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め ざ す は、「見捨てられていない」、
「安心して学校生活ができる」、
「安心して授業が受けられる」と
子どたちに感じられる教育の実現



教科の授業の中で行う
ソーシャルスキルトレーニング

それが 『学び合い』

ポイントは、子どもたちにとって、
誰も見捨てられていないと感じられること

教師が、子どもたち(子ども集団)は有能だ(可能性を持っている)と
思うことができるかどうかが鍵

まずめざすべきは、子どもたちが「分からない」、「できない」と
安心していえる雰囲気づくり

『学び合い』は、人間関係づくり

だから、安心して学ぶ雰囲気が醸成されれば

自ずと学力は上がる

だって、真剣に取り組む時間が増えるんだから

子どもたちには、「勉強もチームワークで」と呼びかけます


出前授業等お受け致します

2時間同じクラスで授業させていただくのが原則です。
(交通費、宿泊費不要)




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◇西川 純先生の「小規模小学校に於ける
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◆第15回教室『学び合い』フォーラミin長野 兼 第13回『学び合い』セミナー   

期日:令和元年11月2日(土)・3日(日)     
会場:長野市 信州大学教育学部


2011-09-14(水)

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rakuten:takahara:10040275

大変古い本です。この本のp211,p212から引用です

 学校とは,学ぶところであり,学び方を学ぶところであると考えることができます

ここでいう「学ぶ」とはどういうことでしょうか。

 それは,私たちが生涯つづけて行う,最も人間的な営みを指しているわけであって,与えられた「教材」にもとづいて学習することだけを指すわけではありません。教師の指導の下に教材で学習する学びは,長い人生を通した学びの中ではごく一時期のことです学校で過ごす時間の何倍もの時間を,人は「教師」もなければ,「教材」も与えられずに,自分で学んでいかなければならないのです

 さて,学校というところを,そのような,生涯を通して学びつづけるための準備をするところと考えてはどうでしょうか。学校を,学ぶところであり,学び方を学ぶところであると,実はそういう意味だったのです

そうなると,学校で学ばなければならないことは,

 (一) 自分が何を学ぶべきかが選択できること

 (二) 自分自分の学びが正しいか否かを判断できること

 (三) 他人や社会と交渉をもち,社会文化から新しい知識や吸収できること

の三つが大切であることが分かります


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