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幸福論 RSSフィード

2016-07-25

親戚のおじさん。

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土曜日、SORAの会に参加してきました。

先月、研究室に見学にいらしたFさんの実践報告があるということで、とても楽しみにしていたのですが……

報告を聞いた結果、なんだかびっくりしました。


というのも、Fさんは『学び合い』の本だけを読んで実践されている方で、おすぎさんが「本の再現率が高い」(きっとすごい褒め言葉。笑)とおっしゃるほど。

お連れした上越の支援校先の授業は学びになるかもしれないですが、研究室で十分な対応ができたんだろうか……?と不安に思っていました。

が、Fさんの課題が思わぬ方向に解決していたのです。


Fさんは上越にいらしたとき「自分はどこに進んでいくのか?」というのが課題だとおっしゃっていました。

それが、研究室でお迎えして飲み会をしたとき、西川先生と研究生の間が近いというのを見て、そうかー、となったそうです。

どういうことかというと、Fさんと生徒の距離感は「先生と生徒」であること対し、西川先生と研究生の距離感は「子どもと親戚のおじさん」のような距離感だった、と。

それがいいなあ、と思うので、Fさんはそこに進んでいくのだそうです。






????


その言葉を聞いてすぐは、そう感じましたが、なんとなくわかる気がしてきました。

要は、「同じ人間として向き合う」ということなのかなあ、と。

よく父に言われている言葉が浮かびました。

「経験では大人の方が多くしてきているけど、学ぶということに関しては大人も子どもも平等」


4月から新しいメンバーを迎えて、2,3ヶ月。

外部の人がいらっしゃっても、ちゃんと「学んでいる」と思ってもらえる集団になりつつあるのかなあ。

わたし自身は力なくても、集団としては心強いと感じまし

た。

そして、頼ってばかりではなく、集団の役に立たないとな……!と焦りました。



実践の報告についても、またメモしていきたいと思います。

取り急ぎ、びっくりのメモでした。

soulbombersoulbomber2016/07/25 18:16SORAの会でお世話になりました、福井県の教員です。勉強熱心なお姿、頭が下がります。「親戚のおっちゃん」という表現は、決してネタ的な面白さだけではなく、なかなか含蓄があって示唆に富んでいますよね。

strongmind222strongmind2222016/07/25 19:17私もお世話になりました!まさか最後の最後にあのネタが出てくるとは…(笑)
優れた教師だけではなく、名経営者も「親戚のおっちゃん」のような感じなのではないかなぁと思います。仲良くしていて、距離が近いように見えても、子どもたちが見えない未来のことを見ることができる、ゴールを見通すことができる、そしてそれを生徒たちに示すことができる。そこが、教師と生徒の違いかと思います。

ogymogym2016/07/26 00:22ワンダー、今年の課題図書なので、全国の小学校で購入されている様子、で、私も学校で表紙が気になって気になっていましたが未だめくっておらず…。記事を読んで明日はちらっとめくってみようと思いました。ありがとうございます。
http://www.j-sla.or.jp/contest/youngr/62thkadaitosho.html

mei-c5mei-c52016/07/26 20:26>>soulbomberさん
会ではたくさんお話ししていただいてありがとうございます。大変お世話になりました(*^^*)
Fさんらしい、鋭く簡潔な表現だなあ、と感じました。
先生自身もそんな存在がいい、というように以前おっしゃっていたので、きっと褒め言葉と受け取られているのではないでしょうか(笑)


>>strongmind222さん
この会で、漫画の話で盛り上がれるなんて……貴重な時間をありがとうございました!
実は懇親会にはいらっしゃらなかったのですが、会場にはもうお一方ジョジョ好きがいたっしゃったのですよ……(^^)
strongmind222さんは経営という視点でも学校を見ることが出来るんですよね。普通の先生にはない強み、羨ましいです。


>>ogymさん
そうなんですか!
学校での生活はもちろん、家族との関係にも触れられていて、考えさせられますよ。(といってもネットの訳語を見ただけですが)
特に彼のおばあちゃんの言葉は、胸がもやっとしてずっと晴れない気分になります。
彼の家族であるということがどういうことであるか、わたしには経験がなく分からない感覚ですが、わかるような、わかりたくないような、そんな気持ちです。
ぜひogymさんのご感想もお聞かせください。

