西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。
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10/01/11(月)

[]特殊化 22:00 特殊化 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 特殊化 - 西川純のメモ 特殊化 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 カストラートというのがあります。ボーイソプラノの声を守り発展させるために、第二次性徴の前に去勢した歌手のことです。もちろん、今はいません。これを聞いて、怒りと気持ち悪さを感じない人はいないと思います。子どもは本来、色々な方面進むべき可能性があります。でも、大人の都合で特殊化するのは醜悪です。

 本日、あるテレビ番組を見ました。ひたすら醜悪でした。小学生が意見を言うのですが、ハッキリ言って陳腐です。どこかに書かれたことのカーボンコピーです。おそらく、成人が言えば陳腐なのですが、それが小学校5、6年が言うから面白がっているだけのことです。あの年で、あのような陳腐なことを言うことを学んでしまった子どもの行く末を憂います。

 その番組で、高名な教育学者がいました。その顔を見ていると切なくなります。自分の矜恃と場を崩したくないというバランス感覚の葛藤を感じます。笑いが歪んでいた。でもよかった。純粋に笑っていたら、絶対に軽蔑した。

09/07/27(月)

[]障害者支援 08:29 障害者支援 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 障害者支援 - 西川純のメモ 障害者支援 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、障害者支援を職としている同志と合いました。話してビックリしました。障害者が1ヶ月働いた賃金が8000円なんだそうです。1ヶ月ですよ!その方は、それをせめて16000円にしようと奮闘されています。でも、倍の16000円だとしても、1ヶ月の賃金としては目が点です。さらに、その収入を得ると、その他の支援が下がり、トータルには収入減になるそうです。そして、それを避けるために仕事をしないと、家から出ることが無くなり社会と没交渉になるそうです。

 障害者が可愛そうだから・・・。そんな気持ちでは根本的な解決はあり得ません。異質な集団が、メンバー全員にメリットがあるということを、みんなが気づかなければなりません。それは教育の仕事です。

sumi-chansumi-chan2009/07/27 10:04西川先生、自由学園の件、ありがとうございました。
先方にお電話してみます。

jun24kawajun24kawa2009/07/27 19:51校長先生に連絡するのが一番早いと思います。

kogapon7kogapon72009/07/27 21:24西川先生、子どもたちの作文を読んでくださりありがとうございます。
結果をもっと出して、広めるのは、我々(僕と子どもたち)の仕事です。
2学期が楽しみです!

jun24kawajun24kawa2009/07/27 21:34ありがとう、同志!

F-KatagiriF-Katagiri2009/07/29 20:31ヤマト運輸元社長故小倉昌男氏は、西川先生と同じような怒りを持ち、障害者がちゃんと利益を上げて店を経営し、その利益で各人が食っていけるという事業を立ち上げました。詳細は「経営はロマンだ!」(日経ビジネス人文庫)に書かれてあります。

新潟市にもその系列の「スワンベーカリー」というパン屋があり、しっかり経営しております。おいしいパン屋ですよ。

jun24kawajun24kawa2009/07/29 20:57怒っているばかりの私と違って、それを実現する方もいらっしゃる。頭が下がります。

07/12/05(水)

[]講演 09:03 講演 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演 - 西川純のメモ 講演 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、ある県の教育センターで講演に行きました。そのセンターで私の対応して頂いた方は実に気さくな方です。それから1年ぐらいたって、その方からメールが来ました。現場復帰されたとのことでした。その勤務校で講演して欲しいとの依頼です。調整の上、9月20日or21日が決まり、「明後日、職員会ですので、そこで、ある程度の方向性は決められると思います。」というメールを8月19日に頂きました。ところが、その後、いつまでたっても連絡がありません。そこで私がその学校に電話でかけました、教頭先生が出られましたが、それは都合により無くなったという簡単なお返事です。「すみません」の一言もありません。あっけにとられました。まあ、しばらくしたら、その先生から事情説明の連絡があるだろう、と思っていました。が、まったくありません。怒るより、呆れてしまい、忘れました。

 昨日、その先生からメールが来ました。以下、やりとりです。

『西川先生,こんばんは。○○です。ご無沙汰しています。連絡がずいぶん遅くなりすいません。以前,教頭が電話で12月くらいにとお伝えしたと思うのですが,そもそも落ち着かない学校で,なかなか日程がうまくいきません。で,12月に来ていただくのはどうも無理な感じとなっています。今日,教頭と話をして,12月は無理だが,1月30日(水曜日)はどうだろうか?という案が出ました。この日は,理科の授業研究の日で,授業研究は動かないので,この日に来て頂いて,久しぶりに理科を見ていただいて,その後お話を頂くのはどうだろうかという話になっています。西川先生,何回もお尋ねして申し訳ないですが,1月30日の午後に来ていただくのは可能ですか?29日に移動,30日夜は私と○○さんで割り勘接待(笑)。31日に帰路についていただくという感じになると思いますが。いかがでしょうか。では,よろしくお願いいたします。』

