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2017-11-10授業研究会が終わりました このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

学び合い』の考え方による算数の授業を公開しました。

町内の授業研究会です。

なかなかに面白かった。

課題が面白すぎると感じた子供たちは、「みんなができる」というクラスの目標を忘れるほどに問題に没頭し、

「疲れた」

と言っていました。

私は授業者でしたが、参観者に混じって子供たちの間を回っていました。

「テストがある以上、自力解決は大切」

と言い切っていた指導者が

「自力解決がないという授業もありかも」

と発言していました。

それほど、どういう形であれ、子供たち同士の相互作用を取り入れた授業が普通になっているのだと感じました。

そんな中でも、授業後の研究会で

「やはり、自力解決は必要だ」

と時代を感じる発言をしていた先生には、わからないことなのだろうと感じています。

大きなうねりとなって動き始めているようです。

2017-11-07研究授業があります このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

11月9日、つまり明後日に授業研究会で算数の授業をします。

町内の研修会なのです。

参観予定者は27名。

中学校の先生方もいらっしゃいます。

算数です。

学び合い』の授業です。

この授業の指導案をつくったときに

「これって、自力解決がないね」

という意見は全くありませんでした。

自力解決という一人で考える時間は設定してありません。

一人で考えてもいい時間は設定してあります。

あとは、子供たちがどれほど自由に闊達に話し合い、意見を出し合うかにかかっています。

同僚からは

「公開授業だから、あんな冒険は私にはできない」

と言われました。

私くらいの年齢になると、もう失うものもありません。

先もありません。

子供たちが、楽しく学習に取り組めれば、それでいいのです。

算数でも、こんなに楽しい事ができるんだという指導案を書いたつもりです。


10数年前、私が「学力向上フロンティアスクール」の研究指定校に勤務していたとき、授業研究会の準備に1ヶ月ほど、毎日9時に帰っていました。

この私が、です。

それを思うと、研究発表も大きく変わりました。

特別な準備は特にしません。

勤務時間を大きく超えるような指導案の検討会もありません。

日常の授業でできる範囲の研究授業になりつつあります。

それで十分であると思っています。


もしかしたら、私の最後の授業研究会になるのではないか、と思います。

せいぜい、楽しもうと思っています。

2017-10-25何がきっかけになるか このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

体育で、リレーの練習をしています。

バトンパスがうまくできるかどうかがポイントです。

ごく普通のバトンパスです。

子供たちは、レースに夢中になると、どのような練習をしたのか忘れてしまいます。

バトンパスなど、どうでもいい感じになります。

私は、バトンパスについて、

「ある年齢になれば、必ずできる」

くらいにしか思っていません。

レースに夢中になり、なおかつ、バトンパスが勝敗を分けるとわかって、それを実践できるのは、ある年齢になってからと思っているのです。

バトンパスの練習をかねて、2時間ほど授業をしましたが、全く上達する気配すら感じませんでした。

6年生です。

もうちょっとできてもいいのではないか、と思うほどでした。

ところが、今日、突然に子供たちが動き出しました。

チームごとに走ったり、話し合ったり、チームで円陣を組んだりと、とても楽しそうにリレーを始めました。

遅い子をアンカーにおいて、その子までにリードしておこうという作戦のチームもありました。

その遅い子が、全力で走りました。

抜かれてしまったけど、みんなに

「頑張ったよ」

と言われていました。私も言いました。

勝敗ではなく、リレーを楽しむ子供たちの姿がありました。

子供たちの気持ちは、私にはわかりません。

何がきっかけになったのでしょうか。

「まだリレーをやるんでしょ」

という質問が来ました。

今日で終わりにするつもりだったけど、次の体育ももう1時間リレーをやろうと思っています。

28日(土)の午前中は、学校公開日です。

2017-10-21流れは変わった

もう何回目になるのかわからないが、同じようなことを書きます。


昨日、校内の授業研究会がありました。

教務主任が授業をするので、私のクラスで算数をしました。

しかも、普段は少人数なのに、一人で授業しました。

私は、自分のクラスを参観するという不思議な立場になっていました。

算数の指導者が

「挑戦的な授業」

と授業後の研究会で指摘するほどの楽しい展開の授業でした。

打ち合わせをしたわけではありませんが、自力解決の時間もありませんでした。

子供たちは、声を掛け合って学習を進めていました。

研究会では、その子供たちの姿を肯定的に考える町の指導主事と、はやり自力解決が大切であると静かに指摘した算数の指導者と、立場の違いがありました。

当然の意見の食い違いです。

指導者が違うことを言ったら、こちらがどのようにそれを受け取っていくのか、こちら側の主体的な問題です。

町の指導者は、退職した校長先生です。

「学びの共同体」

の実践者でもあります。学び合いには理解がありますし、子供たちの学びの姿を見取る力もあります。

この方が、今年はとても強く指導者として来校しています。

当然のことながら、私には追い風です。

しばしば普段の授業を参観にいらっしゃいます。

私の指導より、子供たちの学びの姿を見ています。

こういう考え方ができる指導者が、それなりの発言力を持つようになったのも、やはり新しい流れだと感じています。

「アクティブ・ラーニング」の発表以来、どのように看板が書き換えられようにも、新しい流れは動き始めています。

それが、目に見えるようになってきました。



授業がない

11:26 | 授業がない - makine45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業がない - makine45の日記 授業がない - makine45の日記 のブックマークコメント

昨日は、1日1時間も授業をしませんでした。

教室にはいました。

子供たちとも話しました。

朝の会から帰りの会まで、子供たちの前で話した時間は、おそらく数分です。

私が授業をしていないという事実を子供たちは誰も気づきませんでした。

男の子に

「先生がここにいる意味がありますか」

と聞いたら

「あります」

「どんな」

「話し相手」

と言われました。

教師と子供のつながりとか言うけれど、どうやら私は、そのあたりにいるおじさんくらいの地位なのだろうと、勝手に解釈しています。

2017-10-14修学旅行から帰ってきました。 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「子供たちに任せてありますので」

という方針の下、修学旅行に行ってきました。

「任せてある」

とは言え、安全の確保には十分に気を遣った気でいます。

グループ行動の時間、今年は携帯電話を持たせませんでした。

子供たちは、近くの人に声を掛けたり、案内表示を見たりして楽しんでいたようです。

もちろん、地元に方に怒られた班もありました。

それも、経験です。


「実は、任されていたのは私の方だった」

と気づきました。

校長は、私のそんな方針に口出しもせず、見守ってくれました。

子供たちが行きそうな所に先回りしていました。

さすがです。

いろいろなトラブルにも

「そんなことは、重要なことではない」

と笑って済ましてくれました。

こんな大きな気持ちで修学旅行を終えた環境に感謝しています。

そんな校長は、今年で定年です。

とても、残念です。

この校長ならもう一度修学旅行に行ってもいいなあと思っています。