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2015-04-30

長野で。

| 18:58 | 長野で。 - 幸福論 を含むブックマーク


先日行われた長野でのプチ『学び合い』の会で、

三崎先生が「一人も見捨てない」を求める理由についてお話されていました。

わたしは三崎先生の授業を拝見したことがなく、

「語り」も文面で拝見したことしかありませんでした。

それでも、その文章は何度も読み返して、何度も「わたしにこれからできることってなんだろう?」と考えるきっかけをいただいてきました。

この会でも、決して授業中に子どもへ語っている訳ではないのですが、「一人も見捨てない」ことが先生にとっての譲れない一線であることをお話されていて、

これは、本気の本気だ、と心臓が痛くなりました。

感動しすぎると、心臓が痛くなるんですね(笑)


と、書いていて気づいたのですが、

別に子どもであろうと、大人であろうと、思いを語る本人が同じであれば、たいした違いはないのかもしれないです。

できるだけ多くの人の耳に、目に、心に、この言葉が届けばいいのに。

みんな心臓が痛くなればいいのに、って思います。



今回の会では、高校で『学び合い』をされている先生に、学校の現状を教えてもらうこともできて、本当に勉強になりました。

子どもに求めるだけではなく、ご自身も周りと折り合いをつけることに気を遣っていらっしゃるんだなあ、というイメージです。


それから、会からの帰り、車の中でscorpion1104さんとお話ししていて、

「一人も見捨てない」ことが入り口である

というようなことを聞きました。

びっくりしました。

途方もない気持ち、というか、いったいこの方の目には何が見えているんだろう、とドキドキしました。

わたしはこんな方と一緒に勉強できるのか、凄いことだなあ、と今更ながら。


2年間、無駄にしないようにしたい、と改めて感じた日でした。

2015-04-26

中信ブロックの会。

| 21:56 | 中信ブロックの会。 - 幸福論 を含むブックマーク

昨日、『学び合い』中信ブロックの会に参加してきました。

車を持っていないので、maya-1さんやakifune3さんに行き帰りの移動をお世話になりました。感謝です。

そして、三崎先生やmaya-1さんに素敵なプレゼントをいただき……さっそく帰って勉強中です。

本当にありがとうございました。


会には、山梨の先生や、長野の先生がいらっしゃって、学校の状況や、それぞれの課題についてお話しされていました。

ある先生は、「『学び合い』はいいと思う。しかし、そうは言っても・・・」と思う先生がいて、なかなか校内で『学び合い』をしよう!という風向きにはならない、というようなことをおっしゃっていました。

やはり、ただ実践をしていればいいのではなく、結果を問われるからこそ一歩を踏み出しにくいのが現状なのかな、と。


わたしは無理に『学び合い』をしようとすることは、健康的ではないな、と思っています。

まずは、自分を見捨てないように。




会が終了してからは、maya-1さんの教え子だという方も参加されて、お話しすることができました。

先生という立場以外の方から見る『学び合い』についてもお聞きすることができて嬉しかったです。


帰りがけには、久しぶりにakifune3さんともお話しさせていただいて、現場に入ってどのようなことをされているのかを聞くことができました。

学び合い』を実践していこうとする先生は、子どもに折り合いをつけることの大切さを語るだけではなく、まず自分自身も折り合いをつけていくことが大切だということや、

子どもや自分を褒めてあげる(認めてあげる、と言った方がいいのでしょうか?)こと、

そうすることによって、周りに感謝して過ごせるようになることなど。。。

実際現場に立って実践をしている方だからこそ語ることのできる言葉だなあ、と

その重みを感じつつも、これからどうなっていくのかワクワクしました。



それにしても、上越にいると、前と比べていろいろな会に行きやすくなって嬉しいです。

前は腰に100kgくらいのおもりがついていたのが、今は5~10kgくらいに軽減されたみたいです。

……実際の体重も軽減されるように頑張ります。

akifune3akifune32015/04/26 22:18土曜日はありがとうございました!
ブログの記事ありがとうございます。おかげで、私自身も振り返ることができます。また、火曜日にいろいろなお話を聞かせてください。

daitouirukadaitouiruka2015/04/27 06:06昨年度まで100㎏つけたままであれだけ動き回ってたんですね(笑)。

maya-1maya-12015/04/27 09:42遠路、なんかも乗り換えをしてまでご来塩くださり本当にありがとうございました。今度は、仲間の方に便乗して来られるのが賢明かと思います。

mei-c5mei-c52015/04/27 12:18>>akifune3さん
大変お世話になりました。akifuneさんらしからぬ黒さが面白かったです(^^)
明日も楽しみにしております。

