西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。
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08/02/17(日)

[]教材 08:12 教材 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教材 - 西川純のメモ 教材 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 テレビや雑誌には「カリスマ主婦」というのがいらっしゃいます。その人の作った料理を見ると、びっくりします。一流レストラン並みの料理を、手早くちゃっちゃと作ります。しかし、ただの一瞬たりとも、家内がそのような主婦になってほしいと思ったことはありません。なぜなら、人の能力にはそれほどの差がないということを知っているからです。そして、万人あまねく1日24時間であるからです。

 ごく少数の天才以外が、ある領域に秀でる方法はただ一つです。それは与えられた24時間を、一定の領域に集中させることです。そのためには、それ以外の部分を捨てるしかありません。カリスマ主婦の一日を、一ヶ月ぐらい継続的に観察すれば、テレビや雑誌で出ている以外の部分を捨てているか、手を抜いているかがよく分かると思います。一方、我が家の家内は、ごくごく普通の主婦です。バランスよく家事をこなしています。そして、家内の料理は普通の料理ですが、本当においしいと思っています。家内はパッチワークが趣味で、作品が家の中で普段使いされています。しかし、家内は家事の一環でパッチワークをしているとは思っていないはずです。あくまでも家内の趣味であり、家事にゆがみを生じさせない範囲で続けています。

 教材に関して、私のアドバイスの第一は、教材開発をするな、ということです。私もいくつもの教材を開発しており、それで論文も書いております。しかし、それは私が独身時代のことであり、また、研究者となってからのことです。一般の小中高の教員、特に家庭持ちが、教材開発はするべきではありません。

 教材開発はきわめて時間がかかります。ところが、その教材が使えるのは、せいぜい何年間に1ぺん、数時間程度使えるだけです。ところが、教師の授業は1年間、毎日、毎時間、続くのです。教材開発をすれば、そのゆがみは日々の授業に影響を与えます。教材開発は子どものためにやっているのではなく、自分の趣味であり、子どもに迷惑をかけない範囲内でやるべきだと思います。子どものために教材開発をするというのは、大いなる誤解です。あり得ないことですが、家内がパッチワークをやり過ぎて、夕食がカップラーメンを出したら、「そりゃちがうだろ」と私は言うでしょう。

 実は、教材に関してはわざわざ開発しなくても、山のようにあります。しかし、失礼ながら、多くの先生方は勉強しなさ過ぎです。他の教科はいざしらず、私の元々の専門だった理科に関しては現場の発表会で紹介される理科の新教材・教具は、失礼ながら私には陳腐です。1970年代に欧米でカリキュラム改革が行われ、素晴らしい教科書編纂がさまざまなされました。そこには現在知られている教材・教具の殆どは出尽くしています(今の教師でPSSCやCBAと書いて分かる人がどれくらいいるだろうか・・・・)。例外は太陽電池や薄層クロマトグラフィのような新素材を利用した教材ぐらいと言って過言ではないと思います。さらに言えば、江戸末期から明治初年の教科書は非常に参考になります(今の教師で舎密、窮理と書いて、何のことか分かるだろうか・・・・)。当時の血液の実験などは素晴らしい。その当時の技術力で実現できたのですから、現在では本当に簡単に出来て、かつ、本質的な教材・教具の宝庫です。このような引き出しがいっぱいあると授業の展開に幅が出来ます。教材を開発する時間があったら、過去の成果を学ぶ方が良いと思います。これは理科以外の教科においても、五十歩・百歩だと思います。

 古い学校であれば、その手の本が必ずあるはずです。私は大学院時代は、週に1度は神田・神保町の古本屋街にいきました。高校教師時代も月に1度はいきました。大学院時代の同級生からは、「西川があさった後の古本屋はぺんぺん草も生えない」と言われるぐらいでした。県教育センターの図書館に行けば、他の地域で開発された教材を見いだすことが出来ます。

