十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを計画中です。
  • 2017-08-17

    道具は夢じゃないね,やっぱり

    08:00

     ドラえもんの「道具」は,「夢」を与えたか?

     

     「明日があるさ」(重松清)の中には,そういう問いかけが出てくる。

    明日があるさ

    明日があるさ


    のび太の道具の使い方は「夢」を叶えるものだったか?

    スネ夫やジャイアンが「道具」を使えば,「夢」を叶えることにはならないのか?スネ夫やジャイアンだって,「夢」はあるよね。


     自動車は「夢」を叶えたか。

     ナイフ,はいい道具?悪い道具?

     原発はどう?

     核兵器すら,「平和のために必要」という人もいるかもしれません。

    人工衛星を飛ばす技術と,ミサイルの技術ってにていたんじゃなかったかな?

     「人工衛星」だっていろいろあるしね。

     

     

     うーん。道具は道具。

     道具は夢じゃない。

     やっぱりそうだな。時々ごっちゃになってしまうよね。


     道具の先に何があるか,何を見たいか。

     それはけっこうシンプルだと思うし,実は全ての人と共有できる絵じゃないかな。

     

    2017-08-14

    「おーい,田中~」

    16:43

     今月初めの『学び合い』フォーラムin関西。

     西川先生の講演で印象的だった言葉は

    「おーい,田中~」。

     うろ覚えですが,たしかこんな話の中での台詞でした。

     

     会社が倒産した○○さん。中学校を会場にした同窓会に姿を見せません。心配した仲間が

    「おい,○○はどうしたんだ?」

    と他の仲間に聞きます。

    「○○の会社が倒産したらしい。それで落ち込んでいるみたいだ。」

    と。

     すると

    「何だよ,しょーがねえなあ。ちょっと○○呼んで来いよ~」

     おくれてやってきた○○に

    「おいおい,なんだよ~。え?会社が倒産して困っているんだって?俺たちに任せろよ~」

    「あ,そうだ,たしか田中の会社で人がいるって言っていたよなあ。」

    「あ,そうそう!」

    「ちょうどいいじゃねえか。あそこに田中いるじゃねえか,おーい,田中~。○○おまえのとこで頼むよ~」


     そんなような話。

     だれかが困っていれば,その時に誰かが声をかける,サポートする,助ける。そのようなコミュニティの基盤を,学校なら作れるし,学校しか作れないし,そのようなコミュニティ作ることが子どもたちのこれからの幸せに直結する,という例え。


     地域丸抱えでセーフティネットをはる,っていうことでもあると思う。




     自分事ではあるが,最近,自分の大きな課題でありながら専門的な知識がまるでない分野のことについて,困っていた。最近,学校教員以外の方々と一緒にお話したり学ばせてもらう機会が多かったので,そのつながりの中である方に相談をしたところ,そこからさらに複数の方々につないでくださり,専門的な視野や技能で大きな大きなサポートを得られ,気持ちがずいぶん楽になったことがあった。

     その課題は,これからもきっと続くし,解決とはならないものだけど,その方々の存在は本当にありがたいし,それらの方々の親切な申し出と行動には本当に感謝している。だから,いずれ,私ができることでお力になれることを探し,お返しできるようになりたいと思うのである。

     そして,それは,直接その方々に向けたことでなくても,いいと思う。めぐりめぐるから。



     そんな時に,この

    「おーい,田中~」

    を思い出したのであった。

     

    2017-08-06

    物語を続ける

    09:16

    「ここまできた」

     『学び合い』フォーラム。

     西川先生の話は,これが教育フォーラムか,と思うくらい。

     その内容は,これから予想される未来社会の話。

    学び合い』を知らずに参加されている方にとっては,あまりにもぶっ飛んだ話で,

    「え,何何??」

    だったかもしれない。「刺激」ですな。

     こういう話を,教育系フォーラム,研修会でもうじき語られるようにになっていくのだろうとも思う。

     さて,西川先生の講演の後は,ちょんせいこさん

    https://wbmf.info/と阿部隆幸さん(あべたかさん)の対談。

     

