Hatena::Groupmanabiai

幸福論 RSSフィード

2014-05-30

書く。

| 02:23 | 書く。 - 幸福論 を含むブックマーク


頭の中が煩雑になっているとき、整理をしていく方法として「書く」ことが良いとよく聞きます。

心配なことや不安なこと、困っていることは、案外箇条書きにしてみると

「なんだ、これだけ?」

と思うものだ、と。


それというのも、脳の仕組みのせいなのかも?と考えます。


「いやだなあ」という気持ちは、書いてしまえばたったの5文字。

ただそれだけのことなのに、実はそう感じるときの具体的な感覚、そこに至るまでの道筋が数えきれないほどあります。

例えば、感覚は、もやもや・ずきずき・はらはら・ちくちく……などあるかもしれないし、道筋だって何通りにも考えられる。


そういうことを止めどなく頭の中で考えていると、

たった5文字のシンプルだった「いやだなあ」がどんどん増幅していってしまいます。

タグ付けしてまとめておくような機能もないから、どんどん「いやだなあ」の量が増えていく一方。


楽しいことなら、増えるのも大歓迎!

でも、これが嫌なこととなるとちょっと辛いです……。



だからこそ、書くっていう作業は素晴らしいんですね。

書きながら思考を巡らせて、これは違うな、余分だな、と思うものは消し、納得のいく形にする。

納得がいかなくても、とりあえずは形になって満足する。

形にすらならなくても、吐き出してすっきりする。

書くことは、もしかして、自分でできる簡単なカウンセリングのようなものかもしれないな、と思いました。

kota_02kota_022014/06/01 09:56こんにちは。
>書くっていう作業は素晴らしい
賛成です。
私も授業では必ず書かせています。

>書いてしまえばたったの5文字
書くことでこぼれ落ちてしまうもの。
最近はやりの「在り方」のようなもの。
現れた言葉を支えているもの。
にも興味があります。

同僚が音声のみで授業をしています。
音声教材を聴かせて、質問して答えさせています。
メモは禁止です。仲間の声を聴いてまた考えます。
「聴く」ことそのものの授業です。

「聴く」ことの意味を考えると、
「話を聴くときはメモをとりましょう」
と、簡単に言えなくなりました。

mei-c5mei-c52014/06/03 00:26>>kota_02さん
コメントありがとうございます。
文字や言葉では表現できない、感覚のようなものですかねえ?
わたし、実は理屈は理解できているはずなのに、なんか気にくわないなあ~っということがよくあるのですが、それと似たようなものなのかな、と思ったりしました。

音声のみで!
能力的に苦しいと感じることもありそうですが、慣れなのでしょうか。
必死に集中しようとして、神経が研ぎ澄まされそうですね。