次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2011-06-30ありがとうございます

     被災した前任校の卒業式に合わせて,その子たちが3年生当時の1年間の写真をCDにいれて,渡したいと思った。おそらく,その子たちの小学生時代の記録の多くは流されてしまったであろうから。

     せっかくだから,ちょっと体裁のいいものにしたかったので,地元の業者さんにお願いすることにした。

     今日,できあがったCDを取りに行ったのだが,素晴らしいできばえにしてくださった。おまけに,

    「先生の気持ちに,私ものっかります!」

    ということで,「超」がつくほどの格安で。申し訳ないくらいの。

     この業者さんは,「第1回宮城の会」の記録DVDを作成していただいた縁でのおつきあいをしている。とってもいい方だし,仕事も丁寧なので,みなさん,よかったら,ご利用ください。

    http://www17.plala.or.jp/videofile/

    2011-06-29『イメージする能力』

    この間,bun-bunさんに,「教師の職能って『イメージする能力』では?」というコメントをいただきました。

     昨日授業研究会の「授業を語る会」の,その後の職員室でおしゃべりしていて,何となく,

    「ああ,そうか」

    と思いました。

     子どもにこんな風に育って欲しいというイメージ,この授業でこんなことを達成して欲しいイメージ,達成したときのいいイメージ,そんなイメージをよりリアルに,具体的にイメージできること。そしてそのイメージ自体も高めていくこと…

     そして,子どもたちにもそれがイメージが出来るように伝えること。うまく伝わらなければ,イメージが出来るように,伝え続けること。

     そんな感じかな…。

     bun-bunさんは,どう思います?

    2011-06-27じゃ,私が補欠に…

     明日は,私のクラスで校内研究の授業提供を行います。

     放課後,先生たちと雑談していたら,O先生が

    「あ,明日の自習課題どうしようかな~」

    といっていたので,

    「子どもたちがやっている間,私が補欠に行きましょうか?」

    といったら,笑われました~。

    2011-06-25「卒業式」

     前任校の旧?6年生の卒業式の案内を先日いただいた。日時は7月3日。卒業式である。

     その学校は,先の震災で校舎屋上まで波をかぶってしまった。それで,それ以降卒業式が実施できずにいたのである。

     「卒業生」は,私が前任校で最後に持った3年生である。そして,ばりばり一斉指導であった私が今の授業のスタンスに2学期から移行した学年である。

     その子たちの「卒業式」の案内をいただいたわけである。その子たちは現在,高校の校舎を間借りした「地元」の中学校に進学したり,他地域または県外の中学校に進学したりといろいろらしい。そんな事情もあって,全員がその卒業式に出席できるのかもよくわからない。

     でも特別な卒業式である。ぜひ参列していっしょに祝ってあげたいと思う。

     幸い,授業中そのた学校での活動の写真は私の元にデータとして1000枚ぶんくらいはある。それを全部CDにいれて持っていってあげたいと思う。

     写真にのこっている風景や建物は今はもうないけれど,子どもたちは全員無事だった。前を向いて歩んでいって欲しい。

     地域はホタテの養殖で有名だったので,こんなふうに,総合学習もおこなっていた。

    f:id:motoryou:20060710110855j:image

    2011-06-17思ったこと

     震災支援の一つで,学校には週1日,愛知県からのスクールカウンセラーの先生の訪問がある。それは前にも1回書いたことがある。

     Ⅰ期が終了して,引き続きⅡ期目も支援が受けられるようになったとのことを嬉しく思う。

     私は,せっかくの機会なので,なるべく放課後,カウンセラーの先生と話す時間をまとまって取るようにしている。日中の授業にも入っていただけているので,子どもたちのことをまた違った視点で見てくださり,とても参考になる。

     話していて思うのは,学校には「教師」以外の大人がもっと入って,子どもたちと自由にかかわり合ったり,また教師と話したりする機会や場があるといいなあ,と思った。本来の私たちの仕事は何なのかを気付かされるきっかけにもなる。