2016-01-20

学習成果発表。

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院での2年間の学びを発表する会が行われました。

先輩方の発表を見ていると、研究観が研究室によって異なることがわかります。

やっぱり、アドバイザーやゼミ全体の雰囲気に影響を受けているんだろうな、と感じます。

でも、どういうふうに言っていいのか、自分の中でまだ言葉の整理がついていないのですが、

うちのゼミの先輩が発表しているところを見ていて、他ゼミよりも研究室としての統一感がない気がしました。

これは、一人一人の個性がとても強く出ている、という意味ですし、

本来研究は人それぞれに興味が違っているので統一されていなくてもいいものだとも思います。

が、、、


でも、他ゼミの先輩方の発表には研究室の色があったからなのか、

ちょっと自分の中で違和感が残りました。



追記です!

翌日先生からお話を伺ったところ、

自分がゼミの内にいるからわからないかもしれないけれど、

うちほど研究室の色が出ているところはないと思うよ、全部『学び合い』だし。

と言われてはじめて、

自分が『学び合い』があることについて当たり前になっていたので、そこが見えていなかったんだな、と気づきました。

2015-11-22

えっ。

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仙南の会に参加しました。

すごく嬉しいことがありました。

それは、会の最初に、主催者のYさんの膝にコミュニティボールを発見したことです。

PAの会では有名?ですし、つい先日ではp4cの連絡会でも実践報告でコミュニティボールを使用しています、というお言葉を耳にしたばかり。


わたし「うわあ!これ、あの、ハワイ発祥の……!」

Yさん「そうです、コミュニティボールです!今日はp4cを実践されている先生がいらっしゃっていて、その方のクラスからお借りしたものなんです」


なんだか、ぞくぞくするほど嬉しかったです。

先日、p4cの連絡会に参加したときに、『学び合い』との親和性が抜群だ、と思い、

いつかコラボレーションできたらおもしろいよなあ、と思っていたのに。

こんなにも早くにそれを実現する機会が現れた……!




今回の会に参加するにあたって、わたしが持っていた課題のひとつとして、

「いろんな人が、子どもたちの、そしてみんなの幸せのために、とそれぞれの立場からアプローチして実践されています。例えば、『学び合い』だったり、p4cだったり、PA(冒険教育も?)だったり、、、、本当にいろいろあるわけです。そんな人たちが力を合わせて何かおもしろいことはできないかな、と思います。そのヒントをいろんな立場の方々からいただきたいです。」

という思いがあったので、そのまま最初にお話しさせてもらいました。

でも、もう、会に参加した時点で、おもしろいことは始まっていたんですね。


わたしって、ずっと停滞していたんだ、と思います。

やっぱり、常に新しい学びがなければわくわくしません。

今まで会を開くことに自信が無かったのは、わたしが主催者として、そして一参加者として何かを提供できると思えなかったからかもしれません。

でも、今回の仙南の会に参加して、自分の気持ちの変化に気づきました。


一般的には、何かの会のときに、その会とは違う話題を口にすることって、気が引けるものだと思います。

それは「布教」っぽく見えるからです。

でも、今日の会は、それぞれの人の課題について解決できればいいよね、というスタンス。

学び合い』じゃなきゃ、という縛りは決してありませんでした。

そして、わざわざお休みの日に時間を削って来られた方々です。子どもたち、そして自分たちの幸せのために、となんらかのアクションを起こしているわけなので、大枠としての目的は一致しています。

何かしらの課題を解決するには、これが万能薬だ、というものはありません。

いろんな人が、いろんなアプローチで自らの課題を解決していきます。

だから、『学び合い』以外の話も何の違和感もなく出せるし、あなたにとってはそれが解決に繋がるんだね、と思えます。

わたしの課題解決方法は、必ずしも、あなたの課題解決方法とは一致しない。

あなたの課題が解決されて、少しでも楽になったり幸せになったりできるのなら、その方法はなんでもいいんです。

そんな気持ちで会に臨めました。


これなら、自分で会をするのも特に苦とは思わないなあ。

daitouirukadaitouiruka2015/11/22 09:04会を開くとき、「自分自身もいい実践を報告しなければならない」という思いに縛られているとなかなか開けないけれど、「人と人がつながる場を提供する」ということも、自分自身が何かを生み出すことと同様に尊いものだと思うようになりました。
その場での出会いがなければ生まれなかった「すごいこと」を生み出すための欠かせない要因の一つなのだから。
ちょうど、『学び合い』をするときに
「あっちの人がそのことについて考えてたよ。自分はよく説明できんけど…。」
という「つなぎ役」がとても大切な役割を果たすのと同じような感じでしょうか。

