十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを計画中です。
  • 2017-06-24

    「通信表」をつくらなくてはいけないんですが…

    09:16

     役目上,通信表の作成をしないといけない。

     作成といっても学校としての形式,枠。


     国語,とか算数もいくつかの評価項目に分かれていて,それ一つ一つに「よくできた」とか「できた」とか「がんばろう」とかに○がつく,よくある?パターン。

     今,見直しているのは各教科の一つ一つの評価項目に当たる文をもう少し目指していることに直結するようにならないか,そこを読めば

    (ああ,確かに,このときはここまでは出来たな)

    (ここが自分ではまだ足りないんだよね。あと少しだったもんな)

    (ここは来学期にこうしていけばいいな)

    みたいに,その学期に自分が取り組んだ場面や学習の様子が少しでも情景として浮かんでくるような,具体的な評価項目にならないかなあ,ということ。

     たとえば「豊かに表現することができる」と言われても,どんなのが「豊か」なのか,それだけではよく分からない。曖昧だとその評価が妥当なのかどうかすら分からず,子どもはただ教師から出された「評価」(評定)をただ無条件に受け入れるしかない。

     それって,やっぱり「主体的に学ぶ」につながらないと思うんですよね。

    「主体的に学ぶ」は「評価」も自分のものにしないと。

    「先生,この評価は違うとぼくは思うんです。」

    「これは甘くないですか?」

    「この評価は,納得できないんですが。なぜかというと…」

    くらい,子どもが言ってくれたほうが,私はうれしい。


    「通信表」というと,学期ごとの学習の最終ゴール,みたいなイメージだろうか。

     本当は毎日の教室で行う,子どもとの振り返り(評価)がメインで,その中で「この先」と「今ここ」を確かめ合いながらチャレンジを続けられればいい。保護者には,その子と一緒に,その子のがんばったこと成長してことを伝える,そんな面談みたいなことをするといいよね)とは個人的に思っている。

    応答関係が成立する評価。




     1学期間のたくさんのトライアンドエラーを,1枚の紙で「よくできた」「できた」「がんばろう」に○付けて渡してしまうと,

    (結局は,「よくできた」「できた」「がんばろう」で表されちゃうのね…)

    と子どもに伝えているようで,正直,なんだかなー,とも思っていた。

     いくら,子どもたちに

    「よくできた,できた,の数が問題じゃないよ」

    とは言っても,子どもたちは○の数を数えるし

    「よく出来たが10個あった」

    とかそういう話になる。当たり前ですよね。そうやって渡しているんだから。

     

     通信表を渡されて○の数を数えて喜んでいる子もいるし,がっかりしている子もいるのが,まあ,ふつう。華やいだ感じもあるんだけど,私はその雰囲気はあまり好きではない。それは自分が思っている学期のゴールはこれではないし,学期中子どもたちに伝えてきたことのゴールとして,結果としてこれを渡している自分になんとなく食い違いを自分で感じてしまうから。

     本当は

    (通信表,本当に必要?)

    (学習の評価をするのに,通信表はなくてなならないの?)

    (ほかの方法でもいいんじゃない?)

    と思っているけど,今すぐなくすことはできないから,少しでもいい形にならないかなあ,と考えているところ。

     学習指導要領とこの間,にらめっこ。

    子どもと教師と保護者で,なるべく目標の共有をするために。(でも,ちょっとたいへん…)

     

     

    2017-06-23

    場をつくる

    06:46

    クラスをもっていると,子ども同士の人間関係が気になってしまうこともある。

    「あの子とあの子,どうも気が合わないんだよなあ」

    みたいに。

     そういうのは,大人だってあるんだから,そういうこともある。



     私は,人間関係なんてこちらが変えようと構えていっても変えられる訳はないし,変えようと思って臨むとかえってあまりいいことない,と思っている。(仲良くする「ふり」はしてくれるかもしれないが)。ただそれは放っておく,というのではなくて,いい関係が作れる場をつくることを考えるっていうイメージ。ピンポイントにその関係だけにとらわれない,ということ。

     「気が合わない」と思っていた人とも,一緒に楽しむこともできる経験があるだけで,自分の中の意識って変わることもある。いつの間にか一緒に話していた、いつも間にか一緒に作業していた,考えていたみたいな感じ。

