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2016-09-07

違う世界に生きている。

| 違う世界に生きている。 - 幸福論 を含むブックマーク

今日、2年生のクラスに入って授業補助をしていたときのこと。

ある男の子Aくんが、

12cm4mm □ 124mm

という問題の□に入る記号が分からない、と言っていました。

なので、わたしは124mmの12と4の間に一本線を引いて、

「10mm=1cmっていうの、黒板に書いてあるよね。分かる?」

「だから、10の位のところから、単位をcmに変えるよ(線の下に「cm」と書き加えます。)」

「これで、どう?」

と聞いてみました。


すると、Aくんは「ああー!」と嬉しそうな顔で言ったので、

その様子を見たわたしは(あ、分かったんだな)と思い込んでしまい、次に「教えてー」と呼んでいる女の子のところへ行きました。


が、その後、Aくんの前を通ったとき、

「先生! 先生の教えてくれたの間違ってたんだけど!」

と、かなりご立腹な様子で叱られました。

□の中を見てみると、「=」ではなく「>」の記号が書かれています。

その瞬間、後悔の気持ちが押し寄せてきます。

(あ……あのとき分かったかどうかを最後に確認しなかったからだ!)


次はAくんがどこから分からないかを確認しながら説明しないといけないな、なんて思いつつも、

「うーん。それは、そういう意味じゃなくてね……」

と言い始めたときに、Aくんからこう言われたのです。


「もういいよ。先生の教え方、意味わかんないから!」


ここでまた、後悔の気持ちになります。

(うわー、これはわたし、ひどいな。ここは真っ先にAくんに謝らないといけないのに、変に言い訳しようとしてしまった!)

なんだか、やりとりの中での一瞬の判断を自分中心に考えてしまったことに対する悲しさと申し訳なさで、ずーん。。。としてしまいました。






こんな経験から、やっぱり一人一人は違う世界に生きていて、いくら「分かった!」と言ったりそのように見えていたりしても、確認やすり合わせが必要なんだなあ

と強く思いました。

プラス、こういう瞬時の判断と対応についても気をつけていかないと、人を傷つけてしまうことになると胸に刻んだ出来事でした。

(※Aくんには休み時間に「ちゃんと教えれなくてごめんね」と謝って許してもらえました。)