次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2010-03-07トライアンドエラーを当たり前に保障するということ

    昨日,地元のサークルで,他の学校の先生に『学び合い』の学習について話していてふと思ったこと。

    (うちのクラスだと,トライアンドエラーをくり返しながら学ぶのって今では当たり前なんだけど,一般的な授業ではけっこう違うのかも…)と。なんでそんなこと思ったのかというと,『学び合い』みたいに対話をくり返しながら学んでいると,「正解」も「間違い」もあまり関係がなくなる?気がする。ああでもないし,こうでもない,こうかも?う~ん,いや,違うみたい…,あ,もしかして,な~るほど!という感じで進んでいくので,そこに辿り着くまでに友達同士の対話の中で十分トライアンドエラーをしている。そして,その先に自分の結論がでる,という感じで。

     でも,いわゆる普通の授業の形をとると,その自分なりの考えをまとめるまでの間の思考の多くは,自分の頭の中だけでしなくてはいけない場合が多いと思う。先生が質問(発問)するとなると,子どもとしては一発で,先生が求める「正解」を言い当てねば!となるので(多分)自信がないとなかなか話すのにはためらいがちにもなろう。多くの先生は,

    「授業の中でのトライアンドエラーは大切にしています。子どもの間違いを活かしながらみんなで学ぶことは大事です。」

    と考えている。それは疑いない。もちろん私も,いわゆる「普通の」授業をしていたときもそう信じていたし,そうできるように努力もしていたつもり。でも『学び合い』にであってからは,やっぱりそれは違うんだな~と思う。一人一人のトライアンドエラーを保障しようとすれば,みんなに課題に沿った対話をする時間を十分与えて,自分の考えをまとめる過程を全員に保障しなくてはならないのだと。それが,考えることを楽しむ,ということなんだと。

    学び合い』を始めたときに,喜んですぐ学び始めたのは,どちらかというと今まで勉強が苦手だった子たち。なれるのに時間を多少要したのは,どちらかというと勉強が得意だった子たち。無関係ではない気がする。

     トライアンドエラーを楽しめようになるのが,学ぶ楽しさになると思っている。