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演劇と教育と『学び合い』 ~matchy-ez8の日記~ このページをアンテナに追加 RSSフィード

新潟県上越地区で小学校の教師をしています。演劇教育と『学び合い』の2つの視点から「一人も見捨てない」教育・「一人も見捨てない」社会の実現を目指します。メールアドレスは、matchyez8とgmail.comを@でつないでください。

2012-03-05

校則について考える

14:04 | 校則について考える - 演劇と教育と『学び合い』 ~matchy-ez8の日記~ を含むブックマーク 校則について考える - 演劇と教育と『学び合い』 ~matchy-ez8の日記~ のブックマークコメント

 ある公立中学校で、女子生徒がバレンタインデーに学校にチョコを持ち込んだとして、1週間部活動禁止(+清掃活動)の処分となった・・・というニュースが新聞に載っていた。

 日曜日のラジオ番組でも、その話題から「校則は必要か」というテーマで、リスナーからたくさんの賛否両論の意見が寄せられた。「校則があるから生徒は守られている」「自律を育てるのが学校だ」等々。

 私は、要は両者のバランスが大事だと思う。校則で生徒たちを守りつつも、自律性を育てる教育が行われなければならない。究極的には、校則が無くとも、自分で何が正しいのかを(客観的に見ても正しく)見極め行動できるようになる、それが教育の目的だ。そう考えた時に、生徒よりも教師のしゃべっている時間が圧倒的に長い従来の授業の在り方も見直さなければならないだろう。(自律性は生徒会行事や部活動だけで養えるものではない。ましてや人から与えられるものではない。授業そのものが生徒の自律性を育てる場となるべき。)

 今回の件に関して一番違和感を感じたのは、処分の理由が「校則に違反したから」という理由だったこと。校則は教育目標に迫るための一つのツール(?)に過ぎない。校則を子どもたちに振りかざす前に、「生徒諸君には、・・・・・のような人間になってほしい」「我が校の教育目標は・・・・だ」という話(目標、目的、学校観)を、普段から何度も語る必要があったのではないだろうか。

 ラジオのパーソナリティーの方が最後に、「校則があるからといって、生徒が何も考えなくなってしまうのが怖い。何が正しいのか、自分たちで考える力を学校でつけないといけないんじゃないか」とおっしゃっていた。同感!