水のように 空気のように このページをアンテナに追加 RSSフィード

元西川研究室 現千葉県教員 吉野こと「たかちゃん」の日記です。

2014-01-17

失敗できる時に失敗はした方がいいと思う時がある。 19:50 失敗できる時に失敗はした方がいいと思う時がある。 - 水のように 空気のように を含むブックマーク はてなブックマーク - 失敗できる時に失敗はした方がいいと思う時がある。 - 水のように 空気のように 失敗できる時に失敗はした方がいいと思う時がある。 - 水のように 空気のように のブックマークコメント

暖かい目で適当に

聞き流して頂ければと思います。



学び合い』の話の時西川先生が

子ども達に挑戦させて、

仮に失敗したとしても

それを踏まえて子ども達に考えさせて

集団を育てるといい なんて話を思い出し

ちょっと長いやつを書いてしまいました。

面倒臭いと思うので、

長文嫌いな方は閲覧注意です。








人が変わるのって

結局その人が変わろうと思うから

変わっていけるんじゃないかと思うんです。



変わろうと思う為には

納得のいく「自覚」が必要だと思うんです。

(と、勝手に思っています)




その「自覚」を見出す鍵の一つに

ある日の失敗があり

ある時の後悔があると思うんです。

赤ちゃんが歩けるようになるのって

何回も転んで痛い目をみるから

転ばないよう気にし始めるからだし

大根だって極寒の厳しい環境を経たから

甘みが生まれて美味しく育つと

何かで知りました。(なんだっけ)



もちろん本格的に社会参戦して

毎日毎日失敗だらけでは

周りの人たちも困っちゃうし

ある時本当に取り返しのつかないことも

引き起こしてしまうのかもしれないけど



学生のうちは、むしろどんどん挑戦して

どんどん失敗したっていいと思うんですよ。

取り返しのつかない事って早々ないから。

誰かの命に関わるようであれば別ですけど。

(と、勝手に思っています)




関係ないかもしれないけど、

たとえば部活の飲み会。

某運動部に所属してたんですが

入部当初の頃、

もう急な無茶振りが大嫌いで

スベるのが嫌だったから

全部中途半端に済ませてたんです。

そして案の定スベる。

毎度毎度、失敗、失敗、大失敗

プライドなんかぐちゃぐちゃ。

もう最悪。

なんでこんなことになったんだろー

っていう後悔の嵐。




そんなことばかりたたり

しまいには部活のメンバーとの

信頼関係が大崩壊する という

ある種大きな「失敗」をしでかしてました。

その度にずーっとずっと

俺ってこの集団でどうあるべき?

なんて考えなくてもいいことを

ぐるぐるぐるぐる考えてたんです。




でもですね、

そんなことを続けてたら

しばらくしてあることに気づいたんです。

無茶振りって内容より

その人自身の心が

ありありと見えるんだということに。




部活の中で信望の厚い人って

全ての無茶振りに全力で応えてたんです。

どんなにつまんなくてもいいから逃げない。

どんなにスベってもいいから

自分の尽くせるベストを出す。

スベるスベらないじゃなく

その人の持っている「人間性」が

ありありと示されていたんです。




そこへ来て自分はどうか

先輩やみんなの期待に対して

嫌そうな顔で応え

中途半端な姿勢でお返しする。

最悪回避しようさえとする。

それじゃあ、自分がどう思われるかなんて

目に見えて明らかじゃないですか。

加えてそれは、

自分がどのように毎日を生きていたかに

気付いた瞬間でもありました。




でもその時から、とりあえず

無茶振りに対するスタンスを

少しづつ変えて行こうと決心しました。

つまんなくたっていいじゃん

心のどっかで

逃げない自分への憧れがあったんです。

スベりました

スベってスベって、

今尚全力でスベりまくってます。

でも、上手くは言えない何かが

ちょっとづつ変わったような気もします。





今でもありがたいことに

いろんな人から無茶振りを頂き

構ってもらえたりするんですけど

真っ先に考えることってやっぱり

「とりあえず一生懸命やりきろう」

あと、

「たとえ酷くスベったとしても

出来る限りでいいから堂々としてよう

この人たちが見てるのは内容じゃなくて

逃げない自分を見てるんだから」

ってことで、

うまくいかないときも山程ですが、

そう考えようと思えるようになってようやく

あぁ、あの時痛い目みといてよかった

なんて思えるようになってきました。






(しかし卒業後、大学院で

またしても信頼関係を崩壊させるという

失敗にぶち当たってしまったことは内緒)








話が逸れてしまいました。

要は失敗してもいいし

後悔があってもいい

見方を変えれば

そこからたくさん勉強できる。

取り返しのつかなくなる前に

まだ取り返しのつくうちに

たくさん挑戦して

たくさん失敗して

色んなことを勉強しよう。



長くなって申し訳ありません。

失敗がある程度許されているのは

やはり学生の特権だと思うんです。

強要するのはおかしいけれど

成長を促す一つの可能性として

「教室はまちがうところ」だと感じています。

FlipperKFlipperK2014/01/29 21:26こんばんは。岡山のFlipperkです。むかし、6年生を担任していたときに、学年便りのタイトルを「せなか」とつけたことを思い出しました。なぜか。
「どんなにかっこわるくてもいい。最高学年になろうと一生懸命のたうち回っている背中を、下の学年に見せられる6年生でいてほしい」そういった意味の言葉を、最初に書いた覚えがあります。もうその子たちも20代前半ですけどね。
滑ってもいいですよ。こけまくっても。私なんかしょっちゅうだめだめですけど、何とか社会人やってますもの。たぶん。

mei-c5mei-c52014/01/30 03:05最近失敗したなーと思うことがあったのですが、kabamen6384さんの日記を拝読して
少し自分を許せるかな、という気持ちになってきました。
ありがとうございます。

daitouirukadaitouiruka2014/01/30 06:37不測の事態に陥った時にその人自身の心が見えるということ、分かります。
ときにそれは、平時では本人さえ気づいていなかった心であったりする。
私自身もそんな失敗をし、激しく後悔し、自分を責めました。
そして、それを教訓にしています。

kabamen6384kabamen63842014/02/06 18:25>FlipperKさん
コメントありがとうございます。
そして,そんなかっこいい大人になりたいなぁと思っている今日この頃です。

kabamen6384kabamen63842014/02/06 18:26>mei-c5さん
こんな駄文でよろしかったでしょうか・・・(不安)

kabamen6384kabamen63842014/02/06 18:28>daitouirukaさん
すっごいよくわかります。
それで何度あたふたしたことか・・・
教訓の数を,もっともっと増やしていきたいです。
できれば西川研にいれる間にもっと。