masakichi-3の中憩い このページをアンテナに追加 RSSフィード


masakichi-3です。
長野県長野市の信州大学大学院で教科教育を専攻(理科教育)しています。この度、理科教師になることが決まりました。現場に出て、すべての子どもから「学ぶ」ため、すべての子どもを「大人」にするため、そして『学び合い』を実践するために精進の毎日です。
いつでもメールください。ぜひ『学び合い』ましょう。メールアドレスはhaisaimasakichiとyahoo.co.jpを「@」で繋げてください(スパムメール対策です)。

ちなみに、タイトルの「中憩い」は私の故郷では「ナカユクイ」と読み、一休みという意味です。

2009-11-28

「自分に期待しすぎない」

| 20:18 | 「自分に期待しすぎない」 - masakichi-3の中憩い を含むブックマーク はてなブックマーク - 「自分に期待しすぎない」 - masakichi-3の中憩い 「自分に期待しすぎない」 - masakichi-3の中憩い のブックマークコメント

昨年の6月、京都のI先生が開催している「明日の教室」に参加したときに、iwasen先生が仰った言葉です。

ちょっと補足で説明を。「明日の教室」はワークショップ形式で行われており、毎回いろいろな実践をなさっている先生方が講師として招かれているようです。私が参加したときはiwasen先生が講師でした。

内容は小学校の国語で「作家の時間」というものでした。子ども達それぞれが「作家」となり、テーマに関する文章を書く、さらにお互いに評価し合うという実践です。私はもちろん子ども役としてワークショップに参加しました。私は文章を書くのが大の苦手で、「作家」とは最も縁遠いと自負しています(した?)。そんなときに仰ってくださったのがタイトルの言葉です。ビビビときました。まさに私に最適で最高の言葉でした。小・中・高・大、過去の私に定期的に言ってやりたい言葉です。むしろこれからも必要だと思います。

筆無精がいつまで経っても変わらない自分に。

sumi-chansumi-chan2009/11/28 20:44お久しぶりです。
masakichi-3さんと、いわせんさんがつながっているとは思いませんでした。びっくり。
私もライティングワークショップの講座を受けた時、自分に期待しすぎないということばでとても楽になったことを覚えています。
子どもたちにも楽になって文が書けたらいいだろうなと思いました。

masakichi-3masakichi-32009/11/28 23:19sumi-chanさん、コメントありがとうございます。
お久しぶりです。
そうなんです、昨年、上教N研と信大M研(当時私は別の研究室でした)の合同ゼミに参加した後、D902i君とNさん、camel921君、私の4人で京都・大阪へ乗り込みました。その時の収穫の一つが、いわせん先生との出会いとこの言葉です。
子どもたちに楽になって文を書いてもらえたら素敵です。

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2009-10-20

「ぼやき」

| 11:24 | 「ぼやき」 - masakichi-3の中憩い を含むブックマーク はてなブックマーク - 「ぼやき」 - masakichi-3の中憩い 「ぼやき」 - masakichi-3の中憩い のブックマークコメント

先日、クライマックスシリーズで奮闘中の東北楽天ゴールデンイーグルス、野村克也現監督が「ぼやき」について、述べていました。

ぼやきとは、

理想と現実のギャップをぼやかすもの

私は野球事情には詳しくないのですが、野村監督のぼやきは、よくテレビでみかけます。「ぼやき」と聞くと、「愚痴」であるかのようにとらえがちでしたが、どうやら違うようです。

「愚痴」とは、「言っても仕方のないことをいって嘆くこと(広辞苑)」。つまり、「現実をぼやかす」ことだと考えられます。一方、「ぼやき」とは理想と現実のギャップ、つまり「理想と現実を比較して、足りない部分をぼやかす」ことだと考えられます。

そうすると、現状を振り返りながら、理想を追求するなかで述べるつぶやきが「ぼやき」。現状をうやむやにするだけで、いくら話していても理想が見えてこないつぶやきが「愚痴」。ということでしょうか。

