次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2010-01-27こんな方向でも,いい,かな??

     昨年1年間,結構あれこれ悩みながらやってきたし,今年もその点については同じなんだけど,なんか気持ちのスタンスがチョット違う。今年は去年より,精神的にゆとりがある気がする。それも11月の赤木小の授業を見た後は特に。それに先日の上越の会。やっぱり授業を実際に見るといいのかも,と思う。他の方のように,ビシッと分析はできないんだけど,なんか安心感や方向性の正しさを得たという感じである。

     今日の社会科。「国民主権とはどういうことか,説明できるようにしてね。それから,国民主権は現実の生活の中に具体的にどのように実現されているかも説明できるようにね。」と話して,スタート。子どもたちは教科書,資料集,国語辞典を使いながら,グループのメンバーと時々話し合ったり,ときには,友達の所に移動したり帰ったりしながら,いつも通り。思い思いにやっている。国民主権の説明に困ったのか,R君が

    「先生,国民主権って,こういうこと?『・・・・・・・・・・・・・』」

    私「う~ん,ちょっとずれてるかな~」

    そのR君,私に聞くのかと思ったら,「なんかな~…」と言いながら,また友達の中に戻っていった。そうこうしているうちに,K君がぽつりと

    「政治の主人公は国民。」

    と言ったらしくて,そのR君,

    「あ!そうかあ!!そういうことだよ。『政治の主人公は国民』ってことだよ~,ありがとう!めっちゃすっきりした!!」

    と“可視化”までしてくれた。チャイムがなったあとも

    「めっちゃすっきりしたし!」

    と嬉しそう。聞いている私もうれしい。

     算数では,比例を利用して実測できないものの高さを影の長さを測ることで求める活動を昨日しなかった子どもたちが何人か校庭に繰り出していった。昨日は,私も校庭に行ってみたのだが,今日は

    「いってらっしゃ~い。がんばってね~」

    と見送った。教室の子たちと比例の問題やグラフを一緒にやっていたのだが,窓から校庭をみると,遠くの方で子どもたちが巻き尺で図りながら,自分たちだけで活動している。少しの間見ていたけど,全く問題なし。男子も女子もお互いに協力してやっている。教室の子どもが

    「先生,何見てんですか?」

    っていうから,

    「ほら,かれら,あんなにしっかりやってるよ。すてきだよね~」

    と。するとほどなくして,校庭で活動してきた子どもたちが帰ってきて,

    「先生,木の高さ,だいたい分かったし。12m!」

    「きのう測ったグループはどうだったっけ?」

    とたずねたら,ある子が

    「11.6m!」

    「だいたい同じ!」

    と。

    まあ,こんな感じで今日はやっていた。

    昨年まで,というか今年度の前半までは,学習の範囲をこちらで決めたり,その範囲の中で「みんなができる」ことを強調してきた。みんなができることを大事にするという思いは今でも当然変わらない。しかし,最近はあまり「みんな,みんな」とはしつこく言わない。たまにくらい。言う場合でも「あ,分かってると思うけど…」という感じですますことが多いかも。あまりしつこくいいすぎると,私のほうが「みんな」の押し売りをしているみたいに感じてくるので(笑)子どもたち自身に,そのスタンスがあればそうしつこく言う必要もないし。学習範囲だって,以前なら,決まった学習範囲が個人として終わったからといって,次には進ませず,あくまで「みんな」達成を要求していた。しかし,いまは,

    「周りの様子を見て,いつでも必要に応じてサポートできる体制はみんなが意識している必要が在るよね。最も大切なのは,誰も置いていかないことだよ。それが分かっているのなら,様子を見ながら進んでみたら」

    といっている。見ていて,問題はあまりないようだ。別なことをやりつつも情報の交換はあるので。だから,今では,自分のやることが終わった,とかいって手持ちぶさたになる子どもはいない。なんかかにかして学んでいる。

    この気持ちの余裕は,きっと教師が子どもをコントロールしよう,という部分が減ってきたと言うことかな,勝手に解釈している。そうなると,私自身も子どもたちと一緒に,新しい発見や気付きを楽しむことができるようになる。

    「そんな感じでいいのかもね…」

    なんて思う。それは,方向性は,という意味のことで,まだまだ満足しちゃあいけないよ,と自分に問いかけることは忘れないようにしないと。これは上越の会で学んだこと。