FlipperKFlipperK2015/11/22 10:37始めると、くせになりますよ。(笑)

ogymogym2015/11/22 23:09「集まり」を始める練習中です^^。「人と人がつながる場を提供する」とても参考になりました。

mei-c5mei-c52015/11/23 04:56>>daitouirukaさん
つなぎ役、がいわゆるファシリテーターということですよね。
さらに、何か与えなければならない……なんて思っていましたが、「学ぶ姿勢」に関してはいくつになっても同じとするならば、主催する人だって課題があってそれを解決したいから、という理由で開いていいんだなあ、と。ちょっと会に対しての印象が変わりました。

mei-c5mei-c52015/11/23 04:59>>FlipperKさん
今までは、まったくそんなことないと思っていたのですが、今はそうなりそうな予感がしています。

mei-c5mei-c52015/11/23 05:05>>ogymさん
わたしも、『学び合い』の会ではないのも含め、ですが、何度かチャレンジしたことがあります。
でも、それは自分の課題を無視した「会を開くための会」になってしまっていたような気がします。開くことによって自分の課題が解決されると思うならば、それはそれで良いと思います。が、わたしの場合はそこまで落とし込めていないままだったので、今思うと参加者の方に失礼なことをしたなあ、と……。
ぜひogymさんの会にも参加させていただきたいです。

2015-11-15

臨床教科教育学会研究会。

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昨日、土曜日、第一回目の臨床教科教育学会研究会が行われました。

すごく、すごくワクワクする会でした。

会をつくってくださった先生方の思いが伝わってくる内容だったと思います。


中でも、赤坂先生がご自身の立場である「実務家教員」の在り方(それをはかる「ものさし」)についてを問われていたのが印象的でした。

教職大学院における実務家教員の在り方については、平成18年の答申「今後の教員養成・免許制度の在り方について」で書かれています。

が、きっと、ずっと昔には「実務家教員」という仕事の概念すらなかったものなんです。


よく言われていることですが、キャシー・デビッドソンさんは「米国で2011年度に入学した小学生の65%は、大学卒業時、今は存在していない職に就くだろう」という研究を発表しています。

GoogleCEOは「20年後、あなたが望もうが、望むまいが、現在の仕事のほとんどが機械によって代行される(あなたが望むかは別として、必ず起こる未来だ)」としています。


わたしは、今回先生のお話が、上記のことを肌で感じることのできた貴重の機会だったと感じます。

あの赤坂先生ですら、ご自身の職業についての在り方(それをはかる「ものさし」)を考えているのだから、やっぱり自分のつく職についてもっとしっかりと考えていきたい。


同じ研究室の現職のIさんもパネリストとして登壇されていたのですが、Iさんも教職大学院の院生としてできること、

つまり、研究した内容が実際現場で働く先生方に還元されるためにできることってなんだろう?

と、その可能性をお話しされていました。

いろいろやりたいことが見えてきて、ワクワク。

社会に対して「わたしのやっていることの意味って何?」と聞いて、意味を見出してもらうよりも、それを自分で作り上げていくことができたら楽しいだろうなあ、と思いました。


わたしがここにいる意味ってなんなのか。

を、試行錯誤で見出しながらも、今やるべきこと(予稿を書くこと)をします……。

ogymogym2015/11/16 00:47素晴らしい実践をされている方が大学准教授等になっているのは、そういうことだったのか…です。「実務家教員」初めて知りました。ちなみに赤坂先生経由で上越教育大を知り『学び合い』を知りました。『学び合い』にクラス会議、新潟の「学級力」と、新潟は色々スゴイ!特異な環境だ!と思っています。

mei-c5mei-c52015/11/16 22:15>>ogymさん
赤坂先生経由だったんですね!確かにアドラー繋がり……アドラー関連から発見される人も多いのかもしれませんね(うちの父もそうだったみたいです)。

新潟県はすごく恵まれている環境ですよね。
それをわたしたちが十分に伝えきれていない気がして、なんだか本当に勿体ないことをしている気持ちです。
少しでも上手く伝えることができて、新潟の先生方のお力になれたらいいのにな、と思います。

