西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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13/04/28(日)

[]良い方向 19:29 良い方向 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良い方向 - 西川純のメモ 良い方向 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「なぜか仕事のできる教師の7つのルール」に書きましたが、多くの教師は授業の上手い教師が教師に好かれ縦糸を作れると思っています。しかし、それは誤りです。授業のうまさや、明るさや、話術で子どもを引きつけら得るのは、ま、1ヶ月程度でしょう。それ以降は、その人の人柄、心なのです。

 思い出して下さい。我々が尊敬した教師は授業がめちゃくちゃ上手かったでしょうか?おそらくそういう人もいますが、そうでない人もいたと思います。実は、授業のうまさが重要なのではなく、授業を上手くしようとするその人の心が子どもを引きつけていたのです。

 だからです。名人教師の授業案通りに授業をしても、見事にひどい授業も出来ます。名人教師の作った教材を使っても失敗する事が出来ます。なぜなら、授業や教材はその人の心と一対になって効果を出すからです。心が伴わなければ、心の方の影響の方が大きいからです。

 だから、いわゆる世にあふれるノウハウ本に不満を持っていました。多くはそれを書いた人の心が伝わらず、ただノウハウのみが伝わるのです。結果として、切り売り可能なプリント類のみが残ります。その程度のノウハウしか生き残れない。

 しかし、最近は実践者の心を伝えようとする本が前より多くなっているように思います。例えば、その人の生き様を追体験させようとする本もあります。ノウハウのみならず、そのノウハウが生まれた状況をエピソードで語る本も出ています。それらは読みやすく、小説を読むようにスルスルと入ります。

 が、理科人である私には不満なのです。つまり、確実に伝わるとは限らないのです。例えば、聖書の解釈は十人いれば十通りとなります。仏教のように様々な表現をした仏典のどの部分を重視するかで、数限りなく宗派が生まれます。

 それに対して数学は、極限まで無駄なものを排除し、シンプルにして、根源となるものは何かを定めます。そして、それをもとにして、ありとあらゆる事に演繹するのです。数学の本の基礎の部分は一般には読みづらいものです。

 例えば、ユークリッド幾何の第一公理は「点と点を直線で結ぶ事が出来る」というものです。一般の人が読んだら、「何、当たり前の事を・・・」と思うと思います。しかし、そのレベルまで純化するからこそ、数学は確実に伝える事が出来るのです。

 私が『学び合い』を考えるとき、それは生物学的妥当性を考えます。でも、それを理論としてまとめる際は数学をモデルにしたいと願います。『学び合い』は1行で表現できる学校観と子ども観だけで、全ての方法論が導かれます。もちろん、多くの方に分かってもらうためには、様々な実践のノウハウを整理し、提供しています。でも、それは原理原則というものの影に過ぎません。本体は学校観と子ども観です。ノウハウではいつか壁にぶつかります。その時、学校観と子ども観の凄さを実感できるのです。

 私としては、世にある優れた実践者の心を、一度、極限まで整理したら、もっと面白い事が起こるのにな~っと思います。

maya-1maya-12013/04/28 12:47私が、ネットで先に辿り着いた佐藤先生の「学びの共同体」ではなく、その後で知った西川先生の『学び合い』を選択したのは、「学びの共同体」の手法は素晴らしいが、教師の指導力という点でかなりハードルが高いと感じたからでもあります。『学び合い』の考え方をきちんと押さえてやるのも簡単ではないと思いましたが、その考えに納得した方なら必ずや実戦可能だと判断したわけです。

jun24kawajun24kawa2013/04/28 15:33私もそう思います。理由は私が単純バカの理系出身者であると言うことが原因と思うのです。

13/04/27(土)

[]安定 21:59 安定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 安定 - 西川純のメモ 安定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は生活的には常に定職に就き、安定していました。理由は二つです。

 第一は、私の父を見ていたからです。私の父は手八丁口八丁の人でかなり有能だと思います。が、倒産も何回かあります。その時の家族の状態が身にしみているからです。だから、大きく稼ぐより、安定を望みます。

 第二は、ハマトンの知的生活という本です。高校時代に出会って、大きな影響を受けた渡部昇一さんが推薦する本なので読みました。そこで書かれているのは、人から侵されない地盤を持つ事が節を守る道だと言う事です。

 私は教え子に定職に就く事を勧めます。私は教員養成系大学の教師なので、とにかく、教員になることを勧めます。公務員も大変です。色々なプレッシャーにさらされるでしょう。でも、クビになる事は希です。尻をまくれば、かなり凄い事しても大丈夫な職業です。少なくとも民間に勤めているより、また、無職より、安定しています。

