西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/11/04(日)

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 私は上越教育大学の教員として、大学やコースで決まったことを学生に求めます。それらは法廷で争っても妥当なものばかりです。例えば、教職大学院を修了するには、2年間の学修成果を成果物としてまとめ、発表することを求めています。髪の色がどうのこうの、靴下の色がどうのこうのという噴飯物は一つもありません。

 しかし、大学やコースで強いているルール以外に強いているものがあります。端的なものは、私はゼミ生に「自分の心に響き、多くの人の心に響く教育研究を通して、自らを高め、一人も見捨てない教育・社会を実現する」ことを求めています。

 その他、様々なルールを課しています。

 しかし、私はゼミ生に強いるルールに関して、明文化しています。もちろん、何故、そうなのかも書いています。例えば、私がゼミ生の結婚式に出席しない理由も書いてあります。https://bit.ly/2nib9AD

 第二に、私のゼミに入るか、否かは学生が決めています。そして、入ってから他ゼミに移動する権利を留保しています。

 第三に、私が強いるルールに従わなくても、何らかのペナルティを与えません。従わないということ自体が、その人にとってペナルティになることを知っているので、あえてする必要はないだけです。私はそれに従わないことがペナルティになることを語ります。なによりも、それに従っているゼミ生が多くを得られることを目にします。たいていの場合は自分で気づきます。

 私は小中高もそうなればいいと思っています。「2030年 教師の仕事はこう変わる!」(https://amzn.to/2FbmvjA)で書いたとおりです。私のイメージする未来の教師は、何かを教えるのが仕事ではなく、学習者、そして学習者集団が自ら学習するようにコーディネートするのが役割です。この場合、一人の教師が何百人でも対応できます。今後のネット社会において物理的に近い学校の教師である必要はありません。

 もう一歩進んで書きます。これぐらいになると、何を書いているか分からない人がかなり増えることを理解して、あえて書きます。

 もし、上記のことに学校教育法の1条校が対応しないならば、子どもと保護者は1条校を見捨てるでしょう。そんなのバカげていると思うのが普通です。でも、私はそう思いません。もし、企業が学歴ではなく学習歴を重視する採用をしたらどうなるでしょうか?つまり、大卒であること、高卒であることを条件にせず、電気主任技術者2級以上で電気工事の実務経験が3年以上であることを求めたとします。そして、国立大学工学部卒業の人が落とされ、フリースクールで資格獲得のための勉強し、フリースクールが提供する実務経験の場(つまり就職先)で実務経験を積み上げた人が合格するようになったらどうなりますか?

 私は教育基本法第一条が大好きです。でも、「人格の完成」が曖昧で、どうとでも捉えられるところが嫌です。私が教育基本法第一条を定めるとしたら「教育は、勤労し、納税し、その保護する子女に普通教育を受けさせる国民の育成を期して行われなければならない。」とすべきだと思います。これらは憲法の中で国民の義務とされていることです。そして、国民の多くが求めているのは、論理的思考能力、教養、科学的概念の獲得ではなく、就職です。だから、企業の採用の方法が変わったら、学歴は与えられるが、学習歴を与えられない1条校は捨てられると思っています。

追伸 私の頭の中で生き生きと動いている学校システムと、肌着の色を云々している現状とのギャップに苛ついてしまうのです。悪気がないことは分かっているし、私の方が少数派であることは十分分かっているのですが。

 それに文部科学省が後生大事に今の学校教育を守ったとしても、守った学校教育が無価値になり、文部科学省とは別の組織が立ち上げるであろう新学校教育が主流になったら・・と想像します。私はソフトランディングして欲しいと願います。