makine45の日記 このページをアンテナに追加

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2018-04-22面白い話 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

以前の同僚と会議の前に雑談をしていたら、

「最近、面白い事に気づいた」

と話くれました。


今度担任することになった高学年のクラスは、アレルギー対応で、給食の時間は前を向いて、無言で食べていてきたクラスだそうです。

係活動をやらせたら、とにかく活動できない。

班活動もうまくいかない。

そこで、担任は、

「この子供たちは、小さい頃から、給食の時間の雑談がなかったんだ」

と気づいたのだそうです。


「給食の時間、って特に必要がある話ではないけれど、大切だと感じたので話したくなりました。」

と言っていました。


私は、子供たちが話をしているのを黙って聞いていることがあります。

何だか、面白いのです。

職員室で

「子供たちが、相談が出来ないよね」

と話しているのを聞いていると、

「そのときだけ、相談しろって、言われても出来ないよな」

と思います。

話ができる状態にしておかないと、話は出来ません。

給食の時間などに、自由に話が出来る時間を確保することがとても大切であると改めて実感しました。

2018-04-15本気なんだ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

勤務地の教育委員会は、「学び合い」を推進しようとしています。

教育委員会の学力向上担当は、「学びの共同体」の指導者もなされている方です。

新しい学習指導要領の実施を考えれば、当然の動きと私は思っています。

が、校内は全く違う方向へ動こうとしています。

情報提供もしたのに、と半ば呆れて、校内の動きを黙って見ていました。

そこへ、

「6月に教育委員会から講演会の連絡です。

 講師は、佐藤学先生です。」

と発表がありました。

私は

「本気なんだ」

と思いました。教育委員会は、本気で「学び合い」をやろうとしていると感じました。

職場の先生方は、

「佐藤学先生、ってだれ」

という反応でした。

さらに、先生方に佐藤学先生の書籍が紹介されて

「講演会までに読んでおくように」

との指示までありました。

校内は旧態依然とした授業研究を進めようとしています。

さて、どうするか。

私は、言うべきことをしっかりと言ってきましたので、これ以上言うことはありません。

静かに、自分の教室で、『学び合い』を積み上げようと始めています。

一斉授業と「学びの共同体」の距離と、「学びの共同体」と『学び合い』の距離ではどちらが近いのでしょうか。

しっかりと佐藤学先生のご講演を拝聴してこようと思っています。

2018-03-30新学期へ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

卒業生を送り出してから一週間。

まだ担任の耳打ちもなく、

「次はどこかな」

とどこにも所属していない時間が終わろうとしています。

私は、この「どこにも所属していない感じ」が好きです。

次の担任がわかった途端、頭の中で、いろいろと準備が始まってしまうからです。

準備が始まらない、いい感じです。

今日は、短いお別れの会があり、去って行く先生方を送ります。

送った後で、すぐにお迎えの準備。

いよいよ新学期の始まりです。


私は、始業式のあとの20分程度で1年間の目標を決めてしまいます。

この語りがとても大切です。

「黄金の三日間」

とも言われますが、最初に対面したこの20分間が、私は勝負と思っています。

最近は、新しい学級をもって、いろいろと決めていく作業が結構めんどくさくなっています。

去年は持ち上がりでしたので、この時間が不要でした。

きっちりと語ります。

2018-03-25次へ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

6年生の卒業式が終わりました。

2年間、『学び合い』を体験した子供たちが卒業していきました。

まだやりたいことがありました。

一緒にいられる時間は本当に短いものでした。

「あと、3ヶ月あったら」

と思うと、きりがありません。

門出を祝いたいと思います。


卒業間際の話です。

私「最初の中間テストでいい成績を取りなさい。あとが楽だから」

子「…」

私「どうせなら、この小学校の卒業生で、上位を独占したら」

子「これで、その手柄は、先生にあるということですか」

私「いやいや、私に教えてもらったと思っている人なんか、いないじゃない?」

子「あー」

私「この間のアンケートだって、みんなは、先生は何も教えていない。みんな、自分たちでやった、って書いてあったよ。その通りだけど」

子「確かに」

私「だから、成績上位を取ったらからといって、それは先生の手柄ではありません。」

子「はい」

という会話をしました。

最終的なアンケートで、

「思い出してみると、みんな自分たちでやったと思う」

と書いた子供がいました。

いいですね。

では、私がやったことは、『学び合い』のセオリー通り、「目標の設定」

「評価」「環境の整備」です。

この「評価」でも、楽しい事がありました。

これは、次の機会に。

2018-03-16卒業式まで このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

2年間、完全な『学び合い』で過ごした子供たちが卒業していきます。

残り一週間です。

自分の定年までの時間を考えると、このクラス以上の『学び合い』ができるかどうか、自信がありません。

学び合い』をしていくと、こんなクラスになるとわかってきました。

4月から、何年生を担任するかわかりませんが、また始まりです。


最近、職場の管理的な傾向に嫌気がさしています。

「自由であること」が大好きな私は、子供たちにも「自由であること」を認めています。もちろん、自由にはそれなりの覚悟と責任がついて回ります。

管理的であればあるほど、実行されていく状況です。

教師が、子供たちの自由を「しんどい」と感じてしまうのです。

何をやるのかわからない『学び合い』より、子供たちを静かに座らせておく一斉授業の方がずっと楽ですから。

子供たちには、「自由であることは楽しいけれど、それなりの覚悟と責任がついて回るよ」と学んで欲しいのです。

教師が教室を管理するのは、当たり前です。

その管理は、子供たちの活動を制約するものであってはならないと自分に命じています。

子供たちが勝手に何かを始めようとするときに

「いいんじゃない」

と言える程度の自由があればいいと思っています。