     今すぐ,本校にスクールカウンセラーさんを日勤にしていただくことは出来ないけれども,保護者や地域の方々を学校に迎え入れやすくすることは,私でも何とかなりそうだ。学校が,子どもたちを核にした地域のコミュニティセンターみたいなイメージかな…

     今すぐどうこうならないかもしれないけれど,イメージしていると,少しずつ近づくかもしれない。そういうことも視野に入れて,まずはやれることをやってみたい。

    2011-06-16また,おなじみの悩みです

     『学び合い』における教師の「厳しさ」とは何だろうか。おそらく「一人も見捨てない」「一人も置いていかない」ことに対する厳しさであろう。

     つまり,それはきっと「みんな」の達成で評価する,ということになるのだと思う。

     子どもたち一人一人の願いや目標がある。「○○が出来るようになりたいな」「○○を目指したい」というもの。もう一方で,「みんなが~出来るようになる」という目標もある。つまりクラスとしての目標といえるだろうか。

     両方をバランス良く達成してほしいと教師としては思う。バランス良く,というよりも同一線上にとらえたい。

     『学び合い』の授業は,ときに教師にとってはとってもストレスを感じることはありませんか?『学び合い』だからこそ感じるストレスかもしれません。

     うちのクラスは,能力差の幅が大きいクラスです。おそらく『学び合い』でなければ,全ての子の学習を保障できません。一斉授業では,どのレベルに合わせて授業をしても多くの子にとってはぴったり行かないと思います。

     だから,『学び合い』の授業を選択していますが,おいて行かれそうになる子がはっきり見えて来るのがつらくて仕方ありません。

     それは,見ていて子どもたちが悪いわけではないのです。子どもたちも声をかけたり,誘ったりはしているのです。それでも,うまくいきません。

     3年前の私も,同じような状況下で,「みんな」を達成できないことに歯がゆさを感じ,当時のクラスを(そのつもりはなかったのですが)結果的に責めてしまったようなときもありました。

     その轍は踏むまい,と思っています。しかし,

    (ああ,このままではおいて行かれそう…)

    と思うと,気になって気になって,マイナスなトーンの言葉を発してしまいます。

     例えば跳び箱。個人個人はそれぞれ目指す技の習得に向かって,燃えて取り組んでいます。なかなか,意欲的なチャレンジです。そのなかにあって,まだ跳べない子の応援をしながら,手伝っているグループもあります。いい感じでやっているようではあるんですが,極端に苦手な子が練習の初めからステージの端に座ってしまいます。その子は練習に参加しません。声をかける子がいても首を振っています。そうなると,他の子も,自分の目標達成のための練習を続けることを,責めることはできません。

     そうなると,私が…ということになるんですが,それもいい選択肢には思えません。これがストレス。

     こういうのって,他の教科でも形を変えて,ときどき出てきます。そのたびに(どうするどうする~)と悩みます。

     能力の差が大きい集団の場合,『学び合い』のほうが「まし」であるのは分かるのですが,おいて行かれそうな状況が目の前に「目に見えて」出てくると,すごいストレスがかかります。じゃあ私が教えたからと言って,特段わかるわけでも,出来るようになるわけでもないんですが。

     最後は『学び合い』のまた学校観に行き着くのでしょうが,それでもなんか今,もやもやしています。どうすればいいのかな~。私が求めることは

    個人が出来ることじゃなくて,クラスのみんなができること,の一本でいいのかな~。でも「クラスのみんなができる」ことばかりを求めたら,今まで達成できないことのほうが多いから,それはそれでストレス感じるし,子どもたちもつらいかな~なんて思ってしまう。

     あ,そう考えると,「みんな」に対する厳しさが私自身に足りないから,子どもにもその意識が二の次になってしまうということか…

    (わ…自分に対してバッサリ!でも実際そう…)


     難しい局面になると,いっつも,この「みんな」に悩まされるんだよな~。「みんなが」「みんなで」…

     『学び合い』における教師の厳しさってなんだ?

