次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2008-05-17「気になる子の指導に悩むあなたへ」の本

    今日は,午後に届いたこの本を読みました。

    「特別に支援が必要」という判断は,誰がするのかということ。我々の会話の中で多く使われる場合のその意味は「教師にとって」ということ。その線引きは教師がするわけであって,

    「その境界線なんてどこにあるのかな~」

    なんてずっと思ってきました。

    「特別」という言葉が,自分(自分たち)とは違っているから仕方ない,とかという考え方につながっていけば,つぎつぎと「特別」を作りだして関係を遮断していく方向に進みます。そして,気が付けば自分も「特別」とされて切られていく…う~ん,恐ろしい。

    西川先生がいう,『学び合い』は学び合うことは強いない,一人一人が自己実現出来ることが大事だ,ということがより深いレベルでつかめた気がしました。「みんな」を願い要求し続けることの意味も「大きな集団」を意識させるためであるのですね。妙に納得しました。同時に集団が腐る,という意味もよく分かりました。そして,『学び合い』の究極の目的が世界平和(どこかの本か何かに書いてあったような気がしたのですが…)というのもよく分かります。

    「生きるとはどういうことか」「幸せを追求するとはどういうことか」を学校教育,そして一つ一つの授業の中,学校行事全てのなかでとらえきれるこの『学び合い』の考え方はやっぱりいいですね。

    日生連の金森俊郎先生の考え方も私は好きで本も読んでいますが「つながりあってハッピーに生きようぜ」の教育思想も目指すところは近いんじゃないかな~と思うんですがどうかな。