 私の返信は以下の通りです。

『お久しぶりです。さて、そのあたりは立て込んでいて、ちょいと難しいです。今の段階で、ありがたい日時を申し上げます。ご検討ください。1月17日、2月15日、2月22日です。なお、4月以降ならば、今のところOKです』

 その先生の返信は以下の通りです。

『西川先生,こんばんは。うーん,残念です。授業研究の日は動かないので,ちょっと難しいですね。仕方ないので,県教委を招くか,私がしゃべって(笑)済ますことにします。

> 2月15日、2月22日です。

このあたりで検討してみます。

> なお、4月以降ならば、今のところOKです。

あはは,4月以降ですか。いったい私は何をしているのか分かりません。研究主任外れてしまえば,企画能力が消えますので。では,また連絡いたします。ありがとうございます。』

 このメールで私は「切れ」てしまいました。そして、以下を返信しました。

『苦言です。○○さん。お忘れでしょうが、以前のメールで講演の仮予約を頂きました。ところが、移動の予約をしなければならない時期になっても連絡がありません。そこで私が御校に連絡したところ、「それは無くなった」との教頭先生のお話。正直、あっけにとられました。その後、事情説明が○○さんからあるかと思いましたが、それもありません。そのわびもないままに、突然、何月何日に来てほしいとメールがありました。そして、そちらの都合に合わないとのメールしたら、以下の返信です。何か誤解されているのではないでしょうか?是非、HPに公開している私の予定をご覧ください。私は暇ではありません。年明け以降は土日がない状態が続いています。暇な大学教員と一緒にされては困ります。教職大学院が来年度から立ち上げですが、私はその実質的な立案者です。平常の講義、研究指導の他に、立ち上げの仕事があります。○○さんの事情もあるだろうと思い、すっぽかしのことは蒸し返しませんでした。しかし、私の事情も想像していただけないならば、無意味なやりとりになると思います。ここで調整したとしても、「あ、あれは無かったことに」となりそうです。いや、それさえもないことさえ危惧されます。ご理解ください。』

 以上の私の対応に瑕疵があるでしょうか?

 私は、講演依頼に関して、学校だろうと、県センターだろうと、市町村だろうと、選り好みしたことは一度もありません。よき機会を頂いたと、感謝しております。講演料だって、一度たりとも、これこれ以上欲しいと言ったことはありません。私を呼んで頂けるところは、公的機関が殆どです。そこには規定があるはずです。その規定通りに頂ければ十分です。もちろん、出張するのですから旅費の実費は頂きたい。しかし、それとても相手方が事情をフェアーに言って頂き、かつ、お金に代わりうる「誠意」があればいいのです。例えば、「1年後には学校・地域に「広げた」という結果を出します」という意気込みがあり、日時等に関して、最大限配慮を頂けれるならば、その意に感じます。もし、どうしても無理だったらスカイプという方法もあります。

 つまり、講演を依頼する方には「他の人ではなく「私」に是非来て欲しい」という願いと、「来てくれて有り難い」という感謝があって欲しい。そして、願いと感謝に対応した行動があるべきだと思います。そして、私の方も、「これを機会に『学び合い』を理解してくれる人が増えて欲しい」という願いと、「機会を与えて頂き有り難い」という感謝を持ちます。そして、それに見合った語りを絶対にします。この感謝と感謝の関係があるから、忙しくても講演に行きます。

追申 マスコミでどんなにたたかれようと、日本の教師は常識人です。今までに百数十の講演会をこなしておりますが、殆ど全ては誠意のある関係を結べたと信じております。しかし、少数ですが異常を感じる事例がありました。関西のある市センターから講演の依頼がありました。それからメールのやりとりをして形が煮詰まった段階で、旅費込みの講演料が、そこまでの片道の旅費にもたりない額であることが告げられました。そこで、せめて旅費と宿泊の実費は出して頂けないかとお願いしました。しかし、規定だからの一点張りです。おそらく、そのセンターは市外から講師を招くことを想定していない規定なのだと思います。そこで、別の提案をしましたが、規定だからの一点張りです。当時は、講演の経験も余り無かったので、ボスのT先生に相談しました。T先生は大笑いして、断ることを勧めました。丁重にお断りしました。このような事例は、ごく希です。しかし、その希な事例は関西の一部の地域に集中しております。私は勝手に、その地域の習慣が違うのかな~っと勝手に解釈しておりました。最近、関西で講演して、気安くこのことを話す機会がありました。そこで、大阪と京都と兵庫の方に「そういうのが常識なの~?」と聞きました。いずれも方も、いずれの方も、えらく憤慨し、関西の習慣が常識的で、人情あふれていることを語って頂きました。安心しました。私の個人的に知っている関西の方はみな常識人で人情家であることを思い起こせば、当然だと納得しました。