     一人一人の目標とクラスの目標の関係は・・・。より高次の目標をもとめればいい??

     しかし,今だ足下がしっかりしていないことが,分かります。は~。

     

     はっきりいって混乱してますね,こりゃ。 

    2011-06-14あ~あ

    今日は何でか,気持ちの歯車がかみ合っていませんでした。

     こういうときは,気を付けなくてはいけないんですが…。

     今から思えば,どうってことないことに

    (むっ)

    ときてしまい,そこからは全然ダメ。

     結局,帰りの会の前にも,あることが我慢できなくなり,叱り,そのまま帰り,という最悪のパターン…

     あ~あ,だめだめでした。 

      

     仕方ない,明日また仕切り直し。

    2011-06-13神様仏様ご先祖様

    昨日の夕方のこと。庭が草ぼうぼうになってきたので,

    「今日やらないと,また1週間,そのままになってしまうなあ…」

    と思って,草刈りをすることに。刈り払い機を取り出してエンジンスタート。

     ふと見ると,花壇の中も草がいっぱい。

    (あ~,ここもとらんとな~)

    と思って,手でわさわさと抜いていたところ,

    「ガシッ」

    と鈍い音がうしろから…

    「あっ…」

    と思った瞬間にはもう遅かった。右足のかかとの上辺りを刈り払い機の後ろにぶつけてしまった。しっかりと靴下が裂けている。

    (あちゃ~)

    と思っているうちに,血がツーと。

     使い始めたころは,完全防備で扱っていたんだけど,近頃慣れてきて油断していた,と後悔しても後の祭り。

     妻に車にのせてもらって,石巻日赤病院へ。急患受付では,自ら右足を押さえながら,受付表を書く。

     少々まってから診察室へ。診察の結果,傷の深さは思ったほどではなかったようで,縫合はしたもののアキレス腱などへの損傷はなく,不幸中の幸いといったレベルで済んだ。(手当をしてくれた先生は名古屋の先生,看護師さんは富山の方で,こんな所でも,被災地の病院を感じた)

     それにしても,自分の油断がうんだことであり,自業自得である。

     でもこんな時は,最近,

    (神様,仏様,もしかしたらご先祖様が助けてくださったのかも。ありがとうございます)

    と考えるようにしている。だって,もっとざっくりいっていてもおかしくなかったわけだから。こういう風に思うことは,例えば,車で寸前でぶつからずに済んだときも同じ。

    (うわっ,どこかの見えざる力が,ちょっとタイミングをずらしてくださった…)

    とか

    (一瞬はやく気付かせてくださった…)

    と思って,心の中で

    (感謝,感謝…)

    と。

     で,今日は びっこをひきひき,学校にいったら,

    「先生,どーしたのー??」

    と。これこれしかじかと話すと,

    「まったく~」

    とか

    「それじゃあ,おばかじゃ~ん!」

    だって。は~。


     でも,1日勤務を終えて,下駄箱に行き,靴を取ろうとしたら,

    (うわっ…)

     スニーカーの後ろの,ちょうどかかと部分を覆っている部分の上部1㎝の所が,ざっくりときれている。

    (うわっ…,ギリギリじゃん…)

     あらためて,神様仏様ご先祖様にお礼を言いました…。

    f:id:motoryou:20110613200742j:image

    2011-06-12ありがとうございました

    震災から3か月。

     今日は,私が15年近くお世話になっている,本当に本当に大事な先輩教師,Y先生の葬儀でした。3月11日の津波の被害にあいました。

     その学校は,私の勤務校の隣の学校です。その学校が,そんな津波に襲われているなんて,まさにその時には考えもしませんでした。校庭に子どもたちを避難させた私たちは,程なくして「大津波警報発令」の防災無線をきいたのですが,よもやあの学校に津波が来るなんて,予想すらしていませんでした。

