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2017-02-10

働くこと。

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わたしの好きな漫画のひとつに、「働かないふたり」というのがあります。

ある家庭の子ども二人(兄妹)が働かずに家にいる、その日常がかかれた漫画です。

この漫画にはとても影響を受けました。

それは、家事、通学、就業せず、職業訓練も受けていない人、いわゆるニートの概念が大きく変わったからです。


それまでは、大人になったら仕事につかなければならないもの、と思い込んでいたのに、

この漫画に出てくる兄妹をみていると、不思議と「ああ、仕事につくかつかないかというのは、人生においてほんの一部のことなんだ」と思えてきます。

それは、ふたりが「働かなきゃ……」という思いに囚われながら苦しんで毎日を過ごしているのではなく、純粋に好きなことを楽しみ、健やかに暮らしているからです。


また、この兄妹の両親の価値観もとてもおもしろいと思います。

働かずに家にいるふたりが、父の日にお小遣いでプレゼントを買います。

それをもらった父が「うちの子はなんて親孝行なんだ……!」と感動するのです。

これまでだったら、いやいや、でもニートだし。と思っていたのに、

なんとなく、この様子をみていると、それで成り立っている関係に、そんな余計なことを思う必要性はないと感じられたのです。


つまり、わたしは「経済的に自立しなければならない。それが善だ。」というひとつの価値観から解放されて自由になったのだと思います。

もちろん、その価値観が悪というわけでもないのですが、

ひとつの価値観に縛られて仕方なく仕事をするのではなく、自分で選びとって仕事をするので、より自由だと思えるということです。

それに、結局、解放されてもわたしは教員という仕事をしたいと今のところ思っています。


こういうのって、一般的に言われているキャリア教育(職業教育)とはまた違うのかな。

生き方や哲学の教育になるのかも。

というか、もしかしてこれにあたるような教育で名前がついているものってあるのかもしれません。

探してみたいと思います。

scorpion1104scorpion11042017/02/11 04:03うちの子どもたちの個々の成長を見ていると、ずーっとは家にいたいと思っていないなあと思います。いつか、巣を出たいと願いながら大きくなるのを待っているような気がします。それって、教えたわけでもないし、そうなってほしいとも言ってないし、自然とそうなってきた感があります。
家業でもあれば別に出ていく必要もないのかなと思いますが。
子どもの選択に任せますね。
それに名前が付いた教育があるのか・・・は、わかりません。

2016-12-12

成功の条件。

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学び合い』がシステムなのであれば、

人の性格云々は関係なく、成功する条件があるはず。

教師がその条件(やるべきこと)をやるためには、どうしたらいいのかなあ。


うーーーん、でも、成功と正解は違うけど……。

これが正解になると、宗教かもなあ。

成功と失敗。

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成功する『学び合い』というのがあれば、失敗する『学び合い』というのもあるのかなあ?と考えていました。

そうなると、それを分けるのは子ども集団の成績が向上したかどうか。

失敗には教師の仕事の3つ、環境の整備と課題設定、評価をすることが関わっているのだと思います。


これまでに『学び合い』をやって、うまくいかなかったな、という経験談を集めると、この3つに分類されたりしないのかなあ。

あ、でも子ども集団をどこまで有能であると思えているのか、も関係するかなあ?

2016-11-28

読書。

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よく○年生に合った本を読む、というのを聞きます。

低学年用、中学年用、高学年用の本とかも。

でも、と思います。


文字のとても少ない絵本は、

子どもの頃と年齢を重ねてからとでは、また違った読み方ができます。

子どもの頃は、今ではもう体験できないような、ページをめくるたびにワクワクする気持ちや絵にうっとりする瞬間などがあって

大人の今では、それを懐かしむ気持ちや今の状況と繋ぎあわせたストーリーの解釈などがあるのです。


どの本か、ということよりも

どんなふうに読むか(本に触れるか?)、の方が大事なような気がするなあ、と

各学年の本についての単元を見ていて感じました。

2016-11-26

データの活かし方。

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学び合い』は様々なデータを分析していった上にある、実践理論だと思っています。

学び合い』は「守破離」とはよく言われますが、

まずは実践理論に基づいた、守るべき部分をしっかり守っていくことが必要です。

そこを軽んじていると、どう頑張っても「自分はこう思う」という一意見で終わってしまいます。

逆に、研究をする際には、当たり前ですが「自分はこう思う」で終わらないものを打ち出していかなければなりません。


先日、研究室のOBさんのお話をうかがう機会がありました。

その方の学校では、教育委員会から「このようにしてね」と言われたことを学校という現場で実践してみて、

その実践を大学の人たちと理論をもとに検討して、「このような実践になりました。指針は間違っていないでしょうか?」と教育委員会にお返しするサイクルがあるそうです。

(簡単な説明で語弊を生む箇所があるかもしれませんが、だいたいこのような感じです;)

指針を示す役割りの教育委員会、実践の役割りの学校現場、理論付ける役割りの大学、どれひとつ欠けることなくそれぞれの良い面が活用されたシステムとなっています。

そして、これはお互いを信頼して、得意分野を得意な人に任せているからこそ成り立っているシステムだと思います。


このシステムをつくっていくためには、まずは信頼。

自らの強みを活かすためには、まず相手を信頼するとこりからはじめるのではないかと。

自分に立ち返って考えてみると、教員になる予定なので、子どもたちとその保護者の方々、そして先生方や学校に関わる方々を信頼することなんだろうなあ。

2016-10-17

抽象的。

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今、来年度の採用にあたってのレポートを書いています。

教育委員会に提出するものなので、緊張しながら書いているのですが、

あるお題で完全に手が止まってしまいました。


「2、3、4年後に目指す自分の姿」です。


書き始めはスムーズでした。

でも、何行か書いてみてふと立ち止まってその文章を読み返すと、なんだか本当に自分がこんなところを目指していていいのか不安になってきます。

抽象的な言葉では、周りの先生方と協働することや、学級経営をしっかりとすることなど、簡単に書けてしまうけど、

これが具体的な過程ではどれだけ大変なことか。

地域と連携

なんて、たった5文字なのに、信じられないくらい多くの取り組みがいろんなところでされています。


一人も見捨てない

も、簡単に表現はできるけど、いろんな過程があり、いろんな見捨てないがあります。

抽象的に書けてしまうことこそ、実はものすごく難しいことなんだろうなあ。


と、いろいろ考えながらレポートを書くことを一旦やめて現実逃避中なのでした。

daitouirukadaitouiruka2016/10/19 03:07何も中身がないから、本当には分かっていないから、抽象的な言い方をしてごまかしていることってありますね。

mei-c5mei-c52016/11/26 12:40>>daitouirukaさん
自分でもそういうとこあるなー、と反省。。。
でも、先週文科省の方のお話を聞いて、抽象的な言葉の中には、様々な方の思いが詰まっているんだと再確認しました。
どう読み取るかを、考えていく必要がありますね。