共存共栄

石川県の公立小学校で『学び合い』実践中。
みなさんと、そして、子どもたちと共に成長していきたいと思います。
興味のある方は、violinist.orchestra.1129とgmail.comを@で結んでご連絡下さい。

2011-03-26

観を磨く

08:12

約5年前、教職2年目の自分が書いた日記を発見した。




教師の命は授業だ。教師以外のだれもできない。これこそ教師の専門分野だと感じている。

これまで、毎日の授業をどう進めるか、悩みながらの日々だった。大学で教育実習を経験しているとはいえ、初めはさっぱりわからなかった。最初に何を話せばよいのか。どうやってまとめるのか。発表をさせるときはどうするのか。とにかく疑問だらけ。こんな状態で、なんとかここまでやってきた。時数にすれば、何百時間になることか…。正直に言えば、「子どもたちにとってこの時間は何の意味があったんだろう?」というような授業も何度かあった。しかし、私には全ての時間が成長のための糧となったのは間違いない。失敗を繰り返しながらも、少しずつ見えてきたものがある。それは、指導観だ。

指導観…教育実習の指導案などで書くことだ。大学の時はさほど意識しなかったが、授業をする上でこれほど大切ことはない。すべての授業づくりの土台になるからだ。現段階で自分が持っている指導観は次のようなものだ。

授業作りは、教材を知ることから始まるということ。教材は、つまり、学ぶための素材。何を学ぶのための教材なのかを指導者が理解していなければ、教材は、何の意味も持たないただの「読み物」あるいは「道具」になってしまうだろう。

教材を通して、子どもにどんな力をつけたいのかを明確にすること。どんなことを学ぶのかが分かったら、次にそれを学ぶ子どもたちの実態を考える必要があるだろう。そして、子どもたちの姿と照らし合わせながら、「今」子どもたちに必要な力は何なのかを指導者自身が明確にして、授業づくりに臨むことが大切であると思う。

つけたい力を実現するための手立てや支援を考えるということ。これは、子どもの実態や教材の特性を考えながら、どのような形で展開していったらよいのかという工夫の部分に当たる。ここで教師の力量が問われるはずである。

以上、簡単にすれば、「①教材研究」→「②つけたい力の吟味」→「③手立て、支援の工夫」となる。このうち①、②は経験年数に関わらず、どの教師にもできることであるし、できなければならないことだと思う。③については、経験することで磨かれていくことだと思う。

長々書いたが、あくまでもこれは「今」の指導観だ。変わっていくかもしれないし、もしかしたら変わらないかもしれない。それは、子どもたちの姿を見つめながら考えていくことになるだろう。また、これは「自分」の指導観であり、他の人にはその人なりの指導観があるはずだ。

指導観は自分で探していくものだと思う。探し方は様々だ。たくさんの授業をみる。本を読む。ただ、何よりも忘れてはいけないのは、常に自分の指導観を磨いていくという姿勢だろう。




この内容に対して、「今」の自分が答えるなら、「常に自分の指導観を磨いていく姿勢が大切である」ということに変わりはない。これをなくしては、成長も何もないだろう。

授業設計という点で「今」の指導観を考えるとしたら、「①教材研究」→「②つけたい力の吟味」の順番が逆になる。

まず、目の前にいる子どもたちを思い浮かべ、彼らにどんな力をつけさせたいか、どんな人間になってほしいか、それを考える。そして、その実現のために、目の前にある教材に、どのように子どもたちを出会わせるか、かかわらせるかを考える。そして、最後に指導法、指導技術、指導形態を考える。

ちょうど指導案を書く流れもこのような感じだろう。

しかし、これも「今」の指導観だ。また、変わっていくかもしれない。でも、それは、常に新しい指導観を追い求めていかなければいけないということ。

頑張ろう。

o4dao4da2011/04/02 08:32あれから2年経過し、いよいよ3年目突入。石の上にも3年。形以上に願い実現に向けてファイト!気持ちがあれば、引き寄せるようにできている!!がんばろうね。

jun24kawajun24kawa2011/04/04 07:04観を磨くのは一生続けなければならないことですね。何もしないと曇ってしまう。川のメダカと同じで、泳ぎ続けないと、後退してしまう。

mizyukukyoushimizyukukyoushi2011/04/17 17:54o4daさん、お返事遅くなってしまってごめんなさい。
一歩一歩かなあと思います。少しずつだけど、確実に前進です。
やっと形になりつつあります。お互いに頑張りましょう。

jun24kawa先生、お返事遅くなってしまいました。
常に、上を目指して頑張りたいと思います。考えるのをやめるとそこで、教師としての人生も終わってしまうと思います。
結果が出ずに、悶々とするときもありますが、決してあきらめずに自分を磨き続けようと思っています。