     その先輩は,本当に尊敬すべき先輩でした。その先生が起ち上げたこの石巻の教育研究サークルにわたしも誘って頂いて,その後,一緒に事務局までもやらせていただいていました。月に一回の例会も,すでに250回を越えています。私はそのサークルの仲間と一緒に,今日は葬儀の受付をさせていただいたので,会場の中には入らず,受付の席で,遠く遺影を眺めていました。弔辞を聴きながら,涙をこらえることが出来ませんでした。「教師は子どもの前に立ってこそ教師なんだ」という信念を貫かれた先生です。その上,学校作りは教師一人一人が主体的に参画すること,職員みんなで納得と合意のもとで進めていくことを大事にされてきました。Y先生から学んだことは,今の私のベースになっています。

     クラスの子どもたちを救うことが出来なかったことを,本当に本当に無念に思っているに違いありません。Y先生のことですから,きっと最後まで何とかしようと,奮闘されたことでしょう。本当に残念でなりません。

     私は実は,前任校を転出する際に,異動先として希望したのは,その津波被害にあった小学校でした。Y先生と同じ学校で勤務して,もっともっと学び取りたい,と思ったからです。しかし,その時は,希望が叶わず,隣の学校の現任校となったといういきさつもあります。私も,今,こうして生きているのも,生かされているということなんだと思います。

     悲しい,残念,はらが立つ,力が抜ける…,どれも当てはまりそうで,どれも当てはまらないような気がします。ぴったりする言葉がありません。

     でも,受付の席にいながら,ぼ~と遺影や入口付近に飾ってあった写真や中から聞こえてくる5人の方々の弔辞の言葉を聴きながら,やっぱり「ありがとうございました」しかないよ,と思いました。

     今の自分があるのも,Y先生のおかげです。Y先生のおかげで「今の自分じゃだめだ」と思ったし,学ぶってどういうことかも教わりました。この研究サークルを出発点に,県内外の多くの方とも繋がれました。だから,やっぱり「ありがとうございました」なんだと思います。

     いっしょにすごさせて頂いたこと,本当に感謝します。そして,Y先生がずっと目指してきた,「いい学校をみんなでつくる」ことを大切に,この石巻の学校を,みんなの力で,震災前よりももっとよくすること,そこに力を注がなくてはなりません。そうです。「みんな」の力で,です。

     今の小学生は,まさにこれからの宮城県,石巻市を支える人たちです。その人たちの成長に携われることのありがたさと責任を痛感します。

     がんばるぞ~。

     

    2011-06-11

    いろいろ,気持ち的に疲れてきて,いらいらしたり落ち込んだりするときに重宝します。車の助手席に置いておいたり,ウェストポーチの中に入れておいたりして,いつでもどこでも開けるようにしています。

     元気になれま~す!

    3秒でハッピーになる 名言セラピー

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    3秒でもっとハッピーになる名言セラピー+

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    3秒でみんなハッピーになる 名言セラピー++(ダブルプラス)

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    2011-06-10置いていくぞ

     今日のこと。

     算数が苦手で,よく分からなくなって,ふてくされるように黒板の前にイスを持って来て,座ったままの子がいた。“ふてくされたように”とは言ったが,その子にしては,算数は苦手で,どうにも分からなくて「ぼくは困っているんだ!」という意思表示なわけだが,毎度毎度そのような意思表示の仕方はないものかな~と思っていた。だって,その子のそんな姿をみて,サポートに入ってくれる子はいるものの,本人がそんな状態じゃあ,「仕方ないなあ,もう…」という感じでのサポートになりがち。サポートしてもらっているその子だって(想像の域だけど)半分かりかり?というか「なんでぼくだけ!」と思っているか,半分照れ隠しのようなむっとした感じでは,効果は推して知るべし。もっとも「サポートしてもらう」というスタンスから何とかならんものか,と思っていた。

