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kitami104の『学び合い』

2010-07-11

佐藤学さんの講演

01:35

昨日、横浜国立大学で行われた佐藤学さんの講演を聴きにいきました。

テーマは、「教師教育をデザインする~高度化と専門職化の展望~」

佐藤さんの「学びの共同体」の話を聴きたいと思っていた僕は、

ちょっと趣旨が違うと思いながら、

それでも「教師の元気を応援する」志には一致すると思っての参加でした。

結論から言うと、教員養成大学には何のビジョンも、何の方策もないんだなという

悲しい感想を持ちました。

佐藤さん自身も、歴史的な間違いをたくさん指摘し、ビジョンが大切と言っているけど

具体的なビジョンや案は全く提案されない。難しい言葉がいっぱい出てきて、僕には分からない。

質問用紙が回ってきたので、次のように書きました。

1)校舎周りが草ボウボウ。教員を目指すなら、まず自分たちの教育環境を整えるために

  みんなで草刈りをしよう!

2)教室の椅子が座りにくい。まっすぐな姿勢をとれない。どうしても前に倒れ、

  机に肘をつくか、ほおづえをつく姿勢になる。『学び合い』もしにくい。

3)プレゼンが始まったら、会場が暗くなった。講師の顔も、参加者の顔も良く分からなくって

  いい講義なんて出来るのか?そんなにプレゼンが大事なのか。字ばっかりだし。

4)教員教育をしようという大学の先生達は、どれくらい現場を見ているんですか?

  週何回?現場を知らなくって、いい先生を育てられるとは思えない。

  (現場って、付属だけじゃないだろう。)

ここまでは、前振り

ココから書いたことは、会場で質問をしました。

ちなみに会場から質問をしたのは、僕だけでした。

中学校現場で29年教師をしています。

新卒の先生は、教員養成大学を出ようが、一般大学で夜教職課程をとって勉強して来ようが

差を感じません。まして、大学で何を勉強してきたかわかりません。

みんなゼロからのスタート。4月5日からすぐ担任としてスタート。

そこから勉強の連続で鍛えられていくのが現状。

今日、ここに参加したのは、佐藤学さんが

「学びの共同体」の考え方で、授業を柱にして

全国の荒れている学校を立て直していらっしゃる。

その実践の成果を東京大学のカリキュラムの中にどう組み込んでいるのですか?

なるほどという答えはもらえなかった。

会場を出た後、名刺交換をしながら、さらに聞いたところによると、

・「学びの共同体」の話をすると、東大生達は「先生の価値観を押し付けないでほしい。」

 というので難しいのだそうだ。(何かちがう)

・現場のビデオを見ても、現職の先生達がつかめることに比べて、学生達は見る視点を

 与えてやらないと気づかない。(それはそうだと思う。その視点を育てるべきだ。)

・大学というところは、基礎研究がえらく、専門研究が次で、臨床は軽く見られる。

 その構造を変えなくてはいけない。(象牙の塔と言うヤツですかね?)

比較するのはどうかと思うけれど、

上越教育大学の西川純先生の教育を変えていこうというエネルギーに比べて

えらくちっこい感じがした。取り巻きもいなかった感じ。

国大の先生達もがんばれ!

ghjalghjal2010/07/12 01:48そうかあ。なんだか伝わる空気からして。特に学生の受け取り方が全然違うんだね。やはり、若い人がのめり込めるかどうかの違いは大きい。というか、何が必要でそうでないのか。嗅覚で嗅ぎ分けているのかも。いろいろな意味で、参加した意義があったんだ。迷いがどんどん減っていく。

ima-kiyima-kiy2010/07/12 11:08昨年度、東大教育学部附属中等教育学校の公開研に参加したことがあります。そこの先生でさえ、「学びの共同体」は理念でなく形式としてしか捉えられていませんでした。言葉の端々から強くそう感じました。

bunbun-hbunbun-h2010/07/12 12:35『学び合い』の授業参観をした次の日に似たような思いをした学生を知っています。
両者を比較することができたので、その2日目が失望だけで終わらなかったから良かったとも言ってましたけど。

tontan2tontan22010/07/12 22:25学びの共同体の学校に在籍したものとして。
確かに難解な言葉(テーラーメイド等)が多く、いったいどうすれば学びの共同体が成立できるの? という疑問が多くよせられました。それには「子どもに寄り添う授業」「事実をもとに授業する」「開かれた教室にする」という曖昧な表現しかありませんでした。
そして多くの場合「私には無理!」とだんだん離れていってしまいます。
学びの共同体を実践している学校にはまさしくスーパーティーチャーが何名かいます。しかし多くの場合、なぜ子どもたちがそんなに主体的になるのかをその教師は説明できません。そうした教師は無意識の「学び合い」が基盤にあるのです。ただそれを説明できないが為に多くの教師は、そのスーパーティーチャーの振る舞いや単元の流れををまねし、失敗していきます。
学びの共同体も、「学び合い」も子どもを主体とすることには変わりありません。しかし、「学び合い」には「こうすればできます!」というとても明確な答えがあります。
そこには新任教師もベテラン教師も修行も関係ない、本当の共同の社会と授業がありますよね。
ちなみに佐藤学さんはすごい人であることは間違いないです。

jun24kawajun24kawa2010/07/12 22:36ブログに書きましたが、日本の教員養成もなかなか捨てたモンじゃありませんよ。あははは。佐藤先生の太郎次郎社の本は詩的で大好きです。ああいう人が学者と呼ばれる人だと感じます。野人の私と大違いだ。あははは

ayak8856ayak88562010/07/12 23:02実は今日初めてブログを見ました笑
ストレートな表現で、私が言うのも変ですが、ある意味、
この歳で毎日新たなチャレンジをしているっていうのは楽しそうでいいなぁと思います。
やりがいあるね!!

佐藤学先生の講演聴きたかったです。

現場の先生にもいろんな方がいるように、
大学の教授にもいろんな方がいます。

学生が憧れるようなすてきな教授は、
フットワークが軽く、現場によく足を運び、
学生に寄り添って指導してくださっています。
そして知識も豊富で、考えも深く、常に学生に問いを与えてくださいます。
どこにいても、どんな状態でも、どんなメンバーでも、どんな年齢でも、
『学び合い』のエキスは有効ですねぇ。。。

ん~、今度Y1中の授業参観に出かけたいですね。

大学の周りの草ぼうぼう、確かに何とかせねばっっ

maru3110maru31102010/07/13 01:18自分が出た福井大学の大学院(今は教職大学院)は、学生・現場教師・大学教員が共同して学校を創る、その中で教師の専門性を培う体制をかなり意識してつくっていたと思います。
佐藤学先生もそのシステムに共感されて、佐藤学ゼミの学生さんが論文の取材に来てた。でも、東大ではそれをつくれない(研究職は養成できても教員を養成できない)という話も、ちょっと聞いた気がする。
彼の開く授業実践交流会に参加したとき、こんなに多くの学校に影響を与えている人なんだ、と彼を慕い学ぶ現場の先生の多さに驚きました。
彼が現場とつながり共に学びをつくる人であることは確かだと思います。

ちなみにうちの大学の教育地域科学部は、
子どもと実際に活動をつくっていくことを授業の単位として行うことを売りにしてて
その事業でついた予算(Good Practice)でいくつかの講義室の固定式机と椅子を全部撤去して、可動式の(普通の)机といすを買ってくれて、
わたしたち学生は子どもたちとの活動やミーティングがすごくしやすくなって
とっても嬉しかったのを覚えています。

JustusJustus2011/11/01 17:52Just do me a favor and keep wrintig such trenchant analyses, OK?

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