次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2009-01-19いつだって通過点

     12月中旬に実施したCRTテストの結果が返ってきた。地方の学校にとってはこれがいわゆる「学力」を客観的に図るものとしては唯一?のものである。また,「教員」の間ではなぜか重要視されることが多い。1年間やってきた校内研究の結果を,ほとんど無批判にこの結果だけで判断してしまうことも学校によってはあるくらいだ。(うちではない)

     とはいえ,よくできた方がいいにこ越したことはない。学級平均点の結果はと言うと,国語はほぼ全国平均くらい。算数は全国平均よりやや劣るくらいであった。ある面期待していたのだが,それほどでもなかった。結論から言うと,学級内の「学力」の2極化を解消しきれなかったということにつきる。それは,とりもなおさず,「みんな」を追究しきれなかったということでもある。この結果をそのまま語り,ではどうするかをみんなで考えて行かなくてはならない。

     原因は分かっている。「みんな」が子どもたちのなかで徹底し切れていないこと,である。しかし,子どものせいではない。子どもたちはそれぞれの範囲で,一生懸命はやっているのである。ただ,「もっとやれる自分(たち)」に気が付いていないだけである。つまり限界を押し広げていくような私の評価に甘さが合ったと言うことであろう。「みんな」を達成することの意味をより多くの子どもに伝えきれない私に責任がある。しかし,ピンチはチャンス。いまからやれることはたくさんある。

     子どもたちには確実に成長がある。卒業に向けて1年を振り返る機会が多いが,その中で「自分たちで学習が進められるようになった」「勉強が楽しくなってきた」「学芸会の劇を自分たちで話し合って創り上げられた。」

    「友達と前より仲が良くなった。」…などなどのコメントが多く目に付く。5年生までは,友達とのかかわりがうまくとれなくて,かんしゃくを起こしがちだった子どもも,「友達と協力して勉強して楽しかった」と書いてくれる。5年生まで,授業中はほとんど参加しなかった子どもがいまは,自分で鉛筆を握り,書こうとしたり,友達の所に机を寄せ,一緒に学ぼうとしているじゃないか。その事実を過小評価することはない。

     もう一皮むければ,劇的な変化がきっと起こる。彼らはできる。1年やそこらで簡単に人を変えようと思ってはいけない。じっくり行け,焦ってはいけない。そう自分に言い聞かせる。目先の結果に囚われすぎると行き先を見誤る。遠くの目標を見失わず,そこを目指すための一段一段を確かにあゆみたい。人間の成長は,比例ではない。ある日あるときぐん,と行くはずである。

     転任1年目で,しかも6年生。そしていきなり『学び合い』。だからこそ,誰しもが納得する「結果」を出したかったが。しかし,考えてみれば,子どもたちの幸せのために何がベストか,という選択をしたときに私が出した結論は『学び合い』である。それは間違っていない。あきらめずに歩み続けること。勝つ方法は負けないこと,である。

    職員室で,よる教○先生と話していて,いっていただいた言葉。

    「あんたがこの学校に来て,『目標』とか『達成』とか,ことある毎に言っていたでしょう。だから,うちの先生たちも,週案の反省記録にそういう言葉がうんと出てくるようになったんだよ。去年との違いはここ。それに,異学年交流って言葉も他の先生方もどんどん使うようになったちゃ?去年はどちらかというと「自分の学級」という感じだったもん。それに,他の先生方も,あんたの『学び合い』ほどじゃないけど,授業中は静かに座っているものだ,という概念から少しずつ離れて,必要に応じて自由に立たせているでしょ?そんなこと無かったもん」

    学級も職場も,誰かの10歩より,みんなの1歩を目指したい。結局はそのほうがいい。じきに,みんなの10歩にきっとつながる。