十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを計画中です。
  • 2017-03-27

    自信って

    06:30

    http://ameblo.jp/acco888/entry-12259689081.html


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    「自分で決める」「自分で選ぶ」という経験の多さと、

    自己肯定感」「人生の満足感」の高さは、

    比例するのではないかなと思っています。

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    自分で決める,自分で選ぶってたいせつなこと。そういう場が当たり前のようにあること。

     それでうまくいかなくても,もう一度やり直せること,必要なサポートが得られること。

     そのために,他者の「自分で決める」「自分で選ぶ」も尊重し,必要に応じて他者のサポートもすること。

     自信ってそんな中からだんだん形づくられていくものかな。

    strongmind222strongmind2222017/03/27 07:35植松努さんの『「どうせ無理」と思っている君へ 本当の自信の増やしかた』を読みました。
    自分で決めて、やれることを小さなことからやっていくことが自信を増やす方法とありました。なるほどな〜と思いました。
    1時間ほどで読めますが、学ぶところ多い本でした。ご参考まで。

    2017-03-26

    へき地に新しい学校が建つということ

    07:40

     石巻市立(新生)雄勝小・中学校に「転任」となりました。とはいえ,同じ雄勝地区にある現在の勤務校の「大須小学校」と「雄勝小学校」が統合となり,さらに「大須中学校」「雄勝中学校」も統合となり,併設。新しい「雄勝小・中学校」へ,ですから転任とはいえ,留任みたいなものです。

     しかし,ただの留任ではない,と私は思っています。10年程前に7年間勤務した「雄勝小学校」に再び戻ってきた,ということにもなります。

     石巻市雄勝地区は,先の震災で大きな被害を受けました。私が勤務していた雄勝小学校も大津波にのまれました。私がお世話になった地域の方々,もちろん子どもたちも多く被災しました。リアス式海岸特有の地形で,少ない平地に集落が集まっていたため,雄勝地区の多くの方々大切な命と住居を失いました。私が当時たくさんお世話になった方々も含まれています。人口の流出も進み,震災前の4分の1ほどになっています。

     私が以前の雄勝小学校にお世話になっていたころには,5小学校2中学校あった学校も4月からは新生雄勝小・中学校1校のみ,ということです。そこに「転任」となります。

     雄勝地区は「へき地」と言われるところです。へき地に「新設校」が建つことの意味を考えざるを得ません。普通に考えたらあり得ないことかもしれません。

     なぜ新しい雄勝小学校はなぜ建つのか,何のために建つのか,どんな願いや期待を背負っているのか。そして,そして,私たちはその学校で学ぶことで子どもたちにどんな大人になってほしいのか,ということ。そこから導かれる「どんな学校にしたいのか」,ということ。そこを考えずに,そこで勤務することはできません。

     様々な困難を乗り越えて,もう一度雄勝地区全体をカバーする学校を,という願いの「形」が新生雄勝小・中学校。スタートからして普通の学校ではない,と思っています。

     多くの命や財産や,そして地域を失った上での,新しい学校。ここまで尽力されてきた方々の思いが詰まっています。そこには震災後,様々な形でサポートをし続けてくれているボランティアの方々の思いも含みます。その学校中身をつくっていき,持続させていくのが私たちの今度の役割です。ものすごく重要。

     震災前に戻す,ではなく前に進める。そうでないと。

     震災時の雄勝中学校の校長先生だった佐藤淳一氏はその著書「たくましく生きよ」の中で,

    「私は雄勝に,誰もが入学してみたいと思うような小中一貫校をつくりたいと考えている。少人数の学校で,地域の特性を活かしたきめ細やかな教育を9年間,じっくり行う。それこそ,小粒でもキラリと光る教育の雄勝ブランド化になると思うのだ。何もかもなくなってしまったのだから,それぐらいの大胆な発想が必要なのではないかと思ってきた。」

    と書いています。

     まさに。

     そして,被災の有無は別として,少子高齢化により学校の統廃合が進んでいるのは全国的な現象でもあるようです。

    「学校は地域のコミュニティの核なんだ,だから雄勝に学校をなくすわけにはいかない。」

    という,学校建設に尽力された地元の方の言葉は,そのまま全国の「へき地」と言われるところにあてはまることではないでしょうか。「へき地」だけにとどまらないかもしれません。

     学校の子どもたち一人の残らずが,学ぶことが楽しいと感じ,友達教師や地域の大人と過ごす時間が楽しいと感じ,それがそのまま地域コミュニティになる,地域コミュニティの入り口となる,そんな学校。異年齢の子どもたちが,ともにサポートし合いながら,高め会いながら共に学び合う。その中には中学生の姿も。そして,そんな様子を見守り,励ましたり,時にサポートしたりする教師や地域の大人がいる。教師や大人も,その場で自分の仕事や学びをしながら,子どもたちのよき学びの先輩としている…。地域のおじいさんおばあさん方も,「地域の孫」世代とそこでふれ合う。おじいさんおばあさんと一緒に登校して,おじいさんおばあさん同士は日中は校内で「学校サポーター」として過ごしてもらい,また孫と一緒に下校する…。毎日が敬老交流会。

     全員が自分らしく,安心してそこにいられる。「させる」みたいな使役的な言葉を極力使わず,子どもたちに自分で考える時間と場を提供する…。学校教育目標「自ら考え,共に歩み,未来を拓く子どもの育成」を旗印に,子どもも大人も

    「『自ら考え,共に歩み,未来を拓く子ども』っていうとさ…」

    みたいなイメージを摺り合わせている…。

     将来雄勝に残る,または外に出るに限らず,それでもここで過ごした日々を大事に思い出としてもっていられる,そんな学校。一人ではできないから,みんなで。十分な対話を重ねながらじっくり。そして,そんな学校が全国にも増えていけば,日本はもっと幸せな国になれるんじゃないかな,と妄想します。