     ちょんさんと,あべたかさんが,

     『学び合い』フォーラムで

     ファシリテーションを語る

     「ファシリテーション6つの技術」を語りながら

     『学び合い』を語りながら,

     ホワイトボードに書いている

     オープンクエスチョンを語っている

     ホワイトボード・ミーティング®のフレームで対話の場をつくっている

     

     このシーンは,私に取っては感動的です。

     思えば震災後,東北青年塾の阿部さんから連絡をいただき,宮城・東松島市でせいこさんの講座開催仲介をしたのでした。

    「震災後の宮城の先生方,子どもたちに,幸せな子ども時代につながるファシリテーションを届けたい」

    というせいこさんの気持ちで,その後何度も宮城に足を運び種をまいてくださり,今があります。

     西川先生もそう。震災後に石巻河北総合センターに来てくださり,『学び合い』の考え方を集まった先生がたに伝えてくださった。その中に,今宮城・東北で『学び合い』の中心的な役割をしてくださっている仙南の五嶋さんもいたことも,私にとっては物語。

     『学び合い』の「一人も見捨てない」は,震災後の宮城・石巻にとっては,まさにリアルな現実。

     昨年の『学び合い』宮城フォーラムでは,震災直後から石巻入りしてくれたプロジェクト結・中川さんと,同じく震災支援の一環で宮城で登壇してくださった岩瀬さんが対談。

     もちろん,人が人を呼び,つながり,今となっているから,きりがないのでここには書かないけれど,本当に様々な人の思いと活動が形になり重なり合っての「『学び合い』フォーラム舞台上のせいこさん・あべたかさん」だった。私の中では震災を背景にした,昨年フォーラムの続き,という感覚。

     これは,「私の中」の物語。

     震災では,私は信任のころからサークル活動でお世話になっていた,尊敬するY先生をなくしました。本当に尊敬すべき方。その方から学びたい,と思い,私は当時の沿岸部雄勝小から大川小に転任すべく異動願いをしましたが,かなわず,内陸の学校に転任。そこで震災。大川小はもちろん,私がそれまで赴任した全ての学校は津波で大きな被害を受けました。

     そこから,私の,私の中の勝手な物語は始まっているんですよね。

    「震災であれだけ多くの方々が命を落とし,被害をうけた東北。震災直後は,『生きて学校に通い,友だちと学べる』ことがどれほど価値のあることかを,石巻の学校関係者は味わいました。だからこそ,震災前に戻るのでは足りない。震災より一歩前に進まないと,多くの方々に申し訳ない。」

     そんな中で,その方向性を示してくれたのが『学び合い』の「一人も見捨てない」と,学級ファシリテーションの「幸せな子ども時代」でした。

     まさに,一人でできることではないから,「みんなで」であり,お互いに「エンパワーし合う関係づくり」を通して長く長く続けていくしかないことです。

     そんなことを思い返しながら,舞台上のせいこさんとあべたかさんを見ていたのでした。確実にお二人とお二人につながる本当にたくさんの方々は東北を支えるベースをつくってくれている,と感じるのです。

     もちろん,これは「私の」見える世界,物語。違う方には違う見える世界があるし物語があります。だからこそ,その世界・物語を対話を通して共有しましょう。そして,それぞれの「一歩前に」を実現するイメージ。

     私の「物語」の軸は震災。それはたまたまその当時,石巻で学校の教員をしていて,大事な方を失い,お世話になった地域が大きな被害を受けたから。他者には他者の物語がもちろんあります。

     物語の共有。エピソードの共有。情景の共有=情報の共有。

     西川先生の講演は,教育フォーラムとして,ぶっ飛んでいました(笑)。でもそこには西川先生の物語,エピソードがあるから,説得力があるし,何よりも迫力がありました。だから参加した方々の中には

