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2017-03-23厳しい決意 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

3月21日の西川先生のブログに引用されているメールを拝読しました。

とても厳しい決意だと思います。

ご自分の過去を振り返って、子供たち同士がつながっていくことを大切にする。

教師とつながる子供を求めない。

多くの教師が、驚くような決意です。

拝読して、はっとしました。

「『学び合い』をやっていると、そうなるよな」

とわが身を振り返りました。

子供たちの中には、子供とつながることが苦手な子、できない子がいます。

困ると、すぐに教師のところにやってきます。

「先生。はさみを忘れました。貸してください」

「先生。のりを忘れました。貸してください」

「隣の子に借りれば」

「貸してくれません」

「頼んでみたの?」

「言っていません」

「とりあえず、頼んでみたら」

「無理です」

「無理なのは、君の方でしょう。頼んでみてください」

というような会話を繰り返します。

困ったときに、教師に助けを求めればいいと思っているのです。

まず、隣の席の子に声をかけてみるという簡単な始まりができません。

問題によっては、教師が介入する場合があります。

でも、はさみやのりの貸し借りまで教師に頼まなくても済むはずなのです。

教師がいなくなった途端に、そういう子は孤立します。

誰ともつながっていないからです。

教師の前で、まずは隣の席の子に

「はさみを貸してください」

と言わせなければなりません。

いや、子供たちから

「そんなの隣の○○ちゃんに言いなよ」

と声が出るようでなければなりません。

教師の善意が、子供たちの孤立を作っているとも言えます。


とても、厳しい決意です。

昨日も途中まで書いて、破棄しました。

今日もまとまらない内容ながら、自分のためにアップしておこうと思います。

2017-03-21ピアニストの時間 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

クラスには、たくさんのピアニストがいます。

発表会があり、それぞれに活躍しています。

そんなピアノを聴き合う会をやりました。

ピアノが弾けない子、弾きたくない子は、聴いています。

2回目ですが、子供たちがとても上手になっていることを感じました。

そして、男子が一人出てきて、片手で卒業式の歌のメロディーを弾いて、拍手を受けました。女子は、猫ふんじゃったを弾いて、これまた拍手を受けました。

いいですね。

こういうことを続けていると、それぞれが活躍する場所があります。

メダカの好きな子。

体操を習っていて、体育館でバク転をする子、やたらと字が上手な子、絵がうまい子、本をたくさん読んでいる子、などなど多様な価値観が学級にあります。

勉強の成績とは違う価値観を持ち込んでいく。

それができない子は、できる子を称える。

違う場面があれば、称えることができる。

ピアニストは、もっと上手なピアニストを目標にする。

子供たち同士が刺激し合うのが一番です。


そんな子供たちとも、あと3日でお別れです。

ちょっと寂しい気がしています。

2017-03-14わかってしまった このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

7日の記事の続きです。

子供たちから、「子供たち作成による指導書」が提出されてきました。

「これ、丸パクリだから」

と言いながら、私は

「これを研究資料にしたら、さぞかし面白いだろうなあ」

と思いながら、読み始めました。

最後に、この学習の感想を書かせました。

感想を読んでいて、驚きました。

「金子みすずのことがよく分かった」

「筆者の思いが伝わってきた」

という感想ばかりでした。

「教師用指導書を超える指導書を作る」

という目標を立てましたが、子供たちは、この目標のために、じっくりと内容を読み込んでいたことが分かりました。

教師用指導書を子供たちに公開すれば、それだけで学習の目標は達成できるという当たり前の結論を得たのでした。

どのように指導するか、なんて考えるのではなくて、その教師が持っている情報をすべて公開してしまえば、子供たちは学ぶということです。

しかも、かなり効率的に。

かなり乱暴な書き方になっていることは承知の上で書いています。

いずれ、この子供たちが書き込んだ教科書と、その授業の様子などを公開できると思います。

今回の授業から、また新しい展開を考え始めています。

2017-03-12文科省の講演 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

勤務地の教委が教育講演会を企画しました。

講演者は、文科省の視学官の方でした。

次の学習指導要領についての話でしたが、全国で進んでいるアクティブ・ラーニングの実践についての紹介もかなりありました。

アクティブ・ラーニングを進めながら

「決して、一斉指導を否定するものではない」

と繰り返していました。

後で考えると

「一斉指導の改善の先に、アクティブ・ラーニングがありますか」

という問いをすべきだったと反省しています。

あの講演の後では、

「一斉指導をしていていいんだ」

と多くの教師は受け取ったと感じています。

「一斉指導の中で、部分的にでも、話し合いやグループ活動が入っていればいいんだ」

という解釈が成り立つ内容だったと思います。

質疑での質問も、そういう内容でした。

以前にも、書いていますが、やっぱり一斉指導いう枠組みの中での改善では、足りないと感じています。

どこかで、ジャンプしないといけない。

そのジャンプを止めようとしている現場の空気がある。

「1年生では無理でしょう」

「時間がないのです」

「子供の実態を考えると、まずは一斉指導で教えるべきことを教えることが大切です」

という意見は、まさに一斉指導が何よりも優先しているし、大切であるという枠組みに収まっていると感じます。

「振り返りをしたくても、時間がない」

という質問に対して

「一斉指導は案外無駄が多い」

という返答をした講演者に心の中で拍手しました。

私も時々一斉指導らしき授業をしますが、本当に無駄が多い。

目の前で、あくびをかみ殺している子供がいます。

その子が『学び合い』になったら、絶対に寝ない。

私がわかっていない子供たちを考えると、一斉指導は本当に恐ろしい。

学び合い』なら、子供たちの状態もとてもよくわかります。

「文科省の講演」

ということで、管理職の方々は力が入っていました。

私は、

「まあ、そういうことです」

と聞いていました。

それにしても、いよいよ小学校にもこの流れはやってきます。

大学院修了からちょうど10年。

だいぶ時間がかかりました。

2017-03-07子供たちに通じる このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

時間的な制約があり、先に進むかさんざん悩みました。

「この子たちとできなかったら、もうできないかもしれない」

と判断して、やっぱり進むことにしました。

「もっと優れた指導書を作る」

教師用の指導書を子供たちに開示して、本当にこれが学べるのか、もっと注意すべき点はないのかなど考えさせて、最終的に

「もっといい教師用の指導書を作る」

ということにしました。

初めてのことなので、いろいろと説明していたら

「先生用のもっといい教科書を作れ、ってことでしょ」

と言われました。

「はい、その通りです」

としか言えませんでした。

この説明がこの時点でわかっている子供は、おそらく数名です。

「先生、何時間ですか」

「これから相談します」

「先生の教科書に、5時間って書いてあるんですけど」

「ああ、そう。では5時間で」

「時間がわからないと、学習の計画が立ちません」

「では、5時間です」

「早く決めてください」

とも言われました。

「先生が授業するんじゃないの」

「しません」

「自分たちでやるわけね」

「はい」

「わかりました」

という会話も。

とりあえず、教師用の指導書の通りに線を引いたり、色分けしたりしていました。

まだ、何をやってるのか、わかっていない子供のほうが多いと思います。

そんな1時間目はあっという間に終わりました。

「教師用指導書を超える教師用指導書を子供たちが作る」

なんて、面白い展開です。

学び合い』以外では、まず不可能な授業です。

超える教科書は出てくるのか、ワクワクして子供たちの『学び合い』を記録したいと思っています。