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2015-10-19

余裕。

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第二次世界大戦中、ドイツがイギリスを海上封鎖したときに、

イギリスの新聞の見出しはこう書かれたそうです。

「ヨーロッパ大陸、孤立す」


また、ブルーハーツの曲の歌詞には、こんなものがあります。

「どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと」


苦境にあっても、発想を転換し、その状態の自分自身にユーモアを見いだせると、心に余裕を持てるのかな、と思います。

哲学プラクティス(1)。

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越後の会が終わり、そのまま弾丸で東京の「哲学プラクティス連絡会」という会に参加してきました。

東京フォーラムでお会いしたMさんのご紹介でめぐり合うことのできた会です。

いや、ご紹介なんて簡単な言葉ですませたら申し訳ないほど、Mさんにはお世話になりました。

東京で迷子になるわたしを会場まで案内してくださって、知り合いの居ないわたしを気遣いたくさんの方とつないでくださったのです。

帰りも迷子にならないよう、駅まで案内してくださるという手厚い支援を受け、わたしは改めてまわりの人に(今日はとくにMさんに)助けられていることを実感しました。



さて、哲学プラクティス連絡会。

え、哲学の学会!?

プラクティスってなに!?(あ、これは実践か……)

と身構えてしまうようなネーミングですが、誰でも参加可能な会だそうです。

その証拠に、今日の会場には赤ちゃんを連れたお母さんもいらっしゃいました。

小学生(保護者同伴)も中学生も高校生も、その他どんなお仕事をされている方でもOK。

いただいたパンフレットによると「哲学プラクティスに関心を持つすべての人が集まって、相互に交流と親交を深めようとする連絡会です。」だそうです。


連日動いている疲れで、行きの電車に乗っているうちはとてもとてもとても眠かったのですが、

哲学対話の実践をされている方々が実践報告をしている時間は、そんなことも忘れるくらいおもしろくて集中してしまいました。

そして、とても一度のメモでは書ききれないので、数回に分けて書いていきたいと思います。

今日は、そのうちの、実践報告の前半についてメモします。

(哲学プラクティスがこの会の開催に至るまでの歴史なども、基調講演でお話しされていたのですが、割愛!)




まずは、開智中学・高等学校で「哲学対話」の実践をされているTさんの報告。

Tさんは、学校に滞在するカウンセラーならぬ、学校に滞在する「哲学者」のお仕事をされている方です。

理事長さん(ノーベル賞を取った大村さん)の「自分の頭で考える子どもたちを6年間で育てたい!」という思いをもとに、探究フィールドワークに取り組んでいる学校です。

探究フィールドワークは、まず疑問を持ち、仮説を立て(絶対にすぐに調べない!)、そして検証をする、を基本としているそうです。

そんな学校で、道徳の一環として行われている「哲学対話」。

哲学を通して、簡単には白黒がつかない問いを、あきらめずにねばり強く仲間とともに考えることを生徒に体験して欲しいという願いがあるのだとか。

Tさんは、「哲学対話」の非常勤として学校に週4日滞在しているそうですが、以前はもっと滞在の時間が少なかったそうです。

お話の中では、滞在時間を多くして「場に居て馴染んでいくこと」の良さについて触れられていました。

やはり、非常勤は学校にとって「お客さん」の扱いです。

それを、滞在時間を多くして、雑談をしていく中で「お客さん」ではない信頼関係を築いていくことによって、より詳しい情報を得られたり、受け入れてもらえる体制になっていくそうです。