 ただし、そのようにして見いだした教材をそのまま使うことは出来ません。そのような教材のほぼ全ては、その教科が大好きで、得意な人が、こりにこって作成したものです。その教科の大好きな教師にとっては、すばらしい教材のように思えるかも知れませんが、その教科がそれほど好きでない、いや嫌いな子どもたちにフィットしません。たいてい専門家は特殊化をします、教材も同じです。機械も複雑になればなるほど、それが適用できる範囲は狭まり、故障も多くなります。かつて発展途上国に最新の農業機器を援助しました。ところが、そのような国ではそれらの機器を使いこなせませんでした。さらに故障しても修理できないので、やがて粗大ゴミになります。笑えません、日本の学校に、どれだけ粗大ゴミ化したコンピュータ機器があるでしょうか?見いだした教材を、ばかばかしいと思えるぐらい単純化してから使いましょう。

 そんなことをしていると、結局、本当に使えるのは、そこらの本屋にあふれている、また、学校出入りの業者に言えばすぐに持ってきてくれる、ごくごく普通のプリント類であることに気づくはずです。

 以上の結果として、私の教材に対するアドバイスは、普段馬鹿にされるかもしれない業者物を活用しましょう。それらは本当に普段使い出来るもです。そうじゃないと売れませんから。さらに、それをもとにして、自分のクラスに合わせて「ほんのちょっと」アレンジすればいいのです。もっといいのは、そういうことをしている同じ学校の先生を見いだして、その先生の教材を流用させてもらうことです。これが一番良いやりかたです。

[]発声 05:37 発声 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 発声 - 西川純のメモ 発声 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 子どもたちに「嫌いな授業」のアンケートをすると、第一位は「声が聞こえない」、第二位は「言葉がはっきりしない」、第三位は「話の意味が分からない」です。つまり、「音として伝わらない」、「日本語として伝わらない」、「教科内容として伝わらない」です。その他、表情、ボディーアクション、板書の字の大きさ・・・、一斉指導においては教師は役者です。そして演奏者です。指導要領作成者、教科書編成者の台本・楽譜を、いかに表現するかです。それには、いろはの「い」の基礎技術が必要です。どんなテクニックも、お客に聞こえなかったり、見えなかったりしたら、まったく無意味です。

 学生さんに教室の対角線に届くぐらいの声を出しなさい、と指示しますが、出来ません。学生さんが一生懸命に声を出しても、それは日常会話のレベルの延長上です。世の中には、日常会話の大きさでも「ビーン」と響き渡る声をお持ちな方がいます。うらやましい限りです。しかし、多くの人は意図的に大きな声を作らねばなりません。

<やること>

 のどで語らずに、へその下に力を込めて腹で語るようにしましょう。感覚的には、「しゃべる」というより「どなる」という方が近いかも知れません。

 実際の教室は常に「シーン」としているわけではありません。出来れば、教室の対角線(約12m)の1.5倍~2倍ぐらい二人が離れ、そこで20分ぐらい会話をすれば、授業における教師の声は日常会話の延長上にはないことが実感できるはずです。

[]視線 05:37 視線 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 視線 - 西川純のメモ 視線 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育実習生とベテランの先生の決定的に違う、分かりやすい点は視線です。授業中、ベテランの先生は子どもの方を見ています。ところが教育実習生は机の上の教案を見ています。ひどいのになると、教案に「○○と発問する」と書いているので発問し、それに答えている子どもを見ずに教案の次の行を読んでいるということもあります。これでは子どもに失礼です。

 若い教師に教案無しでやれというのは、ちょいと酷です。しかし、あまり詳細な教案を作れば、それを見てしまいます。大まかな流れを書いておき、それをもとにふくらますというのが良いと思います。ちなみに私のパワーポイントの原稿と、院生さん(現職院生さんも含む)・学生さんのパワーポイントの原稿を比較すると、私の文字数は十分の1程度です。理由は上記の通りです。そして別なところで述べる時間調節にも有効だからです。