    「現実的にその「ぶっ飛んだ」世界をイメージして学校や教室,地域を見ていく必要があるんだな…」

    と伝わった方もいるでしょう。

     無理だと思うことも,みんながその気になればきっとできそう。そんな風に思います。

    「楽しいクラスをつくりたい?できるんじゃない?みんなが一人残らずそう思えばできるよ。それぞれがそれぞれの『楽しい』って何か話したり,楽しかったら『何で楽しかったのか』,楽しくないことがあったら『何で楽しく亡かったのか』を話したりしながらやっていけば。少なくとも前には進めるよ」

     そんな風に,子どもたちには言ってきましたし。たぶん,それって何でもそうだと思うんですよね。

    「みんなでやればなんとかなる」

     一人一人の強みを活かす,活かせるような場とプロセス」をつくる。

     やっぱり,『学び合い』×ファシリテーションになった』笑

     「ここまで来た。さあ,次いこー」

     私の,そう,私の物語は次のページに入ります。

    2017-08-05

    ぎりぎりまで迷う

    08:34

     本日は『学び合い』フォーラムin関西。

    私も参加させていただきます。


     力不足でありながら,私も分科会を持たせてもらっているので,どういうことを伝えようかとこの1か月考えてきましたし,内容もいったんは決まってからもその都度思い直して変えてみたり。

     大阪にくる間にも,また思い直して変えたり,また昨日の晩にも変えたり。結局,「どうしたらいい」のかは,分かりません。

     ただ,教師がファシリテーターになる,ファシリテーターになろうとする意識を持つことは重要,と思っているということをお伝えしたいんだということです。

     どんなファシリテーターか,はそれぞれでいいと思いますが。

     そして,教室であれば子どもたちがファシリテーターとしての練習を学習を通して体験的に学ぶこと,教師であれば会議を通して体験的に学ぶこと。お互いがお互いをエンパワーし合えるような関係をどうやって築いていったらいいのか,ということ。それをトライアンドエラーの中で学んでいくこと。

     明るく楽しいコミュニケーションを積み上げた先に,辛くて困難な課題についても話し合えるようになります。いきなり,は難しい。コミュニケーションの量が確保されて,質へと転換します。時間はかかるものだし,学習や会議などの中だけで」できるものでもないかもしれません。だから日常のコミュニケーションを良好なものにする。だから,大人も子どももファシリテーターとしての基本的な技術を学び,知っていること学び続けていくことって大切だと思っています。


     先日は,ある会議を見学する機会をえました。ファシリテーターが存在する会議でホワイトボードを使った会議です。参加者みんなが顔を上げ,見合い,一緒に課題について意見を出し合う話し合いでした。話し合いの最後には,参加者全員がお互いに一言ずつみんなに感想や気付きを伝えていました。

     子どもにとっての授業は,大人にとっての会議かもしれません。それぞれが参加し,学び合う授業,会議は双方向のコミュニケーションがあってこそ成立する,そんなことを強く感じる機会でした。

     双方向のコミュニケーション,聴き合う関係づくり。

     そんなことを分科会ではお伝えし,一緒に考え合えるといいのかなあと思っています。ぎりぎりまで迷います。

    2017-08-04

    明日は,『学び合い』フォーラムin関西

    12:00

    昨日は,宮城県協働教育コーディネーター研修会に参加。

     内容が濃く,たくさん考えることもできたし,今後どうしていくといいのかも,感じられるよい機会となった。

     まだ十分整理し切れていない面があるので,これから。

     学んだこと確かめたことを,今一言でざっくりと言うと…。

    「手伝って!」

    て言えることがすごく大事。もちろんそれだけでなく,

    「手伝ってもいいかな」

    って思ってもらえるようになること。


     そこに,何を目指してそうしているか,とか,日常の良好なコミュニケーションとかが,すごくかかわってくるんだよなあ,ということ。



     『学び合い』フォーラムin関西でも,そんなことを伝えることになるだろう,と。

     今の今まで,ずっと悩み ちょこちょこと変えたりしているけど,最後はそのあたりになりそう。