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2016-07-23

知ることもできない。

| 知ることもできない。 - 幸福論 を含むブックマーク

昨日、同じ研究室で同じ部屋にいらっしゃる現職のFさんとお話ししていました。

その中で、Fさんが今なさっている研究に関する文章を拝見し、その厚みに感動しました。

読む先生にとっては、異次元のことのように感じるかもしれませんが、絶対に伝わる先生方はいます。(まだ先生になっていないわたしにも、その先生が数人、思い浮かびます。)

その先生方に、Fさんの思いが届けば、もっともっと素敵な未来になるんじゃないかなあ……。


Fさんは、特別支援学級の子どもたちも、通常学級の子どもたちも、今のように別の教室で勉強するのではなく、同じ環境でいられれば……と考えています。

その例えとして、同じ部屋にいるTくんの話をしました。


Tくんは今年度からわたしたちのいる部屋に席移動をしてきました。

彼は、とにかく、とにかく、とにかく机の上が汚く、どのくらいかというと、隣の人の机にまで物がなだれ込み、床にも鞄が散乱するほどです。

でも、Tくんが別室にいた去年は、そんなこと気にもしなかったし、知りもしなかったかもしれない。

それが同じ部屋になったからこそ、ああ、こんなやつだ、と認識できるんじゃないかなあ、とFさんはおっしゃっていました。


確かに、「机の上汚いから整理するよ!」とわたしたちが声をかけたのは、Tくんが移動してきた4月当初です。

それより前にそんなことをしたかというと、わたしはしたことがありませんでした。

(Tくんのいる部屋に行ったときに、この机のまわり汚いなあ、と思う程度はありましたが。笑)


そして、もっと面白いことに、いくら「片付けよう!」「整理しよう!」と言っても、床の鞄が自分の陣地内におさまるようになったくらいで(笑)その他は変わらず、

最近では机の上が汚いことに、周りのみんなが順応しはじめて何も言わなくなってきたのです。笑

わたしも、隣の席に本や書類がなだれ込んでいるときだけ、それを戻す程度になりました。

さらに、以前ならそれを「ちゃんと片付けなよ」と言っていたのに、言わなくなりました。

これって、わたしの中で、(わたしから見ると)散らかっている状態もTくんの個性として受け入れたからなのかなあ、と思います。

無理にぶつからず、回りに迷惑がかかるかも、と思うときだけ手を貸すのでいいかも、という自然な感覚があるのです。

この感覚は、4ヶ月間同じ部屋に居たからこそ生まれました。


このことと同じように、特別支援の教室にいる子は離れているからこそ気づけない、知らないことがたくさんなんだろうなあ。

そうだとすると、長い時間一緒にいる、ということは

それだけで宝だ、と思います。