 子どもを見ればいい、と言っても若い先生の場合、特定の子どもを見つめてしまいがちです。そうなると、多くの子どもは自分は見られていないように強く感じます。ボーっと全体を見回すような程度で良いと思います。そのためには、教師の最後列の子どもの首一つ分上を見るぐらいが適当と思います。

 それが出来たら、意図的に多くの子を流れるように「見つめる」ことをやりましょう。

<やること>

 作成した教案をもとに、授業の流れを短い箇条書きしましょう。数年もたてば、短い箇条書きをちょいと読めば授業できるようになります(ただし私の悪い癖で、その箇条書きは練りに練っていますが・・・)。私は以前は「初等理科教育法」という1時間半の全学必修科目を担当していましたが、その教案は最終的には4~6行程度の箇条書きになりました。

[]話術 05:37 話術 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 話術 - 西川純のメモ 話術 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今では教える立場ですが、言うまでもなくかつては教えられる立場でした。その中で、多くの先生方に教えてもらいました。すばらしい先生にも数多く出会いました。その中に宮澤先生という高校の先生がいらっしゃいます。この先生のことは学部学生の授業の最初に話すことがあります。

 この先生はスーパーマンです。まず、教え方がすごい。面白く、ためになる授業です。この先生の授業に関して、時間が長いと感じたことは一度もありません。いつも、「もお終わったの ?」というのが感想です。商売柄、実に多くの名人教師の話を聞きました。中には、テレビにも紹介される方のレベルもあまたいます。しかし、私の生涯に出会った、最高の話術を持った方は、文句なくその先生です。

 その先生は生徒指導主任でした。私の高校はお世辞にも名門とは言えません。制服はブレザーですが、その下にアロハシャツ、ぼんたんで登校する生徒がぞろぞろです。また、全校生徒は学年450人のマンモス校ですが、ストレートに大学に進学したのは、片手だったと記憶しています。したがって、生徒指導上の問題が続出する学校です。そのような学校では生徒指導主任は「つっぱり」の目の敵になるのが通例だと思います。ところが、「つっぱり」は、他の先生に関しては呼び捨てでも、その先生に関しては常に「先生」と呼んでいました。

 その先生の専門は日本史でした。教師になってからも田沼意次の研究を続け、その世界では知られた先生と伺っています。私自身は世界史で受験しようと思いましたが、受験に関係なく聞きたいと思いました。ところが、その先生は東京都に指導主事に迎えられました。そのため、残念ながら聞けませんでした。私が大学院を終わる頃に、校長として現場に戻られました。おそらく、東京都の校長としては記録的な若さだったと思います。その後、筑波大学に迎えられました。教育者としても、管理者としても、研究者としても一流の先生です。

 私があと数ヶ月後には高校教師になろうとするとき、その先生に会いに行きました。先生に、高校教師になる前の数ヶ月のうちに何を勉強したらいいのか相談したいと思いました。私の予想としては、理科の基礎的勉強をしなさいと言われると想像しました。ところが、先生が教えてくれたのは、「落語を聞きなさい」でした。宮澤先生も、かつては上野の鈴本 演芸場に通い、勉強したそうです。話術の重要性に気づかせてくれたエピソードです。

 昭和落語の3名人といえば志ん生、文楽、円生があげられます。志ん生はとにかく面白く、破天荒な落語です。おそらく、3名人の第一はだれかと聞かれた場合、一般的には志ん生を選ぶ人が多いと思います。でも、私は好きではありません。興が乗ると話が早口になり、結果として聞き取りづらくなる点が好きになれない理由です。文楽はきちっとした話をします。話の内容を推敲に推敲を重ねた人です。そのため、何度話しても、全く同じ話を、同じ時間でしゃべる人です。そのため、何故か人間味を感じられません。私が大好きなのは円生です。特に、芝居話・人情話は大好きです。きちっとした話をしながら、生きているという話をします。抑制されながら、うちにはすごい情熱があるんだなと感じる話をします。