     で,ついに今日,こういった。

    「なあ,そんなとこで,そんなふうにしていて,何になるの?そんな顔してるんだったら1時間そうしてな!かまわないから。昨日の理科を思いだしなよ。あの時,○君は(その子のこと)モーターカーがうまく作れなくて,『もうやめた』みたいにして,箱にしまったでしょ。そのとき先生に叱られて,もう一度箱から出して,もう一度やり出したじゃん。そうしたら,モーターも回るようになって,楽しくみんなと学習できたでしょ。そのときと同じだって。あのとき,なんで,楽しくやれたの?○君が本気になって何とかしようとしたからでしょ。今の○君は,昨日のモーターカーを箱にしまったときと同じだよ。どうするんだい!そうやってふてくされるだけならずっとそうしてな。」

    と,ちょっと強めに詰問。あまり気の強くない○君だし,そうぜざるを得ないくらいの状態だったんだろうけど,つい,言ってしまった。

    (あ,ちょっときつすぎたかな~)

    と心配になった。案の定,目に涙をためて,座っていた椅子を抱えて私から離れて言ってしまった。

    (あ~,やってしまったか~…)

    と自分の感情にまかせて言ってしまったことを後悔…。

     でも,その後,○君は自分の席に椅子を戻したと思ったら,自分から女の子の□ちゃんのところへいき

    「ね,教えて…」

    と声をかけた。□ちゃんは,一緒に○君の席にいき,なにやら少し一緒に考えたあと,□ちゃんは友だちの△ちゃんを呼びにいき,2人で○くんとやり始めた。そうこうしているうちに,□ちゃんはまた別な子のサポートに入り,○くんは△ちゃんとその後やり,課題を達成することができた。

     「先生,□ちゃんと△ちゃんといっしょにやってできました!」

    とにこにこしてプリントを持ってきた○君はとってもいい顔。私がおしえたんじゃあきっとこうはいかないよなあ。

     まあ,当たり前のことなんだけど,本人が本気で分かるようになりたいと思って行動し始めないと結局だれも本気でサポートしないということ。

    「だれか教えて~」とか「だれも教えてくれない!」じゃあ,お話にならないわけだ。「教えるー教えられる」じゃなくて「いっしょに学ぶ」関係になるには,能力が同じくらいというのが重要ではなくて,やる気度のバランスなわけだなあ。当たり前だろうけど。

    「一人も置いていかない」は大前提としてあるけれど,時として「本気でやる気がないなら置いていくぞ!」も,言葉としてはありだよなあ。

     でも。何度もはつかえないけど…。だって,本気でそう思っている訳じゃないことが伝わっていることが必要だし,何より,別に「本気じゃない」わけではないのだから。

    2011-06-09初めの一歩

    今日は朝会。

     「みんな,楽しい学校と楽しくない学校,どっちがいい?」

    と子どもたちにききました。当然,

    「楽しい学校~!」

    という返事。そりゃあそうですよね。

    「そりゃあ,そうだよね。じゃ,どういうのが「楽しい」っていうのかなあ?一人一人違うかもしれないけれど,先生たちで話し合ったときは,大きく分けると『友だちと仲良く遊んだり活動できたりする』と『学習がよく分かる,学習がおもしろいと思う』ってことじゃあないあかなあ,という意見が多かったんだ。もちろん,仲良しの友だちがたくさんいれば楽しいし,1日のなかで一番長い学習の時間が楽しければ,学校がもっと楽しくなると思うんだ。」

    「でね,実は先生たちも,みんなと同じように,いつも勉強会をしているんだ。先生たちも,みんなに『学校が楽しい!』『学ぶのが楽しい!』となるように,学校をどのようにしていったらよいか,授業をどのうにしていったらいいか,考えているんだ。つまり,今よりもっとこのF小学校を良くするにはどうしたらいいかってこと。今までは,こういうことを,みんなにあまり相談しないでやっていたんだけど,よく考えたら,みんなの協力なしにはできないことだよね。

