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2015-06-13

解決。

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先月からもやもやとし続けていたことが、今日の学年ゼミですっきりしました。

具体的には、自分が『学び合い』のできる環境下に置かれていながら「一人も見捨てない」ことを求められていない場合はどう動けばいいのか?ということでした。

というか、そもそも、「一人も見捨てない」ことを求められていないのか、求められているか、というところもよく分からない状態で、

上記のことが言葉にしづらかったのかもしれません。


でも、実は、先週の段階で心の整理はついたつもりでいました。

上記のもやもやに対してわたしの出した結論は、「きっと求められているだろう、と期待して、無理しない程度に動き、何かあれば心を無にする」でした。


ただ、今日の学年ゼミで、自分も何か質問しなければ……と思ったときに、ふと、自分の中では解決したはずのことを質問していました。

きっと、頭の片隅では、まだ納得できていない自分がいたのかもしれません。

というよりも、せっかく興味をもって授業を受けたのに、宙ぶらりんのままの同学年の子の気持ちを考えると、心を無にすることが難しかったのかもしれません。

その気持ちを考えると、悔しくて?というのか、よく分からないですが、泣きたい気分になります。


でも、今日質問してみて、先生の本心や今後の見通しを聞くことができたので、ほっとしました。

こんなことなら、素直にもっと早く聞いておけばよかったかな~とか、

でも、このもやもやしている期間にも大切なことに気づけたので、それはそれでアリかな、と感じました。


本当に、今回のことで身をもって感じました。

「一人も見捨てない」ことを願っているかどうか分からない態度で『学び合い』をすると、わたしのように違和感を感じる子が、少なからずいるということ。


また、そういう実験もおもしろいのかもしれない、と思いました。

もしもこういう方向で研究を進めていけば、『学び合い』がカタチではなく考え方だということが明らかになったりするのかなあ、なんて。


とにかく、今日はよかった。

ゲスト



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