次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2009-01-21分かり方もその都度いろいろ

    学び合い』の中の,鉄則(必ずではないけれど)の中に「個に拘らない」というのがあると思います。作文教師である?(目指した,今も違うルートから目指している)私は,かなり「個に拘る」タイプでした。だから,根っこはまだ「個に拘っている」のだと思います。だから,『学び合い』に出会ってから,この性分を押さえ込んでいます。でも,そうしているからこそ,見えるものがたくさんあります。自分ができることなんて,ほとんど無いことに気が付かされます。わたし一人が何とかしようと思っても,それは独りよがりで,「何とかした気分」を自分が味わいたいだけだと。一歩離れて子どもたちを見ていると,子どもたちは実に,その関係性の中で,自分の所属欲求(もちろん自己実現を目指しつつ,それがほとんど同一の場合も多いようだけど)を満たそうとバランスを取っていることが分かります。そして,仮に教師から見て「問題行動」のように見えたとしても,どの子も決して悪気はないのだと。

    「個に拘らない」その言葉の意味の理解度が少し自分でも上がったかなと思います。今日,学習中,遊んでいるように見えた子どもがいました。今までであれば,その子を意識的に意識しないように努めた自分がいました。そして,ただ「みんな」を要求しました。今日はふっと,「あ,この子,困っているんだ…」と感じました。その子がまた学習に戻っていった頃を見て,

    「ねえ,みんな,もし学習に集中できず,遊んでしまうような友達がいたら,それはきっと『分からない』という合図だったり『どうしていいか分からない…』という合図だからね。その時にどう声をかけたら,その友達の為になるか考えてみてね」と言いました。

    全国の皆さんにとっては,そんなの当たり前のことでしょうが,私に取っては,目の前のもやもやがふっと消えた感じがしました。(まあ,またいずれ次のもやはきますけどね。それもまた楽しみに)

    「個に拘らない」一つの言葉の理解もまた,各人各様,またその段階でいろいろな色を見せます。こういうことが考えられるのは『学び合い』が考え方だから。だから楽しい。

    また次の「個に拘らない」に出逢えるのはいつか。それも楽しみ。日々修行。