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2015-06-10

グループワーク。

| 01:38 | グループワーク。 - 幸福論 を含むブックマーク

ただいま、院の授業で絶賛グループワーク中です。

現職院生さんとわたしのような学卒の院生たちが入り交じり、9人×7グループで、それぞれのグループが教職大学院の教授方から出された課題をそれぞれに取り組んでいます。

課題は最終的に、発表できる形にまとめ、全員の前で発表します。


グループワークが始まって、もう2~3週間。

わたしのグループには、この人が2年間も現場にいないなんて、もったいない!(なんて言い方は失礼かもしれませんが。。)

そう思うような現職の方が、たくさんいます。


今日は、自分が先生になれたら、こういう考えを持ち続けられる人になりたいなあ。と思う出来事がありました。

それは、グループワークで一緒の現職院生さんとお話ししているときでした。


わたしたちのグループは、最初は、調べたことを分かりやすく発表する、というプレゼン形式の発表で、最後に質疑応答の時間を設けるはずでした。

が、なんとなく言葉が専門的すぎて、もしわたしがこれを30分も聞くとなると、きついな……と感じたので、

「わたしが発表を聞く立場だったら、聞いていて分からないことがあれば、その瞬間に誰かに聞けたり、そこからまた何かを考えたりできる時間があると嬉しいな、と思うのですが、こういう方法はどうでしょうか?」

とグループワーク形式の方法を提案してみました。

すると、

「なるほど~そうしてみましょうか!」

と言って、その現職院生さんがわたしの言葉を受け止めてくださったのです。


正直なところ、反対されるだろうな、と思っていました。

というのも、その方は、この発表のために何冊も本を読み、休みの日も図書館で勉強し、毎回打ち合わせのときに大量の資料をわたしたちに提供してくださっていたからです。

グループワークにするということは、そうまでして調べたことを『発表しない』ということなのです。

正直なところ、わたしもその方ほどではありませんが、資料に目を通し、自分でも気になるところは調べて、分かりやすく発表するためには……とまとめてきたので、

誰かに伝えないともったいないなあ、という気持ちでいっぱいでした。

だからこそ、反対されてもそれはそれで仕方ないかもしれない、と思っていたのですが。


「じゃあ、時間がないから、これとかこれは、説明する必要はないね。ここも、うーん、いいや、削りましょう!」

と、その方が、バッサバッサ発表内容を削っていくのです。

最低限の説明にとどめよう。ということで、それぞれが削っていき、最終的には、わたしの方が持ち時間が多くなってしまいました(笑)




しかも、だんだん発表の形ができてきて、方向性が見え始めたとき、その方がわたしに、

「いやー、学卒院生さんが遠慮せず意見を言ってくれるから、発表って最初は堅苦しいものだと思っていたけど、普通に授業するのと一緒だな、と思えました。ほんとにすごいなあ」

とおっしゃったのです。

わたしは、冗談ではなく、本当に2、3秒ほど固まってしまいました。



わたしは同じ立場だったとして、この言葉が言えただろうか?



学び続ける教師というのは、学ぶべき何かを求め続ける教師というよりも、何からでも学べる姿勢をもつ教師なのかもしれないな、と感じた日でした。

ゲスト



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