makine45の日記 このページをアンテナに追加

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2019-07-22成績をつけました このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

特別支援学級の担任になって、初めての成績付けをしました。

私のクラスにいる支援員の先生は、長年特別支援学級の担任を経験された先輩です

「こういうことを記録しておくと、いいですよ」

と学期途中から助言頂いていたので、大変に助かりましたし、私が書いた所見にも目を通してもらって、たくさんの助言を頂きました。

成績をつけると言っても、評定はありません。

すべて、記述です。

やってみると、案外楽しい成績付けでした。

マイナスを書く必要はなく、

「こういうこともできたな」

「こういうこともやったな」

とプラス面に焦点を当てるので、私も楽しくなってきました。

書き上がって、

「時間があれば、全員がこういう成績表の方がいいのではないか」

と感じました。テストして、ABCをつけていくなんてことは、あまり効果がないように感じたのです。

小学校の甘えでしょうか。

私の勤務する小学校は、ほとんど地元の中学校に進学します。

評定をしたところで、子供たちの学習意欲が上がるなんてことがあるのでしょうか。

文章で、または、口頭で、

「ここが良かった。次はここだね」

と言葉で示した方がいいように感じたのです。

現状で、これをやろうとすると、とんでもなく負担が大きくなるので、無理です。

クラスの人数が減り、そんな成績表が作れる日がやってくることを私は祈りたいと思います。

2019-06-30大丈夫なのか? このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今回も、いい話ではありません。


学校外で、知り合いの教師に会うことがあります。

買い物に行ったときなどです。

「久しぶり」

のあと

「学校はどう?」

と話をします。

「大変だよ」

という返答をもらいます。

私ほどの年齢の人たちは

「もう辞めてもいいや。いつ辞めようか考えている」

と言います。

ここ数年で現場はものすごく変わりました。

私の周りの五〇代の先生方は、

「いつ辞めようか」

という話を普通にしています。

年金の支給が65歳に引き上げられる年代ですので、定年まで働いたとしても、5年間の空白があります。

それでも、

「もう耐えられない」

と感じているわけです。

どうして、こういうことになってしまったのか、わかりません。

どこかで、戻ることのできない限界点を超えてしまったとしか感じられません。

大量採用の人たちが、定年を迎え、職場は一気に若返ろうとしています。

この大変な時代に、先生になろうという若者達が誇りをもって働ける職場になって欲しいと強く思います。

「老兵は死なず、ただ去りゆくのみ」

と行きたいところですが、若者達の行く末を思うと、何もできなかった自分に反省すること、しきりです。

定年までに、職場の何が変わってしまったのか、考えたいと思っています。


6月の私は、勤務時間外に34時間ほど働きました。

1日平均1時間半程度です。

2019-06-16疲弊する職場 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

特別支援学級の担任となって2ヶ月ほどが過ぎました。

特別支援学級の担任は、普通学級の担任と違う動きをしています。

昨年度までとは違う立場で職場を見ていることに気づきます。

若い先生方が多い職場ですので、やる気があります。

皆さん、意欲的です。

提案に対して、真面目に取り組もうとしています。

先週も新しい提案がありました。

私には、全く関係のない提案です。

私は、

「まだこの上、何かを足そうとしているけど、できるの?」

と感じながら聞いていました。

近隣の小学校から「病休」の話を聞きました。

詳細はわかりません。

職場は、すでに限界を超えています。

人手の問題でも、管理職の問題だけでもありません。

限界を超えている職場の常態に気づくのは、弱い立場に置かれている同僚です。まず、そこに問題が発生します。

「先生、もう無理です。」

と同僚から言われることもあります。

職場は疲弊しています。

もう少し、のんびりとした職場にならないかと私は思っています。

「のんびりとした職場」を知っている教員ももうすぐいなくなります。

そのとき、今の職場が常態化します。

そのときになって、若い人たちが教員という仕事を選ぶのでしょうか。

今から、気がかりではあります。

2019-05-18「アクティブ・ラーニング」のなれの果て このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

私は、西川先生のご講演で“アクティブ・ラーニング”についての話を伺ったときの衝撃を忘れていません。

「いよいよ、『学び合い』の時代が来る」

「これで、一斉指導ともおさらばだ」

と感じました。

あれから、数年が経ちました。

あのとき、同時に

「現場の変化は起こらない」

と予想したのも、西川先生でした。

公的な研修の場で

学び合い、ってグループ活動でしょ」

と若い先生が発言したときに、反射的に

「グループ活動と、学び合いは違いますよ」

と言ってしまいました。

あれほどの衝撃をもって聞いていた“アクティブ・ラーニング”のなれの果てのような気がしました。

職員室では

「教えるべき事は、教え込まないといけない」

「小学生が基本ですから」

「教師の指導力の問題ですから」

と言われます。

依然として、「指導ありき」の内容から脱することはできません。

私は、指導を否定しているわけではありません。

私も、きっちりと指導していることもあります。

それだけで、学校や学級が成り立ってるわけではありません。

「学級経営が大切です」

と発言する先生は、その学級経営は誰のためなのかと問いたくなります。

「自分の思い通りの指導をするための、学級経営ではありませんか」

と問いたくなります。

そういう学級では、教師の意に沿う子供が中心になります。

教師の意がわかりにくい、自分たちで決めなければならない状況になると、どうしていいかわからなくなります。

「学校を出たけど、使い物にならない」

という一部の「成績優秀者」の、これも、なれの果て、です。

小学校の現場は、これほど変わりにくいものなのか、と教師生活35年にして改めて感じています。

あとは、外からの圧力を頼むしかないのか、と情けない気持ちになっています。

2019-05-10指導者の資質 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

一般的な教員よりも何かしらずば抜けた成果を上げている教師が、指導者として研修会が行われます。

そういう指導者が言っている実践は、どれほど優れていても

「いつ寝ているのだろう」

「家族と過ごす時間はあるのかな」

と感じてしまいます。

今までは、そのように感じていても、誰もそれを指摘する人がいませんでした。

「特別支援学級新担当者研修会」に参加しました。

定年まであと3年の私も対象者です。

指導者は素晴らしい実践を報告していました。

聞いていて

「確かに素晴らしいけど、いつやるの」

と思っていました。

すると、最後の質問で

「働き方から考えて、いつやっているのですか」

と質問される方がいました。

「いろいろな時間を削っているけど、睡眠時間は4時間程度。毎晩11時くらいまでかかります」

と応えていました。

多くの方は、できない注文です。

やってはいけないレベルの勤務状態です。

もっと普通の教師の話を聞きたいと、私は思いました。

同僚の、特別支援学級の先輩が一番いいのではないか、と改めて思いました。

もちもち2019/05/13 21:34確かに同僚の先生の話は確かだと思います。
研修の先生の話は無理な教材研究になってしまうかもしれません
できるのは生徒一人一人の悩みや課題をどう解決していくか

かもしれません。

『学び合い』が教科指導で悩む場面ばかりですが一人一人を信じてやるばりでせす。

makine45makine452019/05/13 21:54『学び合い』の提案で「いつやるの」と感じたことはありません。標準的な教師が、普通の生活の中でできるという前提を置いているからです。技術は大切ですが、大切なことはいろいろとあります。子供たちを信じれば、簡単なことばかりです。