次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2010-02-28ここさえ

     私はクラスでも職場でも,たぶん,ほとんど『学び合い』という言葉を使いません。(レポートなどで文章化するときは分かりづらいのでそう書くこともありますが)

     『学び合い』って言ってしまうと,言うと同時に「『学び合い』じゃない授業」が生まれてしまう気がするからです。と同時に,いわゆる教師主導型の授業を否定しているようにとらえられて,私の思いとは違うところで摩擦もうまれかねない。そう感じるからです。

     先日の東北青年塾の懇親会。N先生が帰り際に

    「方法は何通りもあるんです。ミックスもいくらでもできる。でも『学び合い』の考えはミックスできない。一人も見捨てない,ということを本気で目指すこと,この考えにミックスはない。全ての子どもたちに『自分には,見捨てない仲間がいる』ということが分かる,『自分には仲間がいる』と確信をもった子どもを育てることなんです。」

    と話されてちょっと早めにお帰りになりました。

     ここが本質。ここさえ,しっかり気持ちにしまっていればいいんだと思う。ここのところを,話したり,話すだけじゃなくて実現を図ろうともがくことで,周囲はいつかは理解してくれるはずです。『学び合い』というネーミングで理解するのではないでしょう。

     「一人も見捨てない」その気持ちが弱く,というか分かっていても気付かないふりをしちゃう弱さが出ないように,こうして時々,N先生や全国のがんばっている方々の生の声を聞き,自分に刺激をもらいにいくのであるなあ。

    2010-02-27東北青年塾に参加させて頂きました

     郡山で開かれた東北青年塾に参加させて頂きました。

     会場に着くと,先日のALL東北教育フェスタでお世話になった方(宮城県の方)とエレベーター前でお会いしました。こうやってお話しできる方が一人また一人と増えていくのが嬉しいです。

     そして,偶然ついたテーブルにも,宮城県の方3人。その他,名簿を見てみると,他にも宮城の方が。郡山で,同じ宮城の方にこんなにも『学び合い』の会(東北青年塾の会ですけど)でお会いするなんて!!。確実に宮城県にも,その考え方が広がってきているんだなあ,と思いました。

     その宮城の方々とはもちろんのこと,その他お話ししたかった方々とも,時間は十分とは言えませんでしたがお話しできました。今後につながります。こうやって少しずつ,同じ方向を目指す皆さんとつながりができることが,嬉しいです。

     あべたかさんはじめ,主催者の方々のおかげです。ありがとうございました。

    2010-02-26今日は学習参観日

     一つ一つ,行事が終わっていくと,卒業までの残りの日数が否応なく感じられ,少々焦ります。

     で,今日は学習参観日。子どもたちが企画した親子の会です。

    午前中は,そのためのいクッキー作りです。みんなでおいしいものを作るって,それだけで,いい空気が流れます。食べれるものを作るっていいよなあと思います。必然的に,協力しますもん。

     そして午後。いつもはマイペースで司会を務めてくれる3人組も,今日はやけに緊張気味。まあそれも仕方あるまい。

     始まってからは,くす玉会社(急遽結成!?)のくす玉,ハンドメイド係の手作りプレゼント(手芸作品),お楽しみ会社のくじ引き(これは,お家の人がひいたカードに書いてあることを,息子や娘がする,というもの。肩たたきとか掃除とか,ふとんひき,とか。ちょっと他人のふんどしで相撲をとっているが…),歌って踊れるユニットの歌とダンス(「や○嵐」風…)。子どもたちそれぞれの持ち味で,来てくれた方々に楽しんでもらおうと一生懸命でした。時々,詰まってしまって「どうする?どうする?」なんて場面もあったにはありましたが,それもまたよし。時間が少し残ったので,会の終盤には,子どもたちの1年生のときの写真を,プロジェクターで投影しながらみんなで見ました。お家の方々や子どもたちにとってはそれもまた,懐かったみたいです。

     2年生~6年生の写真はその後の懇談会で見たので,今日の晩にでも各家庭で,子どもたちが小さかったころの話が出るといいなあ,と思いました。

     さあ,来週は3月です。なんか私の方がさみしくなりますね~。

    2010-02-24外国語活動

    国語活動。新しく始まることだから,本校でも職員研修とかやりながら,授業作りについてみんなで考えています。私の日常の外国語活動も,毎回公開となっていてます。(毎時間誰かが来るというわけではないですが。つまり自由参観)先日は,一人参観に来てくださいました。