     先生たちは,みんなにとって楽しい学校をつくりたいと思っているんだ。だから先生たちとみんなで,3月には今よりももっといい学校になっているように,そして3月には『この1年が,とってもいい1年だったなあ』とみんなが思えるような1年にしようね。みんなといっしょにいい学校生活や楽しい授業をつくっていこうね。みんなの意見もこれからたくさんきかせてね」

     そんなことを,研究主任の立場で話しました。

     全校の子どもたちといっしょに,学校作りをする。考えれば当たり前のことなんだけど,今まで,全校の前で話したことはなかった。これから,具体的にどうするかも,まだこれから。でも,まずはこう話したんだから,ちょっとは前進,あとはやりながら考えよっと。

    2011-06-08雑談クラブ

     「雑談クラブ」

     今年の校内研究の中の一つの取り組み。原則的に毎週水曜日,4時くらいから30分ほど。職員室の後ろのテーブルの辺りでただ,おしゃべりする。まあ,ただ,といっても中身は“学校や子どもや授業のこと”なんだけど。

    特にテーマは持たずに,ただしゃべるだけ。忙しい現場だから,参加は基本的に自由参加。でも,話の内容はみんなに聞こえるようにあえて職員室にしている。忙しくて自分の事務仕事をしなくてはいけない人もやりながら口を挟めるように。

     今日の参加者は3人。ケンカやもめ事の時はどうする?,みたいな話から

    目標設定や評価は?とか,6年生の先生もいたので,社会科の歴史の授業はどうすると楽しいかな~みたいな話も。実際の出来事や,いまいま抱えている悩みなどを気楽に話せるのはよい気がする。今日は,ついつい盛り上がってしまって5時半くらいまでおしゃべりしてしまった。(就業時間を過たら,一応1回しめないと,いけないなあとちょっと反省。続きがある場合は,また続ければいいわけだし)

     課題としては,参加できる人をちょっとずつ拡大していくことだけど,個人個人事情があるから,参加できなくてもそれは仕方が無い。常にオープンにしていこうとする,気持ちは忘れてはいけないと思う。

     研究主任としては,この時間に限らず,目標を念頭に置きながら,全ての方々とたくさん話していきたい。

    2011-06-07ちょっと待て

    自分や自分たちの都合で,楽な方やいい加減な仕事ぶりに「合わせる」姿に,今日は,「釘を刺した」。

    2011-06-05納得と合意

    条例の是非はともかくとして,その決め方はどうなのか。「多数決」とか勢力の強いもので強引に進めるのが民主主義なのか。本来,子どもたちの手本にならなければならない,大人の話し合いが,ああいう形で半ば強引に進められるのは如何なものか。全員が納得,は難しいかもしれないけれど,そうできるように最善を尽くしたと,みんなが思えることが必要だと思う。

     それも,ある面,今まで学校で民主主義を育て切れていない面もあるのだと思う。歴史的に見て,自分たちの運動で民主主義を勝ち取ってきたのではないから,なのかなあ。

     納得と合意を大切にすること。その努力を最後まですること。まずはクラス,職場から。

    2011-06-04きのうのこと

    朝の会では,順番に「朝の発表」がある。子どもの中で2冊のノートを回して,毎日2人が,クラスのみんなに向けて話したいこと,伝えたいことを自分で決めて,発表する。分かる人もいるとは思うけど,金森俊郎先生の「手紙ノート」をイメージしたものだけど,金森学級のように深いものは,特段出てくるわけではない。

     でも,昨日は,びっくりした。

     震災で大きな被害を受けた子が4人,クラスに転入して来ているけど,そのうちの3人は休み時間とかのおしゃべりの中や,振り返りジャーナルの中で,震災の日のことについて話したり書いたりして伝えてくれたこともあった。一人だけは,地震のことについては全く話さないし,もちろん私も,他の子と同様にあえて聞くこともしてこなかった。私には想像もできない怖い思いや,人にはそうそう簡単に伝えられない思いもあるだろうから。

