次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2019-10-13

    結局自分ってことですね。

    09:16

    よいことも、困ったことも表裏一体。

    よいこと、とだけ思い込んでいるとそれは次の「困ったこと」につながっていたり。

    困った…と悩んでいる、その時は本当に大変でがっかりしたりちょっと気持ちが落ちてしまったりするんだけど、それも何か次の「よいこと」の入り口になることもあったり。


     それって、今までの経験でも思い当たる節があるから、多分そうなんだと思っています。

     誰かや何かのせいにしてしまうほうが楽だから、ついついそうしてしまうこともあるんだけど、それでは結局何も始まらないってことも実は分かっていたりします。

    都合のいいときだけ「空気読む」とかしちゃだめですな。


     少々のリスクを負っても何か始めるしかないってことだなあ。

    「自分はどうしたいのか?」「どうなったらいいと思うのか」

    自分で決めて自分で何かやってみること。

    そういうことなんだと思いました。

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    2019-10-12

    「わかりあえないことから」

    17:15

     「わかりあえないことから」(平田オリザ

    この本は、私のお気に入りの本のひとつ。

     この「わかりあえないことから」って言葉自体が、好き。




    (なんか、分かってもらえてない気がする…)

    って気がすることも時々ある。

     それと同じくらい、いろんな人にそういう思いをさせていることもあるんだろうなあ、と想像する。

     

     そういう時はなんか自分にがっかりもするし、残念な気持ちにもなるんですよね。

     (なんで分かってくれないの?)

    なんてことを思っている訳では全然なくて。


     そんな時に、この「わかりあえないことから」って言葉はなんとなく勇気をくれる。



     「そもそもわかり合えないんだよ、そこからのスタートなんだ」

    って言ってもらえている気がするから。

     もともと、私は「一致団結」とか「心をひとつに」とかって言われるのが好きじゃない。自分で心の中でそう思うことはあっても、誰かからそれを強いられる(まあ、そんなことは近年ないんですが)と、余計そうしたくなくなるっていう、へそ曲がりなところがあって。

     だからこそ、そもそもいわゆる「価値観を1つに」的な意味での「わかり合う」はそもそも期待していないところがある。

     

     そもそも人の価値観はバラバラであるし、それが当たり前だし、それでいいって思っている。本当に。だけど、何かを一緒にやっていくとなれば、その違いを分かった上で、どうしたらちょうどいい感じになるのかな?を時間を掛けても見付けていきたい、と思っている。

     だから、やりとり(対話)が必要だと思っているんだけど。


     そこがうまく機能しないと、「『わかりあえないことから』…」を唱える笑。


     「わかり合えないものだな…」って感じることは、よいこととは言えないまでも、実は悪いことではないのかもな…とも思う。少なくとも何とかしてわかり合えないものか、と思っているってことだろうから。



     平田さんは、こう書いている。

    「心からわかりあえることを前提とし、最終目標としてコミュニケーションというものを考えるのか、『いやいや、人間はわかりあえない。でもわかりあえない人間同士が、どうにかこうにか共有できる部分を見つけて、それを広げていくことならできるかもしれない』と考えるのか。」


     ふむ…である。

     

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    2019-10-09

    「思いを伝えるのは難しい、でも伝わるとうれしい」

    06:48

     昨日は、公民館長さんと子どもたちのミーティング。


     子どもたちが企画するおまつりに、地域の方々もお招きするので、子どもたちと仲良しの館長さんに

    「どんなお祭りにしたいかというとね…」

    を聞いてもらって、一緒に考える場として設定。


     館長さんを囲んで、子どもたちとテーマについてにこやかにおしゃべりする時間になりました。


     最後に、振り返りをしたあとに、「話してみてどうだったか?、心に残ったことは?どんなお祭りにしたい?なるといい?」をテーマに、短時間で文章にまとめ、書いたものを館長に読んでもらうことに。


     館長は、ある子の書いてくれた

    「思いを人に伝えるのって難しいなあって書いてあった、これね、本当だよね。

    この続きに書いてあった、『でも、伝わるとうれしい』ってこれも、まさにだね。大人もそうだよなあ。」

    と話してくださいました。


     こうやって、子どもたちと向き合って接してくださる、たくさんの大人との時間、大事にしたいなあ、と思います。

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    2019-10-08

    小説をまた読みたい

    06:35

     ケアとセラピー

     これはどっちなんだ?でもなく。


     どちらか、というものじゃないんだよね。

     ケアの中にセラピーは入ってくるし、その逆もまたそう。

     たぶん。今の理解では。



     そこのさじ加減というか、アセスメントの規準?っとどういうところにあるのかなあ…。

     そういうところを考えながら、ふと思ったこと。



     小説をまた読み出さないとだめだな、どんどん読みたいなということ。


     人間の見方を広げること。

    人ってこうなんだな、こんなふうに感じたり考えたりすることもあるよね、という幅を広げたいな。その感度。



     それは自分自身で自分を分かるようになっていくのと

    きっと同じ事なんだろうなあ。


     自分のことが、一番自分で分からないな、と思うことも多いから。



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    2019-10-06

    「いいこと思いついた!」は深い!

    08:57

     「いいこと思いついた!」はお気に入りの言葉。

    これも,ある方が

    「この言葉が大好き!」

    って言っているのを聞いて

    (なるほど…,確かに!)

    と思ったから。

    http://manabiai.g.hatena.ne.jp/motoryou/20190527



     昨日は,教職課程の学生さん方100名くらいにワークとお話をさせていただく機会をいただきました。私にとっては大きなチャレンジでどきどきものでした。



     自分なりに一生懸命したんだけど,考えていることや思っていることを伝えるのは本当に難しい,ましてやここまでの経験や見てきたことが異なる方々に短時間で伝えるなんてほぼ無理…と少々敗北感を感じていたところ笑。


     その後,その場に一緒に参加してくださった方々何人かで一緒に食事をしながら楽しくおしゃべりする時間がありました。

    その時に,

    「学生さんがどんなとらえ方をしたかなあ。」

    みたいな話になって,

    (一人一人に分かりやすく伝える」ってなんて難しいんだろう)

    なんて思いながら会話に参加していました。


    「一つ一つの学びや経験をつなぎ合わせていきたいよね。」

    「ばらばらになったままだったり,それがばらばらになってしまったり,ばらばらにしてしまったりすると残念」

    「教員側が自分の範囲内でつなげる,つながていく意識をもつことは大事だと思うけど,本来は学び手自身が知識体験『つなぐ,つなげる』意識をもてるようになるといいんだよねー」

    みたいな話も。


     その時,ふっと思い浮かんだのは

    (あ,「いいこと思いついた!」ってのはそういうことじゃん。)

    ってこと。

     子どもが何か夢中で遊んでいるなかで,ふっと一瞬表情が引き締まって,直後に

    「いいこと思いついちゃった!」

    といたずらっぽく笑う,そんなイメージ。


      なんだ,やっぱり「遊びは学び,学びは遊び」だな…。


     そして,そこでふと思い出したのが今読んでいる本のワンフレーズ。ケアとセラピーについての本なんだけど,その中の一文。

    「そう,遊ぶためには,誰かが心に中にいないといけない。」

    他者と上手に重なっているときにだけ,遊ぶことができる。」


     そういった意味では,今回私が行ったワークもプレゼンテーションもそれを意識したものではあったんだな,とあらためて気付く。うまく伝わったかどうか分からないけど…。


     ああ,私の中で勝手につながったな。

    ラッキー。私の今年のテーマは,やはり「遊び」。

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