>>daitouirukaさん
おかげさまで脚力が鍛えられましたよ~。

>>maya-1さん
本当にありがとうございました!
そうですね。次はぜひ、誘い合わせて伺いたいです。
またよろしくお願いいたします。

2015-04-23

外付け。

| 12:16 | 外付け。 - 幸福論 を含むブックマーク

人間の脳の記憶容量は2TB(?)、とかいうニュースを見かけました。

コンピューターでも、HDDの容量2TBがある時代。

人間とコンピューターの差が少しずつ埋まっていっているのかな、と思います。

それどころか、計算の力なんて、わたしはもうコンピューターに頼りっぱなしです。


それにしても、コンピューターは外付けができるのに対して、

人間は外付けできないのが不便ですよね。

でも、付属品としての外付けがないからこそ、多様な人と繋がり、人に力を貸してもらったり、また自分の力を貸したりする行為が必要なんだろうな、と思います。

ogymogym2015/04/23 21:11人だと……社長&秘書?^^ 校長&教頭^^

人と人との繋ぎ合いは、インターネットのイメージが強いです。
「ひとりひとりは小さいけれど ひとつになればごらん無敵さ」という歌がむかしあったのを思い出しました。

mei-c5mei-c52015/04/23 21:35>>ogymさん
社長と秘書はそれに近い存在かもしれませんね。
なんとなく、「右腕」的イメージがあります。
水戸黄門で言うところの助さん格さんみたいな存在かもしれないです(笑)

量で考えるとインターネットでの繋がりかもしれませんが、わたしはやっぱりどこかで、ネットはきっかけであって欲しいな、と思ってしまいます。直接会って話してみないと分からないことがたくさんあるので。
気になって調べてみたら、レンジャーものの歌だったんですね。歌詞にも納得です(^^)

2015-04-14

日常生活。

| 00:46 | 日常生活。 - 幸福論 を含むブックマーク

卒業論文で算数の割り算について研究した、という人のお話を聞きました。

割り算には、等分除と包含除の二種類があるそうで(恥ずかしながら、全く知りませんでした。)

例えば、6÷2=3の式を等分除で表すと、

○○○・○○○

包含除で表すと、

○○・○○・○○

となるそうです。


具体的に言うと、

等分除は「6個のクッキーを2人で分けます。1人何枚もらえますか?」

包含除は「6個のクッキーを2枚ずつ袋に入れます。袋はいくつできますか?」

という文章になります。

つまり、1あたり量を求めるのが等分除で、いくつ分かを求めるときには包含除になるということです。


等分除と包含除。二種類の割り算の方法が考えられるわけですが、

日本の教科書会社の多くは、割り算の導入に包含除が使用されているそうです。

ところが、外国だと、等分除で教えることが多いのだとか。

その人の話では、日常生活では等分除を使う機会が多いので、包含除よりもピンとくる子が多いのではないか。日本でも等分除で教えればいいのにな。ということだったのですが、

誰の日常生活かにもよるだろうなあ、と思いながら聞いていました。


一般的に割り算をする、となれば、等分除がよく使われるものなのでしょうか。

この話で一番に思い出したのが、母とお菓子作りをしてラッピングするときのことだったので、わたしのイメージでは包含除の導入が分かりやすいのかな、と思ったり……。

どちらにしても、二種類とも概念理解は必要になってくるけれど、

導入によって割り算を挫折してしまう子のことを考えると、大切なことだな、と思いました。

ogymogym2015/04/20 02:29兄弟がいなくて「いくつかに分ける」経験が少ない(つまり一人占め)とか、トランプ遊びで「同じ数だけ分ける」経験が少ない、なんて問題もあります。ピンとこさせる体験をたくさんさせたいところです。

mei-c5mei-c52015/04/23 12:13>>ogymさん
確かに、一人っ子にとっては兄弟と分ける経験が少なく、ピンと来ないこともありそうですね。
ピンとこさせる体験は人それぞれで、その人にあった体験ができる環境があればいいのですが……。
何もないところでも「何か発見できることはないかな~」という姿勢で取り組むような意識はどのようにすれば形成されていくんでしょうね。

