西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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19/06/12(水)

[]一人学び 09:05 一人学び - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人学び - 西川純のメモ 一人学び - 西川純のメモ のブックマークコメント

 定期的に書かねばならないことです。

 『学び合い』だと「一人学び」、「個人思考」が阻害されると思われる方が少なくありません。つまり、何も考えず、人に聞いてしまうというものです。誤解です。説明いたします。

 まず、現状の授業で「一人学び」、「個人思考」を育てているでしょうか?

 子どもは多様です。おおざっぱに分けましょう。「既に答えの分かっている子」、[考えれば分かる子、そして、本人がそれを自覚している子]、「考えれば分かる子、しかし、それを自覚していないか、自覚しようとしていない子」、「教えられなければ分からない子」の4つに分けましょう。(本当は「教えても分からない子」はいますが、説明が「一人学び」の説明とは別種の説明が必要になるので、単純化のために除外します)。

 今の授業では、最初の5分間(たとえばの時間です)は人と相談せず自分で考えさせ、それから相談させることをします。さて、その5分間に何をするかといえば、5つのタイプの子どもうち考える子どもは[考えれば分かる子、そして、本人がそれを自覚している子]だけです。その他のタイプの子どもは考えません。更に言えば、[考えれば分かる子、そして、本人がそれを自覚している子]も多種多様です。1分で自分の考えがまとまる子どももいれば、6分でまとまる子どももいます。前者の子どもにとって4分間は無駄です。そして、後者の子どもは結局自分の考えをまとめることが出来ないので、5分間が無駄です。

 以上のことから、今の授業は非常にロスが大きいのです。

 以前から不思議に思っている、多くの教師が不思議に思っていないことがあります。それは、その5分間は人と相談してはいけないのに、教科書や参考書を読むことは許されているのです。何故でしょうか?それは「何も考えずに受け入れることがダメ」だということです。だから、本人が学ぼうとして人に聞くならば、最初から人と話し合ったとしても、教科書や参考書を読むと同じ程度の一人学びは成立していると考えているのです。

 つまり、人と相談するか否かは重要ではないのです。重要なのは本人が積極的に学び、納得解を得ているならば一人学びは成立しているのです。

 だったら、相談させないということは悪手です。大事なのは、自分で考えることが大事であることを伝えることです。そして、そのために人と語り合うことは有効であることを伝えるべきです。オリジナリティが命の数学や自然科学の学術研究では99.9999999・・・%は先人の知恵です。しかし、その中に0.000・・・・1%のオリジナリティがあればオリジナルな研究として認められます。時に、それに対してノーベル賞やフィールズ賞が与えられるのです。100%の受け売りであったとしても、それを本当に納得するために考えたならば一人学びは成立したと考えるべきです。

 さて、何も考えずに丸写しする子どもがいたとします。

 今の授業だったら、最初の5分は何も考えず、その後、丸写しをするでしょう。

 では、『学び合い』だったらどうでしょうか?

 大事なのは、自分で考えることが大事であることを伝えても、丸写しをするような子どもは理解出来ないでしょう。何故なら、今の授業は組織的に「丸写し=学習」と思わせているからです。

 え?と思いましたか?

 だって、そのような子どもは授業を聞いても分かりません。しかし、授業の最後に教師がまとめを板書します。それをノートに丸写しをすれば勉強したと言われるのです。これって組織的に「丸写し=学習」と思わせていることですよね。

 丸写しをするような子どもは分かりませんが、その子に丸写しを「させている」子どもは理解します。だから「だめだよ、何も考えずに写しては。それじゃあ本当に分からないじゃない。ちゃんと説明するから、いっしょに分かろうよ」と言うのです。

 以上、簡単な説明をしました。

 さて、今の授業と『学び合い』、どちらが一人学びを保証していますか?

追伸 『学び合い』における子どもの会話を実証的データで分析しているのは我々です。それによると45分、50分の『学び合い』の中で、子ども同士が会話をする総時間数は平均5~7分です。つまり約40分間は何をしているかと言えば、一人で考え作業をしているのです。これはデータを取って分析しないと分からないですよね。見た目とは違うのです。