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2017-07-21通信票について このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

1学期が終わりました。

当然のことながら、通信票なる成績をつけて渡しました。

この通信票には

「よいところを見つけて伸ばす。よくないところは、努力する」

と言うようなことが書いてあります。

自分の学習を振り返って、次の学習に活かすのが「評価」ですから、当たり前の記述です。

この文章を子供たちと保護者に向けて書いていますが、評価をつける教師はどのように読んでいるのでしょうか。

私は、この点がすごく気になります。

評価規準を作って、その評価規準に則って評価をつければ、文句のつけようがないと言うことになるのでしょうか。

評価規準に則っているのだから、すべての教師が同じ評価をつけると言うことになるのでしょうか。

私は、どうも違うように思っています。

評価規準はあった方がいいし、ないと困ります。

その評価に則ったとして、その評価がその子の今後の学習の改善に役立つのかどうかが問われるべきだと思うのです。

その評価を見て、子供が少しでもやる気が出れば、それでいいと思うのです。

見事に評価規準の通りに評価したとしても、その評価をもらった子供の学習意欲がなくなってしまったのでは全く意味がないと思うのです。

だから、

「あの先生が、こういうふうに評価してくれたおかげで、私はやる気になった」

という話がある種の「美談」という伝えられるのだと思います。

指導要録や入試の採点は、評定として、1点の差が結果につながります。

評定ですから、それでいいのです。

評価は、やはり最終的に学習者がどのように受け取り、それを次の学習にどのように活かすのかが問われるべきです。

今回、通信票を渡す前の点検を教師同士でやっているのを見て

「事前に本人に渡して、これでいいか、を点検してもらえは一番だよ」

と職員室で笑っていましたが、結構本気でした。

この話を聞いていた若者は

「新しいですね」

と言っていました。

事前に渡して

「この評価には、納得できません。なぜですか」

という子供からの問いがあったら、その評価についての話ができます。

お互いに納得しての評価なら、一番効果があると思うのです。

今から、2学期の評価に向けて、職員室等で準備を始めようかと考えています。

まだまだ、面白いことがあるものです。

2017-07-11「丁寧な説明」への評価 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

4月に、

「君たちの質問に丁寧に説明をすることを目標にします」

と子供たちに言いました。

今、話題の方々とは関係ありません。

子供たちに

「担任は、丁寧に説明をしてきたと考えますか」

と質問しました。

全員が、

「丁寧に説明をしてきた」

と答えてくれました。

よかった。

二人がある保留を出しています。

それも丁寧に対応しようと思います。


この方針を出しておくと、子供たちがいろいろと質問をしてきます。

「先生は、小学生に夏休みがあった方がいいと思いますか。」

と質問してきました。

あまり時間がないところでしたので

「その質問に答えるには時間がかかります。ちょっと待ってください。」

として、次の時間に考えを伝えました。

すると、また次の質問がやってきます。

これがなかなかに楽しい。

新しい質問に、次の質問がかぶってくるので、子供たちもいろいろと考えているのでしょうか。

新しい考えは、こんな会話の中から生まれます。

当然、馬鹿馬鹿しい話も質問もあります。

馬鹿馬鹿しい話から、たくさんの成果を生んでいる研究室もあります。

コミュニケーションの場を作ること、これが大切であるとつくづく感じます。

こんな素敵なことがわかるまで、かなり時間がかかりました。

2017-07-09「結局」

先日の支援担当訪問で、課題設定で

「結局、これをやればいいのです」

と言ってしまいました。

指導者は、この発言を

「子供たちには、課題がわかりやすくなってよかった」

と「評価」していました。

私が感じただけかもしれません。

私は、この発言をとても後悔しています。

子供たちが

「結局、これをやればいいんでしょ」

と判断するのはいいと思っているのです。

全員が、このような判断をするわけではありません。

クラスの上位の子供たちが、このように考えて、『学び合い』で

「この課題だから、これをやればいいんだよ」

と話し合うことで、課題がはっきりわかってくるというのはあると思うのです。

むしろ、私は、こういう発言を高く評価している。

家庭科の授業で

「こんな調理実習なんて、意味がないんですよ」

と言ってくる子供がいると、嬉しくなるのです。

「なぜ」

「今はさ、クックパッドなどあるわけでしょ。あれを見て作ればいいわけだから、別に実習なんてやらなくてもできる訳ですよ」

という楽しい会話が待っている。