     みんなで課題を意識して,みんなでその達成を目指す,という普段のうちのクラスの学び方は外国語活動においても有効だなあと思いました。課題を与えて,

    「みんなができるように,みんなでがんばろうね」

    というと,子どもたちは黒板の前に来て,カードにある言葉なんかをお互いで確かめ合いながら発音してみたり,発音がよく分からなかったりすると,教室にいるALTの先生にたずねてみたり。そのたずね方も,何とか自分たちの意志を伝えようと,ある子は身振りで,ある子は英語交じり日本語で,とかいろいろ。

     英語ノートの「○○さんの言うことのだいたいをつかもう」みたいなのでもCDを使わなくても,ネイティブの先生と,担任と(私,実は英文科卒です!まあ,卒というだけなんですけど),補助の先生がいれば,それぞれ3コーナーにわかれ,それぞれが対面で英文を読んであげればすむこと。

     小学校の外国語活動が「コミュニケーション能力の素地を養う」のであるから,外国語の課題の達成に向けた,まさに生きたコミュニケーションの場にすることはできるなあ,と思いました。

     英語を自由に扱えなくても,外国語活動は別にOK,ですね。見に来てくださった先生も

    「子どもたち,自分から発音したり,ALTの先生とかにかかわりをもとうとしていましたよね。」と。

    「こういうふうにすれば,やりやすいですよね。」

    とも。そうでしょ~。子どもたちも,ただALTの先生の言葉をリピートしたりしていても,つまらない子もいますよねえ。きっと。

     

    2010-02-23嬉しい

     けがで1月の末から休んでいた○君が今日から登校できるようになった。朝,職員室の前を通りかかった子たちに

    「今日,○君,来るんだよ~」

    というと,どの子も

    「えっ!?やった!」

    といって教室に向かう。

     そして,今日のジャーナルに

    「今日は朝から最高だった」

    と書いてくれる子どもたちがいることが,何より嬉しい。

    2010-02-22どの子も活かそうとすれば

     メンバー一人一人の持ち味を最大限活かそうとすればやっぱり,その仲間内での自由度を上げることが最良であろう。おたがいいろんな個性の仲間がお互いにその良さを発揮し合えば,そこはどの子にとってもすてきな空間になるはずなんだけどなあ。

     いろんな子どもたちに,枠をはめすぎすから枠からはみ出ちゃう子が出るんだよなあ。そして,そういう子が「問題児」なんて言われちゃう。でも,それはだれの立場から見て,そうなのか,ということを考えないとね。ラベリングってこわいから。

    2010-02-21「研究」の「まとめ」

    今年度の「校内研究のまとめ」を提出しなくてはしなくてはならないので今日は午前中からそれにかかりました。今年度は「生き生きと学ぶ子どもの育成」を目指し,全職員がそれぞれの取組を行い,月に一回その交流をするという形をとっています。

     とにかく,子どもの事実をみんなで捉えそれを積み上げていくことを大事にしてきました。だから,年度始めにも

    「今年の『研究』の評価は事実の積み上げでしましょう。私たちの目を信じましょう」

    っていってきました。授業研究会でもWSでも,

    「あの場面の,○○君,よかったよね」

    「あの時,◇◇さんが,急にやる気を出したのはね…」

    なんて会話をしてきました。そういうことが大事なんだと思います。

    しかし,しか~し…いざ「成果と課題」を「まとめる」てなことになると,心のどっかに

    「数値やデータがいるのか…?」

    なんて思ってしまう。しかし,子どもの意欲や心の問題だから,成果は「これだ」というのは数値上では表せません。表す方法もあるのかもしれないけど,私はよく分からない。だいたい成果はこれだ,なんて断言することも私の場合,なんか嘘くさく思えてしまいます…。

     私たちは研究者じゃなくて実践者なんだから,子どもたちの毎日の学びの姿を見つめつつ,子どもの思いや願いに近付ける授業を日々探っていけばいいんだよな~,とは思うんですけど。それじゃあ「研究」じゃないのかな?

