makine45の日記 このページをアンテナに追加

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2019-06-16疲弊する職場 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

特別支援学級の担任となって2ヶ月ほどが過ぎました。

特別支援学級の担任は、普通学級の担任と違う動きをしています。

昨年度までとは違う立場で職場を見ていることに気づきます。

若い先生方が多い職場ですので、やる気があります。

皆さん、意欲的です。

提案に対して、真面目に取り組もうとしています。

先週も新しい提案がありました。

私には、全く関係のない提案です。

私は、

「まだこの上、何かを足そうとしているけど、できるの?」

と感じながら聞いていました。

近隣の小学校から「病休」の話を聞きました。

詳細はわかりません。

職場は、すでに限界を超えています。

人手の問題でも、管理職の問題だけでもありません。

限界を超えている職場の常態に気づくのは、弱い立場に置かれている同僚です。まず、そこに問題が発生します。

「先生、もう無理です。」

と同僚から言われることもあります。

職場は疲弊しています。

もう少し、のんびりとした職場にならないかと私は思っています。

「のんびりとした職場」を知っている教員ももうすぐいなくなります。

そのとき、今の職場が常態化します。

そのときになって、若い人たちが教員という仕事を選ぶのでしょうか。

今から、気がかりではあります。

2019-05-18「アクティブ・ラーニング」のなれの果て このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

私は、西川先生のご講演で“アクティブ・ラーニング”についての話を伺ったときの衝撃を忘れていません。

「いよいよ、『学び合い』の時代が来る」

「これで、一斉指導ともおさらばだ」

と感じました。

あれから、数年が経ちました。

あのとき、同時に

「現場の変化は起こらない」

と予想したのも、西川先生でした。

公的な研修の場で

学び合い、ってグループ活動でしょ」

と若い先生が発言したときに、反射的に

「グループ活動と、学び合いは違いますよ」

と言ってしまいました。

あれほどの衝撃をもって聞いていた“アクティブ・ラーニング”のなれの果てのような気がしました。

職員室では

「教えるべき事は、教え込まないといけない」

「小学生が基本ですから」

「教師の指導力の問題ですから」

と言われます。

依然として、「指導ありき」の内容から脱することはできません。

私は、指導を否定しているわけではありません。

私も、きっちりと指導していることもあります。

それだけで、学校や学級が成り立ってるわけではありません。

「学級経営が大切です」

と発言する先生は、その学級経営は誰のためなのかと問いたくなります。

「自分の思い通りの指導をするための、学級経営ではありませんか」

と問いたくなります。

そういう学級では、教師の意に沿う子供が中心になります。

教師の意がわかりにくい、自分たちで決めなければならない状況になると、どうしていいかわからなくなります。

「学校を出たけど、使い物にならない」

という一部の「成績優秀者」の、これも、なれの果て、です。

小学校の現場は、これほど変わりにくいものなのか、と教師生活35年にして改めて感じています。

あとは、外からの圧力を頼むしかないのか、と情けない気持ちになっています。

2019-05-10指導者の資質 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

一般的な教員よりも何かしらずば抜けた成果を上げている教師が、指導者として研修会が行われます。

そういう指導者が言っている実践は、どれほど優れていても

「いつ寝ているのだろう」

「家族と過ごす時間はあるのかな」

と感じてしまいます。

今までは、そのように感じていても、誰もそれを指摘する人がいませんでした。

「特別支援学級新担当者研修会」に参加しました。

定年まであと3年の私も対象者です。

指導者は素晴らしい実践を報告していました。

聞いていて

「確かに素晴らしいけど、いつやるの」

と思っていました。

すると、最後の質問で

「働き方から考えて、いつやっているのですか」

と質問される方がいました。

「いろいろな時間を削っているけど、睡眠時間は4時間程度。毎晩11時くらいまでかかります」

と応えていました。

多くの方は、できない注文です。

やってはいけないレベルの勤務状態です。

もっと普通の教師の話を聞きたいと、私は思いました。

同僚の、特別支援学級の先輩が一番いいのではないか、と改めて思いました。

もちもち2019/05/13 21:34確かに同僚の先生の話は確かだと思います。
研修の先生の話は無理な教材研究になってしまうかもしれません
できるのは生徒一人一人の悩みや課題をどう解決していくか

かもしれません。

『学び合い』が教科指導で悩む場面ばかりですが一人一人を信じてやるばりでせす。

makine45makine452019/05/13 21:54『学び合い』の提案で「いつやるの」と感じたことはありません。標準的な教師が、普通の生活の中でできるという前提を置いているからです。技術は大切ですが、大切なことはいろいろとあります。子供たちを信じれば、簡単なことばかりです。

2019-04-30死ぬまでにやっておきたいこと このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

昔は

「孫を抱いたら、もう死んでもいい」

と言ったらしい。

孫をもう抱いたので、一昔前なら「もう死んでもいいんだ」という事になったもしれません。

私は、死ぬまでにやってみたいことを一つ実現しました。

学び合い』とは全く関係ありません。

これも、一人の努力では到底実現できないことです。

様々な偶然が重なって、実現しました。

夢のような数日を過ごしました。


もう一つ、死ぬまでにと思っていることがあります。

これは、私の努力次第で実現する可能性があります。

本格的に始めます。


今回は、『学び合い』に関係のないことを書きました。

2019-04-18「教科担任制」という亡霊 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今日の朝刊に

「小学校高学年に教科担任制」

という記事がありました。

私が「教科担任制」に対して、どのような考えを持っているかを置いておきます。

この記事を見たときに

「またか」

と思ったのです。

今から、15年程前、全国の小中学校100校を「学力向上フロンティアスクール」(3年間)なる研究指定校に選び、「教科担任制」「少人数指導」「習熟度別学習」を研究することにしたのです。

私は、この研究指定校で3年間勤務したあと、上越教育大学に研修に出たわけです。この時に、私と同じように「学力向上フロンティアスクール」を経験した方が、何名か一緒に大学院に来ていました。

異口同音に

「あれは、失敗だった」

と話し合っていたことを思い出します。

小学校の教員の人数をほとんど変えずに、教科担任制をやろうとすると、とんでもない負担になります。せめて、中学校並みに人員を増やして、教科担任制に移行しないと、とんでもない負担がのしかかってきます。

私の勤務校では、毎年のように病休する同僚を出し、数名が職場を去って行きました。

このときに経験から、私は、小学校高学年の「教科担任制」に一概に賛成も反対もしません。もし、やるなら、大幅に人員を増員して、徹底的に先生方の勤務を変えないと、また歴史を繰り返すことになると思います。

さらに、その研究のさなか、あるベテランの先生が

「教科担任制か、20年程前にやったことがあるけど、難しいなあ」

と言っていたことを思い出します。

あのときに、すでに、「教科担任制」は亡霊だったわけです。

その失敗を知っている人がいなくなると、また蘇ってくる。

実に、罪深い提案であると感じています。

あの苦労をまた誰かがするのかと思うと、やりきれない気持ちになります。