2015-04-12

自由からの逃走。

| 03:15 | 自由からの逃走。 - 幸福論 を含むブックマーク


今、フロムの『自由からの逃走』と個性論について書かれてある論文を読んでいます。


『自由からの逃走』

ここで言う「自由」は、「第一次的絆」による社会的総合からの解放された状態のことを指しているのだと読み取れます。


例えば、その昔、百姓の家に生まれた子は、百姓という職業をつぐことが決まっていて、急にお殿様になってしまうことはまずありませんでした。

これは、生まれながらにして社会的に明確な地位がある(決められている)状態です。

百姓と決まっていれば、やることもある程度決まってきます。

その決められた社会的な役割をこなしていると、安心感や帰属感が生まれます。

自分の生きる社会の中で、自分のやるべきことはやっている、と思って安心するわけです。

ところが、こうした決められている状態から解放されると、途端に不安になってくるのです。

「自分はとりあえず百姓をしているけれど、他にちゃんとした役割があるのではないだろうか?」

「本当に自分のやるべきことができているのだろうか?」

と、こんな感じ。

現代では、職業選択の自由があるため、まさにこのような不安を抱える人が多いのではないかと思います。


自由に職業選択ができるようになるということは、自分の好きな職業を選ぶことができるということです。

そうなると、自由を与えられたことによって、自分という存在について意識するようになります。

自分とは社会において一体どういう立ち居位置にいるのか。

自分はなにを為すべきなのか。

このように意識をすることは、まわりと自分との違いをはっきりさせることにもなるのですが、同時に孤独に思うことが増えていきます。

この孤独の恐怖や無力感から逃げよう!とするのが、

『自由からの逃走』なわけです。

この逃走は、個性を放棄したとも見なせるそうです。

(ニートなどがこれにあたるのかも?)


学業も同じことではないかと思います。

学校では決められたカリキュラムがあり、目の前の「やるべきこと」が決まっています。

でも、それが急に「何を勉強してもいいんだよ」と自由にされると、どうしたらいいのかとても悩むはずです。

そして、どうしていいのか分からず、勉強をしない、または学校に行かない人も出てくるかもしれません。

まさに、自由からの逃走です。


フロムは、この解決方法として、

①全ての人間との積極的な連帯

②愛情、仕事という自発的な行為

を挙げています。

ただし、それは経済的、社会的、政治的条件によって妨げられることがあります。


学び合い』において

「みんなが~できる」という姿勢と、

そうなるためのそれぞれの自発的な働き

それから、教師が環境を整備しておくこと

これらは、フロムの言っていることに重ねても、利にかなっていることなのかな、と途中まで読み進めながら考えました。


他にも、フロムの考え方は仏教思想に通じるところがあるようで、ますます興味がわいてきました。

さらに読み進めていきたいです。

2015-04-06

トップダウン説

| 19:50 | トップダウン説 - 幸福論 を含むブックマーク


この春から、上越で2年間過ごすことになりました。

上越という場所は、とても降水量が多いところだそうです。

実際に、こちらに来てからの天気は雨。

この雨の中を2年間どうやって過ごそうか、と思って、ネットで

「雨 好きになる方法」

と調べてみました。


結果、

・いろんな降り方があって、見ていると楽しい(暇なときできそう)

・花粉の飛散がマシになる(たぶん花粉症なのでありがたい)

・運動会など外での行事が中止になる(運動しなくていいのでうれしい)

・雨の音を聞いていると幸せを感じる(これはちょっとレベルが高い)

こんなに雨が降っているといいことがあるとわかりました。


それに、雨が降ったときに、雨が降ってよかった経験をたくさん作ることによって、「雨=好き」を頭の中にインプットしていくという方法もあるそうです。

例えば、買い物にいったときに「雨の日は外出する人が少ないので、外出先でも人混みにあわずにすむからよかったなあ」というように考える、など。


そういえば最近心理学で、トップダウン説というのを見かけました。

これは、まわりに幸福な出来事があり、それを人が享受するのではなく、『その人の考え方が幸福感を決めている』というものです。

雨のことも、きっと「いやだなあ……」と思えば、そう思えるための材料を、脳が頑張って見つけ出してくれているのです。

そう考えると、斎藤一人さんの、「感謝してます」と言ってからその理由を探す、という方法は、この脳のトップダウンを逆手に取った幸せの見つけ方のひとつなんだろうなあ。


幸せがまわりによって決まるのではなく、自分の考え方によって決まる、と思うとちょっとほっとします。

何があっても幸せになろうと思えばなれるものですね。

FlipperKFlipperK2015/04/08 07:50 充実した大学院生活になりそうですね。

ogymogym2015/04/08 22:59mei-c5 さんも入学ですか。おめでとうございます。
充実の2年間となりますように!

「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる みつを」ですね^^ 初めて言葉を知ったときより、年齢を重ねるにつれじわじわ来てます。

mei-c5mei-c52015/04/09 11:45>>FlipperKさん
毎日が新鮮で楽しいです。
世帯棟が近く、元気な子どもの遊ぶ声が聞こえてきてほのぼのします♪

>>ogymさん
ありがとうございます。
広い校舎で迷いながらも日々生き抜いています。
昔に出会った言葉でも今は印象が違ったり、深みを増していくことってありますよね。
自分自身も少しでも深みを増していけてるのかな、と思ったり……(^^)