西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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07/04/17(火)

[]うり二つ 08:53 うり二つ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - うり二つ - 西川純のメモ うり二つ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある方から以下の相談メールをいただきました。

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掃除時間にちょっとしたトラブルがありました。問題のN君が、掃除を怠けているのをI君が注意しました。(席が前後で、相性が悪いのか普段からよくケンカをしている。)それが、気にくわないものだから「ハクサイ頭。」と言って文句を言っている所へ6年の先生が通りかかり厳しく注意をされていました。たくさん子供達が集まっているのでどうしたのかなあと行ってみると文句を言って謝りもしないんだよと6年の先生が凄い剣幕で言って立ち去って行きました。いつもの自分ならそこで6年の先生と同じように怒ったと思うのですが、躊躇してしまいました。それで、後で子供達には、学習の時と同じように先生は、解決しません。皆さんで解決して下さいと言いました。そう言ったものの反省のないN君の態度と普段の様子に、むらむらとした感情を抑えることができず、残して指導してしまいました。文句を言って悪いと思ったら謝るべきじゃないのと指導しましたがI君も悪いんだよと引き下がりません。埒があきそうにもないのでそこで切り上げてました。みんなが君のことを心配して学習を見てくれていることに対して「良い友達に囲まれて良かったなあ。」ということとN君の良い所(前年度の担任から聞いた話など)してさよならをしました。こんな子へは、どう対応したらよろしいのでしょうか。 』

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その返信は以下の通りです。

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○○さんも、ありがちな対応をしてしまいましたね。偉そうな事をいっている私も、N君のことを知れば「むらむらとした感情」が生まれます。そして、そんな感情を持っていることをN君は気づいているはずです。では、どうするか、N君のことを一度忘れるのです。

○○さんにはN君を変えることは出来ません。出来るのはクラス子ども達です。N君の問題を忘れて、クラス全員が90点になることを求めて下さい。そして、N君のことを忘れて、クラス全員が高まることの意味を何度も何度も説教してください。

喧嘩は必ずしも悪いとは思いません。関わり始めるから喧嘩も起こります。

○○さんがしっかりと踏ん張り、道を示してください。

いかがでしょうか?

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 さて、そのメールを返信した直後に、ある同志から別件のメールをいただきました。先週、クラス開きをしたばかりの同志です。先のメールを、名前を伏せて転送し、その方だったらどうするかを聞きました。それが朝届きました。以下の通りです。

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西川先生

大変おもしろい事例ですね。

実際に会ってみないとわかりませんが、「多様な子がいる方がいい」という大前提から考えると、こういう子もいた方が楽しいと思えば問題はないと思います。私のところでも、今日もS君のところでトラブルが発生しました。教えに来た子たちに対して「いいんだよ、うるさいな」と、切れた状態になっていました。子どもたちは冷静に「おい、Sが切れた」と笑って接していました。高学年になれば、お互いの性格もだいたい知り合っています。少なくても、その子の性格を知っている子がいます。

今回の発端は、そうじです。おそらくその子がそうじをしないことを周りは知っていたのだと思います。それを注意すると、逆に怒り出すことも。

教師がすべきは、その子を激しく注意することではなくて、学級でそうじの目標について理解させることだと思います。それで、「みんなで協力してやった方がいいと思わない?」と投げることを私ならします。

先週、そうじがあまりにもたるんでいるので、全員の前で5分ほど「そうじの目的」をしゃべりました。全員が理解する必要はないので、短時間に終わります。あとは、そうじの時間に「そうじの目的って何だっけ」と声をかけておけば大丈夫でした。メールの子は、そうじをさぼって強がって教師と子どもたちの注目を集めることを目標にしています。そんなことに付き合っても、あまり意味があるとは思えません。

参考になったでしょうか。

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以上が同志から朝届いた返信メールです。

どうでしょうか?

私は笑い出しました。

だって、うり二つですから。

我々は多くの教育論・指導法と違って考え方を重視します。

だから、ありとあらゆる場面に適用できます。

そして、「大学先生様のありがた~いお説」ではなく、実際に行動を定めることが出来ます。そして「ブレ」ません。

心ある教師は我々と同じことに気づいていると思います。しかし、それが教科学習にも成り立つことに気づいていない場合が多いように思います。我々は教科学習に置いてクラス作りをしており、クラス作りが学力向上なんです。

と、書くと、中高の先生小学校とは違って教科担任制だ、と言われる方がいます。しかし、ナンセンスです。自分が担任している教科の時間における子どもたちの姿は、その先生が決めています。その時間、その時間がクラスです。なお、補足として、その方に以下のメールを送りました。

