西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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19/05/26(日)

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 経営戦略論で有名なマイケル・ポーターは「事業が成功するためには低価格戦略か差別化(高付加価値)戦略のいずれかを選択する必要がある」と述べている。平たい言葉に直せば、「他社との競争に勝つには値段を安くするか、高機能にするかしかない」ということです。当たり前と言えば、当たり前です。しかし、そうだとすれば、低価格にするためには、機能を下げたり、捨てたりしなければなりません。

 ところがキム・チャンのブルー・オーシャン戦略、クレイトン・クリステンセンの破壊的イノベーションは、機能を下げたり、捨てたりすることが、高機能に繋がることを述べています。なぜかと言えば、今までの機能とは違った機能を創造するからです。

 詳細は関係書をお読み下さい。読みやすい本です。

 例えば、IBMは大型コンピュータの演算速度、記憶容量の高度化を目指しました。ところが、パソコンはその演算速度、記憶容量を捨てました。それによって驚異的な低価格を実現しました。その結果、コンピュータの個人ユーザーという市場を創造し、新たなサービスを創造したのです。IBMはパソコンをオモチャと思い、馬鹿にしました。そして、その市場の価値を気づいたときに参入しましたが、「時すでに遅し」でした。

 1000円カットも床屋での「会話」をカットし、バリカンを利用した効率の良いカットを導入しました。結果として、低価格とともに時間短縮を実現し、仕事の合間にちょっとカットするという市場を生み出しました。

 100円寿司は、寿司職人が大事にしたものを、ことごとく捨てました。寿司職人は100円寿司を寿司とは認めないでしょう。しかし、それによって低価格を実現し、江戸時代の寿司のように安価なファストフードとしての寿司を再創造しました。

 既存の市場占有者が大事にしているものを捨てない限り、価格と機能の両立は不可能なのです。ま、当たり前のことです。その大事にしているものを低価格かつ高機能にする努力は積み上げられています。収穫逓減の法則より、どんなに努力しても効果が薄いものになります。

 ヘルバルトが一斉指導の理論として「一般教育学」を表したのは1806年です。我が国の学制発布は1872年です。それから現在の教育に対して膨大な人数の研究者と実践者が改良を加えています。先に述べた収穫逓減の法則から言って効果は薄い。しかし、大事にしているものを捨てられないので低価格と高機能の矛盾は解消される、それを教師個人に押しつけているのが現状なのです。

 しかし、仕方がない。今の市場占有者は、今の顧客に責任を負っている。今の顧客は、今の製品を求めているのです。つまり、「教師が数十人の子どもに対して板書し発問する」を求めています。だから、それに応えなければならないのです。だから、クリステンセンの述べているように、文部科学省、都道府県教育委員会は「絶対」に改革は出来ません。出来るのは改善だけです。しかし、収穫逓減の法則から改善の効果は期待出来ず、その矛盾を教師個人に押しつけるしかないのです。

 従って、文部科学省、都道府県教育委員会に期待することは辞めましょう。それは魚屋に行って「米下さい」と言っているようなものです。期待すべきは個人、また、個人の集団なのです。個人が様々な試みをして成功し、失敗するでしょう。成功した個人が繋がり合い、その智恵を共有し、組織化します。それによって新たな市場が生み出されます。

 私は楽観的に考えています。一定以上の市場が生み出されれば、行政はそれをサポートします。行政は次の世界を生み出すことは出来ません。予想することも出来ません。生み出すのは個人の生み出す試みです。それらが生物進化と同じように、生存競争の中で生み出されます。