次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館でおこないます。7月に内容をお伝えします。
  • 2019-02-14

    見立ての選択肢

    06:48

     ある,夜の会議が終わってから信頼できる友人教師との立ち話。

      

    とっても子どもたちを見る目が温かく,ちゃんと一人の人間として尊重する,とう姿勢を貫いているところが本当に素敵な人。

    もっとも,それは「当たり前」のことであるんだけどね。

     

     Aちゃんのこと。

     よく言えば自由奔放,悪く言えば「身勝手」(笑)

     そんなだから,いわゆる「厳しい」先生には,しょっちゅう怒られるらしい。

    彼はそんな彼女の担任なんだけど,決して頭ごなしには叱ったりしない人。

     彼が言うには

    「でさ,おらが,これはだめだよねえ,って思って『Aちゃんさ,…』なんてしばらく話をするさ?そうすると,あくびとかするんだよねー。んでしばらっくすっと,突っ伏して『ねむい』とか言うわけ。」

    「うんうん,それで?」

    「なんで,そうなるのかなあ?って考えていたんだよね。で,あるときカウンセラーさんと別のことで話していて,ああ!って思った訳よ。」

    「というと?」

    「あくびするさ?これは,まああくびには違いないんだけど『もう聞きたくないよ~』の合図なんだなーって。突っ伏しちゃうのは,もう限界がきて自分を守りに入ったってサインなんだな。寝たい訳じゃない。」

    「うんうん。」

    「だから,バカにしているわけでもいい加減に聞いているわけでもないってことなんだよね。」

    「だねー」

    (つづく)



     こういう見立てもできる,こういう角度からも考える選択肢をもっているってことがほんと大事なこと。アセスメント。」

     「厳しさ」と称して,そこのアセスメントをなしに

    「その態度は何だ!」

    ってなっちゃうと最悪。


     今でこそそう考えられるけど,それで失敗したことも何度もあるんだよねえ…。

     謝りたいこともたあくさんある…。


     

    2019-02-13

    ゆっくり,みんなと

    06:36

     学区の民生児童委員さんや福祉協力員さんの合同情報交換会に参加させていただきました。

     

     以前,社会福祉協議会の方とおしゃべりしていて,その流れでこの会のことを知って

    「え?それって学校でも参加していいんですか?]

    「え?参加してもらえるんですか!むしろぜひ!」

    って感じで決まりました。

     会場は学校。

     

     社会福祉協議会の方々も,学校が地域コミュニティの核の1つとしてさらに位置付けてほしい,と願っていましたし学校側ももちろんそう。

     過疎化高齢化,そしてそれに震災が追い打ちをかけ,かつて地域にあった5小学校3中学校が長年のうちに統合を繰り返して,今の本校になっています,もう,地域の中の唯一の学校。

     どこからも通いやすいように,地理的中心に新設校として建てられたので,地域の方々に心から」「おらほの学校」として認識してもらうにはまだまだ。」

     

     だから,今回の学校と地域住民代表の方々との意見交換会はお互いにとって願っていたこと。



     今年度,学校が地域の大人の方々と様々なことをやってきたことをムービーで見ていただいたあとに,

    「これからの雄勝を見据え,地域の中の学校に思うこと期待することというと?」

    というテーマでホワイトボード・ミーティング®。

     3~4人くらいの小さなグループでおしゃべりしながら出された思いや意見をみんなで共有し,ポイントになるところを絞っていきました,

     そして,

    「これからどうする?」

    もみんなで。

     ロの時の「一般的な会議」では出てこないであろう,いろんな意見や思いを出していただき

    「ああ!そうですね!」

    「ああ。そうなんだあ!」

    がたくさんあった会議。

    「んで,こうすっからや!」

    「んで,なんかあったら連絡けさいん!(連絡ちょうだい!)」

    で楽しいおしゃべり会は終わりました。

     

     あとは。いただいた意見を元に,お互いが実現に向けてうごきだすこと。100%できなくてもいいから,話し合ったことで前に進んだ,という事実をつくることがこれからすること。それをみんなで楽しむサイクル回すことだな。


