず。この言葉では「抽象的ではないか?」と考える人もいるかもしれません。しかし,ここのイメージをみんなで対話しながら共有していくことが大事なんだと思います。

    「難しいこといわないで…。」で避けて通れませんよね。

     で,そのミッションにも確かにつながる講座になるはず。石巻の,宮城の先生方,お集まりください。そして一緒に宮城のためにつながりましょう。

    2013-01-04

    さて、今年も始動です。

    3学期、子どもたちには、じゃんじゃん勉強しなよ、と笑顔で言えそうです。

    そんなの当たり前じゃないか、と思いますよね?でもね、私にとっては違うんですよね。子どもたちににっこり笑って、

    「じゃんじゃんね!」

    と言えるな、と思えることって予想以上に難しいことだったんですよね。

    なんでそういう心境になれたかというと、校内研究を通して、本気でもっといい学校にしたい、と思ったからなんです。

    え?今までは思ってなかったのかって?思っていましたよ、でも、そのレベルをあげるぞって決心したんです。自分に本気で学ぶ覚悟ができたこと、それでやっと子どもたちと同じスタートラインに立てるんですよね。

    あ、そういうことか、って感じです。私も勉強するよ!だから、みんなも一緒にやろうぜってそんな感じです。だったら、純粋に、子どもたちに

    「勉強しろ!」

    と笑顔で言えます(^-^)/

    かんたんな ことですが、やっと気がつきました。

    2013-01-03箱根駅伝から、勝手に思ったこと

    箱根駅伝を見ていました。日体大が総合優勝を果たしました。昨年は繰り上げスタートとなり、予選会から本大会の出場権を得たそうです。

    どの選手も、日本で一流のランナーでしょうからちょっとしたこと(例えばコンディションやメンタルとか)で結果が大きく左右されるのでしょう。厳しい世界です。

    だからこそ、細かいところで大きな違いを生むのでしょう。細かいところは、いろいろあるのでしょうが、その「細かいところ」がいかに大事かをしつこく伝え続けられることが大事なんだろうと思いました。その細かいところの中身は人によって違ってもいいなかな、と。ただ、それが目的ただ、目的達成のためには絶対必要と伝え続けられること。

    瀬古さんは、解説をしながら、生活の仕方や心構えが大切と、繰り返していました。練習量とか、どんな練習をするかでなく、生活。気持ち。もちろん、このレベルであれば練習するのは当たり前であり、その上で差が出るのはそこ、なのかもしれません。だからこそ、走ることと直接関係無さそうなところが大事になるのかな、と。

    日体大の選手は、総合優勝を決めて大喜びする前に、コース?に向かって全員で一礼していたのが印象に残りました。

    さて、私は、というと。子どもたちに求めつつ、その前に自分がモデルとなる「有り様」でいられるか、少なくても、モデルとなれるように進めているかが問われると思います。なんら、得意なことのない私ではあっても、やれることはあると信じて。大事なことにシンプルに拘りながら、今年一年を過ごしたいと思いました。

    2013-01-01明けましておめでとうございます

    新しい年になりました。

    昨年は、また新しい出会いもたくさんありました。また、本もけっこう読みました。様々な活躍をされている方々のお話を聞いたり、言葉に触れたりできました。

    やっぱり、意識が違うんです。そこだな、と思いました。

    自分はまだまだです。だから、あらゆるところから学ぶという気持ちは大切にしたいです。

    ても、謙虚な姿勢と意識が低いのをどこか、一緒にしている部分がどこかにありました。やっぱり、それでは子どもの前には自信をもってたてません。力不足のところは、あとから追い付く、それくらいの気持ちで今年はやりたいと思います。