また、「誰のためにつぶやくか」を考えると違いが見えてきます。

「愚痴」は自分のため、「ぼやき」は同群の他者のためです。

最近、夜に研究室で作業をしていたり、数人でご飯を食べに行ったりする際、いろいろな話をします。それもだいぶ想いの込もった話です。これまでは「愚痴」だなーと思うこともありましたが、やっぱ「ぼやき」かもなーと感じるようになりました。

munehiromunehiro2009/10/20 12:56なぜ野村監督は強くできるのか不思議に思っていた友達がいますので、この文章をお知らせさせていただきます。腑に落ちました。

ima-kiyima-kiy2009/10/20 13:57この文章をライティングワークショップの授業で使わせてもらえませんか。調べる、比べる、具体→一般、考える、見方を変えるなどの要素が含まれており、何より内容と文体が子どもにわかりやすいのです。良い文章の一例として配りたいです。

masakichi-3masakichi-32009/10/20 15:21munehiroさんコメントありがとうございます。
私は野球に関して詳しくありませんので、「なぜ野村監督は強くできるのか」の答え(のひとつ?)が分かりましたら、ぜひ教えてください、ともお伝えいただけないでしょうか。お手数かけます。


ima-kiyさんコメントありがとうございます。
>この文章をライティングワークショップの授業で使わせてもらえませんか。
もちろんお使いいただいてかまいません。むしろ感謝いたします。授業のようすや感想等ありましたら、ima-kiyさんのブログでぜひ公開してください。
というのも、私は大学院2年次の現在でも、文章を書くことに苦手意識が大きいです。つまり、ずーっと国語が不得意でした。
>何より内容と文体が子どもにわかりやすいのです。
私にとっては最高のお言葉です。

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2009-05-13

ナンクルナイチャー

| 20:18 | ナンクルナイチャー - masakichi-3の中憩い を含むブックマーク はてなブックマーク - ナンクルナイチャー - masakichi-3の中憩い ナンクルナイチャー - masakichi-3の中憩い のブックマークコメント

私の故郷のことわざに次のようなものがあります。

生まり島ぬ 言葉 わしぃねー 国んわしゆん
ふるさとの言葉を忘れたら、自分の国も忘れてしまう。
出典:沖縄文化社「ひとことウチナーグチ」

現在、故郷を離れて6年目、なかなか故郷の言葉を使う機会もなくなってしまいました(訛りは残っているそうですが)。コミュニケーションにおける言葉には、共通理解のための道具という役割があります。私の「生まり島ぬ言葉」を知らない人が大多数の環境にあっては、その言葉は共通理解のための道具としては役に立ちません。役に立たないものは意識して使わなければ埃を被ってしまいます。当然ですよね、伝わらないんですから。しかし、故郷においてはそのままその言葉が使われています。言葉は日々使われているものですから、文化そのものです。文化は集団の中で形成されるものですから、国(故郷)そのものです。私は私の故郷で生まれ育ち、故郷のために貢献したいと願っています。大学入学で故郷を出るときには将来、還元することを覚悟して出てきました。つまり故郷が大好きなんです。だから故郷の言葉を忘れたくはありません。前書きが長くなりましたが、そういった理由で私は定期的に故郷の言葉を勉強しています。そして言葉の指導は必要だと思います。
今日のタイトル「ナンクルナイチャー」は、当初ブログタイトルの候補だったのですが、ナンクルナイとナイチャーの造語です。ナンクルナイは、「どうにかなるさ」といった意味の言葉で、ナイチャーは「内地(本土)の人」という意味です。これから故郷へ戻れない可能性もあるので、自戒と自己啓発を思ってつけました。

追伸。今日は自分のリフレクション(内省)のために考えてみましたが、他の人にも納得してもらえるように、求められるように言葉の指導力を身につけたいです。

bunbun-hbunbun-h2009/05/13 20:36私も故郷が大好きです。
大学の4年間だけ東京に出て、そして地元に帰れた(地元で就職できた)ことは有難いことであったと思っています。
「生まり島ぬ 言葉 わしぃねー 国んわしゆん」
意味は分からないでも、この日記の冒頭のこの言葉を読んだ瞬間に強く訴えるものを感じました。
そして、たとえば私達のクラブにおいても共通した言葉ができあがっていくことが必要なのでしょう(それが文化というもの)。
それには時間もかかります。
そして、そして、その共通するクラブの言葉が単にクラブのなかだけで通用する言葉であってはならないのだと思いました。

masakichi-3masakichi-32009/05/13 22:22bunbun-hさんコメントありがとうございます。
>共通するクラブの言葉が単にクラブのなかだけで通用する言葉であってはならないのだと思いました。
私も強くそう思います。そして、その共通する言葉が通用する集団の人にとっては、その他の集団の人に伝えることが難しいんですよね。端的にはおっくうなんです。でも、それではいけないんです。

bunbun-hbunbun-h2009/05/13 22:25その他の集団の人に伝えることが、うれしく思える世の中になればいいと思うし、そうなるようにしたいですよね。

masakichi-3masakichi-32009/05/14 01:09はい、そうなることを求めたいですし、私自身も求められています。私の現状においては、多くの知識を得た上で、「難しい表現をしないこと」が求められています 汗。

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