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2015-12-18

目的。

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アドラー心理学には、目的論という考え方もあります。

先日、学部の子と話したときに、目的論の話をしました。


まず、その子に「いじめはあって仕方ないものですか?」と聞かれて、

絶対に仕方なくないし、嫌だ、と答えました。


その上で、「なんでいじめって起こるんですかね?」と聞かれました。

その子からは、無い席を奪い合う環境だからそんなことが起こる、というその子なりの考えを聞かせてもらって、

それを聞いた上で、わたしなりの考えを教えて欲しい、と言われたので、このときに、目的論の話をしたのです。

まず、「どうしていじめが起こる?」という疑問は、

いじめが何らかの原因のもとに発生するという考えから出る疑問だと思います。

これは原因論と言います。

そのもとの考え(原因論)を目的論にかえると、こういう問いになるのではないかと思います。


「なんのためにいじめって起こるんですかね?」


そのときわたしが学部の子に話したのは、

いじめている子にもいじめつづける目的があって、いじめられている子にもいじめられつづける目的があるんじゃない?ということでした。

例えば、

・誰かをいじめることによって、自分が「いじめる集団にいる」という集団への所属感を満たしたい

・全く関係ないところからくるストレスを発散したい、

・いじめられるという関係であっても関わりを保ちたい

・自分はかわいそうな立場にあるということを誰かにアピールしたい

など、挙げればきりがなく、人の数だけその目的はあるのではないかと思います。


ただ、どんな重要な目的のためだからといって、じゃあ許していいのかと言えば、そうではないと思います。

その話をしたあと、わたしはそのことについてずっと考えていました。




「なんのためにいじめって起こるんですかね?」




どんな目的があるにしろ、いじめが起こるという状況は絶対に嫌です。

わたしは、本当にそれが嫌だと思っています。

なので、もしも自分のまわりで、これっていじめだなあ…と思うようなことがあれば、それをなんとか改善したいと思って、かならず行動にうつすと思います。

でも、もし行動にうつせなかったら。

そんな自分を正当化するために、いじめがある状態がつづいても、仕方ないよね、と思ってしまうかもしれません。

まあ、そんなことを思ったら自分の気持ちがしんどくなるので、さすがにしないと思うのですが。


でも、もしかして。

先生の「いじめがある状態でも仕方ないよね、という思いを正当化する」のためにいじめが起こったりすることもあるのかなあ。

うーん。ちょっと考えすぎなのか。

根付く感覚。

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アドラー心理学には、共同体感覚という概念があって、その要素は以下の3つです。


・他者信頼「他者は私を援助してくれる」

・自己信頼「私は他者に貢献できる」

・所属感「私は仲間の一員である」


先日お邪魔した福島県のT先生のクラスは、わたしの中で、ほぼこの感覚がクラスに浸透しているイメージがありました。

1時間しか拝見していないので、本来であれば子どもたちがどうだったと言うことははばかられる立場なのですが、ひとつだけわたしの持った印象を述べるとすれば、そんな感じでした。

やはり、『学び合い』とアドラー心理学は親和性が高い気がするなあ、と思いました。

ogymogym 2015/12/24 00:21 「どうして 家出・誘拐が起こった?」→ スマホがある、悪い大人がいるから
といういつもの論調のTV番組を見ていて、記事の「なんのために」を思い出しました。
「なんのために 家出 した?」では答えが全然変わってきます。

この「なんのために」への変換、いいですね。

mei-c5mei-c5 2015/12/24 01:03 >>ogymさん
どうして?から推測して行われる改善は、結局は他者のおせっかいにすぎない、なんてことがあるような気がします。
それに、自分の心に聞いてみるときも、どうして?だと原因が複雑に絡み合っていて混乱してしまうんです(笑)
自分自身の振り返りをするときにも、健全に改善をしていけるので有効です(^^)

ゲスト



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