07/04/09(月)

[]時間 20:48 時間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時間 - 西川純のメモ 時間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は若い頃、結婚式の司会を3回務めました。いずれも教師である私の先輩、同輩、後輩の結婚式です。従って、教師の出席者が多い。しゃべりたがりの人たちが続くのですから時間オーバーになってしまいます。それをなだめすかして、時間内に終わらせるのは気がつかれます。その後も、結婚式によばれると自然司会者立場になってスピーチを分析します。

 その結果、教師だからといって長いわけではなく、短くもまとまった話をする人も少なくないことに気づきます。一方、教師以外でもダラダラととりとめのないことを話す人は多いことも気づきます。私の分析によれば、ハッキリした傾向があるようです。非営利団体の現役バリバリ組織の本当のトップ(例えば地方自治体のトップ、教育長教育次長、また、その経験者である大校長)の話は短くもまとまっています。退職して数年以上経った校長(但し先に述べたトップは例外)の中に最悪の方に少なくありません(もちろん、例外は常にあります)。尾籠な表現で恐縮ですが、牛のション便みたいなダラダラと意味もなく流れる話です。

 話が長い理由は二つです。第一に、自分の話は万人にとって意味があり、面白いと思いこんでいる傲慢さ、鈍感さがあります。万人にとって意味があり、面白い話なんて世の中にあるわけありません。よい子ちゃんの子どもや部下しか相手にしていないならば、それを気づかないのかもしれません。でも、ちょっとした観察眼があれば、「つまらないぞ~」というオーラが聞き手は発しているのですが、それを気づかないほどの傲慢さ、鈍感さがあります。中間の管理職は、極めて等質の相手(例えば学校先生だけ)に対応すればいいので、そのような鈍感さでもやってけます。しかし、組織のトップともなれば、様々な政治家官僚ボス校長、地域の有力者など、多種多様利害関係がバラバラの相手に対応しなければなりません。従って、自分の話が万人に面白いと思うなんていう鈍感さは許されません。だから、気づきますし、そのように話します。選択科目の授業や自分がメインの講師で自由意志で参加する講演会ならば、まあ許されるかもしれませんが(もちろん本当は許せませんが)、その人の意志にかかわらず参加しなければならない会でダラダラとした話をするのは暴力です。

 第二の理由は、自分しか見えていないからです。その人の話す時間が定められた時間を超えれば、それを聞いている人、その人の後に話す人の予定を狂わすことになります。そして、そんな無神経な人が連続すると、参観者にとっては拷問になり、会自体が崩壊します。結局、全体の会という視点で、自分の位置・役割を捉えることが出来ず、自分の話す時間しか視野におけないからです。

 私は多くの学会発表、祝辞、講義、講演を聴きました。時間を守るから「良い話」とは決まっていません。しかし、定められた時間を超過した話に「良い話」はあったためしはありません。だって、聴衆に鈍感で、全体の視点で話を組み立てられない人の話が「良い話」になるわけありませんから。

07/03/30(金)

[]本日テレビ 22:15 本日のテレビ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日のテレビ - 西川純のメモ 本日のテレビ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は「お上」に対応するため、A4版で20ページ程度の書類を作り上げました。自分ながら事務的能力は凄いと思います。と、言うことでヘトヘトになって家に帰りました。家に帰ると、テレビで教師対保護者番組がありました。座る位置関係から、既に対立構造を作ろうという意図が見え見えです。また、発言の内容を聞きながら、「こんな発言する教師は少ないよな」、「こんな発言をする保護者は少ないよな」と思います。日本中の圧倒的大多数の保護者常識人です。日本中の圧倒的大多数の教師は常識人です。そして、その過半数は常識人の「保護者」でもあります。

 今年の西川ゼミの学部生の研究ビックリした結果がありました。それは学部生の多くが「保護者」が怖いと思っているそうです。私が新卒の教師だった20年前は、そんなこと思ったことありません。自分が教師になれるかは不安でした。子どもに受け入れられるかは不安でした。でも、「保護者」が怖いと思ったことはありません。というより、そこまで頭が回りませんでした。もちろん、私の教えた高校保護者は「相当凄い」保護者がいました。それは分かります。でも、私の頭の中にある最大の問題は子どもであって、保護者ではありません。でも、今の学生さんは「保護者」が怖いそうです。教師にもなってないのに・・・。本日番組のせいで、有能な教員志望の学生が数十人、いや、数百人減ったかもしれません。罪深いことです。