2015-10-20

哲学プラクティス(2)。

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活動報告の続き(後半)を書いていきたいと思います。

前半は教育現場での哲学プラクティス実践報告だったのですが、後半は

街中での哲学プラクティス

を中心に4名の方々が登壇されていました。


全体的にまとめるとすれば、『学び合い』の会を運営する上での悩みと同じような悩みが出ていたように思います。

では、1人ずつ振り返ってメモしていきたいと思います。


最初は、カフェフィロ(Cafe Philo)という哲学対話の活動を実践・サポートする団体の代表をされているMさんの実践報告。

室内に限らず、駅の構内、公園、工事現場……とにかくいろんな場所で開催されていて、通りすがりの人も参加できる哲学カフェをされているとか。

それに参加する人たちは、みんな自発的に参加してくるのですが、

合意形成や問題解決、知識や信条を広める、といった目的で来られた方は、ちょっと場に馴染みづらいかも(笑)というようなことを、Mさんはおっしゃっていました。

なぜなら、哲学カフェは、他者とともに考えて、対話そのものを楽しむために参加するものだからです。

なので、哲学カフェの社会的意義は、そういうことを楽しめる人、

つまり、多様性を楽しむことのできる人を増やす、というところにあるんじゃないか、とのことでした。


次に、仙台で哲学カフェをしているNさんの実践報告。

被災地での哲学対話の意義って何だろう?ということについてお話しされていたのが印象的でした。

被災された方たちは、自分の苦しみの根っこが分からないことが多々あるそうです。

でも、分からなくて言葉にするのが難しい状況を、「人生の語り直し」をすることによってなんとかできないか?と考えているのだとか。

うーーーん。ちょっとよくわからない。

すみません、ここらへんで違う思考にスイッチが切り替わってしまって、あまりNさんの話に集中できていませんでした。

というのも、『学び合い』の会と哲学カフェって似てるなあ、と思っていたのです。

どちらも集まって抽象度の高い話をしているし、会に多様性を求めています。

だとしたら、違いって何だろう?と、一人でぐるぐる考えはじめてしまったんです。

結局ぐるぐる考えて、よく分からないまま終わりました。

これは会に行ってみて体感しないと分からないのだと思います。


次に、東京都内で哲学カフェ「さろん」という団体で活動をしているHさんの報告。

さろんでは、「本当は大切かもしれないのに、忙しい毎日に追われ見落としがちな物事について、ゆっくり丁寧に話し合い考える」ことを狙いとしているそうです。

独自広報として、メールニュースを配信しているとおっしゃっていました。

ここでまた、思考が飛びます。

あっ、メールニュースってありだなあ。

全国で開かれている『学び合い』の会の様子や感想なんかを気軽に報告できる場があれば、なかなか遠くて参加がかなわない会でも、こんなことをしているんだな~と分かります。

ただ、これはFBなんかでされている、といえばされているのかな……。

ああ。すぐに、自分に引き付けて考えて集中できなくなってしまう癖を何とかしたいです。


最後に、NPO法人こども哲学・おとな哲学アーダコーダの代表、Kさんの実践報告。

Kさんは、ご自身のお子さんと哲学対話ができればおもしろそう!ということで実践をはじめたところ、いろいろあって代表になっちゃったそうです。

(いや、本当はもっとちゃんとした経緯があるのだと思いますが。)

NHKエデュケーショナルとの番組制作にも関わっているそうで、子ども向けの哲学番組が11月23日から始まるそうです。

「Q~子どものための哲学」

という、日本では初めての子どもの哲学番組だそうです。



これだけ哲学、哲学と言っていると、一体哲学って何なのか、分からなくなります。

たぶん、この後半の実践報告を聞いているとき、哲学の位置付けって何なのか?ということを考えはじめて、ちょっと上の空になっていた気がします。

そんなわけで、後半はメモが少ないですが、この辺で。


次は、ワークショップやラウンドテーブルのメモをしたいと思います。

daitouirukadaitouiruka2015/10/21 02:19「人生の語り直し」については、ナラティブ・セラピーとかナラティブ・アプローチでググればいいと思います。
社会構成主義の影響も受けているんで、すんなり受け入れやすい考え方だと思います。

mei-c5mei-c52015/10/21 23:24>>daitouirukaさん
ナラティブ・セラピーについては本で読んだことがあります。が、やっぱり、個というイメージが強いです。
セラピーなので当然と言えば当然なんですけど。
また、話を聞いてください。