次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2012-08-21変わり始める兆しか?

    今日は県の国語研究大会に参加してきました。

    午前は「話すこと・聴くこと」「書くこと」「読むこと」それぞれについて実践報告が一つずつです。

     それぞれの報告を聞きながら,

    (変わってきたなあ)

    と思いました。 

     思考力,判断力,表現力がますます求められるようになり,国語科を中心に言語活動の充実がその取組の中心に位置づくようになってきています。

     変わったなあ,と思うのは,だんだん「ばりばり一斉授業」が消えてきた感じがすることです。どの報告の中にも,学習課程の中のどこかに,交流活動が取り入れられるようになり,ずっと教師の発問と話し合いで通す取組は見られなくなってきました。「読むこと」では,「席をたって自由に交流させてみました」みたいな報告もありました。『学び合い』ではなさそうでしたが,こういう「公」のところで「席をたって自由に交流」なんてことを出せるようになり,参加している多くの方々(校長先生や教頭先生も含む)も,それを見た目受け入れて聴いている姿なんて,5年前にはあったでしょうか?

     言語活動の充実,を意識し,交流活動を行おうとすれば,どうしても「一斉授業スタイル」では行き詰まります。子ども同士が自由に交流する形になるのはある面必然でしょう。言語活動の充実,が言われれば言われるほど,「授業中は静かに座って,学習するべき」という「習慣」は,薄らいでいき事になるでしょう。

     『学び合い』形態が受け入れられる素地は出来てきていることは感じますが,だからといって,それでいいというわけではありません。が,「違和感」として,抵抗のありがちだったこの「見た目」が受け入れられるようになれば,あとは中身を考えていけばいいのですから,それはそれで,やっぱり,変わってきたなあ,と思うのです。

     本日も,たくさんの学び・気づきを得て帰ってきました。たくさんありすぎたので,整理しないと,どこかに流れて言ってしまいそうです。午後の講演会でも,学習指導要領の携わった寺井正憲先生の講演。作成にあたってのあつい思いを直接伺う機会に恵まれました。ふだん考えていることを後押し,肉付けしていただけるようなお話で,半ば興奮しながら聴いていました。しかし,残念なのは,こうした作成の願いや思いは,現場にはほとんど伝わってはいないんじゃないかということも感じます。学習指導要領を開くのは,指導案を書かなくてはいけないときだけ,なんて人も実は多いのではないかと思います。それがいいとか,悪いとかいうつもりはありませんが,こういう話を一校3~4人で聞けたら,話ははやいのになあと残念に思います。

     まあ,でも,やれることに最善を尽くすのみです。2学期からの校内研究に向けて,自分のモチベーションも上がりました。

     あ,言い忘れましたが,寺井先生のお話しされることを実現するには,今までの授業の感覚では,かなり難しいということです。私たちは根本から授業というものの考え方を変えなくてはならないのでしょう。それは,昨日の講演会のお話ともばっちり重なってきます。「生きる力」を育てるために,授業をどうするの?ってことですね。