makine45の日記 このページをアンテナに追加

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2018-02-19関係あるのでしょうか このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

校内研修での話です。

勤務校周辺の地域では、その地域に共通した授業展開を決めようとする動きが盛んです。

「○○市方式の算数授業の展開」

というようなものです。

それを決めていないと、

「校内研修の成果がわからない」

と言われます。

いや、それこそが「研修の成果である」と言われます。

だいたい、そのように授業の形式を決めたところで、その形式の成果として学力が上がったとどのように関連付けて証明するのでしょうか。

私にはわかりません。

それでも、

「授業の展開を決めよう」

「ノートの書き方を統一しよう」

という意見は後を絶ちません。

困ったものだと思います。


私も『学び合い』で出会う前は、授業の定型化に相当邁進していた時期があります。

今振り返れば、恥ずかしい限りです。

そうした研修はいい加減やめにして、子供たちの学びを見取る研修に切りかえたらいいのにと願っています。

2018-01-28学び合いと『学び合い』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

校内研修で、「学びの共同体」と『学び合い』などの情報を提供する時間をいただきました。

15分ほど同僚に情報提供としての話をしました。

私は、指導者ではないので、情報提供です。

従う必要は全くありません。

ただ、どのような形であれ、子供たちの学びに目が行くように現状が動いています。

必要に応じて、また情報提供をしていくつもりです。


町内の人権教育研究協議会の講演会があり、久しぶりに同和問題に関わる講演を拝聴しました。

講演の中で

「子供を変えるのは、教師ではない。子供を変えるのは子供だ」

という内容を繰り返していました。

私も

「子供を変えるのは子供だ」

と考えているので、とても納得できる内容でもありました。

教師ができることなど、たかがしれています。

子供を変えるのは、子供でしかありません。

できることもできないことも、子供たちは影響し合って生活しています。

できない子供からでも、子供たちは学んでいます。

情報は、できる子供からできない子供にだけ流れるのではありません。

学び合い』の子供たちを見ていると、できる子供ほど相手が誰であれ、学んでいる様子がわかります。

できる子供ほど、友達ができたことを喜んでいます。


学び合い』で過ごすことが当たり前になっている子供たちは、一体これから何をするのでしょうか。

2018-01-08明日から始まります このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

家庭の事情で、ずっと家にいます。

セミナーにも参加できませんでした。

私は元気なのですが、仕方ありません。


いよいよ明日から3学期が始まります。

今まで、自分は担任としてこういうことをしたいと考えて、最初の通信を書いていました。

今回は

「皆さんが何をするのか、楽しみにしています」

ということを書きました。

担任が何かをするのではなく、するのは子供たちだとここまで来ました。

6年生ですので、あと3ヶ月、51日で卒業です。

この子供たちと過ごすのも、ここで終わりと思うと、今までにない寂しさを感じています。

卒業アルバムは、子供たちの手でほぼ完成しました。

次は、

①6年生を送る会の出し物をどうするか、

②卒業式のお別れの言葉をどうするか

です。

これも、完全に子供たちに任せます。

こういうことができるのも、卒業までです。

4月から、また新しい学級で新しい始まりです。

それまで、今のクラスを存分に楽しんでおこうと思っています。

2017-12-29今年一番のニュース このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今年を振り返って、一番のニュースは、“学び合い”が公的な場所で評価されたことだと思っています。

今まで、「きめ細やかな指導」「○○校方式の授業」「板書が授業の記録」などと評価されてきました。

「授業のスタイルが身についていると、学びやすい」

と言われました。そのスタイルが合っている子供はやりやすいでしょうが、合っていない子供には救いがありません。授業のスタイルが確立している授業しやすいのは、実は教師であって、学ぶ側ではないと指摘する指導者もいませんでした。子供たちの学びの姿を見ようという指摘はほとんどありませんでした。

それが、大きく変わってきました。

「テストがある以上、自力解決は必要だ」

という指導者から、子供たち同士の関わり合いを大切にするという発言が出たり、教師は授業を参観するときには、前から見ようという指導者が来たりして、教師の側の意識の変革が求められました。

「先生方、自分の授業は変わっていますか」

と言った指導者もいました。

私は、この発言にはちょっと笑いました。

少なくとも、私の勤務する地域では、教師の一斉指導だけでは駄目だという方向に進もうとしています。


この方向が来年度以降もずっと続くといいなあと願っています。

2017-12-24ついに このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

成績を渡したら

「この成績の理由を聞かせて欲しい」

という子供たちが数名。

一覧表やら、私のメモやらを見せて説明して確認。

私のミスも見つかり、訂正して謝罪しました。

いよいよ、成績も子供たちがつけるようになるかもしれないと予感しました。

自分でつければ、一番納得できるはずです。

次の学習の課題も自分でわかるはずだし。


自分たちで課題を見つけて、自分たちで学習し、評価する。

私という教師は本当に何をすればいいのでしょうか。

クラスの子供が言ったように

「話し相手」

となる日がやってくるように感じています。

これを

「究極の『学び合い』」

とするか

「教師の職場放棄」

と見るか、意見の分かれるところかもしれません。