makine45の日記 このページをアンテナに追加

HPは http://makine50manabiai.jimdo.com/ です。 合わせて、ご覧ください。

2017-05-23鋭い質問 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

板書計画作成の2時間目。

私が教室を回っていると、

「この板書計画は誰が使うのですか」

という質問がきました。

「誰が使うというものではありません」

と答えると、

「そうじゃなくて」

と続けて質問が来ました。

話をしていると、私が授業をしているときと、A先生が授業をしている時とでは、板書が違うというのです。

「だから、先生が使うとしたら、ということですか」

と意味がわかりました。

鋭い見方です。

教師によって、板書は違う。

私に見立てて板書を作るときと、他の先生では板書は違うと見抜いています。

「自分が授業をするとしたら、と考えてください」

と言いましたが、あまり納得しているようには見えませんでした。


子供たちの学習の様子を見ていたら、

「5時間の授業時間で、5時間分の板書計画を作るのは無理か」

と思ってしまいました。

教科書を読み取って、それを形にしていくのですから、大変です。

2時間目の途中になって、急に話し声が少なくなってきました。


「まともな国語の授業を受けたことがない」

という子供たちは、今回の学習をどのように評価するのでしょうか。

「つまらない」

とは思っていないようですが

「今回も大変だ」

と感じているのかもしれません。

私は全く大変ではありません。

「いつも静かに笑っている」

です。

2017-05-19板書計画を作る このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

国語です。

今日から、説明文に入りました。

単元の目標を黒板に書き、説明しました。

「5時間の計画です。この目標が達成できるような5時間分の板書計画を作ってください。」

と言いました。

子供たちは

「何?」

という反応でした。

いくつかの質疑に応じて

「では、今日は時数に入れませんが、始めてください。」

と始まりました。

教師が書いた板書を写しているのですから、自分でどのような板書がいいのかを考えて書けば、目標が達成できるはずです。

学習が始まって、しばらくして、子供がやってきて

「5年生から、まともな国語の授業を受けていないなあ。ノートは目標しか書かないし。」

と言ってきました。近くにいた子供たちも参加して

「まともな国語の授業を受けていない」

という指摘に同意していました。

私は

「まともな国語、ってどういう授業ですか」

と質問してみました。

「普通に話を聞いて、ノートに書く授業」

とのことでした。

私は

「それを理解しているのか」

と質問したかったのですが、やめておきました。

質問をすれば、またそれで話が盛り上がり、学習が進まなくなりそうでした。

それにしても

「まともな国語の授業」

という指摘は、なかなかに楽しいものです。

そのうちに

「まともな算数」

「まともな家庭科」

「まともな音楽」

などと言われるようになるのでしょうか。

最後に

「それで、どっちの授業が好きで、どっちの授業が勉強になるのか」

と聞いてみたいものです。

2017-05-17新しいひらめき このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

国語です。

来週から説明文に入るので、

「教師用指導書を印刷して、もう一度やってみようかな」

と考えながら、教科書をぱらぱらとめくっていたら、新しい授業のアイディアが降ってきました。

5年に一度くらいの感じです。

これも、やってみなければわかりません。

「子供たちを実験材料にするな」

と言った校長先生がいるらしいですが、新しい授業を開発するときは、そんなものでしょう。

失敗したとしても、そこから何かを学ぶこともできますし。

まだ少し迷っていますが、面白いかもしれません。

まだ考えています。

o4dao4da2017/05/17 22:15まさか指導案づくりか研究授業づくりか、単元計画、単元開発等かと・・・。

makine45makine452017/05/18 05:41これも是非やってみたいです。そこまで行っていません。考えてみれば、簡単なことです。期待させてしまったようで、すいません。

2017-05-13子どもに学ぶ 埼玉セミナー2017 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今年は

「もっと長い目で考えよう」


がテーマです。

詳細は、

こくチーズ 

http://kokucheese.com/s/event/index/461893/

にあります。


「学力を上げよ」

「教師は、30までに○○をしなさい」

など、短期的なものの見方で覆われているように感じています。

西川先生は

「子供たちの将来の幸せを考えよう」

とおっしゃっていますが、そのような言説を現場で指導者から聞いたことがありません。

「この授業の目標は達成されたのか」

を問われることはあっても、

「この授業で達成されたことは、子供たちの幸せになっているのか」

を問われることはありません。

授業で目標を達成することは大切です。否定するつもりはありません。

しかし、その目標を評価されることはまずありません。

せいぜい、学習指導要領に則っているか、年間計画に位置づけられているかが問われる程度です。

その目標が達成されることにどんな意味があるのか、という問いはありません。

もともと、教育には、いつ成果が出るのかわからないという側面があるはずなのです。

そんな話ができたらいいなあと思っています。

講師は、西川先生と横山験也氏です。

西川先生には、子供たちの幸せを願う教育のあり方について、長い視野を持って語っていただく予定です。

横山氏は、法則化運動の旗頭として活躍されて、その後、教育ソフトの開発に携わり、現在は出版社社長というかなり“個性的な”経歴の持ち主です。

そんな横山氏には、ご自分の人生から教育という世界、教師という仕事について語っていただく予定です。

たくさんのご参加をお待ちしております。

よろしくお願いいたします。

kuro106rakuro106ra2017/05/17 20:56横山先生がブログにセミナーの記事を書いてくださいました。
http://www.kennya.jp/seminar/saitama_semina/

makine45makine452017/05/17 21:48うれしいですね。宣伝もずうずうしくお願いしました。ありがたいことです。

2017-05-06「貧困クライシス」を読む このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

藤田孝典著

貧困クライシス

毎日新聞出版 2017.3 900円+税


を読み終わりました。

なかなかに恐ろしい内容です。

私も、今後「貧困層」となる可能性があります。

貧困は、「自己責任」という思い込みで悪化していきます。

第5章 貧困ニッポンを生きる

では、貧困に陥った場合、最悪の事態を避けるための知恵が詰まっています。

ここでも、やはりどのようにつながりを作っていくのかがとても大切であると感じました。


「困っているので助けてください」と言い、堂々と支援を受けられるのは、その人の生きる力そのものである。つまり、人に依存でき、助けを求められるのは、弱さではなく、強さなのだ。ここに、孤独死や自殺を防ぐ鍵がある。(P.211-212)


小学校の普段の授業から、困ったら人に助けを求められる、困った人がいたらまず自分が助けようとする、自分が無理なら誰かを紹介するという『学び合い』を進めていくことが、大切であるとますます感じています。

子供たちを将来不幸にしない仕組みを、多重に作っていくことが大切であると思っています。