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2015-05-14

授業見学。

| 16:00 | 授業見学。 - 幸福論 を含むブックマーク

先週末、i-kawa-nakajimaさんの学校を訪問し、5年生の2時間(算数と国語)の授業見学をさせていただきました。

(i-kawa-nakajimaさん、お忙しい中、本当にありがとうございました!)

一緒に見学したscorpion1104さんと学校へ着くまでにお話しした内容も濃くて、人間的に学ぶことがたくさんでした。

が、私的な内容なので割愛して。


駅から徒歩で向かったのですが、場所が分かりづらいとのことで、副校長先生がわざわざ学校の外に出て待ってくださっていました。

学校に入る前から感動です。


教室にお邪魔すると、小テストのあと、算数の時間が始まります。

黒板にはネームプレートが貼ってあり、この時間の課題を達成した人が「分かった人」の枠にプレートを移動させていきます。

基本的なところかもしれないですが、わたしは小学校実習の算数で同じような仕組みで、枠内に名前を書く方法を取りました。

でも、そのときには「分かった人」ではなく「できた人」としていた記憶があります。

本当に分かることを求めきれていないと、細部にボロがでるのかな、、と反省しつつ。


子どもたちの印象は、一人一人の表情がキラキラしているなあ、という感じでした。

学び合い』では、教師は集団を見ると言われますが、やはり、こういう表情を見ていると、先生と子どもたち一人一人が良い関係を築いているんだろうな、と思います。

脱線気味の会話をしている子に向かって「今関係ないじゃん~」と言ったあとに、「だよね?」と言わんばかりに先生の顔をチラチラ見ているかわいい子もいました。


最初に指定した時間では難しかったこともあってか、

「あと何分あればできそう?」

など子どもたちと相談しながら、少し時間を延長し、それでも全員達成はできず、多くのネームプレートが枠の外に残っている状態でした。


「最初に言っていた時間を延ばしました。それでもできていない。なぜだろう?」

というi-kawa-nakajimaさんの問いかけに、子どもたちはシーンとなって考えます。

ポツリポツリと声が聞こえてきます。

「ネームプレートが動いてなかったけど、もう(課題が)終わっているみたいだったから、動かしてないだけかと思ってた」


なるほど、と思いました。

ネームプレートがあると、可視化できて便利、と思っていたけれど

ネームプレートの使われ方がうまく機能していないことによって、あの子は出来ているだろう、という混乱を招く可能性もありうるということです。

そこで、i-kawa-nakajimaさんはこんなことを子どもたちに話していました。



この仕組みはまだ課題を達成していなくて困っている人はどれくらいいるか、どこにいるかをわかりやすくするために取り入れているけれど、実際、町に出てみたら、どうなのか。

例えば、道に迷って困っている人がいたとして、その人は「困っている人シール」を貼っているだろうか。

今のところは磁石(ネームプレート)に頼っているけれど、こういうものがなくても、

もうちょっと心を働かせて、アンテナをはっていけば……。

そして、それは君たちならできると思う。



要約しているものですが、タイムアップになってからのi-kawa-nakajimaさんの子どもたちに対する問いかけを聞いて、本当はそういうことだな、と感じました。

助けてくださいを待っている人だけではなく、それを感じ取れる心が育つと素敵だなあ、と思います。

それは、道徳的に、ということもあるのかもしれませんが、もっと現実的に見て

自分が周りの人の過ごしやすさのために動けるということは、自分も含め、みんなが過ごしやすい環境になっていく

つまり、その少しの心の働きで、自分の過ごしやすさが保証されるということになります。


また、「ほとんどの人が課題を達成して、あと2人、というところまできたとき、みんなはどう動く?」

ということも問われていました。

全員が全員、その2人について教える?どうすればいいのか?よく考えて欲しい、とおっしゃっていました。




i-kawa-nakajimaさんの言葉を受けてから、2時間目の国語に突入したわけですが、

2時間目はさっそく、ネームプレート無しの『学び合い』でした。

もちろん、先ほどの言葉をみんなしっかりと受け止めているので、動き出そうか様子をうかがっているようでしたが、最初は少しかたい雰囲気でした。

動きたいけど、どう動くか迷っているような雰囲気でもありました。

ある子が「できたら他のとこやっちゃだめ?」と聞いたのに対して

「みんなができたら、みんなが、ね」とi-kawa-nakajimaさんは答えています。

そこから、「(できたかどうか)聞いてみてもいい?」→「いいよ」というやり取りを経て、やっとその子は周りに

「まだ分かんない人いるー?」と声をかけます。

シーンとしているかたい雰囲気の中で、です。

それを皮切りに、遠慮しながら一人、手をあげる子がいて、やっと一人動き出し、

いいんだな、となってからは、みんながのびのびと動き始めました。


その子にとっても、そうですが、周りの子にとっても、大切な一瞬だったのではないかな、と思いました。





授業中にとったメモをもとに振り返ってみると、その時は何も感じなかったことでも、実はすごい言葉だったんじゃないか?と思います。

まだまだ、見学したことを自分の中で噛み砕けていない状態ですが、これからもっと自分なりの表現をしながら分かっていけたらいいな、と思います。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima 2015/05/15 02:56 ありがとうございました。担任しているのに副担任の先生がいるので算数は4月から担当しています。今年度の国語は副担任が主に担当しています。8名の先生に担当してもらっているので、正直なところ子ども達は戸惑うことも多いのが現状です。でも、見ていただいたとおり、子ども達が1ヶ月かけて考えていた学級目標の「みんなが笑顔(幸せに)になるために思いやり協力するクラス」をつくるために何ができるのか?を考えようとする気持ちだけは感じていただけたと思います。授業規律を重んじる伝統の中ではありますが、授業の型をなぞるのではなく「よりよい社会を構成する一人の市民を育てるための最善の場を提供する」ことを共に考えていきたいと思っています。2年間は近くにいるのですから、これからも是非、子ども達が変容する姿を見にきてください!

scorpion1104scorpion1104 2015/05/15 04:43 Mちゃん、授業の振り返り正確ですね。さすがです。
I先生の授業は、継続して参観すると様々な疑問が腑に落ちることでしょう。また、行きましょう!

mei-c5mei-c5 2015/05/15 08:17 >>i-Kawa-nakajimaさん
規律、規律で来ていた子どもたちにとっては、上にかかれたようなことが問われる授業って新鮮だろうな、と思います。これから少しずつこの価値観に慣れていく(呼び起こす?)ことで、変化していくのかな、とわくわくします。
なんせ、学級目標で、そんなに時間をかけて哲学的な話し合いまでしてしまう子たちですからね(笑)
また、ぜひよろしくお願いいたします(^^)


>>scorpion1104さん
勉強不足だと分からないことも分からない状態に陥る、と言われることもありますが、授業を見終わった直後は未消化すぎて、そんな状態でした。
だから、たくさん質問されているscorpion1104さんを見て、おおおお、やっぱり、違う、どうしてわたしは、ああすごすぎる、と思っていました(笑)
またお邪魔したいですね~。

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