 安定しなければ、自分の節を守れない。

 だから、安定していない職で頑張っている人を見ると、凄いな~っと思います。同時に、安定していない職の人が、節を守っていないと、「あ~、プレッシャーに負けているんだよな」と察します。その他方で、プレッシャーに負けず、前向きに進み続ける人を見ると、私より若い人でも、率直に尊敬します。そして、俺には無理だ~っと思います。でも、そういう人がいるのです。

mana-mama5mana-mama52013/04/27 23:31塾、予備校、通信教育が発達したのはそもそも学校が何も教えられないからでしょう?学校で基礎的な事が学べると思えば、猫も杓子も塾に行くような今の状況にはなってないと思いますね。

jun24kawajun24kawa2013/04/28 07:30今の学校の授業は、全員を教える事は無理なのです。明治当初の状況に合わせた授業方法ですから。そのころから、教室の6割以上の子どもには意味のない授業です。今、状況が変わりつつあるのは、その6割の保護者が発言するようになったからだと思います。

13/04/25(木)

[]誤解 05:51 誤解 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誤解 - 西川純のメモ 誤解 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に対する誤解、非難は、『学び合い』を学び合わせる事が目的だと思っている事に由来しています。また、結果として生まれた、「現状」の授業方法の表層を見て、「教えない授業」(実は色々な事をしているのですが、従来の人は見えませんから)と見てしまうからです。

 『学び合い』を正しく理解するには、「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」と自分に問い直して下さい。

 例えば、授業をすれば5分ぐらいで宇宙に旅立つ子どもがいるでしょう。いや、最初から聞く気が無い子がいるでしょう。その子も含めて例外もなく、その日の授業を分からせるにはどうしたら良いかを考えて下さい。それを「無理だ」とか、「必ずしも分からなくても良い」と思ったら『学び合い』ではありません。分からないで毎日を過ごす子どもの苦しみを考えて下さい。『学び合い』はそれを真剣に求め続けました。結果として、そんな事を実現しようとしたら、一人の教師で抱え込んでは無理だという結論になりました。そして、どんな素晴らしい教材や発問より、ごく普通の会話を、でも、膨大に積み上げることしかないという結論に至りました。

 例えば、教師から見ても「性格が悪く」、「嫌なやつ」という子どもがいます。案の定、その子は周りの子どもから嫌われ、阻害されています。その子を子ども集団の中に受け入れられるようにするのかを考えて下さい。それを「無理だ」とか「自業自得だ」と思ったら『学び合い』ではありません。その子も仲間に入りたいと思っています。だって、ホモサピエンスの本能だから。でも、自分の何が悪いのか、分からないのです。『学び合い』はそれを真剣に求め続けました。結果として、その子を変えるより、周りの子ども集団がその子を理解すべきだという結論に至りました。そのためには、膨大に関わり、膨大に失敗し、その子の扱い方を集団が学ぶべきなのです。そして、関係を成立させた後に、その子が徐々に変わります。

 もし、上記の子どもに着目するのが、その子のためだと思うならば『学び合い』ではありません。実は、勉強や人間関係で見捨てられている子がいることを他の子も知っているのです。そして、ビクビクしています。だから、クラスの全員が安心するためには、みんなが支え合わなければならないのです。

 さて、自分が授業をしているとき、担任をしているとき楽しそうにしているし、分かっているようにしていたとします。さて、来年はどうでしょうか?あなたが担任でないかも知れません。卒業したらどうでしょうか?社会に出たらどうでしょうか?今、あなたはその子の一生の幸せを実現するための確かな何かをしているでしょうか?そして、一人も例外なくでしょうか?そんなの「無理」とか「その時の教師の担当」と思ったら『学び合い』ではありません。教師は教え子を幸せな人生をおくれる大人にしなければなりません。それは教育基本法の第1条をお読み下さい。『学び合い』はそれを真剣に求め続けました。結果として、一人も例外もなく支え合う仲間を学校で獲得するべきだという結論に至りました。それは同級生ばかりではなく、様々な学年、様々な学校の様々な繋がりの中で獲得すべきです。そして、本当に一人例外なく幸せにするには、地域コミュニティを再生することが必要だと考えています。

 このような大それた事を実現できる場は、毎日の教科学習だと『学び合い』では考えています。なぜなら、コンビニのない地域、郵便局のない地域でも学校はあります。公立、私立に関わらず、国が最も多くの予算をかけ、膨大なマンパワーと施設を整えているのは自衛隊ではなく学校です。それを使うべきです。そして、我が子、我が孫のためというのが、地域の人や保護者集団が最も共有できるミッションだと思います。