 私としては円生のような話がしたいと願いますが、とても駄目です。興が乗ると早口になり、言葉を噛んでしまいます(つまり、私が志ん生を好きになれないところ)。また、雑談というのが出来ず、話を事前に組み立てておかないと話せません (つまり、私が文楽を好きになれないところ)。前者は意識的な改善によって何とか出来ますが、後者はとても直せません。私は萩本欽一さんやさんまさんの話術が嫌いです。一度、客が食らいつくと、シャブリ尽くすまでいじくる傾向があります。私に似ていると自己嫌悪しますが、これまた直せません。

 しかし、直せなくとも、意図的に分析することによって、自分の欠点が分かります。それによって、その欠点が暴走しないように「ちょっと」は押さえられます。

<やること>

 落語・漫才のCDDVDを意図的に聞くことです。また、名人といわれる人の芸談・伝記は本になっている場合は少なくありません。それを読みます。いずれも楽しく聞けたり、読めたり出来ます。ただし「あははは」と笑うだけではなく、技を盗む気概でなければなりません。もちろん名人上手の技を盗めることなぞ出来ません。しかし、声の出し方、表情の作り方など、学べるものも多いと思います。少なくとも、一斉指導においては教師は役者で、子どもはお客様であることを思い出します。お客様は神様なんです。

08/02/15(金)

[]事務の人 14:47 事務の人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 事務の人 - 西川純のメモ 事務の人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もう時効だと思うので、以下のエピソードを書きます。現在の大学関係のエピソードは時効ではないので、ひ、み、つ。

 私が高校教師だったとき、高校へは河川敷(正確には河原といったほうが良いかも知れませんが)を自転車で通勤していました。ある時、事務の人が「西川先生、通勤経路を確認したいのですが、先生は河川敷ではなく、この道路を通って通勤しているのですよね」と聞かれました。私は「いえ、河川敷を通って通勤しています」と言いました。事務の方は「河川敷を通っているとなると、通勤距離が短いので通勤手当は出ません。ところが、この道路を通っているとなると、通勤手当が出ますが・・・・。先生、この河川敷は危険ではないですか?」と言いました。私は、しばらく何のことかわかりませでしたが、ニコニコを見つめている事務の方の目を見ているうちに、はっと察し「あ、そうです。この河川敷はとても危険です」と答えました。事務の人は「分かりました」と言って会話は終わりました。

 また、こんなことがありました。私の前の理科の先生は、口とチョークで授業をするタイプの先生だったようです。その結果、定時制の理科準備室には私が生まれる前の実験器具がほこりをかぶっているものばかりでした。幸い、全日制の先生方が理解があったので苦労は少なかったですが、それでも買いたい実験器具はあります。しかし、理科の予算は数万程度です。とてもとても、器具を買える予算はありません。そんなことを事務室で全日制担当の事務の方とだべっていたら、「先生、年末にそんなこと言って、もしかしたら買えるかも」と言われました。しばらくたって、年末になって「ダメもとで言うけど、これと、これと、これと・・・がほしいんだけど」と言いました。数週間後に事務室にそれが置いてありました。

 定時制高校から帰宅するのは、たいてい夜の11時ぐらいです。9時頃になると、定時制担当の事務の方から「西川先生、帰りに事務室によってきてね」と言われます。帰り際に事務室によっていくと、タッパーの中に今日の給食の残りがきれいに並べられて詰まっています。これは揚げ物が出たときに多いです。私はそれをつまみに下宿で酒を飲んでいました。そんなことを知っている教頭は「あなたは給食費を倍払いなさい」とからかわれたことがあります。定時制には私より若い独身の男の先生は3人いましたが、タッパーが用意されているのは私一人です(エッヘン!)。

 そんなこんなで、高校に勤めて半年もたたないうちに、事務(給食・用務・警備の方々も)の方と仲良くなるのはとても有利だということを知りました。『学び合い』のテーゼとも重なりますが、異質であれば異質であるほど、利害はぶつからず、補完関係になります。逆に言えば、敵に回すと、大変です。校長は数年で替わりますが、事務の方は居着きの方が多いです。また、事務の方々のコミュニティーは狭いので、悪い噂は広がります。