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言葉が足りなかったので追伸します。

つまり、怒らなかった、ということはとても良かったと思います。

もう一歩進めるとしたら、それは、N君を忘れて、そして、クラス全体の目標を語るんです。

ありがちな行動というのは、

みんなが君のことを心配して学習を見てくれていることに対して「良い友達に囲まれて良かったなあ。」ということとN君の良い所(前年度の担任から聞いた話など)してさよならをしました。

のようにN君に対して何かをしようとしている点です。

そんなのは必要ありません。

悪くすると、N君の術中に陥ります。

教師がやるべきは、クラス全体に語ることです。

07/04/12(木)

[]オーラ 03:08 オーラ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - オーラ - 西川純のメモ オーラ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 院生控え室にいると、ドアの外に院生さんの近づく音がします。そこで、ドアのそばでじっと構え、明けたとたんに「ワッ」と脅かして遊びました。相当驚かれ、そして「Kanさん(今年修了された院生さん)の言ったとおりだ」と呆れられました。「言ったとおり」というのが気になったので、「なんて言ってたの?」と聞くと、「西川先生は頭の良い中学生と同じような行動をする」というのがKanさんの西川評です。凄い当たっている表現なので大笑いしました。全くそうです。私の頭の中では、どんなバカなことをして楽しもうとたくらんで、常にクルクル回っています。立場上、教授ですので、それっぽい行動はしますが、本質的には「中学生」です。

 本日、ある方から教えてもらいました。4月に入った修士1年の院生さんの中に、「西川先生と話したいが、オーラが出ているので、畏れ多い」と言っている方がいるそうです。それを聞いて「オーラ?」と言って、後は腹の底から大笑いです。頭の中は中学生の私がオーラを発しているとは、いやはやビックリです。最近家内からは「あなた、加齢臭がする」と言われていますので、きっとオーラではなく加齢臭なんだと思います。あはははは

 さて、本日、Kineさんと電話で話しました。電話の声だけで、私は押し倒され、圧倒されるように感じました。富士山が私にのしかかるようです。これこそがオーラだと感じました。この方が1年間でクラスをどんなに変えるのだろう、と考えると嬉しいし、そら恐ろしく感じます。それをOさんがリアルタイムで分析し、結果を教えてくれる。私はなんて幸せモンだろう、と感謝しました。

06/04/12(水)

[] 13:04 2006-04-12 - 西川純のメモ を含むブックマーク 2006-04-12 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 最近、以下のようなメールを頂きました。

 『たびたびのメール質問、お許し下さい。簡単な質問ですのでお答えいただければ幸いです。それは、教師の態度です。先生の御著書を読むと、決して学生さんに怒らない・常ににこにこしている・でも研究では学生さんが厳しい状況に追い込まれている、という感じがいたしました。また、先生の御著書には、教師がいなくても生徒は困らないが、生徒同士のつながりが無いと崩壊してしまうというあくまで生徒中心主義が見受けられました。要は、生徒を信じておれば、何も教師は威嚇したり、脅したり、そんなことしなくても、いつもの自分を正直に出せばいいのですよね? (先生の場合は常にニコニコです、羨ましいですが…)ただし、責任は生徒に自己責任をもたせる、というでうよね。自分は笑ったり生徒と上手にコミニュケーションとったりするのが下手で、先生のようにできたらどんなに怒らずにけじめも付くだろうなあ…と羨ましく感じてしまいました。大切なことは、子どもを徹底的にどこまでも信じることですかね?非常に器の小さい人間で、生徒から悪口言われたり、うまく気軽に話せなかったり、作り笑顔になってしまったりするので怖いのです。しかし、教材によってでなく・方法によってでもなく、子どもどうしの学び合いによって実際にまなぶという事を本当に心底から信じられ、子ども集団を凄い可能性の固まりと徹底的に信じれば、たとえどんな教師でも態度に変化が生じますかね?すみません、くだらない質問で。』

 以下が私の返信です。

 『いやいや、大事な質問ですよ。私が怒らない理由を考えてみましょう。逆に考えてみてください。何故、怒らなければならないのですか?勉強が出来なくても、私の場合だったら、その学生さんの研究が駄目であっても、私はなんにも困ることはありません。困るのは当人なんです。私がやるのは、何故学ぶのかということを語ることです。それによって、学ぶことによって得られること、逆に、学ばなければ失うことを理解させます。この部分が教師の大事な仕事です。これさえ出来れば、怒る必要はありません。私がやるのは「それでいいの?」だけです。だから、私はニコニコしていればいいんです。

 どうやるかは子どもがやるべきことです。しかし、何をやるべきか、は学校教育では教師がやるべきことです。何故学ぶのかということを語ることは教師の仕事です。 それをやらずに、子どもを信じるというのは、任せるではなく、放任です。つまり、ニコニコだけでは駄目です。そのまえに、しっかり語り、納得させなければなりません。 それが教師の仕事です。しかし、おおにして、それを省略して、ゴチャゴチャ教えるという愚をおかす人は多いと思います。』