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2014-10-17

言っちゃだめ。

| 18:32 | 言っちゃだめ。 - 幸福論 を含むブックマーク

教育実習が始まって一週間が経ちました。

田舎だからなのか、純粋な子どもたちが多く、少し驚いています。

高学年にもなると、わりと「実習生?ふーん」と我関せずな子がいるのかと思いきや、わたしが観察のため教室に入っていくと、毎回目をキラキラさせて迎えてくれます。


今日は4年生の算数の授業を観察しているときに

割り算のきまりを発見しよう!というテーマだったのですが

始まる前から子どもたちが口々に

「きまりって、もうこの教科書に書いてあるけど……」

とまとめの部分を見つけてしまっていました。

確かに、書いてあるんだから見つけてしまうよね、、、と思いながら。

でも授業の流れを考えると、もうちょっと先でその発言をしないといけないんだよね、、と。

わたしの仲良くさせてもらっている院生さんにも、

小学生の頃からずっとそういう空気を感じとって授業中に発言していた、とおっしゃっていた方がいます。

この方と同じように、ここはまだ答えを言っちゃだめだよな、と感じている子はたくさんいるんだと思います。

低学年、中学年ならまだ、上記のように答えが書いてあると言ったりすることもありますが、高学年の子たちはだんだんとそういうことを言わなくなります。

なぜなら、言うと先生が困ることを知っているからです。

子どもってすごいなあ、と思いました。

kanjii4dakanjii4da2014/10/17 20:27おもしろ~~い。(^_^)私が受け持った子どもたちも同じようなことを言う子がいました。また、『学び合い』広島の会のSさんも同じようなことを先の会で話していましたよ。だからね~~、なんですよね。

mei-c5mei-c52014/10/19 19:05>>kanjii4daさん
そうですね。
だから、、、なんです。
広島の会にもお邪魔させていただきたかったです。
またそうぞよろしくお願いします(^^)

ogymogym2014/10/19 23:41>>「きまりって、もうこの教科書に書いてあるけど……」
王様は裸だ!の少年のようですね^^
共感します。

mei-c5mei-c52014/10/20 20:12
>>ogymさん
王様が裸と気付いていないのも困りますが、
まわりの気付いている人も言い出せないところが難しいですね。
本当に環境が大切なんだと、思います。

2014-06-29

教科。

| 02:15 | 教科。 - 幸福論 を含むブックマーク

金曜日ゼミのメモです。


現在、4年ゼミは教員採用試験に向けてお休み中なので

中国からの留学生さんのゼミに参加しました。


彼女は中国と日本の教育の教科の違いを調べていて

どうして日本には総合学習、図工、家庭科、道徳(教科になるとして)があるのだろう?

という疑問を持ったそうです。

中国では、知識教育を重視するためか、体育や美術、音楽などのいわゆる副教科はあるものの、試験もそこまで厳しくなく、あまり力を入れているわけではない、とのこと。

図工は美術・技術と考えて納得もいくが、

総合学習、家庭科、道徳の存在は自国の感覚では分からない、と言っていました。


わたしも、そう言われてみれば、○○だからです!としっかりした答えが言えません。

どういう目的のためにこの教科があるのかは講義で教えてもらったはずなのですが

この教科がない国だってあるのに、なぜ日本には?

そう考えるとよく分からないのです。

(もしかして教えてもらって、忘れているだけ??)


日本にこれらがある必要性とは何なのでしょう。

ちなみに、彼女はこの疑問に対して「日本が体験と自主能力を重視する教育だからではないか」と考えていました。


じゃあ、他の国ではどうなの?と気になって調べてみたところ、

道徳は宗教の関係上、珍しいものなのかなあと思っていましたが

「宗教」という時間を取っている国がありました。

この時間になると、それぞれの宗教で教室が分かれるそうです。

日本では見られない光景だろうなあ。。。


それから、意外なことに、家庭科はどこの国でも見かけませんでした。

どうしてだろう?と、更に調べてみると

家庭科ではなくて、家族関係や消費について、というように

別の名称になっていたりするんですね。

他にも、体育と一緒になっていたりするところもありました。


つまり、やっていることは日本が特別というわけではない。

けれど、こうしてはっきりと教科分けされていることが珍しいのかもしれません。



と、分かったものの、やはりこの教科が全くない国だってあります。

そう思うと謎のまま……。

どうしてだろうなあ。


他にも、主要教科は知識、副教科は能力が見られる、という意見が出ていて

これについてもおもしろい議論になりました。

またメモしておきたいと思います。

o4dao4da2014/06/30 20:54学級活動はどうでしょうかね。

akifune3akifune32014/06/30 22:47オランダだと日本の総合的な学習の時間にあたるワールドオリエンテーションが盛んに行われていました。国が変われば、教育も変わっているのですね。

ogymogym2014/07/01 00:06家庭科は女子教育の歴史的な変遷があったことを大学で学びました。
一昨年、アメリカから帰国した子が転入し、「図工」と「体育」で興奮していました。「こんなの教わったことない!面白い!先生、日本っていいですね!」という感想が印象に残っています。

