次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2008-07-30ちょっといってきます

    明日から全国作文教育研究大会大阪大会です。

    ちょと遠くなので、今日の夜行バスで行きます。

    全国、特に西日本は連日30度を超える暑さのようですが、ここ宮城は今日も23度くらいです。すこし肌寒いくらいです。

    体調を崩さないようにしないと。

    学び合い』の考えで聞くと、討議がどのように聞こえるか感じるか楽しみです。なにか新しい気付きをしてきたいです。

    8月3日に帰ります。

    2008-07-29ロッテVS楽天

    ラジオで野球中継を聞いていたら、解説の衣笠さんが

    「諦めたチームから、どんどん落ちていきますから。大事なことは諦めないことですね。」

    と言っていた。

    楽天は6月まで好調さはどこへやら、7月は大きく負け越し最下位に。

    諦めるな~。

    諦めたらそこまでだな。諦めたらそこから愚痴が出るな…。


    全く関係ないけど、ヘッダというものを見よう見まねでやってみた、のはいいんだけど、右側のカレンダーだけでっぱっちゃうし、文字の色は変だし、…。どうやったらなおるのかな~。(と助けを求める…)

    だいたい、他の人は書いた時刻が入るのに私のはなぜか入らないし、こうやって別の題でかこうと思っても、前との続きでしかかけないし、???????????????????????????????なことって多い…。

    こういうのに得意な方は

    「何でこんなの分からんの?」と思うんだろうなあ(苦笑)

    誰か~

    2008-07-28寒河江での講演会

    今日は「寒河江市教育研究所全体講演会」の西川先生の講演に参加させていただきました。メモは取ってはいけません!?と言われたのですが、私はちゃんと本も全て買っているので(笑)メモを取らせていただきました。ははは。

    学級にはいろいろな子がいて当たり前です。「学校」というシステムにうまく順応出来る子もいれば出来ない子もいます。時間をかければ出来る子もいれば、時間をかけるとまどろっこしくてやんだくなる(いやになる)子もいます。まさに十人十色なんです。。そして、どの子も等しく伸びたい、自分の力を最大に、それ以上に伸ばしたいと思っているんです。それに応えてあげられるのはやっぱり『学び合い』だよなあ、と思いました。

    私は、今までに西川先生の話も聞き、本も読み、自分でも不十分ながら実際に試してみて、こうして全国の皆さんから学ばせていただいているので全体像がイメージできるのですが、今日初めてこの話を聞いた人はどう感じたかあ、というのに興味があります。

     やっぱり、西川先生もおっしゃるとおり、『学び合い』は考え方だから、今日の話だけを聞いて、やってみようとは思わない(?)かもしれないが、試しにやってみようか、と安易にやってみたらかえって大変なことになったりして、とも思ってしまいました。「文化」の域に達するための「方法」がないことが(ないというよりも、こうすればまず成功するという方法)むずかしいんだろうなあと思います。

    でも、そこが『学び合い』の魅力であるし、人間を育てる教育だから当たり前だよね、と思いました。広める、という観点で考えるとやっぱり実際に見るとか、いっしょにやってみるが一番かなと思いました。

    2008-07-27「はじめに子どもありき」の前書きを読んで思ったこと

    今日、以前、歌さんのページで紹介されていた「はじめに子どもありき」という本のほんの最初の部分だけ読みました。

    「やっぱりそうだよね~」

    とおもいながら前書きの部分を読みました。

    作文の会やその他、教研等で、いろいろないわゆる「実践家」と呼ばれる方の話を聞いた経験がありますが、だいたいどの方もベテランの域に達すると(この表現が適切かどうかはべつにして)何か肩の力が抜けているような感じがしていました。その方のばりばりの時期に書かれた本などからすると、同一人物?と感じることもありました。そして、若干の期待はずれ感を持ったものでした。