だから、私が、授業をすると、子供たちが

「結局、何をすればいいのか」

と考えています。これって、課題がわかる、ということだから、どこに行けばいいのか子供たちにとって、はっきりしてくるわけです。

問題は、私が授業をしていないときに起こります。

子供たちは

「結局、何をすればいいのか」

と授業者に聞いていきます。

特に上位の子供たちが聞いていきます。

多くの教師は、この質問に答えません。

「生意気」

と移ることもあるようです。

子供たちは

「生意気」

という対応した教師を見限ります。

「教師として、認めてないから」

と小学生に真顔で言われたこともあります。

恐ろしいと思います。

子供たちが、新しい機器を自由に使い始めたときに、教師はどうしたらいいのか、本当にきちんと考えないといけない問題だと感じています。

私は、多分、逃げ切りです。


「国語科授業批判」の復刻を

22:39 | 「国語科授業批判」の復刻を - makine45の日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「国語科授業批判」の復刻を - makine45の日記 「国語科授業批判」の復刻を - makine45の日記 のブックマークコメント


宇佐美寛先生の「国語科授業批判」の復刻まであと30票ほどです。

明治図書のHPから投票できます。

投票したら、一冊は購入ですけど。

私は、多分3冊ほど持っていたのですが、どなたかに差し上げてしまいました。

現在、アマゾンで古書購入すると、最低でも9000円ほどします。

多くの若い先生方に読んでいただきたい。

ご協力をお願いいたします。

2017-07-08大学進学の意味 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「学歴の経済学」でも、十分に指摘されていることですが、こんなに記事がありました。

http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20170708/President_22490.html

「大学の学費が高騰を続ける2つの理由」

です。

一応「試算」の形をとっているようですが、大学の学費が年間約93万円になると、果たして大学に行く意味があるのかどうか、という記事です。

確かに、年間93万円を自由に負担できる家庭は、問題ありません。

奨学金という借金を背負ってまで、大学に行く方がいいのかと考察しています。

私のように、すでに子育てが終わっているおじさんと、これから大学進学を考えているご家庭とでは、読み方が違ってくると思います。

これで、「格差」が減る方向に進むのか、それとも、「格差の拡大」に進むのか、注意深く見ていたいと思っています。

2017-07-05面白い展開 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

勤務校では、年間の予算に合わせて、図書の購入をしています。

学級分の予算が割り振られます。

学級分の割り振りはありますが、購入した図書は、図書館に納入されます。

学校購入用の図書見本が職員室の廊下に置かれて、その図書を見て学年に合わせた図書を職員が選びます。

今までの勤務校は、この方法をとっていたと思います。


私のクラスには、私から見て読書家が3人います。

この3人は、クラスの子供たちからも

「本をよく読んでいる」

と認められています。

私は、このクラスに割り振られた図書費をこの3人の読書家に提示して、

「この予算で欲しい本を選んできて」

とお願いしました。

「図書館にある本と重ならないように気をつけて」

とお願いしました。

この3人が中心になって、クラスの有志の子供たちが職員室の前の図書見本を見て、本を選んでいました。

それを見た管理職が

「6年生は子供たちが本を選んでいるのか」

と聞いてきました。

「だめでしょうか」

と聞くと

「別にいいんじゃない」

との反応でした。

放課後、その話を隣の席の3年生の担任と話していたら

「うちのクラスの本も選んでくれないか」

と注文を受けました。本の傾向も聞きました。

同時に、2年生4年生からも注文を受けて、子供たちにお願いすると

「いいよ」

という返事でした。



そして、今日、職員室でまだ本を選んでいないクラスに対して、管理職から

「まだ選んでいないクラスの本は、図書委員会に選ばせたらどうか」

という提案がありました。

結局、1年生を除くすべてのクラスの本を子供たちが選ぶという楽しい展開になりました。

面白いですね。

どうして、今まで気がつかなかったのか、どうして、今年はこんなことを思いついて始めようとしたのか、不思議です。

子供たちから考えても、自分たちの図書室に入れる本を本当に自分たちで選べるわけですから、楽しいに決まっています。

私は、子供から購入のリストをもらって、担当の先生に手渡しました。

私の仕事は一つ減り、子供たちは楽しく活動できたわけですから、言うことなしです。

私は、子供たちに

「ありがとう」

と丁寧にお礼を言いました。