    ていうか,「研究」しているつもりはない,じつは。

    2010-02-20ALL東北教育フェスタ

    ALL東北教育フェスタという,イベントに参加させていただきました。私もちょっと『学び合い』について話してきました。これから教師になろうとしている学生さん方にこそ。その考えを理解してもらえるといいなあと思います。「どの子も学ぶことを楽しむことができ,どの子も置いてきぼりにされない」ことは,だれにとっても,どんな立場,考えの教師にとっても大切にしていることだと思うので。そこをとことん追求できるのなら,どんなやり方でもそりゃあいいわけで。(だから私は最近はあえて『学び合い』という言葉はつかいません。その言葉をつかうことでカテゴリー化しちゃうのがなんか嫌なので。)

     後半は〈ドリームワーク〉(やり方の名前なのでしょうか?)という中で,学生さん2~3人の中に教員1名が入り,(それが全部で10グループ)与えられたテーマについて【現状・背景・解決策・疑問点・感想】などについて自由に意見を交わす,という活動をしました。ワールドカフェみたいに机上の模造紙にあれこれ落書きしながら話すんですが,メンバーの移動はありません。

     私のグループに与えられたテーマは「クラスになじめない子」。最初はメンバーから,いろいろな子ども像が出されます。例えば「引っ込み思案な子」「おとなしい子」「乱暴な子」「K.Yな子」…。でも,話しているうちにまてよ…,と思いました。「そもそもなじまないといけないのか??」と。「クラスになじめない子」という言葉の裏には暗に「クラスになじまないといけない」という意味が隠されている子がします。しかし,無理して,周囲に合わせているような状態は「馴染んで」いるのでしょうか。表面上仲良くいっしょにいるのは「馴染んで」いるのか?それでOKか?無理して周囲に合わせようなんていう心理的圧迫感を感じなくても,平気で,馴染まない行動が安心してとれることの方がいいんじゃないかと。自分は自分でクラスの中で尊重されている,認められているというのがあれば,無理してなじむ必要はなくなるわけで。別に見た目「なじんでいな」くてもそれはそれでありだろう,と思います。その子がちゃんとクラスに居場所があり,クラスもその子を認めている状態であればいいんじゃないかな。だれとでも,なじまなくちゃいけないことはないですし。問題なのは,「クラスになじめない」ことじゃなくて,「その子が尊重されていないこと」だろうと思います。(もちろんだれとでも仲良くなれればそれにこしたことはないんですけど)

     「クラスになじめない子」は問題がある,という前提条件を教師が持っている(一般的に)ということがかえって問題を見えにくくしていることもあるなあ,と思いました。そう考えると「落ち着きのない子」だってそう。「落ち着いている」のがいい,という価値を暗黙の内に押しつけていることになります。「活発な子」とか「好奇心旺盛な子」ともいえるでしょうし。そういえば「落ち着きのない子」の中に「授業中座っていられない子」というのもあったなあ(笑)。これだって問題の本質は「学べているか,いないか」であって「座っているか,いないか」の問題ではないですよね。

     そう思うと,教師の中,もしくは「学校文化」の中で。半ば習慣化した価値観によって,物事がかえってみえにくくなることもあるなあ,と思いました。

    いい会に参加できてよかったです。

     その後も,本当は夜の会も合ったのだけど,ちょっと用事があって,それには参加せずに帰りました。それにしても,教師を志望している学生さん方の熱い熱気を感じ,とてもさわやかな気分になりました。この出会いをこれっきりにしないで,今後につなげていきたいものです。そう,ネットワーク,ネットワーク!

