十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを実施します。http://www.kokuchpro.com/event/3d79030f9f4499664cd3da70151b00ea/
  • 2017-10-14

    思いと現実がかけ離れると,無力感になる

    07:31

    「物質の進歩,個人の自由,[近代社会]で謳歌される都会的生活に支払った代償は,深い孤独感,不安,そして無力感だ。」

    (中略)

    「力を感じるためには,他者とのつながりを経験しなければならない。コミュニティ感覚,つまり共通の経験や夢の再発見,再構築は,無力感を現象させる。また,それは,社会変化を構成する戦いにはなくてはならない要素である。」(「実践コミュニティワーク」ビル・リー著)



     まさにここにつながると思っている。

    「戦い」とは言っても「戦う」わけではない。喧嘩するわけでもない。当たり前。

     無批判にならない,ということ。思考停止にならないということ。人の言うとおり,その通りやっていれば楽なこともあるけれど,それはどんどん自分をスポイルさせていくことになる。言いなりにならない。でも一致点を探る。

     自分にも思いがあるのと同じように他者にも思いがある。だから,思いをつなぐことを大事にしたい。思いをつなぎ,思いと現実をつなげていく作業。聴き合う関係性。

     それを教室でも学校全体でも,地域でも。

      

     だから,コミュニティの練習の場である「教室・学校」からわたしは取り組む。地域コミュニティが活躍の場である方は,そこから取り組む。一緒に連携しながら取り組む。目的は,「誰もが一人残らず(子どもたちが)幸せに行き続けられる,持続可能な地域社会」

     『学び合い』の考え方とそれを支えるファシリテーションスキル。

     私の今の立ち位置。

    2017-10-11

    小さな一歩

    06:15

    http://ogatsu-flowerstory.com/about/

    秋の歩き遠足で,ここに寄らせていただきます。昨日はその下見に職場の仲間と一緒に。

      

     ここを立ち上げたご夫妻は,震災前からずっと同じ地元教育研究サークル「あすみの会」で一緒に活動してきた方々。今は退職されて,ここでの活動や,その他に大忙しです。

     雄勝のことを思う気持ちは,人一倍。雄勝小の子どもたちや先生方ともぜひ出会って欲しい方,場所です。

     その機会ができました。

     この場所は,そこからまた大きなつながりや展開も期待できる要素がたくさんです。このきっかけを今後どうつなげ,場をつくっていくかが私の役目。

     また,次の小さな一歩を進めることができました。


     あ,このときの石垣(野面積み)の話が,とても興味をひきました。

    http://ogatsu-flowerstory.com/blog/%E6%96%B0%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%9F%B3%E7%A9%8D%E3%81%BF%EF%BC%81%EF%BC%BB%E7%A9%B4%E5%A4%AA%E8%A1%86%E7%A9%8D%E3%81%BF%EF%BC%BD%E3%82%92%E6%8E%A1%E7%94%A8/

    2017-10-09

    『学び合い』ミニフォーラム

    17:12

     昨年度,第12回教室『学び合い』フォーラム2016in宮城を,宮城・福島の仲間たちと開催しました。

     教員だけでNPO団体,図書館員,まちづくり団体,地域の方々と共につくれたのが成果の1つ。

      

     その動きを継続していくことを大切にしていきたい,と考えミニフォーラムを継続していくことにしました。

    学び合い』と地域社会,コミュニティを緩やかにつなげていくことを考えています。

     ご参加,ご支援ください。

    http://www.kokuchpro.com/event/3d79030f9f4499664cd3da70151b00ea/


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    上越高田のまちづくりの一端

    08:02

     越後『学び合い』の会に参加して,そのまますぐに返らずに一泊しました。

     それは大正解でした。

     バス時間までの間,上越高田のまちをぶらぶら歩きました。「高田まちなみ歴史散策」。

     新しい商店街もあり,昔ながらの商店街もあり。

     新しい商店街では「城下町高田花ロード」(城下町高田花ロード実行委員会主催)というイベント。店の前に,生花や花をあしらった作品などを展示していました。商店だけで無く,保育所とかデイサービスなどの介護施設などの作品もあります。http://hanaroad.honcho.jp/

     そんな作品を見ながらぶらぶら歩きました。

     その後,雁木が続く古い町並みへ。

     雁木とは,雪国の冬期間の通り道としてとして造られたもの。各戸が通りに面した軒先を道路側に延長し,雪がたくさん降っても,通り道をみんなで確保できるようにしているもの。

       

     ここを歩くのがすごく楽しい。

     ちょうど「越後高田町家三昧(秋ノ巻)」(越後高田町家三昧世話人会主催)というイベントをやっていました。

    所々に「お休み処」というのぼりががあったり木のベンチがあったり。そしてご案内のチラシが自由にとれるように吊してあったり。歩く人へのちょっとしたメッセージがあったり。

    http://hand-shake.jp/event/2016/10/-1030-1.html

        

     チラシをみると,雁木の歴史や造りの違いが分かります。そんなことも気にしながら,ぶらぶら。

        

     パンフレットを読んでいくと

    「およそ16キロに及ぶ高田の雁木通りは日本一の長さ。城下町高田を象徴する景観であるとともに,『ゆずりあい・助け合い』の心が形になった文化遺産であるといえます。」

    と。

     まさに。

     上越高田のまちづくりの一端に触れる時間でした。


    【追記】

    https://sites.google.com/site/takadagangi/home/aboutus

    会長の挨拶。

    「『雁木』という形を残すだけでなく、『助けあい、思いやりの心』を次の世代につないでいきましょう。 」

     きっとここに,多くの方々や諸団体をつなげるメッセージがあるんだなあ,と。それと,すんなりとこうなっているわけではないということ。ここまでのプロセスにこそ,まちづくりの本体があったはず。表面だけ見て「すてき」は誰でも言えるなあ。私が上越高田をほんの2時間歩いて見たのは「点」。