 その学校の多くの時間は教科学習に費やしています。その場で実現しなければなりません。教科学習はテストすることが出来ます。仲間になったふりは出来ても、100点取るふりは出来ません。点数分布で確実に仲間であるかを知る事が出来ます。

 現状の授業方法は「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」を実現できるための方法に過ぎません。本体は「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」です。もちろん、『学び合い』によって直近の様々な問題を解決出来ます。例えば、受験も、それが団体戦だと子ども達が理解したならば、内申書レベルで足を引っ張り合っている学校に負けるわけはありません。しかし、受験だけを目指している限りは、子どもの心に本当の火を付ける事は出来ません。周りの仲間を安易に切り捨てる事は自分にとって損であることを分からなければなりません。そして自分の仲間はそれを理解していると確信しなければならないのです。

 しつこいようですが、『学び合い』は学び合う事を目的としていません。「目の前の教え子を一人の例外もなく生涯にわたって幸せに出来るか?」を求めた教育なのです。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20120421/1334983839

13/04/20(土)

[]体罰 21:23 体罰 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 体罰 - 西川純のメモ 体罰 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、体罰無しで成果を上げた高校サッカーで成果を上げた教師の話が放映されました。あれを見た同志は、私の言いたい事分かるでしょ。その先生に言いたい事、それって教科指導も同じですよ。ということ。同志の方に言いたい事。個別の繋がりは大事です。その個別の繋がりを成り立たせるには、徹底的な『学び合い』をすべきです、ということです。(http://goo.gl/FDCj4

13/04/18(木)

[]プレッシャー 08:40 プレッシャー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プレッシャー - 西川純のメモ プレッシャー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年の3月に修了した中学校の現職派遣教師の学校に参観に行きました。1年生の担任です。授業開始から1週間程度ですが、見事にフルの『学び合い』で爆走していました。さすがゼミOBです。

 1ヶ月分の課題を与え、子ども達に任せていました。子ども達は音声ファイルを聞いていたり、会話練習をしていたり、文法を勉強したり、様々です。朝学習を含めて1時間以上ぶっ通しで英語を勉強しているのですが、遊んでいる子はいません。聞くと、既に4月の課題を終わらせる子どもが出始め、今週中には全員が終わる予想なのです。ま、非効率的な部分を徹底的にそぎ落とした『学び合い』ならばセオリー通りのことですが。ゼミ生はセオリー通りのことを徹底していますので、短期間でこの成果を上げました。

 自慢話(彼は違うと言っていましたが、あははは)をしばらく聞いた後の私と彼との会話です。

私:今年は○○高校(この地域でのトップ校)に15人を送りなさい。(その学校の3年生は三十数人です)

彼:え~!だって、私は3年は教えていないんですよ~

私:だから15人と言ったんだよ。この1年生だったら全員というよ。教えていなくても、どうしたら良いかは分かっているはずだよね。

彼:はい。

私:期待しているよ。

 ゼミ生からは私の「期待しているよ」は怖い、とよく言われます。しかし、一度たりとも怖い顔で期待しているよと言ったことはありません。満面の笑みをたたえて言います。何故、私の「期待しているよ」は怖いかと言えば、それは私は「やれべきだし」、「出来るし、出来る方法も分かっている」し、そして何よりも「当人に得である」ことしか求めないからです。だから、私の期待しているよは、私の管理下では逃れられないのです。でも、だからゼミ生は短期間に抜群の成長をします。

 彼は最後に「やりますよ~!私は!」と言っていました。

追伸

 授業の最後に一言を求められ、そのクラスの良いところをいっぱい褒めてあげました。そしてクラスはチームであり、受験は団体戦であることを語りました。そして、最後に「今の君らが順当に成長したら、君ら全員が○○高校に入学出来るよ」と語りました。

 授業が終わって廊下にいたら、そのクラスの一人の男の子が、ニコニコして私に近づきました。以下、彼との会話です。

私:期待しているよ~。君らの力で全員、○○高校に合格しなさい。高校では同級生だらけだったら良いだろ。

彼:え~~~。そんなプレッシャーかけないでよ~~~

私:良いこと教えてあげよう。先生の一番の仕事は、子どもにプレッシャーを与えることなんだ。あはははは

彼:え~~~(と教室に避難)

 可愛い子です。彼が頭を抱えたのは、「やるべきだし」、「自分に得だ」ということを納得したと思います。そして、この1週間で「出来るかもしれない」という感覚を持ったのだと思います。あとはOBが「出来るし、出来る方法も分かっている」という段階に進ませるだけです。

 そのOBには上記に必要なことを2年間で全て伝えたし、学びました。それは彼は分かっているし、「彼が分かっている、ということを私が知っているということ」を彼は知っています。だから逃げられません。ふぉふぉふぉ