    2010-02-19いろいろ

    社会科の「日本と関係の深い国々」の発表会では,その国の伝統的なお菓子を作ってみて,それも合わせての発表だったり,パソコンのプレゼンソフトを使って資料を作ってみたり,紙芝居やその他いろいろありグループ毎に工夫があっておもしろい。

    国語の「未来へのメッセージ」も模造紙びっしりに壁新聞形式でする子もいれば,パソコンのワープロ機能で写真やイラストを貼りつけて原稿を作る子,原稿用紙10枚以上に挑戦する子など,バリーエーションはいろいろ。

     図工の木版画でも,白黒版画で行う子もいれば多色版画でする子も。両方を組み合わせる子も。

     学び方やペースにもその子らしさがでる。こうでなくては,なんてものはないんだなあと見ていて思う。

     ねらいをはっきりさせた上で,やり方を子どもたちに選択させるだけで,実に楽しそうにわいわいと学んでいる。小学校生活も残りあと1か月。みんなで学ぶって楽しい,という感覚をもって中学校に進んで欲しい。

    2010-02-18あ~あ

     いませっかく,あれこれと書いたのに,「保存する」をポチッとした瞬間に,すっと消えちゃった…

     ガクッ…。あ~あ

    2010-02-15明日は研究全体会です

    「生き生きと学ぶ子ども」というテーマで,初年度の校内研究を進めてきました。今までの事後検討会やWSで出てきた,子どもが「生き生きと学ぶ」ための条件は…,と記録を振り返ってみると

    ○クラスの人間関係がよいこと。

    ○友達のサポートや励ましが得られること。

    ○教師の事前の準備が整っていること。

    ○「分かる」こと。

    ○子どもが学習に対して見通しが持てていること。

    ○適切な評価があること。

    などが出されています。これらのことを,毎日コンスタントに,実際の授業の中で活かしていくことが,学校全体をより明るく活気あるものへと変えていくはずです。

     放課後,ある先生と,その日の授業の話をしていました。

    「○○君が,今日の◇,すごくおもしろかった!!といっていたんです!」

    「へえ,すごいじゃないですか~,どうして,彼はそんなにおもしろかったっていったんだろう?前とどう変えたの~」

    なんて話しています。そうしていると,他の先生も話に交ざってくれます。とっても楽しい。

    まだまだ,みんなでゆっくり授業や子どものことを話す時間が十分とれているとはいえません。合間の時間を見つけながら,という感じです。学校は「学び」の場なのですから,もっとそのことを話題にして話せる,それも「対話」的に行える時間を今よりさらに確保する必要が在ると思います。それも公式な場で。その時間を生むには,私たち自身が,自ら学ぶことを楽しむこと。それに尽きるでしょう。時間があるないは,時間を作るか作らないかの話で,結局優先順位の問題ですから。

     明日は,研究全体会で,1年の取組の振り返りを行います。さらに,来年度バージョンアップできるように,みんなで「対話」したいです。

    2010-02-13第1回ALL東北教育フェスタ

    大阪のこに~さんのつながりで,今月20日に第1回ALL東北教育フェスタ(会場:パイラ松島ユースホステル)というイベントに,私も参加できることになりました。教員志望の学生の方々が主催する会のようです。そこで,現場で働く者の一人として,お話しする機会を与えていただきました。

     それで,今日はわざわざ仙台からお二人の方が見えて,2時間ほど,その打合せを行いました。当日の日程や準備などの話をしながらも,話題は学校や授業,子どもの話になります。全ての子どもが安心して,純粋に学ぶことを楽しめるようになるためには,どうしたらいいのでしょうね?なんてことを話しながら,とても楽しい時間が過ごせました。

     教師を目指す学生のみなさん,それもこんなイベントを自ら企画するだけの意欲のある地元の方々とつながれるチャンスです。新たな展開に期待です。

    2010-02-11校内研究の振り返りの時期です①

     今年度の校内研究の評価の時期です。もうすぐ研究全体会もあります。そこで,私の方から,本校の皆さんに,いくつかの振り返りをお願いしました。

     本校の校内研究の今年度のテーマは「生き生きと学ぶ子どもの育成」です。このテーマに迫れるように,全員がそれぞれの取組をしつつ,WSで共有を図るという形を採用しています。

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    【質問】

    ■主題「生き生きと学ぶ子ども」について,実践を通して考えがどのように深まりましたか。(個人)

    ■年間の取組を通して,主題「生き生きと学ぶ子ども」について,その目指したい方向性(ビジョン)の共有が職員相互・職員全員で十分図れましたか。(全体)

    ○生き生きと学ぶ子どもの姿が多様に見えてきました。

    ○WSや校内研究全体会を通して,先生方と「生き生きと学ぶ子ども」の具体的な姿(表情,子どもの反応,楽しい,満足感など)について捉えることができ,私自身とても勉強になりました。

