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2017-04-29聞いたことは忘れる

昨日は、勤務地の郷土資料館の講師を招いての歴史学習。

地域から出土した土器や石器を実際に持ち込んでの講演と、火起こし体験。

社会の授業は、当然縄文時代、弥生時代を過ぎています。

時数の関係で、私は社会を持っていません。

講師が縄文土器について質問しても、子供たちの反応は今ひとつでした。

職員室に戻り、社会の担当の先生が

「しっかり教えたのに、きれいに忘れている」

と言っているのを聞いて

「そりゃ、忘れるよ」

と言ってしまいました。

私の言葉に、

「火起こしは、一生忘れないよ」

という他の同僚からの反応もありました。

「ラーニング・ピラミッドで知っているでしょう」

と突っ込んでしまいました。

私にも、覚えがあります。

授業がうまく教えたつもりでも、子供たちは案外忘れているものです。

「教えたじゃない」

と言う言葉を何回も子供たちに言ってきました。

「社会科では、体験的にと言っても、」

と言っていましたが

「やり方はあるよ」

と言っておきました。

自分が教えたつもりでも、子供たちは学んでいないという現実があります。



今週、町の教育委員会の「学習支援担当」となられた元校長先生がご挨拶に見えました。

職員への挨拶の中で

「基本的な事項はきちんと身につけるし、主体的な学びも同時に行う」

という学習指導要領の引用のような話をしていました。

私は、この部分に引っかかりました。

先生方は、この部分をどのように聞いていたのでしょうか。

「聞いたことは忘れる」

とすれば、もう忘れているのかもしれません。

学び合い』以外、この両立を可能にする考え方は、あるのでしょうか。

今後の展開が楽しみになってきました。


ひどいブラック企業だ

17:39 | ひどいブラック企業だ - makine45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - ひどいブラック企業だ - makine45の日記 ひどいブラック企業だ - makine45の日記 のブックマークコメント

毎日新聞の記事。

教師の残業が増加していることを指摘しています。

http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%95%99%E8%AB%AD%E6%AE%8B%E6%A5%AD%E5%A2%97%E9%83%A8%E6%B4%BB%E3%80%81%E6%8E%88%E6%A5%AD%E5%A2%97%E5%8A%A0%E9%9F%BF%E3%81%8F%E3%80%8C%E9%9B%BB%E9%80%9A%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%AA%E3%81%84%E3%80%8D/ar-BBAunfH?li=AA4ZnI&ocid=spartanntp#page=2