     見えないプロセスの連続の中の「点」

     クラスづくりも,学校づくりも。研究授業や公開研究会は「点」。点であることを意識すること。点をつないで線にする,線を重ねて面にする。そのプロセスを編むこと。

       

     

       

     

    F-KatagiriF-Katagiri2017/10/09 12:58ようこそいらっしゃいました。我が高田の街へ。雪が降って,飲み会の後,雁木を通って帰るのが,結構風情があっていいんです。

    motoryoumotoryou2017/10/09 17:22隠れ家的な雰囲気も,また自分が小さかったころの町並みの雰囲気も感じたりしながら,いい時間を過ごしました。好きなまちになりました。

    2017-10-08

    ここまでできた,分かった。ここはまだできない,分からない。さ,次いこう

    07:26

     昨日の越後『学び合い』の会に参加しながら,考えていたこと。

     『学び合い』では「みんなが分かる,できる」を掲げることを,まずは入り口にする。単純にいうと,「テストで全員が80点以上とれる」とか。それは,とりあえず「分かりやすいから。

     でも。

      

     「分かる」「できる」には,ゴールがない。誰かの作ったテストで80点取ることが,本当に必然か?と言われればそんなこともない。入試じゃないんだから。

     「分かる」「できる」のすぐ隣には「まだ分からない」「まだできない」がある。誰かに与えられたゴールじゃなくて,自分でゴールを探していればそこに容易に気がつく。「さ,次,次」になる。

       

     目指したいのはそんな姿。

      

     だから,子どもたちにとって一番身近な学び手モデルを期待される教師自身が,「さ,次,次」と学び続けようとするすること,学び続けることを楽しい,と体現「している」ことが実は,すごく重要。

      

     いくら,「学ぶことは大切だ」「一人も見捨てない社会をつくろう」「みんな,を達成することは自分にとっても得だ」と語っても,そこに「楽しさ」「わくわく感」がないと,どうしてもエンジンってかからないんじゃないのかな?

      

     なんか楽しそう,みんなと学んで楽しい。こんなふうにこれからもいろんな人とずっと学び続けられたらいいな…

    シンプルにいうとそんな感じ。

     授業そのものが,アクティビティ。夢や願いや希望や目標(そのアクティビティのスパンによって違うかもしれないけど)をもってチャレンジし,振り返って,次を目指す。小さな,大きな体験学習サイクルをくるくる回していくこと。中心にあるのは「楽しい」ってこと。

     だから,いわゆる『学び合い』の語りにしても,余裕って必要だなあと思うのでした。

    「ね,そのほうが楽しいじゃん!」

    くらい。それをずーーーっと言い続けること,それ以上に体現していること。

     なんだ,人を変えようとする前に,自分が変わればいいんだ。やっぱり。自分が学ぶことを楽しみ,一人も見捨てないを明るく求め続ける。そこにか「こたえ」はやっぱりないよなあ,と考えていたのでした。

     そのために「スキル」も学ぶ,ってこと。

     今,ここ。

    2017-10-07

    越後『学び合い』の会に参加しました

    18:07

    「それは子どもたちの幸せにつながっているのか」

    これは,片桐さんが自らの『学び合い』の取組を振り返りながら自問自答を繰り返してきた言葉。

     これを自問自答し続けること,それ自体が『学び合い』の本体でもあると感じた次第。

     『学び合い』をするとかしないとか,やっているとかいないとか,そんなことではないんだなあ,と思う。

     語りが大事,とも言うけれど,その語りだって自分の思いがのった言葉でないとなぜか伝わっていかない。不思議だね。

     伝えられず悩み,何度も何度も「一人も見捨てない」を語り続けることで,だんだんと自分の言葉で話せるようになる。状況に応じて,さらっと語ることも,ちょっと長めに語ることも,あえて語らずにすぐに

    「じゃ,やってみよー」

    っていくか,とか。使い分け。

     熱く語ればいいってもんじゃない,と気がついたのも,つい最近。

      

    本当は,何度も何度も語り続け,悩み続け,なんとかしたいと思い,人と話し,本を読み,またチャレンジし。そんなことを繰り返し続けることで,なんとなーく,自分の『学び合い』が形成されていくんじゃなかろうか。

     やはり時間はかかるのです。当たり前のこと。


     私の場合は,悩んできたプロセスでホワイトボード・ミーティング®とファシリテーションスキルに出会って,自分が学ぶ対象と,前に進めている実感を持てるようになり,安心感を得ることができた。うまくいかないときも,なぜうまくいかないのか,を分析することができてきた。

     『学び合い』がうまくいっている人は,実は何もしていないようでいて,ファシリテーションスキルを駆使していることが見えてきた。

     これは,私の場合。他の人はまた違ったプロセスがあるかもしれません。


    「それは子どもたちの幸せにつながっているのか」

     どんな手段でもいい。ここの問いを,とにかく自問自答しながら続けること。

     途中で邪魔が入ろうが,何だろうが,思っていることと自分の行動を一致させていくこと。

     そのための努力を惜しまないこと。結局そこしかなんだよなあ,と思うのでありました。


     分科会では,

    「ファシリテーションはスキルだから練習できます。練習すると上手になります。」

    と,『学び合い』を支える「技」について話したし,短時間で体験もしてもらった。でも根っこは「覚悟」であり「思い」。

     スキルであるホワイトボード・ミーティング®だって,根っこの思いが,ずん,とあるのです。技の先に目的があるってこと。