    ○「生き生きと学ぶ子ども」の姿について,当初は活発に発言したり活動する姿ばかりを頭にえがいていたが,そればかりではないのではないかと考えさせられた。

    ○目指したい方向性は共有できたと思う。

    ○個に応じた支援をテーマにすることで教材研究や授業構成の視点が明確になった。

    ○「学ぶ意欲」や「生き生きとした姿」については具体的な児童名などがあげられ,共有できていた。

    ○「生き生きと学ぶ子ども」の姿は様々であり,積極的に発表したり活発な児童だけではないことが分かった。

    ○「生き生きと学ぶ子ども」は「学力をつける」「生きる力をつける」 どちらをメインにしていくべきなのか今悩んでいます。

    ○手立てを考えた段階では,方向性が間違っていないか不安があったが,少しずつ修正をしたり,先生方からのアドバイスや感想などをもとに実践していくことができた。 ○初めはみんなが違う方向に進んでしまうのではないかと思っていたが,WSの回数を重ねていくうちに,共通する部分が見えてきたように思う。ただし,職員全体での共有は難しかったかなと思います。

    ○「生き生き」を目指すのに「コレ」といった決め手はないと思った。実は「何でもあり」なのかもしれあない。大切なのは、教師がねらいを把握すること、準備をすること、子どもに評価を伝えること、ちゃんと子どもをみて変容を見取ること。また、クラス作りではないかと思う。つまり、手法よりは姿勢ではないかと感じた。

    ○上記のように、今回は個人の取り組んだ一つ一つの手立てを集積することで結局は漠然とした方向にいったと思う。共有はできたと思うが、もしかしてそれは、言葉にするとずれがあるかもしれない。(「研究」としてそれでいいのかな…?)

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    研究1年目。まだまだ課題はありますが,1年間,それぞれの先生方がモチベーション高く取り組めたことは良かったと思います。次年度がたのしみです。

     研究全体会資料には,皆さんの回答について研究主任の立場からの返信も記入しました。

    「 ▼・チームとして目的を達成するためには,目指す方向性や達成すべき事をみんなが理解し,念頭に置いていることが大切になると思っています。もちろん決まった「生き生きと学ぶ子ども」があるわけではなく,その姿は多様です。研究主任としては,「生き生きと学ぶ子どもって?」と常に問いかけ続けることが役割だと思っています。それが十分できたか,もっとやれることはあったはず,共有のレベルをさらに上げるには次年度はもっとどうしようか,と考えています。(私はテーマや実際の授業に付いて,お互いに“対話”する時間の確保,機会の設定と思っています)▼・具体的な児童の姿から検証しよう,というのが今年度の取組の評価の基本姿勢です。その意味で,「子どもがどうだったか」が名前でもって語れたことは良かったと思っています。▼・そもそも「学力」とはなんでしょうか。「学力をつける」「生きる力をつける」ことは別なんでしょうか?「学力」とは何か…。ここを考えていく必要があります。大事な問いだと思います。「学力低下」と言われますが,この場合の「学力」とは…。学校は子どものどんな「学力」「力」を育てる所なんでしょうかね。▼・「生きる力」を育てる,という高い次元で「学力」も捉えたいと思っています。主題も「生きる力を育てる教育活動を目指して」とかでもいいと思うくらいです。そうするとさらに職員全体でやれることが広がります。それこそ、全員が参画できます。▼・「目標の共有」はもっとも大事な部分です。全体での共有は,それぞれが主体的に参画し続け対話を重ねることが胆だと思っています。従って、時間はかかるかなとも思います。ただし,共有のための次の一手は必要です。例えば“学期毎に主題の共有のためのワールドカフェなどを行う”“各自の手立ての可視化”など。(教室に○学期のめあて,なんてはりますよね。あれです。)▼・全員が授業を受け持ち(研究授業をするしない,年間を通すか期間限定かは別にして),レポートを書くということは,文字通り全員が取り組むという点で必要だと思っています。▼・最後の○○先生の指摘に私なりの考えをしめします。「手法」ではなく「姿勢」。まさに私も同感です。手法で子どもが育つわけではないと思います。(逆にそうならおそろしいですよね)。子どもたちに「こうなってほしい」「こう育ってほしい」「こういう姿を見せてほしい」と願う気持ちがあれば、私たちはそれを実現する「手法」をその子の状態やクラスの状況、自分の立ち位置や得意分野に応じて、できうる限りの最適の手法を選択します。全ての子どもに共通して最適である手法は存在しません。私たち全てに共通の最適な手法も存在しません。私たち全てに共通するものは「願い」や「姿勢」の部分だと思います。▼・私たちは、何のために「研究」をするのかということです。子どもたちにとって「いい学校にするため」私たちにとっては「教師としての力量を伸ばすため」でしょうか。▼この目的に近づける方向であればよいのだと思います。「研修」ですから。私たちは「研究者」でなく「実践者」です。毎日の子どもたちとの授業に全力を注げることを最優先にしたいものです。▼ 今回の「研究」で私たちの「共有」部分は「願い」「姿勢」の部分です。ここは、すべての人が同じ考えを持つことはありえませんし、一致させようとする必要もないと思います。人それぞれ、今までの経験で培われた考え方のベースがありますから。そこは尊重したい。だから、方向性、という点でおさえること、または取組を進めながら一致点を探っていったり、広げていったりすることだと思います。取組を進めながら、だんだんと自分の考えが深まっていったり広がっていったりすればいいのだと思います。逆に人との考えの「ずれ」を感じることで、自分の中に考えるチャンスが生まれるのだと思いますが、いかがでしょうか。▼