まるで、わたしたちの学校支援のように……。




次に、神戸大学付属中で「子どもの哲学(p4c:philosophy for children)」の実践をされているNさんの報告。

Nさんは、

①学生自身が日常の経験から問いを立てること

②全員で問いを一つに絞り、問いの答えを全員で探求すること

③探求中、お互いに敬意を払い、どんな考えでもどんな質問でも発言してよいということを守ること

を大切にされているそうです。

報告の中でとっっっても面白かったのが、p4cをやって変わったことは?と子どもたちにインタビューした映像でした。

・日常の見え方が変化して充実した。

・当たり前やん!と思うことが無くなってきた。「そこは違う!」とすぐに否定することがなくなって、考え方が相手視点になってきた。

・普段、変わってる人だ…と思っている人も、面白い人だなあと思えるようになった。

など、など。。。

これって、さまざまなことに「なぜ?」と思考をめぐらせるようになった、多様性を認められるようになった、ってことなんだろうなあ、と。

それを子どもの言葉で語られているのが、ここでしか聞けない大切なものに思えました。

そして、もう一つ。

「p4cの授業を一言で説明し、ポスターにする」という課題の成果物(実際子どもたちが作成したポスター)も面白かったんです。

スライドを拝見している中で、一番おおっ!と思ったのは「心が底なしのポケットになる」という一言でした。

こんな言葉を生み出せる感性がすごい。うらやましい。本当にすごい。

全部見たかったなあ。




次に、さまざまな学校に入って「子どもの哲学」の実践をされている早稲田大学大学院のOさんの報告。

Oさんは、Tさんのような非常勤で学校に入るかたちではなく、ゲストとして学校に入っているそうです。

イメージは、『学び合い』でいう出前授業(飛び込み授業)のような感じ。

学び合い』の授業を一回見るだけでは、子どもたちの変容がなかなか見られないのと同じように、哲学対話もすぐに結果が出るものではないと思います。

短い時間の中で哲学対話をすることによって、なにができるのか?(反対になにができないのか?)を考えていきたいとおっしゃっていました。

また、地域創生のための話し合いの手法として、哲学対話を用いているというお話も、興味がありました。

子どもが「地元は大好きで活性化したいけど、都会にも行きたい!」という矛盾した気持ちを抱えた上で、どのように対話をしていくのか。

今後が気になりますし、他人事ではない話だと感じます。



そして最後に、佐賀県のおへそ保育園で「こども哲学」を実践されているYさんの報告。

Yさんは、「自主性」を育てずに「自主性」を求める社会に疑問を感じていて、自分自身と対話する時間(=哲学対話?)が自主性を育てるのに効果的ではないか、ということで実践されているそうです。

こちらも、園児たちの哲学対話の様子を映像で見ることができて、和みました。

サンタクロースはいる?生きるってなに?やさしいってなに?……という問いに真剣に答える彼らは、大人顔負けって感じでした。

ハッとしたのは、「困っている人がいたら助ける?」という問いのときでした。

最初は「絶対助ける!!!!」と言っていたのに、それが悪い人や怖い人だったらどうする?と聞かれると「助けない!」と、答えがコロコロ変わっちゃうんです(笑)

その様子がほほえましくて、おかしくて、笑いながら見ていたのですが、じゃあわたしはなんて答えるだろう?と思ったときに、大人も同じじゃないかと思ったのです。

場合によって、助けるか助けないかをきっと選択する。

その選択の基準ってなんなのでしょうか?それはどうやって決まっていくのでしょうか?

そう思いはじめると、哲学という場において、子どもも大人も関係ないのかもしれないなあ、と感じました。




さあ、今日は長くなりすぎたのでここまでにします。

早く寝よう~。

sumi-chansumi-chan2015/10/19 21:58とても興味深いです!続きの記事も楽しみに待っています★^^

sumi-chansumi-chan2015/10/19 22:43追記。開智中学校には、教え子が進学しています。今、中3ですね。なかなか会う機会はないけど、もし会えたら話聴いてみたいですね。

mei-c5mei-c52015/10/20 22:40>>sumi-chanさん
ええーっ!そうなんですか!?それはなんたる偶然……!
実際、渦中にいる子どもがどんなことを感じているのか
生の声を聴いてみたいですよねえ(´∇`)

自分の中で整理しながら、書いていきたいと思います。
のんびり待っていてください~。