mei-c5mei-c52014/07/01 00:15>>o4daさん
そういえば、特別活動系については触れられていませんでした!
確かに気になりますよね。
今調べてみたところ、イギリスの小学校では特別活動の時間があるそうです。
わたしの見た報告書に載っている学校では、校長や教頭がその時間を取り仕切っているようでした。
他にも、異年齢集団での取り組みが見られます。(ハリーポッターに出てくる寮システムのようなイメージでした。)
他の国では、「特別活動」という名で時間が設けられていますが、その中に音楽や体育が混ざっている、というところがいくつか見られます。
教科(知識)、特別活動(技能) というような捉え方なのかもしれません。

mei-c5mei-c52014/07/01 00:22>>akifune3さん
ワールドオリエンテーションというものがあるんですね…!
またどんな内容なのか、ぜひお聞かせください。


>>ogymさん
そうだったんですね。きっとわたしも学んだはずなのですが……どこに記憶を置いてきてしまったのでしょう。。。
体育がない(校庭がない)学校というのも海外には多いと聞きました。
わたしたちは慣れてしまっているのでどうってことがない時間ですが、そう考えてみれば面白いですよね!
フィンランドには「クラフト」というデザインについて学ぶ時間もあるそうです。
まだまだ知らない授業が海外にはたくさんあるんだろうなあ……と思います。

2014-06-27

先生。

| 02:30 | 先生。 - 幸福論 を含むブックマーク

ああ、桜がきれいだなあ。

どうして桜がきれいだと思えるのだろう?

きっとそれは、こんな時代、こんな環境に自分がいるからなんだろうな。

そして、この時代、環境は、今から何十年も前に生きたの人たちが作り上げてきたもの。

では、50年、100年先、僕と同じようにここに立った人は

桜がきれいだと思えるのだろうか?

その責任をこの時代にいる僕たちは背負っているんだな。




と、これはゼミの先生が、大学生の頃に思ったことだそうです。

どうしてきれいと思えるのか、という疑問から視点が環境へいくところがとても面白いな、と思います。


久々のゼミで、たっぷり先生や留学生の人、院生さんのお話を聞くことができて、今日は充実の日でした。

また考えをまとめてメモしたいです。

2014-06-26

俵万智風。

| 23:50 | 俵万智風。 - 幸福論 を含むブックマーク


国語の授業、実習から帰ってきて一発目は、

「短歌から小説を生み出す」という授業でした。


これまでの授業は、

①いくつかの俵万智の短歌の中から、自分が好きな短歌を選び、その特徴を書く

②自分で俵万智風の短歌を作ってみる

というような流れできていて、

今回が、その書いた短歌たちの中から1つを選び、小説にしてみようというもの。


一度、5・7・5・7・7の世界に収めた言葉を

また膨らませてストーリーを作っていくなんて、面白いですよね。


わたしは短歌を作ってみる授業には参加できなかったので

みんな、こんな短歌を作ったんだ~。

どれにしようかなあ……。

と思いながら、見ていると、こんな短歌がありました。




デシリットル どこかで使う日があると 信じて今日も 子どもに教える





なんだか、うっ、と心に刺さる短歌です。

きっと「こんなのもう使わないよ」と思いつつも、

教える側がそんなことを思ってちゃだめだ、と考え直して

「どこかで使う日があると信じて」なんだろうなあ。

2014-06-24

上機嫌。

| 19:42 | 上機嫌。 - 幸福論 を含むブックマーク

もうひとつ、実習で学んだ大切なことがありました。


それは、機嫌のいい先生はクラスを明るくする、ということです。


だいすきな先生が機嫌良く居れば、子どもは幸せな気持ちになるだろうし、

それがたとえ嫌いな先生だったとしても、機嫌が良い状態と悪い状態で言えば

まあ、良い状態の方がマシ、というか、害はないと思います。


さらに、先生だって怒っているよりは

にこにこ笑っている方がはるかに楽で幸せです。

(怒るのには相当なエネルギーを必要とするので。)


そう考えると、機嫌良く居ることって良いことづくしですよねえ。

このことと関連して、実は子育てなんかでも、

母親が機嫌良く居ることが大切だと、

この前テレビで言われているのを見かけました。


教育って、「教」という字が入っているけれど、

結局は子を育てるという感覚が強いのかなあ、と思います。

特に『学び合い』を知ってからはそれをより感じるようになりました。

「教える」よりも「育てる」という言葉の方が、

その子の人生のずっと先まで続いていくような気がするんです。

そして、わたしひとりではないな、と思えます。



話が逸れてしまいましたが、

やっぱり機嫌の良い人の側は居心地がいいと思う人が多いだろうな、と学んだのでした。

maya-1maya-12014/06/24 20:00「教<育」ということですね。

mei-c5mei-c52014/06/25 20:30>>maya-1さん
そうですね。
日々は「教」で、その子たちと関わる期間を通して「育」かもしれません。