    2010-02-05待つこと

    がんばっている子よりも,「もうちょっとやれるはずだよなあ」と思う子に,つい目や意識がいって,私が何か言いたくなるときは,どうも自分でも気をつけないといけない。その周りで,一生懸命目標に向かって,みんなのことも考えて動いていたり声をかけたりしている子を見のがしてしまう。

    あえて,ちょっと待つこと。


    グループ練習をしていたことを振り返ったAさんのジャーナルより。

    ○今日の6時間目に音楽がありました。良かったことは,きのうより声が出ていたこと。もう一つは◆の声が聞こえたこと。悪かったことは,歌っている最中に,△や□がふざけて遊んでいたことです。私は注意しようかと思ったけどできませんでした。だから,今度はちゃんと言おうと思いました。

    ちょっと待って,成り行きを見守ろうと思う。今,私が口を出すことのほうが,私は「楽」だ。でもちょっと待ってみたい。きっと子どもたちは乗り越えるはずである。

    帰りの会では,「目の前に壁を感じたときは,もう一歩進めるチャンスだよね。進みたい,と思う者しか壁を感じないから。みんなで進もうね」

    と言うようなことを話した。

    大丈夫。彼らの顔を一人一人思い浮かべても,やれる,と思える。信じるレベルから信頼するレベルへ。信頼して,待つべし。しっかり見守ろう。そして励まそう。それは私自身の気持ちの問題。ずいぶん抜けてきた「教師根性」を消し去るまで,あと少し…。

     私も勝負の,残りの3学期。

    2010-02-04千羽鶴完成!

     けがをしたクラスメートにおくる千羽鶴が今日完成しました。鶴が折れなかった子も,この間にすっかりマスター!休み時間や,給食の待ち時間などにもちょこちょこと折ってくれました。そこ,ここで何人か集まって折り紙を折っている姿は,とってもいい感じ。

     子どもたちは,自分たちのメッセージを書き込んだ大きな折り鶴を2つ,てっぺんに付けました。完成した千羽鶴に,それを囲んで笑うクラスの写真を添えて,子どもたちが明日届けます。

     早く教室に戻れるといいなあ。

    2010-02-03職員室

     夕方すぎの職員室。残っていた先生たちとおしゃべり。あの子のこんながんばり,この子のあんながんばり。お互いでそんなことを話せる雰囲気が好きです。

     我が6年生の,1年生のころの写真をPCのスライドショーで見たりして,何人もの先生がそれを見に集まってわいわいやるのもステキです。そんな職員室なら,目をつり上げて「学力,学力」なんて言わなくても,自然とそれはある程度達成されるとおもうけどな。(そもそも,学力ってなんだ?という話もその後の職員室でおしゃべりもできたのでした。)