<やること>

 私がやっていたことは、上記をねらったわけではありません。自然とやっていたことです。定時制の先生方は4時頃からこられますが、私は教材研究が追いつかなかったので10時頃には学校にいました。がらんとした職員室で仕事をしていると人寂しいので、時々、事務室に行ってだべっていました。当時はクーラーがあったのは校長室と事務室だけだったので、夏休み近辺は事務室で教材研究をしていました。そこでお茶を飲んで、お菓子を食べていたので、自分が旅行に行ったときは、事務室と給食室にはお菓子を置いていました。つまり雑談を多くし、挨拶をちゃんとして、節目節目に感謝を形にする、というとてつもなく当たり前のことです。

 楽しくて、楽で、有利です。あ、『学び合い』と同じだ。

ikutosuikutosu2008/02/15 14:57うちの学校の現業の方も、授業時間に廊下などを掃除しながら、学校中のことをよく観察していて、「先生、こんなことがありますよ」と話しかけてくれます。
こういう関係って大切だなあと思います。

jun24kawajun24kawa2008/02/15 15:05本当です!違った目で鋭く見ていますよね。
何度か過去のメモに書いたのですが、私は「校長が変わると、職員室がどう変わるかを、事務の人のインタビューで明らかにする研究」です。校長にとってはびくびくもんでしょうね。あはははは

あべたかあべたか2008/02/16 08:26卒業生の方の志。すばらしいですね。
ま、お金を出さず、直接、西川先生に教えてもらえばいいのですよね。
西川先生の教え子という特権を使って(笑)。
わたしなんか、西川先生の教え子でなくても、こうして無料で西川先生に日々教えてもらっていますから。

あべたかあべたか2008/02/16 08:30わかるなぁ……。
別に学び合いという感覚ではなかったのですが、3年間隔で異動をするわたしは、校長教頭ともうまくいくようにしますが、それ以上に、事務、用務員、そして、養護教諭と仲良くするようにします。だって、いずれもわたしができないことをしてくださる方ですし、いろいろとお世話になることが多い方だからです。
それを直感的に感じ、新採用のころから心がけています。

jun24kawajun24kawa2008/02/16 08:47あべたかさんへ
 私はまじめな教師の方へは家族に迷惑をかけない範囲で、誠意を持って対応しております。それは教え子であろうと、なかろうと。だって、その方の後ろには、その方の生涯に教えるだろう千人の子どもが見えるからです。そして、その方が伝えるであろう、何人もの教師が見えるからです。
 それと、互いによい学校に「当たり」だったんですね。認知心理学によれば、我々は成功経験からしか学ぶことが出来ないんです。もちろん、失敗から学ぶ人もいますが、それは少数の超優秀な人ぐらいです。いい出会いがあり、成功して、それをもとに行動し、もっと成功して・・・。このサイクルがあって、今の自分に成長したのだと思います。昔は学校現場に教育力があった。ところが、今から20年ぐらい前から無計画な教員採用計画の結果、教師集団が崩れつぶれる若手と、つぶれるベテランが増加した。あべたかさんの「教師塾」のそんな人たちへの救命浮き輪だと思います。でも、サークルではなく現任校に頼れるように、現場の教育力を高めたいですね。それには我々の世代(ごめんなさい、おおくくりしました)の踏ん張りが大事です。でしょ。

08/02/14(木)

[]内容・時間調節 08:55 内容・時間調節 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 内容・時間調節 - 西川純のメモ 内容・時間調節 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は基本的に学生さん、院生さんを「叱り」ません。まあ例外なのは二つです。第一に、西川研究室を信頼してくれた人を裏切る行為があったときです。例えば、実践研究をするために現任校との仲立ちをしてくれたのに、基本的な約束を守らなかったために、仲立ちをしてくれた人に迷惑をかけたときです。これは凄く叱ります。(私自身はものすごい学生だったので、自分に対する迷惑に関しては、嫌みは言うかもしれませんが、叱りません)