    でも、ずっと一生懸命やってくると、ふとしたときに子ども自身の、というか人間の学びって教師の力でどうこうなると言うのではなくて、結局は自分の力で伸びていくものなんだ…と気付かされるのかもしれません。肩の力が抜けた、それでいて懐の深い語り口(今ではそう思えます)はそこに根っこがあったのかもなあ、と思います。

    あらためて「子どもを信じる」ことについて考えました。

    2008-07-26「みんなが」と「みんなで」

    このところ話題になっているこのこと。私もしょっちゅう考えてしまうことです。

    教科学習の中で「みんなが」をいつも要求すると,学習の苦手な子はその言葉自体が嫌にならないだろうかと思うこともある。それは,学習が苦手な子はおうおうにして,多くの教科が苦手であることが多いからです。

    もちろん,学校の授業でやる教科の学習が出来ることと苦手なことで人間の優劣が決まるわけではないことは承知しています。人間性をもっとトータルに考えると(人格)ひとそれぞれ持ち味があり,相互に同じくらい学び合える関係であることは分かりますし,その通りだと本気で思っています。

    ただこと学校の授業,となるとどちらかというと「教えることが多い子」と「教えられることが多い子」がいます。教科によっていろいろ立場が変わることもありますが,変わらない子もいます。「みんなが」を要求するときにちょっとつらそうな顔をするのは後者の子です。どうしても「教える」「教えられる」に拘ったり,自分が「みんなが」を達成するのにネック(この言い方は適切ではありませんが)になってしまうことを気にするのだと思います。

    子どもに,そのような思いを持たせてしまうのは,担任である私の責任です。本心では

    「人それぞれ持ち味があるんだからさ~,そのくらい(結果として)出来なくても人間としてべつにどうってことないよ~」

    とは思います。だって,何でも出来る人はいないのですから。でも

    「できないからって,何もしないで諦めてしまうようなのは困るな~。どうせできないから,とかいってすぐ諦めてしまうようなことでは何でもすぐ諦めてしまう人になっちゃうからね~」

    と思います。だから結果的に「みんなが」を求めます。でも心の中では「みんなで」でもいいんじゃない?とも思います。でも,それが伝わってしまうとまずいよな,と思います。う~ん。

    子どもたちはみんな「出来るようになりたい」と思うわけだし,教師としても「出来るようになってほしい」と思うわけだから,やっぱり「みんなが」を要求するしかありません。

    私の自己満足のために「みんなが」を求めないように,そこだけは心しておかないといけません。あくまで,君のため,みんなのためにそれがいいことだと伝えられるようになりたいものです。まだまだ勉強が足りない,というか人間が出来ていません。は~。

    2008-07-24地震

    昨晩の地震にはびっくりした。揺れ始めてからしばらくすると,ズズズズズという地鳴り。

    「わ,来る,来る!」

    と思っていたらガーン,と。

    最近地震が多い…。

    2008-07-23宮城の会

    今日,宮城の会に向けて,仲間と話しました。山形に大いに刺激だけは受けていますが山形みたいに具体的にはあまり決まっていません…。

    「宮城県において『学び合い』の認知度を高める第1歩とする」ことを目的に実施できればと思っています。

    日時は11月29日(土),会場は仙台です。(会場予約日の関係で,まだ1つに絞りきれていません。仮予約だけはしています)

    宮城の会に向けて,仲間のF先生に「早くここにページ出してよね!」といいました。早くね~。N先生もね~。

    2008-07-22カヌー体験

    うちの学校の中学年が,川の勉強をするなかにカヌー体験があります。今日は,その職員研修で,北上川につながる運河でカヌー体験でした。

    初めてのカヌー。どんな感じかなあ!と思っていました。水面がすごく近くて,何だかアメンボになった気分でした!!ほとんど流れのない運河だったもんで,どっかに流されることもなくひっくり返ることもなく楽しみました。鉄橋の下からは,そこを通る鉄道も下から見上げちゃいました。