     例えばオニミチをしながら,いつの間にか一緒に笑い合っていたとか。


     学習の中でも,自分だけでなくみんなが課題を達成することを求める(みんなが楽しく安全に学べることを求める)となると,今まで「気が合わない」と思っていた人とも,自分からかかわってみよう,自分の距離感の中でかかわってみよう,という意識と場が生まれてくる。できる範囲で協力したり話したりすることができる。急に「仲良く」なれないし,「仲良く」を強要されるのも困る。でも,できたら,たくさんの人といい関係がつくれたほうがやっぱりいいよね?。どうしても気が合わない,というのなら時と場に応じて自分で間合いを作ればいいよ,でも最低限「相手を傷つけない」ということはまもってね,みたいに伝える。そういう逃げ場もあれば,思いっきり仲良くはなれなくても,そこそこ付き合えるようにはなるんじゃないかな。


     自分で決めて,自分で距離感を調節できる,ってこと。相手を傷つけるのはそれはだめ。

     すぐにうまくいかなくても,人間,できることなら他者といい関係を作りたいと願うものだと思うから,そうしやすい場を作って,委ねてまつ。ある面,子どもたちの力を信じる。期待し応援しながら待つ以外に,そんなにこちらにできることってないんじゃないかな。というよりも,そういう場づくりに力を入れる。ちょうどいい距離感を決めるのは子どもたち自身しかできないんだから。

    2017-06-22

    「大人になる」ために学ぼう

    06:28

     5年生の担任の先生が,急にお休みということになったので,5年生の教室に1日入ることになりました。

    算数。『学び合い』の考え方で。

    「自分も分かる,みんなも分かる。その両方を大切に学習しましょう。」

    「大人の世の中で大切な力はね…」

    「今すぐできることだけが大事なんじゃないんです。得意な人も苦手な人もいるのは当たり前。大人になって大事な力は今算数ができることじゃないんんです。…」

     時間にしては3分くらいだったのだけど,「なぜ学ぶのか」「自分の力を発揮すること」「他者の力も借りること」などについて伝えた。きっと,何度も「大人」という言葉を使ったんだと思います。

     それそれが自分の算数の課題に取り組み始めて少し立ったころ,ある子が

    「先生,なんで算数するときに『大人になる』っいぇ言うんですか?」

    と尋ねてきました。

    「なるほど。みんなに大人になってほしいから。」

    と応えました。

    「大人って何ですか?」

    と聞かれたので

    「『大人』は,自分も大切にするし相手も大切にできる人。『子ども』は自分のことしか考えないし自分のことしかしない人。赤ちゃんは,おなかがすいたら泣くでしょ?赤ちゃんを考えてみれば分かるよね?」

    「自分のことは大事にしないで,相手のことばかり大事にするのもも『大人』ではないよ。自分のことは大事にしないと。それができるから,相手も大事にできるんだと思うよ。」

    と返答しました。

    「でも,『子ども』であることが悪いってことではないよ。誰でも『子ども』の部分はある。みんなもかつては赤ちゃんだったでしょ。でも赤ちゃんもだんだん成長してくれば,だんだんと自分のことだけのころから,少しずつ相手のことも分かるようになってくるよね。いつまでもずっと赤ちゃんじゃ困るけど,『子ども』だからといって悪い事ではない。大人になろうと成長しようとすることが大事なんじゃないかな。」

    「もっちゃん先生は?大人?」

    「私?今よりも少しでも『大人』になりたいと思っている。『大人』のレベルにはもっともっと先があると思うから。それに,同じ自分でも場合によっては『子ども』みたいなことをしてしまって『だめだなあ』と反省してしまうこともあるんだ。自分の中に『大人』の自分と『子ども』の自分があるってイメージ。でもなるべく『大人』の自分でいられるようにしたいと思っている。」

    「年は若くても『大人』の人はいるし,反対に年齢は立派な『大人』でも中身は『子ども』の人もいる。みんなも相手に対して優しきできることもあるし,時には自分勝手になってしまうこともあるでしょ??そういうこと。普段は『大人』でも,時と場合によっては『子ども』になってしまうこともあるしね。難しいね。大人になりたい,って思い続けるってことが『大人』かもしれないね。失敗しちゃうこともあるけど,もう一度進む,みたいな(笑)」

