次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2009-12-20通知表がない学校もあるんだ…

     通信票のない学校も,世の中にはあるようだ。今頃そんなこと言うのは,きっと私の勉強不足ですね。

    http://www.ina-ngn.ed.jp/~inasho/

     通信票を渡すと,

    「『よくできた』が○個だった」

    「おれは○個」

    なんて会話はよく聞かれること。

    「う~ん,違うんだけどな~」

    と思っていても,実際に通信票にそう評価されれば,それは無理の無いこと。テストにしても同じ。結局は「○点」ということになってしまいがち。

     それは決して,できなくてもいいんだ,点数が低くてもいいんだと言うことではなくて,そこが最終ゴールかのようなイメージとなってしまうのが問題と言うこと。

     その学校では通知表がない代わりに,「期末懇談会」というものがあるらしい。そこで,子どもたち一人一人の成長や今後の課題について父母と話し合うらしい。そうすれば,子どもの学校での姿を直接はなせるし,また父母の思いも直接対話を通してつかむことが出来る。

     本校でも,

    「通知表,無くしてみませんか?」

    って提案してみようかな。きっと

    「はっ????」

    と言われて,

    「また妙なこと言い出した」

    と思われるかな~。

    でも,教育目標があったり,目指す児童像があったりしても,それについて直接評価したり話し合ったりする場面ってほとんど無い。それはやっぱり「評価」の方法に問題があるんだと思う。最後が通知表だったりテストだったりすると,どんなに立派な教育目標でもお飾りになってしまわないかな,と思う。

     うちのクラスでは,テストの時は

    「もし,考えても分からないものがあったら,教科書を見たり,友達に聞いたりしなさい。分からない時が,一番学べるときだからね。でも,その時には,☆マークつけて『ここは調べました』ってわかるようにしてね」

    といってやり,テストが絶対と思われないようにはしている。でも,通知表となると,どうしても無味乾燥な「○」印で表され,それを具体的に説明する時間はとれない。

     通知表でなく「期末懇談会」。う~ん,いいかも。その学校は長野県伊那市伊那小学校。2月6日(土)に公開研究会をするらしい。行ってみたくなってきた。

    ※ところで,よく皆さんのブログでは,記述のところをクリックすると別なページにジャンプするようになっていますよね。(トラックバックって言うのですか????)あれってどうやって設定するんでしょうか???