    2008-07-21思うこと

     私は日本作文の会の会員でもあり,今まで「書くことと読み合うこと」を中心に子どもと関わってきました。そして今でもそれを大事にしていますし,これからも大事にしていきたいと思っています。

     今年も,全国大会に行き,今回はレポートも報告してきます。今までとは違うところは,『学び合い』の視点も私の頭に入っているところです。作文教育は,一人一人に寄りそうことを大事にしてきました。しかし,書き綴り読み合うことで,一人一人,教師と子ども,親,地域をつなぐことも大事にしてきたはずです。目指すところは『学び合い』と似ているようで似ていないようで…。今の私には,どう違うのかうまく説明できません。今回,発表をし,論議する中で見えてくるかもしれません。

     今のところ『学び合い』と「作文教育」は私の中で矛盾していません。私が矛盾を感じないのならそれでいいのだと思います。「私」という条件の範囲で今のところベストな状態であればそれでいいと思います。

    2008-07-20がっくりきます,が…

    連日の教員採用選考試験の報道。がっくりきますね。

    学校とか教員の信頼を著しく損なう問題ではありますが,それでがっくりしていても仕方ありません。

    個人のレベルで出来ることを積み上げて,

    「世間ではいろいろ問題もあるようだが,おらほの(わたしたちの)学校の先生はがんばってやっているよ。」

    となるようにするしかないですね。

    実際の行動と,結果ですね。

    2008-07-19あ,そうか

    少子化の影響で,この近辺の学校の子どもたちの数も減少している。本校も現在は116名だが,5年後にはその半数近くにまで減少する計算になるとか…。この10年くらいでも市内の学校も何校か統廃合されている。

    少なくなったからといって統廃合していけば,先々,すごく学区が広くなりすぎて,地域交流の場としての学校の役割は果たせなくなる。放課後も子どもたちは友達と遊べない。

    そうか,『学び合い』で異学年を毎日やっちゃえばいいんだ。40人くらいの複式学級!学級減で担任をはずれた職員は専科になって。これで子どもも友達がもと増えるし,学力向上,教員の多忙化も解消,地域に学校は残るし,いうことなし!?

    どこかみたいに授業をしない教員を増やすくらいなら,その方が子どものためになるんじゃないのかなあ。

    2008-07-18「通用する」って…

    学び合い』に懐疑的な人たちの言うことの1つに

    「今はいいけど,中学校で通用するの?」

    と言うのがあります。つまり,「きちんと」授業が受けられなくなるんじゃないか?ということのようです。

    私は言います。

    「子どもたち,朝会で騒いでいますか?並びもしないでうろうろしていますか?」

    「してない。」

    行事の時,参加しないでぶらぶらしていますか?」

    「してない。」

    「授業の時,勉強しないで遊んでいますか?」

    「遊んではいない」

    「何か問題あります?」

    「今はいいけど,中学校で通用するの?」

    堂々巡りです。まあ,彼らが中学校に進学してしっかりやっている姿を見れば信じるのでしょうか。でも,1学期間も『学び合い』をやってきて,今こうなのに,まだあれこれ言う人は,結局は,1年間待ってもあれこれ言うのではないでしょうか。そして,「何か」あれば「それ見たことか!」と言います。「教師主導」でやってきて,問題が起こっても(もちろん「教師主導だから問題がおこる,とは言いませんが)何も言わないのに。

    疲れます。

    だいたい,「通用する」って何ですか。

    中学校で通用するっていうのは,「席に着く」ことなんですか????

    そんなことなんですか????

    「進んで学ぼうとする」「お互いに助け合う」「自ら問題を解決しようとする」ということは,「通用する」条件ではないんですか????

    本当に疲れます。

    2008-07-171学期の成果,かな?

