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2018-09-25『学び合い』は考え方だ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「『学び合い』は考え方だ」

という考えが自分の心に落ちる、自分の胸に響く瞬間があります。

「学びの共同体」の言うとおりに、机をコの字にしたり、班編制を4人組にしても、考えが落ちていないと、全くつまらない授業になってしまいます。

問題は、形式ではありません。

教師がどんな考えを持っていて、何をやろうとしているのか、ここが一番肝心なところです。

私は、大学院を修了する頃、ある方と話をしていて

「ああ、これが、考え方ということなのか」

と落ちた瞬間がありました。

子供たちが学び姿を見ていて

「これが」

と感じる瞬間もありました。

結局、教師が何を見ているのかを子供たちは見ています。

正確には、教師が何を見ているのかを、見ている子供がクラスには数名います。

この子供たちが、どのように動くのかを見ている子供が、また数名います。

この数名が、ある数に達すると、クラスの雰囲気が激変します。

教師が言わなくても動ける集団へと変貌します。

教師が何を言うのかを、先回りするようになります。

形式に捕らわれている教師には、全く見えない世界です。

子供たちが動き始めるには、子供を信じるしかありません。

何をするにしても、子供たちを信じて待つしかできないのです。

この時間、胃の痛むような我慢をします。

「何だ、任せると言って、結局先生がやっている」

と思われては、子供は何もしません。

長い時間がかかります。

私は、今のクラスで、まだ藻掻いています。

2018-09-15いろいろとありまして このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

私は、運動会の練習では、絶対に子供たちを怒鳴りません。

「何、やってんだ」

「気を抜くな」

「やる気を見せろ」

などと子供たちを怒鳴るような指導をあるときから、完全に捨てました。

運動会に限らず、日常でも子供たちを怒鳴るような態度を控えています。

若い頃、向山洋一氏が

「その言葉遣いを、自分が一番尊敬している人にもできるのか、いつも問うている」

と書いたのを読んだことがありました。

「そんなことできるのか」

とそのときは思いましたが、今は、向山氏の言うことが大分わかるようになってきたと感じています。

西川研で、自分の授業の録音を聞いたときに

「なんて、嫌な教師だろう」

と愕然としたことを覚えています。

自分で聞いていたら、耐えられない言葉遣いに敏感になっています。

今は

「早く運動会が終わらないかな」

と思うようになってしまいました。

教師の怒声が飛び交う場所にいるのは本当につらい。

子供たちの中にも、とてもつらい思いをしている子がいると思うと、ますます早く終わることを祈らずにはいられません。

2018-08-18「幸せのメカニズム」を読む このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

出張に行って、発表を聞いていて、引用されていた本を読んでみました。


前野隆司著

「幸せのメカニズム」

講談社現代新書 2013年2月20日 800円+税


前野氏によると、幸せの4つの因子は

「やってみよう」因子

「ありがとう」因子

「なんとかなる」因子

「あなたらしく」因子

であるという。

この4つは統計処理をして導き出した因子であるところが、この本の特徴であると書いてあります。

この本を読みながら

「この4つの因子に、『学び合い』は役立っているのか」

を考えていました。

少なくとも、一斉指導よりはいいのではないかと感じています。

この前野氏を招いて

「『学び合い』は、子供たちの将来の幸せに寄与しているのか」

というテーマで、研究会をやったら、面白いかもなんてことを考え始めています。

まだ自分の中で始まったばかりの発想なので、しばらくしまっておこうと思っています。

2018-08-03生徒指導主任研修会 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今日は、生徒指導主任研修会に参加してきました。

