西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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19/01/06(日)

[]フリースクール 11:33 フリースクール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - フリースクール - 西川純のメモ フリースクール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私がフリースクールといっても、どうも既存のモデルから想像されるのが自然です。ですので、ちゃんと説明します。

 私がフリースクールに期待している理由は、個別最適化できるからです。

 学習指導要領は基礎的・基本的な学力を保証しようとするものです。ところが、基礎的・基本的な学力は学術的な定義はありません。そのため、一人一人の善意の人が「これもあったほうがいいよね」と言い出すと、それを制限する手段がないのです。結局、与えられた時間の上限にまで積み上げてしまう。思い出してください。総合的な学習の時間が生まれたときの反発。総合的な学習の時間レベルで捻出できるのが学習指導要領で生み出せる個別最適化の最大限です。

 これでは無理です。

 従って、学習指導要領に縛られている1条校ではなくフリースクールに期待しています。「ネットを介したフリースクール」と私が言うと「N高校ですね?」と言われます。違います。N高校は1条校の縛りの中にいます。従って限界があるのです。

 私の想定しているフリースクールのユーザーは、現状の学校教育に不満のある人です。その代表は、不登校の子ども、特別支援の子ども(おそらくは最初は情緒障害)、知的レベルが著しく高いギフテッドの子どもです。と私が言うと、3種類のフリースクールがあると思います。違います。

 なんども書きましたが、「個性化」「総合化」「非同時化」「分散化」「適正規模化」「地方分権化」が脱工業化社会のコードであり、工業化社会のコードは「規格化」「分業化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」なのです。工業化社会の人は、不登校の子ども、特別支援の子ども、ギフテッドの子どものフリースクールというと工業化のコードで考えてしまう。だから、3種類と考えるのです。

 しかし、脱工業化社会は個性化の時代です。不登校と言っても一人一人違います。特別支援の子どももギフテッドの子どももです。それらに対してサポートできるのは互いです。だから、一緒にするのです。このあたりは『学び合い』が分かる人はすっと分かりますよね。

 じゃあ、そのようなフリースクールは何を提供したら良いでしょうか?

 授業?教材?

 そんなのは本人がやればいい。ネットの授業や本屋に良質な授業、教材が溢れています。

そして、一人一人は目指すことが違います。高校卒業程度認定試験を通過し、東京大学に進学することを目指す子どももいるでしょう。ハーバードやミネルヴァを目指す子どももいるでしょう。一流の寿司職人を目指す子どももいるでしょう。フィールズを目指す子どももいるでしょう。地元の企業に就職することを目指す子どもいるでしょう。子ども同士の関わりの中で、東京大学を目指した子どもが寿司職人を目指し始めたり、その逆もあります。つまり、多様で動的なのです。

 サービス、料金も様々です。おそらく、一定上の人が求めるようになれば、行政が補助を保護者に与えます。

 では、フリースクールの教師は何をしているのでしょうか?

 第一は、その集団が凝縮力を持ち、互いに支え合う集団であることを維持発展することです。

 第二は、予算を獲得し、子ども達がやりたいことをやれる能力です。

 第三は、ネットワークです。例えば、フィールズ賞を狙いたい子どもと、特色入試をしている京都大学の数学教室と繋げ、ゼミナールに参加させます。そのようなことが出来るネットワークが差別化になるかも知れません。

 また、企業とネットワークを組み、高卒資格無しだけど、その企業が必要とする資格と実務経験を与え、その企業に就職させることもありでしょう。

 

 さて、このようなフリースクールを実現できる、教育の理論と実践論は何ですか?

 自明ですよね。

 だから私の頭の中にあるイメージは以上の様なものです。