    今日は,子どもたちもイベント係から要求のあった「1学期,打ち上げ会」。

    「1学期ももう終わるけど,子どもたちからとくにお楽しみ会などの要求はないなあ~」

    とkじゃ思っていたら,イベント係から

    「1学期の打ち上げ会をしたいんですけど…」

    と言ってきた。

    「あと日数はあまりないけど,できるの?」

    と聞いたら

    「大丈夫です」

    とのこと。どうするのかな~と思っていたら,次の日にもうプログラムを作って,みんなに提案していた。

    内容は,フルーツバスケット,こおりおに,ドッジボール対決,だそうな。私のいやな教師根性が

    (おいおい,6年生の1学期のまとめの会だぞ…。もう少しなんとかなんないのか?1学期の成果の発表とかさ~,集団の力が試されるようなゲームとかさ~…)

    な~んて思ったのですが,何とか我慢して

    「まあ,まかせるから。イベント係で進めて。」

    と言ってみた。

    そして,今日。3時間目が始まって教室に行くと,もうすでに黒板にはプログラムやイラストなどが書かれていた。

    「は~い,机を後ろに下げて~」

    とか

    「椅子のじゅんび,頼む~」

    とかいって準備が始まり,会が始まっていった。

    その後,教室でのフルーツバスケット,体育館でのこおりおにとドッジボールで,子どもたちはわいわい言いながら,勝手に楽しんでいた。フルーツバスケットでは,最後のおにになった子が罰ゲームがなかなか出来なくても,「早くしろ~」

    とか言う子もいなく,変わりにいろんなアイデアを出して助け船を出したりと,待つ時間そのものを楽しんでいる感じもあった。

    ドッジボールにしても,6年生だから男子と女子の投げる力は差があるんだけど,全員お互いの力,持ち味で楽しんでいた。投げる力が強い子ばかり投げるわけでもなく,苦手な子をバカにしたり排除したりするわけでもなく,その時その時の」状況で大笑いしながら楽しんでいた。私は,というと体育館のステージに座って,時々ドリルの○付けなどしながらその様子を興味深く見ていたわけである。

    以前の私なら,自分がそのドッジボールの中に入っていっしょに騒いでいたと思うが,今は,そうしないほうがいいと思っている。

    ドッジボールで思いっきり汗をかいた子どもたちは,その後,司会の促しで1学期の思い出発表へと。運動会の応援合戦のことを話す子,水泳学習のことを話す子などがいた。「今日が一番楽しかった!」という子も多い。私はなんかそれがうれしく感じた。

    教師の考えるありきたりな「1学期のまとめの会」よりも,今日の子どもたちの姿そのものが,1学期のまとめになっていたなあ,フルーツバスケットでもこおりおにでもドッジボールでもいいじゃん!素直にそう思えた。

    明日は1学期終業式です。

    2008-07-16水泳の学習

    水泳の学習の『学び合い』っておもしろい。

    目的意識(目標)が明確になってきたので,どの子もいい感じで練習している。

    低学年用の浅いプールで部分練習をする子ども,コースにはいって,自分のの目標にチャレンジする子ども。どの子もおたがいに声をかけ合ったり,ときには泳ぎが苦手な子に手をさしのべたり励ましたり。いい感じだ。

    私はと言うと,プールサイドで,子どもたちに

    「絶対いける!!自分を信じろ!」

    とか

    「立ちたい…と思った瞬間が自分との勝負だ!」

    とか,およそ科学的でないことばかり言っている。

    それでも昨日の1学期の検定会では

    新記録ラッシュ!ここそこににガッツポーズと拍手。

    なんだ,この子たち,やっぱり教科学習でも成果は出せるはず,と思った。

    そういえば,5・6年で学習しているんだから,これも「異学年」だなあ。

    2008-07-15あせらず,まずは足下をかためて

    本日は校内研究の研究全体会。

    私はすでに1回目の全校授業研究会を『学び合い』で提案しています。

    毎日の学習も『学び合い』でやっているので校内的には分かってもらっています。

    ただ,「私も『学び合い』でやってみようかな…」という所まではいかないようです。そういうやり方もありかな…くらいには理解してもらっていると思いますが,いざ自分で,とまではいかないようです。