 もう一つは発表で時間を守らないことです。これに関しては、感情的にもイライラします。時間を守れば、良い講演とは限りませんが、時間を守らない講演は必ず悪い講演です。何故かと言えば、相手方を考えて話を組み立てていないことを意味します。まあハッキリ言えば、マスターベーションを人前でやっているような無様なものです。

 教育実習生や若い先生は、どちらかといえば語る内容が多すぎる傾向があります。自分自身では簡単と思えるレベルに押さえると良いと思います。作業量は、自分自身がやったとしたら10分程度で終わるぐらいが適当です。それ以上となると、終わらない子どもが続出します。

 教育実習生や若い先生が内容が多すぎる原因は、「沈黙」が怖いのだと思います。つまり、話すネタが無くなった後に、呆然と子どもたちの前で立ちつくす自分が恐ろしいのです。そのため、多めに用意して、それを一気呵成に語り尽くす傾向があります(私がそうでした)。しかし、指導要領に準拠している授業だったら、1校時で学ぶべきこと自体はそれほど多くはありません。その限られた内容を、飽きさせせず、多様な方面から考えさせるのがテクニックです。これが出来るためには、自由自在に雑談が出来るようになると楽です。それがあれば、いくらでも時間調節が出来ますし、子どもを飽きさせずにいられます。

 私の場合は、本屋に売っている「話のネタ本」を買って使ったことがあります。それなりに使えましたが、あまり役に立ちませんでした。理由は、自分やクラスにフィットするネタがそれほど多くないことと、第一、1年で数百も語るべきネタがあるわけありません。結局、自分で毎日、ネタを作らなければなりません。

「種切れ」(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20011124)というメモを書いたことがあります。喜劇王チャップリンの自伝にあったことです。チャップリンの母親は精神的に病んでおり、家庭は暗かったそうです。彼は自分の母親を毎日、笑わそうと思ったそうです。そのために、毎日の出来事を真剣に観察し、それをもとにお話をしたそうです。真剣に観察するならば、日々の普通の出来事の中にも、いろいろな驚きはあるもんです。そのトレーニングが、後の喜劇王の基礎を築いたそうです。一斉指導ではこれが必要です。

<やること>

 一番小さい手帳を買って下さい。それをいつも携帯すること。人との話や、通勤の途中にあったことなど、ちょっとでも面白いことがあればメモします。詳細にメモする必要はありません。2、3時間後の自分が分かる程度の殴り書きで結構です。そして、その日に子どもたちに語りたいこと、そのことをどのようになめらかに繋いだらいいかを考えます。子どもたちの前で語り、改良すべきところを考えます。そして、それをワープロの中に書き留めます。これによって自分専用のネタ本が出来ます。自分自身の経験に基づくネタなので暗記しなくても、覚えられます。

 これを組織的に合理的にやる方法がブログです。必要になれば、キーワードを入力して検索することが出来ます。それ故に、我がゼミの方には「ブログで一番大事なのは、毎日書くこと」と言っています。ブログは教師修行の一つです。

08/02/13(水)

[]表情・笑い 13:52 表情・笑い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 表情・笑い - 西川純のメモ 表情・笑い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 これから「西川ゼミの一斉指導虎の穴」というメモを貯めようと思いました。理由は『学び合い』の前に、まずは「一斉指導」を、と思っている若い学生さんは少なくないからです。

 ハッキリ言います。私は、そんなことチョロいことだし、底が浅いと思っているので、今では馬鹿馬鹿しいと思っています。が、学生さんがそれを求めているならば、それをトレーニングしなければなりません。そうすれば安心して『学び合い』に進めるのですから。もちろん、名人と言われるレベルに達するには血のにじむ努力が必要ですし、なによりも才能が必要です。それは凡夫には無理です。しかし、「クラス全員を分かった気にさせる(分からせるではありません)」だったら、比較的簡単です。順不同に書きためたいと思います。同志の方も手伝ってね。まずは「表情・笑い」編です。

