西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。
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09/09/15(火)

[]年齢 22:15 年齢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 年齢 - 西川純のメモ 年齢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が二十年以上お仕えしている、敬愛するある先生の姿を久しぶりに見ました。ビックリしたのは、会議で怒っていることが分かるのです。以前は、居並ぶ参加者の中で、私以外には気付かないと確信していました。極めて人徳のある方で、愛嬌のある方です。ですので、怒ってもわかりにくいのです。ところが、今日は、それが分かりやすい形で出ました。でも、どれほど怒っているかは、私ぐらいしか分からないと思います。おそらく、大多数の人は、「あれ?」と思う程度だと思います。あれだけの大人物でもああなるのですから、私などは気をつけねばと思いました。

tontan2tontan22009/09/15 12:49上記を読むとなんか言葉尻の問題になってきているような気がします。
「AはBを含む。BはCでない。だからAもCではない。」と言われてるような感じがします。私に「論点のずれ」があるようなので、最初に戻します。

私の最初のコメントです。
小学校の先生ならば分かるように、授業をしてもしなくても国語のテストの点数は「ほぼ変わりません」それを目標にすべきでしょうか? また、ほとんどのテストの内容は観点別にされていますが、その8割が「知識」です。指導要領の目標の到達を評価できるようなテストは1社もありません。それで「~点が目標」というのは、危険です。ならば指導要領の到達目標を子供に示した方が確かです。
 
確かに、「小学校の先生なら分かるように授業をしてもしなくても国語のテストの点数は「ほぼ変わりません」」これは「私の」勝手な見方です。でもどうでしょ? 大事なのは文法だの漢字だのではなく、多くの先生が国語のテストをどう見ているか? です。本当に私だけの勝手な見方でしょうか? それならば潔く取り消します。
 
> 元々の「何故」の主張は、評価が甘いと手続き文化になるという部分です。残念ながら、トンタンさんは評価基準を明確にする必要性を感じられていないようですね。
 
最初のコメントに「ならば指導要領の到達目標を子供に示した方が確かです。」と書きました。そこを読み飛ばしています。判断しなくてもよいというのは、適正でないテストで判断しなくてもよいということです。

最後に。
「私は」やはり初期段階でもテストの点数を課題にするのは危険だと思います。指導要領とテストの内容が一致していればかまいません。点数を強調するならばなおさらです。そうなれば必ずしも学習内容と一致しないいくつかの教科の学習では「テストに合わせて」授業することになるでしょう。そうした危惧を書いたつもりです。

jun24kawajun24kawa2009/09/15 12:58このジャンルの議論はやめにしましょう。
これ以上は、実りがない。
前提が違うのですから。

それとシビアな議論をする場合、一つ一つの言葉・文章の確認があってもしょうがありません。それで表現が適切でなければ、それを確認して、訂正し議論するしかありません。書く度に、別の書き方を出されたのでは、議論のしようがありません。

tontan2tontan22009/09/15 13:14力が足りなくて失礼しました。
ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/09/15 14:36いえいえ、こちらこそ
言うまでもないことだけど、tontanさんが私の言っていることを分かっていることは理解しています。同時に、私がtontanさんの言っていることが分かっているとtontanさんが理解されていると思います。ようは軽重のかけ方なのですから、それは一人一人違って良いと思います。ね。

ghjalghjal2009/09/15 22:34トンタンさんとjun24kawaさんの誤解を恐れず表現するならば、このバトル?は自分にとってとても参考になりました。

『学び合い』の実践者や、セミナー、研究会?の共通した土俵にある、お互いの水平さ、平等さ、忌憚のなさ。こうしたスタイルは、考えてみれば当然なのだけれども、これまで自分が体験してきたものではありませんでした。

だって、大学の先生と、そこの学生と、実践する各地の先生と、(ここまでならあるのかもしれませんが)子供たちと保護者たちが、一線にならんで互いの考え思いをぶつけ?合う。上下なく。そこに『学び合い』のスタイルの真髄を見る気がするのです。

自分が『学び合い』に飛び込んだ、信頼することができた最大の理由がここにあります。スタイルです。研究実践の進め方のスタイルに確信を持てるからこそ、飛び込めているのです。

ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2009/09/15 22:37こちらこそ
ありがとう同志
互いに同志だと思えるからこそ、安易に合意せず、議論できるのだと思います。

07/05/16(水)

[]鏡 20:03 鏡 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 鏡 - 西川純のメモ 鏡 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の理想の校長を補足します。それを書き終わってから、自戒すべきと思いました。

 旧知の尊敬すべき教師と会ったときの思い出話です。その方といろいろな職場での体験を聞きました。驚き、かつ、納得したのは、己のためという目的が鮮明な上司の下にいた、その方は、その方でさえ自己を守るのに精一杯立ったそうです。

 わがゼミの人たちに私の自戒を可視化します。もし、西川研究室が自分のことで精一杯で、集団を高めようという気持ちが少なくなっていたら、それは、皆さんが悪いのではありません。その場合は、私がエゴイスティックになっており、小役人になっていることを示しています。

 同志の方へ。わがゼミ生を、出来るだけ皆さんにさらす努力をいたします。もし、上記の兆候があれば、私をしかってください。私はエゴイストです、小役人です。でも、それ以上を望む志はあります(ありたいと願っています)。天狗にならぬよう、可視化します。

