次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2011-06-10置いていくぞ

     今日のこと。

     算数が苦手で,よく分からなくなって,ふてくされるように黒板の前にイスを持って来て,座ったままの子がいた。“ふてくされたように”とは言ったが,その子にしては,算数は苦手で,どうにも分からなくて「ぼくは困っているんだ!」という意思表示なわけだが,毎度毎度そのような意思表示の仕方はないものかな~と思っていた。だって,その子のそんな姿をみて,サポートに入ってくれる子はいるものの,本人がそんな状態じゃあ,「仕方ないなあ,もう…」という感じでのサポートになりがち。サポートしてもらっているその子だって(想像の域だけど)半分かりかり?というか「なんでぼくだけ!」と思っているか,半分照れ隠しのようなむっとした感じでは,効果は推して知るべし。もっとも「サポートしてもらう」というスタンスから何とかならんものか,と思っていた。

     で,ついに今日,こういった。

    「なあ,そんなとこで,そんなふうにしていて,何になるの?そんな顔してるんだったら1時間そうしてな!かまわないから。昨日の理科を思いだしなよ。あの時,○君は(その子のこと)モーターカーがうまく作れなくて,『もうやめた』みたいにして,箱にしまったでしょ。そのとき先生に叱られて,もう一度箱から出して,もう一度やり出したじゃん。そうしたら,モーターも回るようになって,楽しくみんなと学習できたでしょ。そのときと同じだって。あのとき,なんで,楽しくやれたの?○君が本気になって何とかしようとしたからでしょ。今の○君は,昨日のモーターカーを箱にしまったときと同じだよ。どうするんだい!そうやってふてくされるだけならずっとそうしてな。」

    と,ちょっと強めに詰問。あまり気の強くない○君だし,そうぜざるを得ないくらいの状態だったんだろうけど,つい,言ってしまった。

    (あ,ちょっときつすぎたかな~)

    と心配になった。案の定,目に涙をためて,座っていた椅子を抱えて私から離れて言ってしまった。

    (あ~,やってしまったか~…)

    と自分の感情にまかせて言ってしまったことを後悔…。

     でも,その後,○君は自分の席に椅子を戻したと思ったら,自分から女の子の□ちゃんのところへいき

    「ね,教えて…」

    と声をかけた。□ちゃんは,一緒に○君の席にいき,なにやら少し一緒に考えたあと,□ちゃんは友だちの△ちゃんを呼びにいき,2人で○くんとやり始めた。そうこうしているうちに,□ちゃんはまた別な子のサポートに入り,○くんは△ちゃんとその後やり,課題を達成することができた。

     「先生,□ちゃんと△ちゃんといっしょにやってできました!」

    とにこにこしてプリントを持ってきた○君はとってもいい顔。私がおしえたんじゃあきっとこうはいかないよなあ。

     まあ,当たり前のことなんだけど,本人が本気で分かるようになりたいと思って行動し始めないと結局だれも本気でサポートしないということ。

    「だれか教えて~」とか「だれも教えてくれない!」じゃあ,お話にならないわけだ。「教えるー教えられる」じゃなくて「いっしょに学ぶ」関係になるには,能力が同じくらいというのが重要ではなくて,やる気度のバランスなわけだなあ。当たり前だろうけど。

    「一人も置いていかない」は大前提としてあるけれど,時として「本気でやる気がないなら置いていくぞ!」も,言葉としてはありだよなあ。

     でも。何度もはつかえないけど…。だって,本気でそう思っている訳じゃないことが伝わっていることが必要だし,何より,別に「本気じゃない」わけではないのだから。