     「へき地であることは強み」

    「へき地にはお金で買えないものが,はじめから,ある」

     そこに価値をおいた,文字通り地域の学校。あーーー,どきどきするなあ。この学校の成功は「雄勝地区にため」だけになるものじゃない。

     成功は,そこに集う人が全てハッピー(もしくは,不幸ではない)で,そして持続していくこと。

    そう,持続可能性。


     小中4校が統合しての新設校のスタート。きっと,やること,やらねばならないことに忙殺され,大事なことを見失いそうになるかもれない。だからこそ,今のうちに,思いつくままに。


     妄想も,思い続ければ,言い続ければ少しずつでもそこに近づくことは分かってきました。だって,

    「そうなったら楽しそうだね」「いいよね」

    ってことを,みんなで決めていくんだから。

     思い続けること,だな。

     覚悟を決めよう。

    2017-03-25

    悶々とするのも悪くないかも

    07:51

    転任して1年。勤務校の様相も私の立場も変わって1年。

    先日修了式を迎えました。3月末で閉校ですから,最後の修了式です。

     クラス担任として直接間接に子どもたちとかかわることに楽しさを感じていたので,この一年のなんとなく宙ぶらりんな(私からみて)立場は,どういう立ち位置でいればいいのか迷いの多かった1年でもありました。

     自分の感じている「強み」を自分の意志で発揮しづらいと感じたり,反対に役割上「弱み」を前面に出さざるをえない?こともあったりで,悶々とすることも多かった1年でした。


     ただ,今年1年とか,今月とか,そういう短いスパンで考えると「悶々」ではありましたが,震災後から考えるようになった今後のイメージ・夢には,数年前よりぐんと前に進んでいることに気がつきます。

     思い通りにすんなりいかないのは当たり前。以前とは,立場や役割,中心となってかかわる相手が違ってきているのだから。年度末の様々な,それも今までやったことのない事務作業(ただでさえ事務作業は苦手なのに…)に追われ,悶々し少しいらいらし,の毎日だったなあ,と。

     こなすこと,に自分の意識が偏ってしまい,何のために,なぜそれをそうする必要があるのかを考える余裕がなかったからかなあ,と思います。そういう余裕がないと,何も考えず「以前と同じように」することが目的化してしまいます。それでは前に進めない。

     経験上,悶々とした後には,また前に進むことは分かっています。むしろ悶々とすることはいいことかも知れませんね。ここを乗り切って,もしくは脇道を探して前に進むことを考えて行くことにします。


    http://manabiai.g.hatena.ne.jp/motoryou/20160324


     学級担任として大切にしてきたことは,

    「自分たちで考え,動き,少数派の意見を無視するのではなく,皆が納得のいく答えを見つける。」

    こと。そうだったそうだった。思い出せてよかった。このことは,学級担任であってもなくても大切にしていくことだし,私の夢を叶える上でもポイントになるところ。ここを忘れずにいたい。



     

    2017-03-24

    自分のことはみえにくい

    06:28

     物事がうまくまわっていかず,思った通りに進まず悶々とする日々がこのところ続いている。思いが先走っている。周りが見えていない,やや気分も落ちてくる…,いらいらしてしまうという悪循環。

     

    (もし,子どもがこういう状態になっていたら,今まではどう声を掛けてきた?)

    とふと思った。

    「今,うまくいかなく,いらいらするのは,きっと新しいチャレンジを始めているからだよ。」

    「簡単なことばかりやっていたら,いらいらすらしないでしょ?」

    「やったらやった分だけ,成果がすぐにでるなんてことはないよ。ある程度,やり続けているとポンっと階段を一段上るように道が開けることがあるから,そこまでやり続けてごらんよ。休み休みでもいいからさ。」

    「今は,うまくいかないって気分が落ちたり自分はだめだなあ,とか思うかも知れないね。でもどう?一年前と比べれば,確実に前に進んでいるでしょ?だから大丈夫。一年後にはまたぐんと前に進んでいるから。ここを乗り切ろう,応援するから。」

    とか,子どもたちには言ってきたなあ。


     自分のこととなると,そういうことが見えなくなるものだな。

     焦る自分がいるから,いらいらもする。ここは,ちょっと意図的意識的に歩みをゆっくりにして慎重にいく時期なんだな,きっとそうだ。

    2017-03-23

    「いろんな人が,いろんな立場で,いろんなことをしていけば,ですね。」

    06:23

     午前中,Nさんが大須地区の古い建築物を一緒に研究している大学の先生と学校を訪れてくれた。Nさんは,1学期に子どもたちが「総合的な学習」で地区の井戸探検をするときにガイドをしてくれた学生さん。大須が大好きで,将来はここに移住することも考えている?そうだ。

     そのNさんと,学校の玄関で立ち話。

    「地域のことを考えながら,いろんな人が,いろんな立場で,いろんなことをしていけば,ですね。」

    とNさん。

     NさんはNさんの立場で地域の人と密接にかかわり語り合い,地域のまつりにも参加しながら関係を作っている。そして,この地域がこの先も人々が幸せに暮らし続ける場であってほしいと願っている。そのために,できることを精力的にやっている。

     私は彼と同じ願いをもって,学校現場の中で出来ることをする。NさんはNさんの立場でする。そうすると,私とNさんが一緒に何かをすることが,当然この先にも出てくる。そういうつながりが,他にもこの先どんどんつながって行くはずである。

     「過疎地」と言われるこの地域だけど,この先大逆転できる要素が,実はたくさんある。お金で買えない物がそろっていますからね。