OB1989OB19892007/05/16 23:54宮仕えをした大学人には,理想と現実がよく分かります。

jun24kawajun24kawa2007/05/17 05:49あははは
ということは大学人は宮仕えではないということだね。
あははは
しなやかに、したたかに、行きましょうね。

OB1989OB19892007/05/17 07:51言葉が足りませんでした。宮仕えと自覚されていないと思われる方々が回りに大勢いるものですから。

jun24kawajun24kawa2007/05/17 08:27そして自覚されていない方々も大勢いますよね。
OB1989さんは、いつも優しいね。

F-KatagiriF-Katagiri2007/05/17 13:22「クライマーズ・ハイ」、よかったでしょう?私は大泣きでした。男の子をもつ親は、成長していくとあんな感じになるのかなぁ?と思いながら、見ていました。不安でもあり、楽しみでもあります。

jun24kawajun24kawa2007/05/17 22:29大丈夫!
我々の子どもは、いつまでもかわゆく、そして、年々歳々、たくましくなります!

01/10/29(月)

[]老化の兆候(何度も見るぞ) 14:35 老化の兆候(何度も見るぞ) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 老化の兆候(何度も見るぞ) - 西川純のメモ 老化の兆候(何度も見るぞ) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学院生の時、学会等で色々な先生を見ます。その際、「あ~、あの人は年をとったな~」という兆候を見る機会があります。最近、自分にもその兆候の幾つかが見られるようになりました。人への非難ではなく、自身への戒めとしてメモりました。

1. 話が長い

結婚式のスピーチもそうですが、現役一線でバリバリ働いている人のスピーチは短く的確です。一方、退職された方のスピーチは、長くぼやけています。理由は話す内容を事前に吟味せず、その場の思いつきで話すためです。また、自己モニターが停止しているため、長く話している自分がどのように見られているかが分からないためです。私の経験では、時間を守らない話に内容があったことは皆無です。

2. 短気で我が儘(わがまま)になる

例えば、自分は平気で遅刻するのに、人がちょっとでも遅刻するとイライラします。理由はそれなりの地位になれば周りもミスを指摘することを遠慮します。逆に周りはミスをしないように配慮します。それが長くなると、それが当たり前になってしまいます。昔ならば「カッ」と怒らないことも、怒るようになります。

3. 勉強しなくなる

1度ですが、40年以上前の古色憤然たる理論を、最新理論として学会発表をしている先生の話を聞いて、ビックラコイテシマイマシタ。そこまで行かなくとも、聞いていると、「この先生、あの論文・本を知らないんだな~」と感じる場合がたまにあります。でも、老眼になりはじめたこの頃になると、その理由がよく分かります。だって、老眼になると本の活字を読むのが苦痛になります。今のところは、意志の力で読んでいますが、その気力がどれだけ続くか分かりません。それを補うためには耳学問が有効です。しかし、先に書いた「短気で我が儘になる」と、耳学問で教えてくれる人がいなくなります。その合理化のために、自分が分からないものを「内容がない」、「分けのわからんこと」と否定するようになります。

 以上を書けば書くほど、自分に当たっていることに愕然となります。10年後にこのメモを読み返した際、きっと老化している自分を、屁理屈で合理化しているんだろうな~と考えると落ち込みます。定期的に読み返し、老化のスピードを抑えるため「何度も見るぞ!」という言葉をけることにしました。

01/02/23(金)

[]暇な同僚に感謝 23:15 暇な同僚に感謝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 暇な同僚に感謝 - 西川純のメモ 暇な同僚に感謝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昔、昔、私が高校先生だったときの話です。仕事で忙しくて忙しくてパニックになっているときの話です。先輩の先生に、「忙しくてトイレも駆け足で往復しなければならないのに、○●先生はいつも暇にしているんだ!」と愚痴りました。その先生曰く、「もし、おまえ以外の先生全員が、おまえより授業がうまく、おまえより生徒に人気があり、おまえより仕事が出来たなら、きっと暇になれるよ」、「でも、そうなりたい?」。もちろん「否」です。この言葉は、現在の私の研究室研究テーマに繋がっています。真面目な子どもたちを集め、不真面目な子どもたちを集めて実験をさせました。結果として、もともとの割合と同じ割合で、それぞれの集団の中に、真面目/不真面目な子どもが生じました。つまり、私も暇な同僚のおかげで、忙しくさせてもらっているわけです。

 でも、私は忙しく、○●先生は暇ということ自体が誤りなのかもしれません。高校の職員旅行宴会の際の話です。それまでは酒も入った勢いでワイワイとざわついていたのが、急にシーンとなりました。原因は、宴会に参加した一同が、ある先生が隣にいる先生に話している内容にビックリして聞き耳を立てたためです。その先生は、職員会議のような公の場で、「その日は家族サービスがあるから、私はやらない」と胸を張って主張される方で、ある範囲の人の間では有名な方でした。その先生が隣の先生に、自分は色々な先生から仕事押しつけられて、忙しくて大変だと話していたのです。それに対して、宴会に参加した一同が唖然となってしまい、急に静かになりました。その先生宴会場から退出するやいなや、爆笑が起こったことは言うまでもありません。つまり、「忙しい」、「仕事押しつけられている」という感覚は主観的なものなんですね。ちなみに、最近学生食堂でごく親しい先生から、笑いながら「大学のために何の仕事もしていない西川先生」と呼び止められました。自戒自戒