五蘊皆空 このページをアンテナに追加 RSSフィード

群馬県の小学校教員のkuro106raです。mailはgan.son.desu☆gmail.com(☆を@に)にお願いします。

2018-08-20

既存の『正しい』は本当に正しいのか

21:15 | 既存の『正しい』は本当に正しいのか - 五蘊皆空 を含むブックマーク

始めに書いておきますが、私は美術についてほとんど知らない人間です。それを承知の上でお読みくださいね。

ピカソを知らない人はほとんどいないと思います。

でも、多くの人が持つピカソのイメージって「変な絵を描く人」くらいでしかないと思うのです。当然僕もそうでした。

今年度の免許更新講習で、造形表現の講座を受けました。そこで、講師の方がピカソの絵についての解説をしてくれました。

ピカソはもともと、デッサンの能力がとても高く、18歳で画家として生活すべくパリに移り、絵を描き続けました。その時代は「青の時代」と呼ばれ、青を基調にして深い人間像を感性豊かにあぶり出しました。その後には、恋人ともに穏やかな生活を送る「ばら色の時代」が訪れ、徐々にピカソの絵が認められていきました。

でも、それと同時に、次に取り組むテーマを迷っていたピカソは、色の変化だけでは飽き足らず、アートそのものの既成概念を打ち壊す一撃を思いつきます。それが「アヴィニヨンの娘たち」です。

それまで、絵画は一つの決まった位置からものを見て描くというのが常識で、それが精密なほど「上手な絵」それができていない絵は「下手な絵」ということになっていました。でも、ピカソはモチーフをいろんな視点から見たものを分解して、それをまた一つにつなぎ合わせることで、既成概念にNOを突きつけました。認めていた人たちが腰を抜かし、離れていくリスクを負っても、彼は既存の「正しい」に疑問を投げかけ続けました。

「なぜ見たものをそのまま描かなければいけないのか?そんなことをするくらいならば完全な円を描こうとする方がましだ」

一事が万事です。私たちは、作られた『正しさ』のうえに生活をしています。それらはたしかに、先人たちが色々な失敗や苦労の上に作り上げてきたものです。ただし、それが今の時代に、そして一人一人に完全に当てはまるなどありえません。

例えば私たちが自分や友人の子どもとかかわるとき、教師として子どもたちを導くとき、よく吟味をしていない『正しさ』で子どもを裁いてしまっていないでしょうか。それが、子どもの心を捻じ曲げ、折ってしまっている可能性があることに、気を配っているでしょうか。

教師として、一人の子の親として、僕は多様な『正しさ』を認めようとする姿勢こそを、見せていこうと思っています。