    「だから,『大人』になるために,算数しよっか。みんなでやることを楽しみながら。」

     意味が伝わった子も,まだ伝わらなかったらなかった子もいるかも知れないけれどそれでいい,と思っています。算数でも国語でも学校行事でも,いろんな場面で,何度も繰り返しながら,体験と結びつけていく。そういうこと。

     「大人になるために学ぼう。楽しみながら」ってこと。

     久々にクラスに1日入れた日。今年度になってから,単発の1時間とかしか同じ教室にいないことが多いから,「ずっと教室にいられる」って楽しいなあ,と感じる。ちょっと新鮮な空気を吸わせてもらった,という感じ。

    2017-06-21

    「『次世代の学校』に向けて,大きく変わっていきます。」

    06:38

     出張で「宮城県協働教育コーディネーター研修会」に参加。

     

    「ついに宮城県もコミュニティスクールへ進む」

    ということだなあ,と感じた。

     「地域と学校が,これまでの「支援」を超え,「連携・協働」して,地域全体で、未来を担う子どもたちの成長を支え,地域を創生する活動「地域学校協働活動」を積極的に推進する。「連携・協働」に当たっては,地域と学校がパートナーとして,目標を共有することが必要である。」

     この,中央教育審議会答申を受けての,学校の大きな変化。

    「宮城の学校も大きく変わっていきます。」

     そういう宣言でもある,と捉えている。

     その先は「地域創生」,まちづくり。そこに学校がどういう役割を果たすか,が求められている。学校は「聖域」ではなくなるってことだろう。

     合わせて,日本の現状と未来についても。

     少子高齢化と人口減少の中で日本が生き残っていくためには,総掛かりでなんとかしないといけない,そういうこともあっての「協働教育の推進」もある,とのこと。

     今まで『学び合い』関連の学習会などでは何度も話題になっていたことであるが,こうして県の研修会の中でも触れられるようになったことに,

    「ついに,ここまできたんだなあ」

    とも思う。

     「みやぎの協働教育」が新たな方向性に向けた目標は

    ○「どんな子どもたちを育むのか」「どんな力を身に付けるのか」といった「目標」を家庭・地域・学校で共有した取組が必要

    とのこと。その上で,宮城県としての目標は以下。

    ○「協働する力」(協働力)の育成

     ・主体的に考える態度

     ・他者を理解する態度

     ・コミュニケーション力

     ・協調的な課題解決力

     ・参画意欲


     「目標の共有」短い言葉で表されるけどなかなか,難しいこと。「共有」だから「お任せ」とか「いいなり」ではない。学校を開いたのは良いけれど,結局は学校だけで進んでいるよね,でもない。合意形成とそこまでのプロセスを組むことだから,ファシリテーターを務める人が学校にも地域にも必要ってことになるんじゃないかなあ,と思う・

     そして「協働力」。『学び合い』で目指してきたことではないのかな。いよいよ,これが「学力」として浸透していく時代になってきたのかも知れない。

     教師も子どももファシリテーターになる,学校でその練習と経験を積む(国語や算数,体育などの学習を通して)ことがこれからの地域創生(まちづくり)を支え,幸せに暮らせる「地域コミュニティの再生」につながる,そういうふうに感じた研修会。

     潮目は大きく変わってきたなあ,と感じました。

    2017-06-20

    出向くことをもっともっとした方がいいな

    07:43

     2月に行われたシンポジウムの「プチ」版。

    https://www.facebook.com/events/130778484136862/permalink/133098797238164/?action_history=null&__mref=mb

    「単発のシンポジウムで終わることなく,継続した活動を進めていく」

    「2月の教育シンポジウムの流れを汲み,学校や行政,民間教育団体など,石巻から多様なゲストと参加者を募りながら,お互いの事例の共有をしたり参加者が学び合える,情報交換・学び合いの場をつくる」

    ことを目指している会です。

     先日は,この会に参加。勤務校の「今ここ」を,勤務校の先生が報告してくれました。

     参加者の多くは,教員以外。

     学校が今やっていること,諸団体が今やっていること。

     共に石巻をもっといいまち,みんなが幸せに暮らせる地域にしたいと願っている方々の集まり。

     集まって一緒に話すこと。

     学校が外に出て行くこと。来てもらうのもいいけど,こちらから出向くことをもっともっとした方がいいな,と感じます。