すべての小中高特別支援学校の生徒指導主任が、全県の4カ所で実施される研修会に参加するという大きな研修会です。

もし、私が欠席をしたら、代理が参加しなければならないという研修会でした。

後半の意見交換の場の始まりで

「小中高特別支援学校の生徒指導主任の先生が一堂に会して意見を交換するという画期的な研修会です」

と主催者の代表が発言していました。

学び合い』の会では、当たり前ですけど、現実はそんなものです。

意見交換は、事例研修でした。

高校で、問題行動を起こし、退学してしまった生徒の事例を元に、それぞれの立場で、何が問題なのか、できることは何かなどの意見交換をしました。

特に、小中高の連携についての意見交換がテーマでした。

「高校からでは遅い。小学校段階で、この子に親代わりになる教師なりが必要だ」

「教師と子供との関係を作っておくことが大切」

など、教師と子供の関係についての発言が続きました。

私は

「子供たちの中で、その子を支える関係を作っておくことが大切。教師とのつながりなど、卒業してしまえば何の意味もない」

と発言しました。

ほとんど相手にされませんでした。

資料からの事例研究なので、情報が限られています。

もっ知りたい情報もありましたし、限られた情報の中で考えなければならないという不自由さもありました。

それにしても、教師は

「教師がその子にできることは何か」

という発想から逃れられないと感じました。

卒業してしまえば、もっと言えば、担任でなくなった瞬間から、子供との関係は、担任していたときとは変わってしまいます。

次の担任にお願いするしかありません。

自分も新しい学級の担任になるのですから、当然の判断です。

それなのに、

「教師との関係が大切」

という流れになっていました。

私は、もう一度

「やはり、その子供を支える関係を作っていくことが大切である」

と繰り返しました。

でも、

「その関係を授業時間に作っていくことが大切」

とまでは言えませんでした。

あの場では、話が通じないとも感じていました。


学び合い』は大変にシンプルな原理です。

「みんなができることが大切」

「一人も見捨てない」

このシンプルな『学び合い』が実に強い力を持つことを感じています。

教科も領域も関係なしに通じる原理原則に感じます。

学び合い』が身体にしみこんでいる私は、

「そんなの『学び合い』でまずやってみれば」

と思ってしまうのです。

生徒指導も、人権教育も教科指導も、『学び合い』の原理原則で考える事ができます。

この夏の出張に行くたびに感じることです。

来週は、また、人権の出張があります。

2018-07-26記録します このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

昨日の「教育課程」の中で、指導者が

「主体的、対話的で深い学びは、手段です。目的ではありません。」

「まず、主体的があり、次に対話的。最後に深い学び、の順番です。」

と言っていました。複数の指導者が読み上げの形で発言していたので、これが県の教育委員会の公式見解であると考えています。

この発言をここに記録します。

私と同じ県の同志も同じ発言を聞いていると思います。




今から20年以上も昔の話です。

「ゆとり教育」に舵を切る指導要領改変の時、同じような発言がありました。

「もうこれからは、跳び箱を跳ばせる必要はないのです。跳べないのも、個性ですから」

と発言した指導者がいました。

これも公的な発言でしたが、私はこの発言を記憶しただけで、記録していませんでした。

多くの教師は、この発言の後も、跳び箱を跳ばせる努力を、それまでと変わらずしていたと思っています。

私は、全員が跳べる指導を続けていました。

この時のことを記録しておかなかった反省です。



「アクティブ・ラーニング」以来、授業改革のかけ声はどんどん大きくなっています。

でも、一向に進みません。

「アクティブ・ラーニング」も「主体的・対話的で深い学び」も、授業改革の視点であると私は思っています。

従来の一斉授業の成果を否定するものではありませんが、一斉指導をどのように改革したところで、「主体的・対話的で深い学び」を実現することはできないと私は思っています。

どこかで、教師の発想や考えが、飛躍しないと届かない。

この発想が、一番難しいと思います。

今から10年ほど前、そのときの校長先生が

「一斉授業には先がない。早く学び合いを進めないと」

と言っていたのには、驚いたことがあります。

私は、『学び合い』の面白い授業をどんどん進めます。

TsuwzzyTsuwzzy2018/07/28 06:50初めまして、大阪府で『学び合い』を進めている つ~じ~ といいます。よろしくお願いいたします。
とても共感できる日記だなと思って読ませていただきました。最も変わらなければならないのは、教師の考え方である、という部分です。
本当にそう思います。
勇気をいただくことができましたし、『学び合い』を継続することを決意できました。ありがとうございました。

makine45makine452018/07/29 05:58コメントありがとうございます。
【『学び合い』は考え方である】という始まりの先見性に、すべてが詰まっているように感じています。粛々と『学び合い』の授業を進めたいと思っています。