 でも、その学生さんによれば、教師になっていないからだそうです。本日のような番組しか、学生さんには情報源がないんです。日本中の大多数の保護者は、自分の子どものことでビクビクして、お願いしたい、と考えている人たちです。本日番組保護者のように、声高に教師を非難する人ではありません。たとえ、そのように思っていたとしても、大人として穏便に交渉したいと思っている人たちばかりです。

 教師だって同じです。「我々は客商売ではないんだ!」と声高に言っている教師がいました。すみません。その人を知っているわけないので、そんなことを言ってはいけないことを知っているのですが、私はそんなことを言う教師は嫌いです。教師は客商売です!

 私の若い頃の経験です。ある学会文部省(当時は文部省でした)の役人が指導要領の説明をしていました。その後の質問コーナーで、ある先生が、「なんで文部省がそんなことを決めるんだ!そのことによって、今まで出来た○○が出来なくなる!」と怒鳴っていました。若い私は、どうなることになるのかビクビクしながら、同時に、興味津々でいました。そうすると、その役人は、その先生に対して、「○○するということを誰が認めたんですか?子どもですか?保護者ですか?学校ですか?」と聞きました。そうすると、その先生は色々言い出しますが、結局のところ「自分」が認めたということです。あとは、それを、穏やかに、かつ、厳しく詰め将棋のように詰めていきます。「自分」が決められるという根拠を聞き出すのです。教職免許状というものは、文部省の規定によって定められたものです。そして、学校先生と言うことも、各県の教育委員会の採用に基づくものです。「公」を否定すれば、実は自分を否定することなのです。それを詰め将棋のように、詰めている役人と、「その」先生やりとりを興味深く聞きました。もし、「公」の規定と戦うとしたら、それはユーザーである、「子」そして「保護者」によって立つしかありません。それを否定している先生は、失礼ながら戦い方に関して愚かだと思いました。

 「問題教師」、「問題保護者」を取り上げて、教師対保護者の問題にしても得る者は誰もいません。「問題教師」を一番困っているのは、「保護者」ではなく、それの尻ぬぐいで自分の家庭の時間を犠牲にしている、「問題教師」と同じ職場の教師なんです。保護者が「気づく問題教師」より遙かに多くの「問題教師」はいます。でも、それが表面に出ないのは、まわりの「普通の教師」犠牲によってです。でも、この構図は、学校ばかりではなく、どんな職場で同じです。

 「問題保護者」の対応にヘトヘトになって、その保護者子ども以外の子どもエネルギーを費やせなくなって被害を受けるのは、事を荒立てず、とりあえず耐えるという、大多数の保護者であり、その子どもなんです。

 本当は「問題教師」+「問題保護者」対「普通の教師」+「普通保護者」なんです。残念ながら「普通の教師」は「問題教師」、「問題保護者」に対して、有効な手段がありません。「問題教師」、「問題保護者」に対して、有効な手段を持っているのは、普通の教師「集団」から情報を得た普通保護者「集団」なんです。

 日本マスコミは、何故、そのように考えられないんだろう・・・・。きっと、そのことに気づいているマスコミ関係者がいると思います。その方に番組制作の機会が与えられることを、「願い」ます。

追伸 あわてて付け加えます。「問題教師」も「問題保護者」も個人ではなく関係で決まるものです。「普通の教師」+「普通保護者」となれば、「問題教師」の大多数は「普通の教師」になり、「問題保護者」の大多数は「普通保護者」になります。

 追伸 K閣下本日イチゴ、息子が大満足で食べました。息子は何度も「Kさん有り難うございました」と言っていました。本日の、ただ一つの嬉しいことです。

kirinkirin2007/03/31 14:34いやー喜んでいただけて恐縮です。賄賂成功!!

jun24kawajun24kawa2007/03/31 15:27昨日今日と、相当、贅沢な食べ方をしています。感謝!

kinekine2007/04/01 08:3520代半ばの若者がその番組を見ていました。
「見ていて、腹が立った」
と言っていました。
番組の偏りに気づいて、見るのをやめるか、見ながら腹を立てるか、案外多くの人が冷静に見ているのかもしれません。
「いつも同じようなやつが出てきて、同じことを言っている」
とも言っていました。
私は腹立たしいので、見ません。

jun24kawajun24kawa2007/04/01 08:47私も腹立たしかったのですが、いちおうコメントを書くのですから見なければと思ってみました。が、さすがに醜悪すぎて最後まで見ることは出来ませんでした。