     統合前の学校の時からお世話になっている方に

    「な,頼りにしてっからさ!」

    と声をかけてもらって,素直にうれしい。


     ゆっくりみんなとやっていけるようにしたいな。

    2019-02-10

    実現の方向に動く,ってこと。動いているよね,って感じられること。

    08:21


     先日は東部教育事務所兼石巻地区協働教育研修会兼石巻地区教育委員研修会で「本校の協働教育『今ここ』」の取組について報告しました。

     そのための準備作業と期間が職場の皆さんの努力や地域連携担当・教務主任としての自分の取組等を振り返るよい機会になったなあ,と感じます。

     やってきたことは単純で学校教育目標を中心にしながら,職員,子どもたち,地域の方々(保護者,公民館,まちづくり協会,学校に力を貸してくれたり一緒に活動してくれる諸団体の方々)との場をつくり対話を重ね,行動してきたこと。

      

     どんな○○にしたい?する?

     特に大事にしたいことは何?

     具体的にどうする?役割分担は?

     そして,活動後は,またみんなで

      

     やってみてどうだった?

     よかったことは?困ったことは?

     今度はどうする?どうなるといい?


    というような問いで対話を繰り返していく。それだけ。

    そのサイクルを回す。

    場をつくるのと,問いを立てるのが私の役割。


     活動の内容は変わっても対話の「問い」は大きくは変わりません。メンバーはその都度組み合わせが変わったり入れ替わったりするけれど,何度もそういう対話を繰り返すことに変わりはありません。そのサイクルの中で少しずつ「組織と組織」の関係から「人と人」の関係になっていくのが見ていると分かります。

     つまり,団体名や役職で呼ぶのではなく,名前で呼び合うようになります。

     特に職員室内では,そのサイクルが頻繁なので,関係性の広がりや深まりは地域とのそれよりもペースははやい。だからトラブルが起こってもそれはそれで安心していられるし(笑),私はトラブルも楽しめたり次のステップに活かしていけるだろうな,と根拠のない自信も感じることができます。


     話を戻しますが,

     それで,先日,多くの皆さんの前で報告をさせていただきながら,まさに話しながら

    (ああ…)

    と気が付いたことは,

    「こうしたい,こうなるといいよね」

    ってみんなで話したことが,100%とはいかなくても,ちゃんと実現させてきたなってこと。

    うまくいかなかったところもその都度,あるにはあるんあだけど,やれたこともあるよね!って確かめ合うこと。

    「みんなで実現したこと」を「みんなで確かめている」ってこと。

    これがかなり大きい。目立たないけど。

     

     「ここまできたよね,よかったね。じゃ,次はどうする?」

      

     未来へのなんとなくの,ぼんやりした「期待」「希望」

     「なんとかなりそうな予感」

     小さなことや毎日の授業,いつもの学校行事などに取り組むことを通して,こういう満足感をちょっずつ,味わう。

     

     みんなで話し合ったことが,ちゃんと実現にむけて前に進んでいるよなあーという感覚をみんながそれぞれの立場で感じること,感じ合えること,そのことにお互いが感謝し合えること。

     そういう場を「大事な場」として,みんなが認識するってこと。





     そういう歩みの一歩がみんなで踏み出せたんだな,この1年。

     まだまだできていないこと,たりないことはあるけど,それはこれからのチャレンジですな。

     さ,次いこう。

    2019-02-09

    勝負をかけるってこと。自分で決めること。

    09:10

    「勝ちにいく」「勝負をかける」

     勝つ,ということ。


     共生的な考え方に浸っていると,時にこの

    「勝負」

    って言葉をストレートにきいてしまうと,反射的に

    「え…,勝たなくてもいいんじゃない?」

    「一緒に進もうよ…」

    なんて感じてしまうわけ。

    https://1no.jp/

     濃密な学びの時間になった,山形での「あの時」もそう感じたんだな,確かに。だから

    「勝ちに行くんです。」

    という言葉に対して

    「それって,人に?」

    っていう質問をしたわけで。


     心のどこかに(自分に勝つんです)みたいな,ある意味円満な返答を期待していたのは否めなかった訳で。

     その質問には,即座に

    「そう,人に,です。」

    と。

                    

     「期待」を裏切った返答。予想外。

    それまでの話が,とっても納得いく流れだっただけに

    (え?え?どういくこと??)

