西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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19/05/02(木)

[]時代を変えるもの 09:53 時代を変えるもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時代を変えるもの - 西川純のメモ 時代を変えるもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今までにも何度も書きましたが、改めて書きます。

 これからの教育に革命を起こせるとしたら、それは中央省庁、都道府県教育委員会ではありません。ちなみに市町村教育委員会はもっと無理です。何故ならば、上記は「今」の教育に責任を負っているのです。だから、革命は起こせません。

 革命を起こせるのは、上記が鼻でせせら笑う弱小の個人であり、組織です。それらは「今」に責任もないし、未練もない。そして、それらは巨大組織が後生大事にしているものを捨てて、巨大組織が鼻でせせら笑う製品・サービスで勝負します。(このあたりのことを理解するにはクリステンセンの本、例えば「イノベーションのジレンマ」(https://amzn.to/2J9uOMQ)」を読むことを薦めます。ちなみにチャン・キムの「ブルーオーシャン戦略」(https://amzn.to/2vyqDCw)も似たようなことを書いています)

 巨大組織は工業化社会のコードである規格化を捨てられません。具体的には「国民全員に一定の基礎的・基本的学力を保証する」という工業化社会では至極まっとうなことを捨てられないのです。それが個別最適化と矛盾することにさえ気づいていない。というより、気づきたくないのです。

 例えばです。

 数学的に才能のある子(数学オリンピックで金メダルをとる子)が古典文法を学ぶことを強いられることに妥当性があるでしょうか?もちろん、時間が無限ならばアリでしょう。しかし、個別最適化出来るギフテッドの子どもと競争したとき、その子は負けるのです。

 大部分の人は、上記を「極論」だと断じます。はい、その通りです。しかし、その人達がイメージする社会は少数の極論と圧倒的大多数の常識論が併存する社会です。しかし、私がイメージする理想社会とは、多種多様な極論が総体として圧倒的多数を占める社会なのです。一般人は、何らかの極論に繋がっており、それらを渡り歩くのです。

 多くの人は「国民全員に一定の基礎的・基本的学力を保証する」を改良することによって個別最適化が出来ると思っています。しかし、私から言わせれば、それはビーフカレーを改良してアイスクリームにするという言説と同じぐらい馬鹿馬鹿しい。でも、致し方ないことだと分かっています。「今」に責任を負っているのですから。

 日本が少子高齢化の中で先進国の生活水準を維持するには脱工業化しなければなりません。工業化社会のままでは人件費の足かせで勝てないからです。しかし、その移行を出来るだけ衝撃を少なくしたい。だから、脱工業化した教育を工業化社会の学校で実現することの出来る『学び合い』を理解する人をひろげたいと願います。そうすれば、フリースクールに端を発する破壊的イノベーションが起こったとき、現在の学校教育がソフトに移行することが出来ると思うのです。

 ということなので、ぶっ飛んだ本と同時に入門者用の本をせっせと書きました。常に両にらみ。