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 かなり以前のことです。自分の研究室でゼミをしているとき電話がかかってきました。電話に出ると、私の研究室の2階下の先生から「西川さん、今、笑ったでしょ?」でした。ゼミの最中、学生が面白いことを言ったので私が大爆笑をしました。夏でしたので研究室を開けていたのですが、その私の笑い声が廊下に伝わり階段を通り、その先生の研究室に伝わったと言うことです。馬鹿げたことですが、実話です。どうも、私の笑い声は大きすぎるようです。

 現在はそうですので誰からも信じて貰えませんが、教師になるまでは私の声は小さく、笑うことは殆どしません。ニヤリとはたまにしますが、声を上げて笑うと言うことは殆どありませんでした。しかし、私の勤めた高校は最底辺校で、そんな人間ではとてもやっていけない職場です。自分を改造しようとしました。

 大脳皮質のどの部分が、体のどの部分をコントロールするかの図を見た方も多いのではないでしょうか?あれを見ると、手、そしてなによりも顔の表情をコントロールする部分が異常に多いことが分かります。生存競争の中で、人間の最大の武器である大脳を無駄に使う余地はありません。顔の表情にそれだけ割り当てていると言うことは、それだけの意味があるということを意味しています。

<やること>

 鏡を用意して、自分の顔をじっくり見て下さい。そして、笑っている顔、怒っている顔、喜んでいる顔を作って下さい。それが真に迫ると自分でも思えるほど、顔を作って下さい。笑うときは声も出して笑って下さい。最終的には、不愉快なことを思い浮かべながら、笑える練習をします。嫌いな相手を思い浮かべて、好きだな~という表情を作ります。

 おそらく、数週間のうちに、意図的に表情を操れる様になると思います。少なくとも、面白いときに、ちゃんと笑えるようになります。しかし、嫌いな相手を思い浮かべて、好きだな~という表情を作るのは大変です。

 一番良い方法は、その相手を好きだな~と思いこみます。子どもの中には好きになれない相手はいるものです。しょうがありません。しかし、かなり無理な屁理屈、小理屈を頭の中で組み立てて合理化し、その子を好きになるのです。しょうがありません。子どもと違って、我々教師は給料をもらっているのですから。こちらから、まず、始める義務があります。こちらが好きだな~っと思っていると、相手も自分を好きになってくれる場合は少なくありません。そうすれば、最初は100%演技だとしても、そのうち演技の割合は低下するものです。

ながたくながたく2008/02/14 01:55「今日は授業参観だ。いいか、一斉授業でいくぞ!」
「お~。」
とジョークのような本当の話があります。
学び合いのほうが絶対効果的です。が、いきなり、現実を受け止められないのが大人です。大学生はその意味で本当に大人です・・。
イメージをなかなか破壊できない。なぜなのでしょうか・・。
ブログを更新いたしました。http://smile58.exblog.jp/
です。もしよろしければ、同士の末端に入れていただけたらうれしいです。学び合いの実践をアップしました。

jun24kawajun24kawa2008/02/14 06:29もちろん、ウエルカムです。
できれば、この『学び合い』グループでブログ(支店で結構です)を立ち上げていただければ、実践を互いに見えやすくなりますよ。

とんたんとんたん2008/02/14 06:59学び合いをしていると子どもの「よさ」が多面的に見えてきます。
多くの先生は、自分の思い通りに動いてくれる子ども、授業では自分の求める意見を話してくれる子どもが大好きです。
職員室にいると子どもへの悪口が絶え間なく続きます。「親が駄目だから…」も定番です。
だったら、子どもを変えてあげるのが先生の仕事ですよね。
「学び合い」は子どものよさが見えてきます。どんな子でも。

jun24kawajun24kawa2008/02/14 08:07はい、まったくです。
第一、子どもの悪口を言うより、子どもの凄さを語る方が、
教師の精神衛生上もいいですよね。あははは