    (勝てば,負けが生まれるじゃん。勝ちとか負けとか,そんな,さあ…。みんなで勝てる道を探ろうよ…)

    と自分の中で混乱。



     

     でも今なら,分かるんだけど,その混乱の根っこには「負けたくない自分」

    もっというと「負けるのが怖い自分」があるんだよね。私は。

     

     自分が傷つきたくない。

     だから

    「勝負しない」

    「勝負なんて…」

    って感じで避けていた面もあったんじゃないかなって。

     だから「競争」って言葉にも過敏に反応しちゃう。

    「競争はよくない!」

    って。

     まあ,逃げ,です。


     

     でも現実には「競争」はあるし「勝負」もある。そういうのを「ないもの」として排除できはしない。実は。


     「勝負しないといけないときにどうするか」

    「勝負をかけられる自分であるか」

     うーん

    「勝負どころを自分で決定できるか」

    だな。

     何に対して勝負するか,とか。

    いつ勝負するか,とか。

     そして「勝った」らどうするのか,「負けたら」どうするのか…。

     どういうのを「勝った」と感じ「負けた」と感じるのか…。

     


    「自分の勝ち筋を見付ける。それは勝負していないとつかめない。」

    「勝負するっていうのは,決定力。そこに主体性ってあると思っています。」

    「だから,勝ちにいく,そこを目指す。」

     そんなふうに私は捉えました。


     本気で「戦う」こと。そんな感覚を得た時間。

     

    「勝負」「競争」について,ちょっと逃げ腰だった自分に気付けたし,それについての肯定的な見方考え方も得られたしで,すきっとしたんだなー。




     本気のボードゲームで磨ける感覚でもあるのかな。

    興味あり。

    https://www.amazon.co.jp/GP-AOTGP-CTNS6042-%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%B3-%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89%E7%89%88/dp/B017SB7QLO


    https://www.amazon.co.jp/%E3%83%9B%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3-HobbyJAPAN-%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%B3-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88/dp/B071GBHXS7/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1549671445&sr=8-1&keywords=%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%B6%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%B3+%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0








     

    2019-01-29

    学び合う職員室へ

    22:21

    教務主任になってからは特に、学校教育目標にこだわって教育計画を会議や取り組みの際に、また、振り返りでも取り上げてきました。

    「◯◯ってつまり、ここではどんなイメージ?」

    「◯◯、という点については今回どうだった?」

    みたいに。

    そこが問いかけの基軸になるから。立ち戻る場所だから。


    今回、学校教育の目標と総合的な学習との直接的なつながりをしっかりと提示してきている。総合的な学習の時間が各教科と往還することの意味も重要性も。

    教師たちが職員室で、お互いに学び合うことが求められていると、私は捉えています。私たちが学び合うテーマが、そもそも「学校づくり教育目標」だったりそこからの、総合的な学習の目標だったりするわけだなあ、と。

    ずいぶん前、研究主任をしていた時

    「じゃあ、研究主題は学校教育目標がいいのでは?」

    と言ったら、みんなに呆れられたけど、今なら

    「そうだね」

    ってなるだろうか?

    私たちきょつしも、子どもたちと同じように、学び合い高め合うことを、子どもたちと並行しておこなうってことなんだ、と感じます。自分たちが高見の見物をしていて、子どもたちに

    「学び合えない」

    だとか

    「自分から学ばない」

    とか言っている場合ではないのだ、と思う。

    学び合うことは、問いかけること、聞き合うこと。そう思っています。

    自分で自分に問うているか?他者にも問うているか?

    批判や否定を恐れて、黙り込んでいないか?

    まずは他者の意見を受け取っているか?

    「聴いて」いるか?

    そんなことが、私たちに問われている。


    なんだか面白くなってきたな。

    学び合う職員室だ。


    子どもたちも羨ましがるような、「学び合う職員室」をつくっちゃおう!

    それには、ケアとハードさ、その両方がいるよね。


    ほら、教室と同じじゃんか。