     で,その今まで,全く地震のことについて触れてこなかった子が,昨日の朝の発表の時,急に自分の親類が津波の被害にあって,まだ見つかっていないことについて話し始めた。いつもは,

    「お~い,聞いているのか?」

    と言いたくなるような,クラスの子たちも,その時だけは,ピタッと静かになった。

     やっぱり,子どもたちのアンテナは,聴くべきこと,というのは瞬時に判断できるものだと感じた。

     私は,というと,なんとコメントしたらいいのか分からず,

    「話してくれてありがとう」(だったと思うがよく覚えていない…)

    という,とんちんかん(かな?)なことを言うしかなかった。

     ふだん,あんなにグチャグチャワイワイしているクラスだけど,やっぱりいいクラスだなあ,とうれしく思った。

    2011-06-03家庭訪問終わり

     今日で,家庭訪問が終わりました。保護者の皆様,お忙しい中お時間を作っていただき,ありがとうございました。

     クラスには,この度,震災による被害の大きかった学校から4名に転入生を迎えました。家庭訪問を通して,その子たちの保護者の方々ともお話をしたのですが,学校もなれ楽しく学校に通えているとのことで,まずは安心しました。

     今日の家庭訪問は,練習したリコーダーを子どもがふいてくれたり,一緒に赤ちゃんのころの写真を見ながらおしゃべりしたりしました。今年度の家庭訪問は,いわゆる「家庭訪問」というよりは,子どもたちのうちに遊びに行った,ような感じでした。子どもたちのいろんな表情が見られてよかったです。

    2011-06-02家庭訪問2

     「家庭訪問,なにやら考えているようです!」

    と数日前の本読みカードに,お母さんからのコメント。

     気になって,その子に

    「ねえ,どういうこと??」

    って聞いて見たら

    「ないしょ~!」

    と。

     で,今日はその子のうちへの家庭訪問。玄関のところにいくと,

    なにやらダンボールで作った,看板らしきもの。

    「いらっしゃいませ。たこやきや」

    と,ある…

    (ん・・・・・?)

    と思って

    「ごめんくださ~い,こんにちは~」

    というと,茶の間にはお母さんと,その子と6年生のお姉ちゃんと1年生の妹と・・・・・・・たこ焼き器!

    「いらっしゃいませ~」

    テーブルには,メニュー表!

    f:id:motoryou:20110602212739j:image

     な,なんと,その場でたこ焼きをやいてごちそうしてくれるそうな!!

    おまけに,

    「お飲み物は~」

    と。その子のうちは酪農家なので,搾りたての牛乳も!

     ココまででも,けっこう驚きなんだけど,まだ続きがある。

    「どうぞ!」

    と出してくれたたこ焼き。

    「わ~,すごい!いただきま~す!」

    というと,なにやらいいたげな様子。

     そのたこ焼きの中には「わさび味」や「梅干しあじ」などの仕掛けもあったというおまけ付き!!

     茶目っ気たっぷりな,それでいて何かおもしろいことを考えようとする,その子のよさが十分味わえた,「かつてない家庭訪問」でした。(オセロ対決に続き…)

     その後のご家庭も,赤ちゃんの頃から幼稚園までのアルバムをたくさん見せていただいたり,被災されながらも,残った写真を見せていただいたご家庭,学校では活発な子がクッキーを温めて持って来てくれたりなど,なんかとっても,みんなに温かくしていただいて,嬉しかったな~。

     今年の私のテーマの一つは,「保護者や地域の方々と,みんなでクラスや学校をつくる」こと。

     こんなに温かく迎えていただいて,ますます,子どもたちや保護者,地域の力になれるように努力しないとな,と思いました。

    2011-06-01家庭訪問

     今日の家庭訪問は,小さい頃の写真を見せていただいたり,ピアノを聞かせてもらったりとかをしながら,子どもたちのよさやがんばりなんかをいっしょにお話しました。

     今年は,ほぼ毎日通信を出すようにしているからか,それに2年目というのもあるからなのか,ゆったりとお話しできているような気がします。