次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2012-08-09金津中の校内研究研修会参加

     宮城・金津中の校内研究研修会にN先生が講師として講演されるということを伺ったので,参加させてきました。

    金津中の研究テーマは「学ぶ意欲を引き出す指導のあり方」N先生の演題は「クラスづくりは教科学習から」。

     学習意欲(やる気)は「ある」「なし」というよりも,出せる状況か,出せる環境か,ということなんだと思います。とかく,教師は,

    「彼はやる気がある(ない)」

    とか言いがちだけど,そういうもんではないと思います。N先生の言葉を借りれば

    「寝てる子,は,その集団の中で,そういう役割を選んでいる。」

    と。で,その役割になってしまう,(選んでしまう,選ぶことがその集団に属すための「有効な」手段になってしまう)きっかけは「無視」。

     それは,いわゆる「いじめ」の場合の積極的な,意識的な無視ではないでしょう。「軽く流す」「相手にしない」「下に見る」みたいな感じかな,そういう関係性が集団の中に生まれたときに。役割としての「寝る」子が出るのでしょう。つまり「学ぶ意欲」を放棄(しているように見せることで)することでささやかな抵抗をする,という感じでしょうか。それを,教師から「やる気がない」と言われて(思われて)しまえば,次なる戦略は,教師と「戦う」こと,戦わないまでも,教師の注意を喚起するための行動によって居場所を作るしかないのでしょう。

     それも「できることはよい」「できないことはだめ」みたいな価値規準をしらず知らずのうちに教師や大人が子どもに発信していることから生まれることでもありますね。

     わかりやすい授業,わかりやすい説明,おもしろい教材。それはどれも相対的には,あるにはあるでしょうが,すべての子にぴったりのそれはない,というのも納得です。それよりも,学習という作業を通して,クラスの人間関係を少しずつ整え,みんなで学べる,学び続けられるクラスにしていくことが必要になってくるでしょう。急がば回れ,ですね。

     学習意欲は,教材や指導法でどうにかなる部分よりもそれ以上に,クラスの人間関係に左右されるというとらえ方は,勤務校にももっともっと伝えていきたい部分ではあります。

     N先生は,たいがい,最後に先生が定時制高校教員だったころのお話をされます。そして,自分の失敗を語ります。そのお話をされるたびに,なんとなく目が潤んでいるように見えます。

     私はN先生の,講演の最後のメッセージを次のようにメモしました。

    「教科の内容で,人間関係はつくれない。そうでなくて『ひとりも見捨てるな』と語り続けること,そのことを厳しく求め続けること。教師がすることは,教師がいなくても成立する集団,そういう仲間を子どもたちに与えること。」