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元西川研究室 現千葉県教員 吉野こと「たかちゃん」の日記です。

2014-02-08

放課後学習にむけて肝に銘じたい事 03:08 放課後学習にむけて肝に銘じたい事 - 水のように 空気のように を含むブックマーク はてなブックマーク - 放課後学習にむけて肝に銘じたい事 - 水のように 空気のように 放課後学習にむけて肝に銘じたい事 - 水のように 空気のように のブックマークコメント

支援先の小学校で

支援チームのみんなと協力しながら

放課後学習を運営してます。

もちろん『学び合い』の考え方で。


今後に向けて個人的に

肝に銘じたい事がひとつあります。

それは集団に対して語る際

「その集団の幸せ」をベースに

話ができてるかどうか。


というのも

実際にしでかした失敗として

集団、チームに何かを任せる際

夢や希望を見せるだけで

終わってしまったパターンがあるんです。


A「こういうことすると◯◯になるよ!

どう?『面白そう』でしょ?!」

B「わぁ面白そう!

(ちょっと付き合ってみてもいいかな・・)

はい!やってみます!」


こんな風に方向性を提示すると

最初は自主的に動いてくれるんですが

これだけだと長続きしないんですよね

理由を考えてみて感じたのは

あくまで『面白そう』であることを

ここでは伝えているだけで

自分達にどんな『利点』があるかを

ちゃんと話してなかったからでは?

と思っております。

語りが集団の「利益」や「幸せ」に

立脚してなかったのではってことです。

まぁ、当たり前の事かもしれませんが。


上の場合、単に『面白そう』と

夢を見せるだけにとどまらず

今後の自分に活きる経験である

という事まで伝えられれば

及第点位は到達できるのかなと。


A「今後の事も考えると、〜〜や

××のような事態も考えられる。

それに向けて、今のうちから

自分達で色々できる経験を積んどけば

君達も後々困らなくて『得』でしょ?」

B「ウンウン(と頷いてくれた前提で)」

A「だから今回◯◯みたいなことを

やってみようかと思ってるんだが・・・

よかったら、自分達の力でやってみない?

今後の事も考えたら、

決して悪い話じゃないと思うんだけど・・・」


一例が長くなりすぎてしまいましたが・・・

取り敢えず話題のベースには

集団に対する「利益」や「幸せ」を

置いてみたつもりではいます。

要は相手に対する「思いやり」が

含まれてるか否かなのかもしれません。

自分達にとってメリットがあると

少しでも感じてもらえれば

言われた事が押し付けではなく

ある程度必要な事であると捉え

自主的な活動も少々長持ちするのでは。



自分の場合活動が芳しくない時って

大抵メリットを伝えたつもりで

まだちゃんと伝わってない。

とにかく伝えたつもりで終わってる。

これに尽きる気がする。

そのためにもちゃんと

自分の振る舞い、言動に関して

きちんとチェックしとく必要がある。

なんにせよ「夢」を見せただけでは

いずれただの「押し付け」になるから

心が油断している時にこそ

もう一度自分を振り返れねば。

「一人も見捨てない」なんてことを

最近はよくくっちゃべっていますが

何故見捨てないのか?

それによるメリットはなにか?

それがどう自分達の幸せに繋がるのか?

たとえ自分なりの言葉でも

見直しを繰り返しながら

丁寧に話せるのが自分の理想です。




なんかの本で、経営者の使命とは

社員の幸せを保証することを通して

社会に貢献することである なんて

書いてあった気がしますが

立場と場所は違えど

子どもらの「幸せ」に立脚した

生き方のできる人間ではいたいのです。

肝に銘じたいと思います。