学校はそうとうひどいことになっています。

私も今週は家庭訪問だけで終わりました。

珍しく仕事がたまっています。

困ったものです。

この状態で、英語が始まり、時数が増えて、どうやってこなすのでしょうか。

私は、定年でほぼほぼ逃げ切りです。

ますます各校は高学年の持ち手の確保に奔走することなるでしょう。

同僚が

「囲い込み人事」

と言っていたけど、拍車がかかるかもしれません。

2017-04-22まだ、そこに このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

昨日は、職場のPTAの歓送迎会。

終わった後で、職場の人たちとお茶を飲んでいました。

私が、校内の研修について

「あの方法では学力は上がらない」

というと、皆さんが同意してくれました。

その後が

「ちゃんと教え込まないとやっぱり低位の子供たちはわからない」

という方向で話が進みました。

私は、「えっ」という感じでした。

今まで、散々教え込んできたはずです。

教え込んで、結果が出ないと、教え込みが足りない、もっといい教え込みの方法があるはずだと話が展開してしまいます。

教え込むという発想には無理があるのではないか、と発想そのものを転換することはかなり難しいようです。

私は、

「今まで、散々教え込んできたのに、効果が上がらなかったのは、教え込むという発想がだめだったのではありませんか」

と話を進ませたかったけど、無理でした。

低学年だから無理という発想や、子供たちの実態がついて行かないという発想から逃れることは簡単ではありません。

高学年だから、できるという訳でもないはずです。

多くの教師が、まだそこにいます。

そこにいることで、長時間勤務に苦しみ、膨大な仕事量に悩んでいます。

もっと、子供たちを信じて、子供たちに任せた方がいいのに、と思います。



ちなみに、昨日は、授業参観もありました。

長い教師生活で、初めて、家庭科の授業参観をしました。

とても面白い授業になりました。

2017-04-17丁寧な説明をしようとした理由 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

質問を受けました。

内田樹さんの指摘が大きいと思います。

「意を尽くしてわかるまで説明する」

内田さんが、レヴィナスと会ったときことを書いています。

「遠い日本から来た、フランス語もおぼつかない若者に、俺の言うことを聞いてくれ、という態度で接してくれた」

と言うようなこと。

教師は、

「なぜ、これが大切なのか」

「どうしてこれをやらなくてはいけないのか」

という説明を十分に尽くしているのでしょうか。

そのくせ、子供たちに

「説明しろ」

というような要求をしています。

「言語活動」が盛んに取り上げられて

「わかるように説明する力」

という力をつけるように言っています。

そんなことを言う資格が教師にあるのでしょうか。

教師が、十分にわかるように説明する態度が十分ならば、子供たちも、十分な説明をするはずです。

教師は、ほとんど説明しないで、子供たちに説明するように要求している現実を私は変えてみたかった。

もちろん、学年もありますし、何を説明するのかという内容もあります。問答無用で「だめだ」という場合もないわけではないと思います。

それでも、まず、できるだけ、自分が説明をしてみることを始めることにしました。

意を尽くして、理を語ってみる。

この自制が効くだけでも、かなりの効果があります。

子供たちが、遠慮なく質問してきます。

「そんな質問するな」

という言い方は許されません。

当たり前ですが、質問は質問を呼びます。

子供たちからの質問は、たくさん出てきます。

それでも、丁寧な説明すると約束しているので、それを実行するしかない。

実行しているうちに、丁寧な説明をすることが、クラスの合意になってくる。

クラスの合意になったら、子供たちに

「説明して」

と言えるような気がするのです。

希望的な観測です。

そんな簡単に進まないでしょう。

「君たちを尊重している。だから、説明を続ける」

というメッセージを送るつもりで、丁寧な説明を心がけています。

でも、えらく手間のかかる約束です。

2017-04-15丁寧な説明1 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「丁寧な説明をする」という目標を子供たちにも発表しているので、なかなかに面白いことが起こります。

「それって、言ったでしょ」

という言い方ができないので、

「それは、前にも言ったけど、丁寧に説明します」

という言い方になります。

自制がきいていて、いいものです。

宿題も

「どうしますか」

と昨日は質問しました。

「なぜ、これが宿題なのか」

「これをやることがどういう意味を持つのか」

という子供から問いに丁寧に応対しないといけないので、時間も手間もかなりかかります。

「先生、音読の宿題って、どういう意味があるのですか」

という質問が出たので

「いい質問ですね」

と丁寧に説明を試みました。

子供たち全員が分かったかどうかわかりません。

こういう質問が出て、教師が丁寧に応じていると、どのような事態が発生するのか、全くわかりません。さらに、授業は基本的に『学び合い』なので、ほとんど子供たちが学習しています。

どんなクラスになるのだろう。

とりあえず、毎日にこやかに穏やかに過ごしています。

o4dao4da2017/04/15 21:26きねさんが、そこにたどり着かれた理由が気になります。

makine45makine452017/04/17 22:24コメントありがとうございます。「言語活動」と言っている教師の言葉遣いがたびたび気になりました。丁寧に子供たちに理をわかるので語る大人がいてもいいのではないかと思ったのです。でも、始めて見ると予想以上に大変な決意でした。今まで自分が説明をしないで「やれ」と言ってきたツケです。反省しています。

2017-04-08本当に恐ろしいこと このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

どのクラスにも、課題のある子供はいます。

一人一人違う課題ですから、特効薬などあるはずもなく、その子供への対応に追われてしまいます。

学び合い』を実践するようになって、こういう子供への考え方は大きく変わりました。

最初からわかっていることなので、課題のある子供たちがさまざまな課題を抱えながら何とか学校生活を送っていけることが大切です。

本当に恐ろしいことは、クラスに中心にいる子供たちが、反乱を起こすことです。教師の味方になってくれると期待を寄せていた子供たちが、堂々と教師への反乱を始めるのです。

私は、長い教師生活の中で、その最悪の状態になったことはありません。

ただ、運がいいだけだと思っています。

職員室で、若者たちが課題のある子供への指導の在り方について話をしていたので、つい口が滑り

「でもさ、本当に恐ろしいのは、クラスの中心になっている子供たちが反乱を起こした時だよな。そうなったら、俺でもどうしようもないからね」

と言ってしまいました。

自分への戒めでもあります。