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2015-07-11

ワクワク。

| ワクワク。 - 幸福論 を含むブックマーク

昨日「知的なワクワク」と書いていて、ひとつ、思い出しました。

わたしは、人生の中で一番ワクワクしながら読んだ本と言えば、ケネス・J・ガーゲンさんの『あなたへの社会構成主義』という訳本だなあ、と思います。

わたしの人生で読んできた本の数が少ない、というツッコミどころもあるのですが、それを差し引いても、相当におもしろい本だと思っています。

本当に、苦労して、苦労して読みました。

何しろ、まったく知識が無かったのです。

試験勉強で名前くらいは見たことのある、ベーコン、ブルーナー、ダーウィン、デカルト、フーコー、フレイレ、フロイト、ホッブズ、、、そして見たこともない名前の数々。

そんな人たちの考えの一部が、わかっている前提で当然のようにぽんっと載っていたりするわけです。(もちろん、とても分かりやすく書かれているのだと思いますが、知識ゼロの人にはかなりキツイ。)

ひとつの本を読むために、他の何冊もの本を読む日々。(これまでがゼロだからこそ。笑)

ネットの解説ページをいくつも読み漁り、この人はこう書いているけど、別の人はこんなことを書いてる。一体どっちなの!?と迷子になる日々。

でも、無駄だとは感じませんでした。

本当に楽しかったのです。


教員採用試験で、「ブルーナーは発見学習で……」と覚えているときは、最高に無駄な気がするのですが、不思議と本の文脈で出てくるときブルーナーを調べていたらワクワクするのです。

社会構成主義というひとつの視点から、様々な人の考えが解釈され、位置づけられているのを知ることが、おもしろくてたまらない!という感じでした。

そして、それをはるかに上回るおもしろさがあったのが、自分で位置づける作業をする、ということでした。

わたしの大学での卒業論文は、社会構成主義という視点から学校教育、『学び合い』を位置づけるという作業でほとんどが終わりました。

卒業論文としては、本当に誰の役にも立たないんじゃないか、というようなどうしようもない出来栄えだったのですが、最終的には自分の納得する位置づけに落ち着けることができました。

(本当は、誰かの役に立つ卒業論文が書きたかったのですが。笑)


それにしても、本当に贅沢な時間だったなあ、と感じます。

わたしが卒業論文を書いていたあの期間は、本当に一生に一度しかない、わたしのための時間だったのです。

他のゼミでは、卒論の書き方の指導などがされている中、わたしを自由に解き放ってくださったY先生には、感謝の気持ちでいっぱいです。


先生、わたしは今でも、ギリギリにならないとスイッチの入らない性格が健在です。

修士コース。

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つい最近のちょんせいこさんの学校出前授業を見学させていただいたときに知り合った、大学院修士コースの方と、「絵本」という共通の話題で盛り上がり、その後、連絡を取り合っている中で、


「本のことはもちろん、『学び合い』についてもお聞きしたいことが山のようにあります。」


と言われました。

同じ大学なので『学び合い』のことを知っていらっしゃるのだと思いますが、

修士コースの方でもこんなに興味を示してくださるのか……!とびっくり。

なんとなく、わたしの中で、修士コースというと教科を突き詰めている人で、『学び合い』にはあまり興味のない方が多いのかなーという勝手な決めつけ、凝り固まったイメージがあったのです。

ああ、これが偏見というやつか、と反省しました。


実は、ちょんさんとお話をしたときに、ちょうどわたしの研究室の話にもなり、

「ああ、N研ね」

となって、そこから『学び合い』の話になったのですが、

「ホワイトボードミーティングと『学び合い』はとても親和性が高いものだと思うんだよね。誰かやってくれないかな。ホワイトボードミーティング×『学び合い』、みたいなのを(笑)」

と、おっしゃっていました。

緊張していて、「具体的には、どういうところに親和性が高いと感じますか?」と踏み込んで聞けなかったのですが、

目指すところ(一人も見捨てられていない社会)が共感されやすい、というところにも親和性が高い理由があるのではないかと感じました。



よく先生が「教材研究をすることもいい。が、それは集団ができてからやっていくもの」とおっしゃっています。

わたしも、本当にその通りだなあ。と、やっとわかってきました。

やっぱり、とことん教材を研究されている方のお話を聞いたり、またはブログなどで目にしたりすると、知的なワクワクがあります。

修士コースの方は、そういう部分を創っていく人たちなのだと感じます。

わたしたちは、その創られたものが存分に生かされるような集団、ひいてはその集団が生まれる環境をつくる立場にあるのかなあ、と。

きっと、どちらも大切で、支え合うような関係なんですね。

ゲスト



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