    研究全体会でも,たくさんの先生方が意見をたくさん言うので,(私が口火を切るので)盛り上がる。一斉指導はもいれば中間派もいるとう感じで様々な意見の持ち主の集合体だからおもしろい。

    「試しに勉強してみようかな…」という方を早く校内でも一人見付けたいんだけどまだ,「子ども観」のあたりで「う~ん…」という感じみたいです。教師の考え方が変わると見え方も変わると思うんだけどな~。まあ,あせらずいきます。

    2008-07-14「みんな」の達成

    国語の時間,子どもたちの動きをぼーっと(笑)見ていて,ああ,と思いました。

    子どもたちは,グループで話し合いながらも,まず個人の達成を目指して,それから「みんな」を考えているのかな~って。はじめから「みんな」が「みんな」を考えていたらもう少し違った動きになるのにな~と思いました。そして,もっと成果があがるのにな~って。

     そんなこと,今頃気付いたの?と思われるかもしれません。それとも「違うよ」となるのかも知れません。でも,「なんとなく」子どもたちが初めから「みんな」を「本気」で目指せば行けそうな気がしました。実は私自身のこの「行けそうな気」が大事なのかもしれません。この「行けそうな気」はちなみに根拠ありませんが。はははは。

    2008-07-12やらねば…

    通信票,早く仕上げねば…。この土日がヤマだ…

    2008-07-11物語文の『学び合い』のイメージは…

    物語文の『学び合い』のイメージがあまり浮かばない。とはいえ決まったイメージなんてないのだろうが…。

    私の場合は,課題を提示して,子どもたちが文を読んで,課題に対する自分の考えを書くという感じ。子どもたちは4~5人くらいでグループを作りながら,相談しながら考えをまとめていて,授業のおわり10~15分前当たりから相談したことを生かしながら,自分の考えをまとめる,という感じです。グループ間の移動はあるものの,算数などのように,うろうろという訳ではなく,情報交換の度合いからいうと低い気がします。どうしたらいいかな~,とちょっと思案しています。


    「ヒロシマのうた」(6年)

    【課題1】 「広い練兵場の全体が黒々と死人と動けない人のうめき声でうずまっていた」とはどういうことか。

    ○広い練兵場なのに,その全体が,原爆で黒こげになった人と原爆で死んでしまった人と原爆を受けてけがをおって動けない人たちが痛さや苦しみ,つらさを口にだしてうなっている。そういう人たちがたくさんいるということ。

    ○どこへいっても声がする。痛さやつらさや,悲しさがまざった声。どこか ひきずっている。

    ○広い練兵場なのに,けがをしている人だらけでいたということ。

                                

    【課題2】 なぜ「もぎ取る」という言葉を使ったのか。「わたし」の気持ちを考えながら説明する。

    ○お母さんが赤ちゃんをしっかりだいていたから,もぎとってしまうような気がした。

    ○お母さんが大事にかかえていた赤ちゃんは,無理矢理でもやらないと赤ちゃんのほうまで死んでしまうと思ったから。

    ○お母さんが赤ちゃんをしっかりだいていたから,もぎ取ってしまう気がした。

    ○お母さんからうばう気がした。

    ○木が母,実が子。母である木から子である実をもぎとる。(わたしが)。母から無理に子をうばうみたいな気がしたからだと思う。

    【課題3】 「戦争ということがこんなにも悲しいものであることを,そのとき初めて知りました。」とはどどういうことか。

    ○赤ちゃんを他の人にあずけて,命を助けたつもりだったけど,結局は人の命よりも戦争に勝つことの方が大切だった。

    ○兵隊だから助けたくても助けられない。

    ○誰が死んでもだれがいなくなろうと,その人の家族以外は悲しまない。

    ○戦争は今までよかったと思っていたけど,死人が多くなるのでだめだということ。あと,子どもが死んでしまう。

    ○自分が何を言っても,それは私が勝手な行動をとっただけだから。自分の身分が低ければ何を言っても無駄だから。

    2008-07-10おもしろくなってきた

    先日のA君,今日はついに50mを泳ぎ切った。非常にゆっくりで今にも足をつきそうなのに,それでも辛抱して泳ぎ切った!!ブラボー!!

     

    水泳の学習も『学び合い』。学習カードに中間目標と最終目標を書いて,その達成のための手立てを各自が書く。そのカードは,廊下の長机において可視化。また,模造紙に全員の目標を書いて,達成したら花丸を付けていく。まるで選挙の当選みたいに!それぞれに目指すゴールは違うけれど,そに一つ一つは各自の大事な目標である。達成に向けて本気で努力することに意義があると考えている。

    当然,精神主義だけでは泳げるようにならないので,廊下には泳法の資料の掲示と大型テレビを設置して,クロールと平泳ぎのDVDがいつでも見られるようにしてある。休み時間,廊下でいろんな学年の子どもが見ている場合もありまるで昔の力道山のプロレス中継を見ているよう!(笑)

    子どもたちの学習カードもはじめ「てのかきに気をつける」くらいだったのが,「親指から水中に入れる。遠くの水をつかむように」「手のかきのリズムをよくする」など具体的なものになってきた。気をつけるポイントを具体的にかけることで,練習にも目的を持って取り組むことが出来る。アドバイスもより具体的になってくるはずである。

    初めのうちは,遊んでいるのか練習しているのか分からない?子どもも多かったが少しずつ,意識が高まり,ときには個人で目標に挑戦したり,低学年プールで部分練習をしたりと工夫しながら練習しているすがたになってきた。

    今日は,プールに入る気満々だった子が,突然の発疹で入れなくなり,練習できなくてくやしい…と涙目になっていた。こんなことは初めてである。

    そしてA君。勉強がすごく苦手で,運動も…という子がど根性で泳ぎ切った影響は大きい。それに彼は今回,漢字50問テストで96点をとった!!とれるようになるまでがっちり何回も練習させたから。他の子は「え~,本当に96点とってる…」と唖然。そうだ,やれば出来るぞ!!さぼればそれだけ。1学期末になってまた面白い展開になりそう。楽しいな~。

    2008-07-07どうした?

    6/12のA君が最近なんか変わってきた。まず,自分から鉛筆持って問題を解こうとしているし,国語のテストで100点とるし,今日なんか,いきなり25m泳ぎ切っちゃうし。

    A君のいきなりの台頭で,「やばい…」と思う子どもが出てくるんじゃないかな~。なんか面白くなってきた。

    ことさら,A君のことはほめないようにしよう。心の中で拍手はするけど。

    「やっと,本気を出してきたね,A君!」というかんじかな~。

    2008-07-04職場作り

    それぞれの職員が気持ちよく働けなければ,学校はよくならない。世の中の変化(簡単にそういうのはあまり好きではないが)か,なんか職場の多忙化は進むばかり。

    私たちが心の余裕を失ったら,それは結局,子どもたちに跳ね返る。職員室でいっぱいしゃべって大笑いして,そして仕事もする。そんな職員室に。

    さあ,学期末。忙しいけどみなさんがんばりましょう!今日通信票の,氏名印「だけ」押しました…。

    2008-07-03「その子」に拘っている?

    見ていて「やる気」を感じる子には,その子がいくら学習が苦手でも,子どもたちはよっていっしょに学習する。反対に,ぐたっとしていかにも「やる気ね~」みたいな子には,なかなか友達が支援にいかない。

     「やる気」も「やる気ね~」も人間両方持っているんだよね。勉強が分からなくて,「やる気ね~」モードになっているなら,どうしたらスイッチが入るか,という問題になるわけで。

    あ~,早くスイッチを入れて欲しいな~,と思っている子がいるんだけど。これってやっぱり「その子」に拘ってるってことなのかな?